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昼間の猫

「こんにちは!猫ちゃんに興味はありますか?」

声をかけられたのは市役所の前でのことだった。振り返ると同時にこの子がそうだと確信した。短く切り揃えられたオレンジがかった茶髪が水色のTシャツによく映える活発そうな少女だった。


「あー…興味ありますよ?猫大好きです」

本当は犬が好きだがそう答えた。



私はある少女の手助けをするように依頼された。少女の見た目はよくわからないが会ったらわかるというのは依頼主を疑っていたわけではないが本当だったようだ。


「あたしは昼顔みどり!猫ちゃんを助ける会に入りませんか?」


「どうして私に?というか突然何なんですか」


「えーと…あなたには何とも言えない縁を感じたので!」


なんだその理由は。


「まぁいいか。とりあえず案内してください」


早く面倒ごとを済ませて依頼主に借りたものを返してサボテンに水をあげたい。歩き出しながら会話を続ける。


「具体的にはどんな活動をしてるんですか?」


「迷い猫探していますポスター作ったりとかぁ、捨て猫ちゃんの新しい飼い主さん探したりとかぁ、迷ってる猫ちゃんを探したりとかぁ、あとは野良猫ちゃんの集会所で猫ちゃんにごはんあげたりとかですかね」


「なるほど。見たところ高校生位だと思うんですが学校と両立するのは大変でしょう」


「コーコーセー?なんのことかわかんないけど猫ちゃん大好きだからへっちゃらですよ!」


「そ、そっか」


また面倒なものを押し付けやがったな、畜生めと心の中で依頼主に毒を吐く。猫のなんたるかを延々と語るこの鬱陶しい少女を助けてやらねばならんと思うと先が思いやられる。借りたものもまだ作動しないようだし。


「それで、猫ちゃんを助ける会に入ってくれますか?」


「うん!もちろん!」


見つけたら目を離すなって言われてるし。まぁ見た感じ明らかに年下だし敬語じゃなくていいか。


「で、今からなにをするの?というかどこに向かってるの?」


「このポスターに書いてある」


と言いながら電信柱を指差す。


「猫ちゃんを探すんです。あなたの…えーと…そういえばあなたの名前を聞いてませんでした!」


「私は保谷つむぎ。つむぎでいいよ」


「つむぎさんですね!いい名前です!やっぱり縁を感じます!」


タメ口に変えたことについてはつっこまないのね。


「それはそうとつむぎさん。これはつむぎさんの初仕事ですよ!」


ポスターにはだらしなく太った三毛猫の写真が

・赤い首輪をしています

・人見知りするのでひっかくかもしれません

・見つけたら電話ください

などの情報とともに書かれていた。


「迷い猫探しね…」


「どうかしましたか?」


「ちょっと待ってね」


目を閉じて眉間に力を込める。するとだんだんとまぶたの裏に映像が浮かんできた。


「わわ、すごい顔になってますよ?」


あえてかけられた声を無視して映像に集中する。だらしなく太った三毛猫の映像がだんだん鮮明になってくる。


「池が見えるな…あとこれはブロンズ像かな…?」


「??大丈夫ですか?何か変なものが見えたりとかしてます?」


「大丈夫。猫の居場所が大体わかった」


「え?何?どういうこと?」


「猫は駅向こうの公園にいる」


「え?どうして分かるの?え?」


「とにかく急がないと猫が移動するから行くよ!」


「え?あ、はい!」






猫を飼い主のところへ連れて行った後、みどりちゃんを家まで送ることにした。


「いやー本当にいましたね!猫ちゃん!」


「そうだね」


説明しにくいことを聞かれそうな気がする。


「さっきの猫ちゃんの居場所がわかったのってもしかして千里眼?千里眼ですよね?」


「めっそうないです」


「えー!そうとしか思えませんよー!」


「あー…あれは勘だよ!勘!ヤマカンだから!」


「本当に勘なんですか?」


顔を覗き込んできながら問い詰めてくる。


「ほ、本当だよ」


「なーんだやっぱり勘かぁ」


素直な子で助かった…


「あ、ここが私の家です」


屋根は所々瓦の無いところがあり、縁側が枯れた植物で溢れた庭に突き出している。


「随分と古いお家だね」


「おばあちゃんの家ですから。」


「なるほど」


でももう少し手入れをしたほうがいいのでは無いか


「もう夕方ですしご飯食べて行きますか?」


「えー悪いよ」


「そんなこと言わずに、さあさあ上がってください!おばあちゃんもきっと喜びますよ!」


「じゃあお言葉に甘えて。でもご飯はまた今度にしようかな」


この子のことをもう少し知っておきたい。でも突然お邪魔した上にご飯までご馳走されるのは私の一般常識的にはどうなんだろう


「おばあちゃん!お客さんだよ!」


「あぇ?お客さん?」


出てきたのは搾り取られた生命力の残りで辛うじてこの世に存在しているような小さな老婆だった。


「お前が友達を連れてくるなんて初めてなんじゃ無いかぇ」


「そうだね!私お友達をお家に呼ぶの初めてだ!おばあちゃん、ご飯三人分ある?」


いつから私はこの子の友達になったんだ


「あの、突然お邪魔してすみません。私は少し寄っただけですのですぐ帰るので。お構いなく」


「三人分あるよ。よかったら食べていくかぇ?本当はお父さんの分だけど、この子の友達に食べさせてあげるならお父さんも喜ぶだろうしねぇ」


「いやいや旦那さんの分をいただくなんて、そんなことできませんよ」


「お父さんならもう骨になっちまってるから平気よ。仏壇にのお供えするのがご飯の代わりに饅頭になるだけさね」


「そ、そうですかならいただこうかなぁ。でも先にお家に電話かけていいですか?ご飯ご馳走になるって」


「家族への連絡は必要よ。電話して来なさい」


一旦玄関から外に出て電話をかける。


『あーもしもし?晩ご飯知り合いの家で食べてくから。私の分を適当に分けちゃって』


『待ちなさい。そこの家でご飯を食べるのはまずいわ。ご飯だけではなくお茶とかお菓子もだめ』

電話に出たのが家族でなくて一瞬戸惑うが家族以外で私の電話に出れるのはあいつしかいない。


『なんであんたが私の家の電話に出るんだよ、というかどういうことだよ』


『あなたに今いなくなられては困るもの。いい?その家は私があの子のために用意した場所だけど普通の人が暮らせるようにはできてないのよ』


私はなんてヤバイ所に踏みいろうとしてたんだ。人が暮らせるようになってないってどういうことだ


『まぁいいや。今日はあんたの言うことを聞いとくよ。ご忠告どうも』


『どういたしまして。で、帰ったらボクの所に来てくれるわよね?』


『はいはい。じゃ、また後で』


「電話終わった?」


玄関の扉の影からみどりちゃんが出てきた。


「あーごめん。今日やっぱり無理だわ。帰ってこいって言われちゃった」


「そっかぁ…」


「本当にごめん!今度また来るし、猫の会の活動もあるでしょ?」


「そっか…そうだよねもう会えないわけじゃ無いんだし。今日は我慢する」


「猫の会の次の目的が決まったら連絡ちょうだいね」


「うん!」


「じゃあおばあさんによろしく言っといて!またね!」


引き止められないように素早く自転車にまたがると力一杯漕ぎ出した。みどりちゃんと玄関から顔を出したおばあさんがどんどん遠ざかるのがわかる。遠ざかると共にあの空間が放っていた異様な雰囲気に気がつく。なんなんだあの子は。




「どういうこと?あの子は何なの?あと借りてるはずのものが作動しないのは何で?というか今回の借り物は何?」


「まあまあ落ち着いて、深呼吸しなさい。そんなに怒った顔してるとかわいい顔が台無しよ」


よく手入れされた長い毛を撫でながら奴はすました顔で私の質問を受け流した。


「それを説明しようと思ったからあなたをここに呼んだんじゃない」


黄金色に輝く毛の束を扇子のように広げ、豪奢な座布団の上で微笑んでいる(?)狐様が私の家が神主を務める神社の神様にして私の依頼主である。

私はこのように神様と対話し、今回のような頼みごとを聞いてご機嫌取りをしたりたまに豊作不作の占いをしてもらったりしている。本来は父がやるべきことなのだが父には致命的なほど霊感がなく、代わりに私がこの役目に就いている。


「まず、あなたに助けて欲しいと頼んだ昼顔みどりちゃん。あの子は普通の人間ではありません。何て言うのがわかり易いかしら?…そうね、彼女は人であって人でない。いつ消えてもおかしくない存在だけど消えてはいけない存在というべきかしら」


「どういうこと?消えてしまう?人であって人でない?」


「細かいことはいいわ。あの子についてはボクが何とかするわ。でも何とかするのに時間がかかる。だから私が何とかするまで時間を稼いで欲しいの」


「それが彼女を助けるってこと?」


「そう。彼女はこの世の人間と関わりを持っていないと消えてしまうの。だからあなたはできるだけあの子と一緒にいてあの子の面倒を見てあげて欲しいのよ」


「ならあのおばあちゃんと関わりがあるからわざわざ私が関わらなくても平気なんじゃないの?」


「ああ、あのおばあちゃんね。あのおばあちゃんは私が適当に置いた彼女の世話役よ。死んでから未練があったみたいだから条件付きで蘇らせてあげたのよ。つまりあのおばあちゃんはこの世の人間じゃないからあのおばあちゃんではダメ」


「あ、そう…で?あの子をどうすればこの依頼は終わるの?いつまであの子に付き合えばいいの?」


正直人間でも何でもないようなやつに関わるなんてまっぴらごめんだ。早く訳のわからない頼み事など終わらせて大学に提出するレポートを書き上げてしまいたかった。


「さっき言ったように何とかするにはしばらく時間がかかるから…そうね、今は何とも言えないわ。まぁ長くても半年ってところかしらね」


「は?」


「せいぜい頑張って」


その言葉を最後に狐様は座布団の上から姿を消してしまった。あと半年も訳のわからないものと付き合わないといけないと思うと早くも心が重かった。

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