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さよならも言えずに

作者: 星海 あい

 2017.3.12 一部の表現を直しました。



 春は嫌いだ。


 ──いや、「嫌い」というほど強く嫌ってはいない。


 花粉症に(わずら)わされているから春が嫌いというわけではないが、しかしやっと暖かくなってきた事を単純に喜べる程に春が好きなわけでもない。でもとにかく、私は春という季節が何となく好きになれなかった。


 外からは子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。夏や秋や、冬にその声を聞いても特になんとも思わない。せいぜい、ああ、運動会の季節だな、とか、学習発表会でもあるんだろうか、とか、季節が変わっていくのを感じられるものくらいにしか思わなかった。



 けれど、春は違った。


 どうしてか、とても──寂しくなるのだ。


 とはいえ、毎日子供達の声を聞いているわけではなく、私にだって学校はあるから、それを聞くのは平日に学校が休みになった時か、土日に臨時に小学校がある日くらいなものだが。


 春はただでさえ感傷的になるのに、そこに子供達の声が加わると、胸にぽっかりと大きな穴が開いているような寂しさを、ふと感じるようになるのだ。



 いつかの梅雨に入る前のこと、ある夢を見たことがあった。


 それは酷く幸福で、悲しくて、切なくなる夢。








 ──そこに、あの子はいた。


 やや窓寄りで教卓に近いけれど、ほぼ教室の真ん中の席で。

朝の柔らかな日差しの中、友達─私とも仲の良い子─達と楽しそうにしゃべっている。


 私はその光景が信じられなくて、教室の入り口でカバンを背負ったままつっ立ってしまった。


(何、で─!?)


 しばらく呆然と固まって立ったままの私にあの子が気付いて、「おはよう」とにっこり笑う。

私も「おはよう」と返したけれど、頭はまだまだ混乱したままだった。


 だって、だって、あの子は。

あの子がこうして笑っているのは、心の底から喜んで有り余るくらいに嬉しいことなのだけれど、それは永遠にありえなくなってしまった事のはずではなかったか。


 少し様子がおかしい私に、あの子や友達はやや不思議そうな目を向けてきたけど、思考がオーバーヒートした私は気が付かなかった。


「どうしたの?」


 あの子が話しかけてくる。私はまだぐるぐるする頭のままで、声を絞り出した。


「だって、だって、**ちゃん───」



「死んじゃった、ことになってるんだよ?」



 そう、言いかけて、止めた。

死んじゃった、という部分が喉から出かけていたけれど。


今、目の前でしゃべって笑っているあの子に、そんな事を言うのは失礼だと思ったからだ。


 それに──死んじゃった、とは、どうしてか言ってはいけない気がして。


 あの子は今、みんなと楽しそうにしゃべっている。


 朝の優しい日差しの中で。

 教室のイスに座って。


 その光景は“普通”の事なのに、なぜかとても嬉しくて、でもどこか叫びたくなるような気が付かない悲しみがあって、いつの間にかじわり、と目尻に涙が浮かぶ。


 “普通”じゃない、と私は何となくわかっていたけれど、もうそれを声には出さなかった。


 (…うん、いいや。このまま─このまんまで。)


 そして、願わくばずっと、このままで──


 その幸せな光景に、流れる涙をそのままにして、嬉しさと幸せと、なぜか切なさがごちゃ混ぜになった気持ちで、笑った。



 ◇◆◇◆



 ─そんな夢を、見たことがあった。


 夢を見たあと、瞼を開くと涙がこぼれた。

 その時、心はあったかいもので一杯だったけれど、同時に切なさが溢れていたのを今でもよく覚えている。


 日々が苦しくて苦しくて仕方がなかった時に見たその夢は、私の心をしばらくの間癒してくれた。




 あの夢を見てから、何度春がやって来ただろうか。


 あれ以来、春がくるとどうしても切なくて寂しくて、昔を懐かしむ心が湧いてくる。


 その要因の一つは、間違いなくあの夢なのだろう。

そしてそれが意味するものはつまり、あの子がもうどこにもいないことが要因の一つだと、そう言えるということか。



 春は、別れと出会いの季節。


 ふと、その言葉が頭をよぎる。

頭をよぎって、少し自嘲(わら)いたくなった。


 ああ、私はまだあの時の事を引きずっている。何の前触れもなく、いつもの別れのさよならすら言えずに、あの子と永遠に会えなくなってしまったあの日の事を。みっともないくらいに、しつこいかもしれないくらいに。




 でも、忘れたくないのだ。


 あの子と一緒に遊んで、楽しかったこと。

内容はもう覚えていないけど、平和におしゃべりをして笑ったこと。内気だった私が、勇気を出してあの子に遊ぼうと誘ったこと。


 全部、全部、過ぎ去ったあの日までの、大切な思い出の全てを。


 もう、あの子と、思い出を語りあって懐かしむことは出来ないから。


 そこまで考えて、スッと頭の(もや)が晴れた気がした。


(─ああ、なんだ。そういうことか。)


 つまり、春という季節を私が好きになれないのは。


 思い出を忘れたくないという焦燥感を呼び起こすから、春を好きになれないのではないか。


 春になって、あの子の事を思い出して。その度に思い出せなくなった記憶があることに気がついて悲しくなる。春に聞く子供達の声に寂しくなるのは、楽しそうなその声が、私自身の楽しかったあの頃の事を思い起こさせるから。


 全ては、思い出に固執していたから。


(そうか。…ならば。)


 春に寂しくならないようにするためには。

 春に寂しくならないようにするために、あの頃の事を思い出しやすいように、思い出を記録にでもして残しておこうか。


 思い出して悲しくなるのは仕方がない。それだけの悲しいことがあったのだから。でも、思い出せなくて寂しくなるのは嫌だから、次の春に思い出しやすいように、何かを残しておく。


 ─私に出来る事といえば、これしか無いわな。


 机に向かう。鉛筆を持って、ノートを広げる。

少し悩んでタイトルを書くと、思案するために窓の外に目を向けた。



 目を向けた空は、綺麗な青空に、もふもふとした白い雲が流れていた。






 読んでくださりありがとうごさいました。

もし、誤字・脱字や言葉の誤り、ご意見などがありましたらご報告くださると嬉しいです。


                    2017.03.11

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