i 線上のアリア
ドラマに使う曲を作ってほしい、という依頼が来た。私は童謡を3曲作っただけの実績。
ピアノ曲? 門前払いをしようと思った。そもそも私は作曲家ではない。売れない小説家だ。が、私になぜ白羽の矢が立ったのかが気になり、話だけ聞いた。
どうやら調子に乗った売れっ子ドラマ監督が、私の小説を気に入ったらしい。そして作者プロフィールに「作曲家」とも書かれていたので、依頼をしようと思ったらしい。嘘くさい話。没小説をダンボールに詰めて奴の家に宅配便で送りつけてやりたくなった。小説を気に入ったなら、脚本を依頼しなさいよ。
「ご検討ください」と言って、エージェントは監督から預かったという台本を食卓に置いていった。作った曲が使われる台本のページには、几帳面に蛍光色の付箋を張っているのに気付き、無性に腹が立った。A型はこれだから嫌いだ。そもそも、依頼するなら本人が来いよ。来ても塩を撒くけど。
台本の内容も酷く低俗だった。結婚詐欺師の男が、何人ものアラフォー独身女性から金を巻き上げる話。最後にその男が女性を落とす手口は毎回同じで、生演奏のあるホテル最上階のバーに女性と行く。そして何故か罠に落ちる女性が毎回、会話の途中で唐突に「あなたってピアノとか弾けないの?」と言うのだ。伏線とか無しにですよ? 水戸黄門の印篭かよ!
台本曰く、『困った様子で』「じゃあ君のために」と言って詐欺師はピアノを弾く。上手く弾く。女性は驚き、恋をする。「このホテルに部屋が取ってあるんだ」からの濡れ場突入。有名女優ばかりを起用しているのはこの辺りで視聴率を取りたいためか。
作曲しました。その名も「i 線上のアリア」。ドラマのキャッチが『愛が私を誑かす』だから、「私」の『I』と『愛』を掛けてみました。チープな曲名。聴き応えのある曲。俳優は弾いてる演技。
ドラマの打ち上げに招待された。ホテルでの立食形式。監督は上機嫌。だが私には分かる。悪戯を思いついた時、奴は上機嫌になるのだ。
「余興として、作曲者にあの曲を弾いてもらいましょう」と奴が言い出し始めた。会場から拍手が起る。会場にピアノがあるのはその為か。嵌められた。それにしても困った。あの曲、人間1人では絶対に演奏不可能なパートがあるのに。盛り上がった場を白けさせるわけにもいかない。
焦る私をピアノまで引っ張りながら「安心して。俺が連弾するから。あと、部屋取ってあるからね」と奴が小声で言った。もう! 今度こそ別れてやる!