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其の一

其の人は。

川の傍で。

遠くを見つめて。

ずっと立っていた。

ずっと。


生きているのが嫌になった時だった。その人に会ったのは。もう死のうかと思った時だった。その人は何処か悲しそうで、寂しそうで、そしてとても綺麗だった。

「あの、何を見ているんですか?」

どうせ死ぬのだ。ならばと思って声を掛ける。返事は無かった。

「あの・・・」

言い切る前だった。女が振り返った。

『ん、あぁ。私の事やったん?』

綺麗だ。自分から声を掛けておいて、暫くぼうっと見とれていた。

『もしもぉし。大丈夫かえ?」

はっと気がつけば女が目の前で手を振っている。

「え、いや、あの、その・・・」

言葉が見つからない。

『・・・空、見てたんよ』

――え?

『せやから、空見てたんよ。さっき聞いたやろ?』

にっこりと笑いながら再び空を見上げる。

「え、あ、そうなんですか。あの、えと」

男が口篭ると間を繋げるように女が口を開いた。

『空ってな、不思議やと思わへん?自分が落ち込んどる時でも晴れとるし、逆に元気な時には曇っとる時もある。運がついとらん時に晴れとるとなんや、元気づけられるし、ついとる時に曇っとると、嗚呼、あの時の気持ち忘れたらあかんなって思う。ついとる時に晴れとると二倍楽しいし、その逆もある。ま、己の気の持ちようやけどなぁ』

女は顔を此方へ向けると、あんたはどう思うん、と聞いた。

「僕は――」

――馬鹿にされてる様にしか思えません。

男はそう答えた。

「あ、いや、貴女の事では無くてですね、その、空が――」

慌てて否定する。それを見て女は微笑みながら言った。

『それもまた真理やね』


それから男は毎日の様に女に会いに川原へと向かった。当然、女が常に居るわけでは無かったが、それでも数撃ては当たるもので、偶には会う事が出来た。

聞けばどうやら女は旅をしているらしい。

暫くはこの町に居ると言っていた。

この頃には、男は女にどんな思いを抱いていたのだろうか。


――はぁ。

ため息をつく。

暫くの間沈黙が続いた。

『・・・お前、この世にたった一人の美人な母親がため息ついとんのに何も言うことないんかい』

斜め下を向いて女が言う。その視線の先に居たのは何故か巫女姿の少女だった。少女は夢中で本を読んでいた。

「別にお母ちゃんが溜息吐くんは平素(いつも)の事やんか」

それと美人は余計やと少女が冷たくあしらう。

『いや、まぁ、そぉやけどぉ』

偶には気にしてくれてもええやんと珍しく母の方が拗ねる。

少女は繰子と言った。そして女の名は於糸。二人は親子であり、旅をしていた。

その目的とは・・・人形である娘を人間にする為だった。尤も、確実な方法など無かったが。それでも、良い行いをしていれば人間になれると娘は信じていた。母もそうなれば良いとは思っていた。しかし、所詮は絵本に書いてあった事。信用出来る訳ではない。それでも人形である娘がこうして動いて喋っているのだから、もしかしたらとも思う。何より娘が信じているのだ。無下に否定する事など出来なかった。


「しゃあないなぁ。で、何かあったん?」

面倒くさそうに娘が聞く。それがなぁと母が答える。

『こないだ言うた、いかにも自殺しそうな顔で川辺をうろついた奴の事なんやけどな、まぁ元気づけるぐらいしたろと思ったんやけど・・・』

「懐かれたんか」

『な、何でわかったん?』

「そら娘やからね。お母ちゃんそういうのに好かれそやし」

返す言葉も無い。

「そんでその人、元気になったん?」

『まぁなぁ。最初よりはなぁ』

「ならええやんか。そのまんま消えてまえば」

もう一度ため息をつく。

『そうもいかんのや。あの人には私の姿がまだ見えとる。つまり――』

――死ぬのはやめても、まだ生きようとはしてないんや。

『きっと今私が消えてもうたら、また死のうとすると思うわ』

どないしよぉと娘に縋りつく。平素(いつも)ならこんな事はあまり、と言うかはっきり言って無いのである。

普段の母はとても快活で、物事をはっきりと言う性格だが、この度ばかりはそうもいかないらしかった。言葉を変えればそれだけ真剣という事でもあったが、それが娘には気に入らなかった。

「自殺しょうとしてたんなら何か原因があるんやろ。それは聞いたん?」

相変わらず眼を合わせずに娘が聞いた。

『それとなく聞いたんやけどなぁ。それについてはだんまりや』

ふぅん、とだけ答える。

『な、なんや今日、ものすご冷たない?』

漸く娘の様子に気付いたらしく母が問う。

「別にぃ」

で、うちにその人の事調べて欲しいとでも言うんかと続ける。

『頼むわぁ』

頼み方が気に入らないと突っぱねる。

『うぅ・・・お願いします』

しゃあないなぁ、と早速娘は立ち上がり隣で寝ている少女を起こす

「於珠ちゃん、起きてやぁ。出かけるでぇ」

何、と眼を擦りながら少女が起きる。

「どこいくのよ」

気だるそうに少女が問う。薄い黄色の少し足元の丈の短い着物を着た少女の名は於珠と言い、先日姉が殺された時に偶然親子が居合わせ、成り行きで仇討ちを手伝った事から縁が深まり、以来、姉の他に身寄りが無かったため江戸より遠くに居るという、死んだ両親が昔世話になったと言う老夫婦の元に着くまで行動を共にしている。ちなみに、着物の丈が短く太腿を出しているのは本人曰く、世間への反抗だとか。それを聞いて母の方は若いって羨ましいと思ったとか、思わないとか。

「なんかなあ、あそこに居るおばちゃんがな、若い男の事聞き回って来いて」

母のことである。嫌味のようにそう呼ぶ。少女には女の姿が見えていない。最初、少女には浮遊霊の婆さんと言っていたが、、結局、この親子の事であるからすぐにばれてしまった。それは親の居ない少女に対する繰子なりの気遣いであり、それに気付いたから少女も特に何も言わなかった。しかし、今回のはただの嫌がらせである。

「っとに、もう若くないのになぁ」

嫌味を続ける。母は必死で耐えている。

「あ、でも、好きなもん買ってええて」

ええよねと母に向かってにやりと笑う。

『・・・一つだけな』

――っとに、人の足元見おってからに。

やったと少女の手を取り出掛けていく。

が、肝心なこと忘れてたわとすぐに戻って来た。

「その人の名前は何て言うんよ」

それが判らんと調べられんやんと文句を言う。

『ん、ああ、平治って言うてたわ。この近くの旅籠の若旦那やて。店の名前は――』



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