其の三
女は川原にて男を待っている。女が一人で居ると、とてもあの年頃の娘がいる様には思えない程に若い。暫く待つと男がやって来る。
「今日も来てたんですね」
まだ男には女の姿が見えている。
『なんとなくなぁ。来てしまうんよ』
白々しくも嘘をつく。勿論顔には出さない。
「まだ暫くはこの町に居るんですか」
『ん、もうちょいな。まぁ、もうちょいで用事も終わりそうやけどな』
そうなんですかと少し寂しそうに男が言う。
「あの、どんな用事なんですか?」
『内緒や。そんな事より、最近、顔色ええね』
初めて会った時はまるで死人みたいな顔しとったのにと続ける。
「え、あ、それは・・・あなたのお陰です。あなたに会えたから」
『私に?如何してやの』
自分でも情けなくなるぐらいの艶っぽさを出す。
「実は、好きな人に振られてしまったんです。それで、死のうと考えました。でも、あなたに会って、それで・・・」
それは多分嘘ではない。しかし、根っからの本心でもないのだろう。事実、自分の姿が見えている事こそがその証だと、女は思った。
『それで?』
考えは面に出さずに突き詰める。
「それで、その、あなたのことが――」
言いかけた時だった。
『――違うやろ』
女の言葉が男の言葉を遮る。既に女の顔は先程までとは違う厳しいものに変わっていた。
「ち、違うって、何がです?」
男は動揺している。無理もない。
『あんたがそれを言う相手は私じゃないやろ』
確りと男の目を見つめながら厳しい口調で言う。
「そんな、僕は、本気であなたを愛――」
その言葉は、女の指で、止められた。
『違うやろ。あんたは只、誰かに聞いて欲しかっただけや。自分の言葉を、気持ちを。な、そやろ?』
「違う、僕は・・・」
『違わん。ほんなら、なんで私が見えるんや。』
言っている意味が判らなかった。考える暇を与えないようにして女が続ける。
『あんたは、私と生きて行こうと思うんか』
「あ、当たり前です!二人で・・・」
男は既に泣きそうな顔になっている。
『なら、なんで私が見えるんや。生きようとしとるのに、なんで私が見えるんや』
「先から何を言ってるんですか!見えるに決まっているじゃないですか!」
『・・・私はな、生きてる人間、生きようとしとる人間には絶対見えへんのや』
――絶対に。
唇を噛み締める。
――於ゆね。
その名を聞いて動揺する。
「どうして、その名を・・・」
『昨日、会うて来た』
「な、何故そんなことを!ゆねは関係ないでしょう!」
『関係ある。あんたはその女の所為で死のうとしたんやろ。その女があんたの親の出した手切金受け取ったから振られた思うたんやろ。違うか』
「それは・・・でも」
『於ゆねがお前の事を嫌いんなったとでも思うんか。なんで於ゆねが手切金受け取ったかわからんのか』
「・・・どういう意味です」
『・・・自分で考えや』
そう言って女は立ち去って行った。
男は一人取り残された。
――もう一息、やな。
暫し男は呆然としていた。この短い期間で二度も振られたのだ。無理もない。一度目は於ゆね。二度目は於糸。それもある。しかし。
於糸は何と言った?如何して手切金を受け取ったのか?自分と切れたかったからではないのか?
「如何して・・・」
「遊びだったんじゃないの?」
突然、背後から声を掛けられて、男はびくっとして振り向いた。
後ろに立っていたのは薄い黄色の足の丈の短い着物を着た少女だった。
「な――」
見てたわよ。と少女が笑う。
「見てたって、今まで」
「居たわよ。気付かなかったの」
気付かなかった。それだけ興奮していたのだろう。
「振られたわけだ。可哀想にね」
そうは言ったがその言葉に感情は籠もっていないのが判る。
「ま、遊びだったと諦めるのね」
少女は冷たく言う。
違う、と男が言う。何で、と少女が返す。
「ゆねは、そんな女じゃない!」
気がつけば子供相手に怒鳴っていた。
「・・・ふぅん。あの人、ゆねって言うんだ」
少女は別に見ていたと言っただけで、会話を聞いていたとは言っていない。
「え、あ、あの人は、その・・・」
「違うの。じゃ、今の人は遊びだったのかしらね」
ま、私には関係ないけど、と繋げる。
「僕には・・・判らない。
あの人が言った事も・・・」
「その於ゆねさんの気持ちも?」
判らないと繰り返すだけだった。
「馬鹿だね。きっとその人は好きだったんじゃないの」
だから受け取ったんじゃないのと少女は言う。
「好きなら、如何して・・・」
「好きだからこそよ」
気だるそうに少女が言う。
好きだから・・・こそ。
気がつけば少女は消えていた。




