山本五十六
数年後……
見渡せる程の広大で平坦な放牧地や農地が広がり、たくさんの牛が放牧されていて、のどかな風景が展開している。その地下には人知れずに広大な基地やドック等完成した。
「わすが数年でここまで…」
勇司は信じられなかった。普通、ここまで完成するのに数十年もかかるのに、ブレイン達の力でたった数年で作り上げた。基地やドックだけでなく、生産効率を高めるための工作機械や設備、レーダーや通信施設、防御設備など数え切れない程の設備を充実させている。
他に船舶用ガスタービンや高出力ディーゼルエンジン、航空用にターボプロップやジェットエンジン等の数十年後先に行く画期的な技術が盛り込まれている。
「我々の力を持ってくればこれくらいは容易いことだ。では、計画のとおり石油を売り込みを始めよう」
勇司のそばにいる男性が自信満々に言い放す。ブレインのクローンであり日本人としては珍しい180センチ位の長身で体格はきっちりとしている。
「どこに売ればいいんだ。ツテがないとどうしようもないぞ」
「海軍の山本五十六少将は石油問題で頭を痛めてるはずだ。申し出ればにきっと来るはずだ」
「山本五十六少将?」
刻まれた記憶を辿ってみると勇司はちょっと表情が暗くなる。
「ブレイン、本当に信用できる人物なのか?」
記録によれば山本五十六という人物は、将来GF長官になる人物。信用に足る者かと言えば答えは否だ。いや、微妙としか言えない。
航空機の先見、作戦の立案の能力は高く、博打好きで有名であることは確かである。しかし、真珠湾攻撃とミッドウェー海戦などの作戦の拙さが目立つ。はっきり言って愚将と言わざる得ない人物。
しかし、ブレインは
「疑問なのはわかるが、山本五十六以上の人物になるとコンタクトが難しい。余程の理由がない限り、伏見宮様に会いたいと言っても無理だろう。アポを取るとしても時間がかかるし効率ではない。他に優秀な人材はいるが階級が低く発言力が弱い」
「しかしなぁ…じゃあ、堀とか米内とかはどうだ」
「いや、堀悌吉は申し分ない人物だが予備役に編入されているから余程ない限り呼び戻すのは難しい。米内は論外だな」
「え、米内はダメなのか。山本が敬愛してる人物と記録してるが」
「確かに米内は有望な人物であるのは間違いないが信用できるかどうかと言えば答えは否だ。それとソ連との繋がりの疑いがある」
「え、ま、まさか……」
「ロシア語が堪能で、ソ連贔屓。繋がりがなくても異常な女好きでハニートラップによく引っかかると言われている」
「……」
呆れて口塞がらない。
「残念だが、米内は信用に値する人物ではない」
「ふぅ、消去法に考えると山本しかないということか。やれやれ前途多難だな…」
呆れたかように首を横に振る。
「案するな。うちの時代と同じになるとは限らない。これから創って行けばいい」
気落ちするなと言わんばかりに勇司の肩をポンポンと叩く。
「面倒だけどやるしかないな」
勇司は小さく首を縦に振りながら溜息を吐くだけだった。
季節は秋、美しい森林を背景に燃えるような深紅の紅葉が続く山里の風景に一本の線路に続く蒸気機関車が走っている。
カタンコトンと揺られながら紳士帽子を被っている五〇代の男性が饅頭を頬張っている。
「いやぁ、久しぶりの饅頭は旨い」
窓辺から広がる紅葉の風景を見ながら、饅頭をぱくつくのも乙なものだ。
「次長、非番とは言えど、暴漢がどこかに潜んでるのかわからないんですから自重して下さい」
隣にいる三十代と思わせる男性が呆れた顔で注意を促す。
「いいじゃないか、たまにハメを外したい日もあるものだよ」
どうやら息抜きで旅行をしたかったらしい。
「はぁ…っ」
やれやれと呆れる。山本の命を狙う輩が多いので周囲を警戒している。
「失礼、向かいの席を座ってよろしいでしょうか」
三十代と思わしき者が声かけてきた。グレー色のトレンチコートを身に着け中折帽を被り、見事な着こなしている。
「……すまないが他の席にしてもらえるか」
護衛の男は胡散臭そうに他の席にするように促す。
よく見れば周りの乗客は半数しかなく空席が随分ある。得体のしれない人物に相席に遠慮したかっただろう。
「まあいいじゃないか。旅は道連れ、話くらいはよかろう」
「し、しかし…」
護衛の男は表情が強張りちょっと焦る。
「ありがとうございます。では、言葉を甘えまして」
気にせずに向かいの席を座る。
「今日はちょっと寒いですね。お二方は旅行でしょうか」
季節は秋、秋の景色を彩る紅葉が見られる紅葉の季節であり観光客が多く訪れる季節である。平日のせいか観光客は少ないようだ。
「うむ、気のままに旅してるところだね」
「なるほど、実は私も同じなんですよ。ようやく長期休暇を取れたので、気のままに旅してるところですよ」
「ほう…」
山本はこの男を興味持った。護衛の男はちょっと呆れ気味だったが。
……
ほんの十数分、他愛もない会話を続いた。
「あ、失礼。私はこういう者です」
自己紹介してないのを思い出し、胸のポケットから名刺を取り出して山本に渡す。
名刺を受け取った山本は、
「『久我総合研究所』の一ノ瀬君というのかね? 君は何か研究をしてるのかね」
「ええ、いろいろと研究してますよ。例えばラジカセとかね」
「おお、あれか。そうか君だったのか」
山本だけでなく護衛の男も驚いていた。
「いえ、私は単なる助手ですよ、山本閣下」
この一言で二人の緊張が走る。山本は名を乗らず旅好きおっさんしか名乗ってない。この男は山本五十六と知って近付いて来た。
「貴様!」
護衛の男は一瞬警戒する。山本はすぐ手を差し護衛の男を制止する。
「まあ、落ち着きたまえ。殺すつもりならおらぁが既に死体になってるよ」
「し、しかし…」
山本に制止させられ口籠もる。この男は話をしているだけで何らの行動を示していない。
「ああ、すみません。誤解を与えてしまったようですね。申し訳ありません」
帽子を取り胸元にあてて詫びるように頭を下げる。
「……一ノ瀬君、君は何者かね」
「失礼致しました。私はある方に頼まれてこれを渡しに来ただけです」
男が懐から手を入れると護衛の男は一瞬緊張に走る。気付いた男は「あ、失礼」と断りがゆっくりと懐から封筒を取り出し山本に渡す。
「手紙か…」
受け取った手紙を繁々と見る。
「ええ、招待状です」
「招待……私にかね」
「はい、閣下の悩みに解消できるものです。ご返事をお待ちしてます」
一ノ瀬は席からゆっくりと立ち上がり帽子を被って軽く一礼すると次の車両へ移動して出て行った。護衛の男は何もすることなく黙って見送った。
後日、海軍航空本部にて、
「大西君、これどう思う」
お忍びの旅行から戻った山本は一ノ瀬から受け取った手紙を大西に渡す。
「はっ、拝見します」
受け取った封筒の表裏を確認、その中から折りたたまれた複数の便箋が入っており、それを取り出して読み始める。
「招待状? 石油の問題を解決できる用意あり……久我という者は一体何者です」
「聞いた話では例のラジカセを開発した御仁らしい」
「ああ、思い出しました。最近若者達の人気のラジカセですね。レコードより手軽で音質もいいらしいですな」
大西も噂は聞いていた。久我博士が開発したラジカセはノイズが少なく、音質がいい。録音もできる画期的で、従来のラジオより値段がほぼ同額で爆発的に売れていた。あまりの人気で在庫不足で出荷がままならないらしく、プレミアム価格で売られている程だ。
「しかし、なぜ博士からこの招待状を」
「うむ、大胆な人物だったよ」
一ノ瀬という男は隙も与えずただ者ではないとわかった。助手と言ってたが…。
「石油の件で視察来てほしいという話だ。君も来るかね」
石油の問題で頭を抱えている山本にとっては朗報な話であり、視察しに行っても損はなかろう。
「はっ、わかりました」
大西も同意した。
数日後、東京湾から随分離れた人通りの少ない湾岸に黒塗りのセダン車が停車した。
セダン車の後部座席から降りた山本と大西は、埠頭に停泊している翼長四〇メートル位の飛行艇をぽかんと口を開けて凝視する。
「次長。この飛行艇は……」
「九〇式飛行艇よりでかい。このタイプは初めて見る」
九〇式飛行艇
川西が初めて国産大型飛行艇を開発した機体であり、昭和5年に初飛行に成功したが、安定性、操縦性、エンジンの冷却不良等の問題があったため改修や改良等に繰り返しても問題点は解決しなかったため制式採用されることなく試作機のみで終了した。
埠頭に停泊している飛行艇は九〇式より大きく主翼に水冷式と思わせる4基のエンジン、胴体は鰹節と思わせる縦幅が広く堂々とした飛行艇だった。
「お待ちしておりました。山本少将、大西大佐」
突然背後から声を掛けられ振り返ると丸めがねをかけた長身の若者と、異国の血が混じってるのか茶髪の女性が立っていた。二人とも濃茶色の飛行服を着込んでいる。
「君は…この飛行艇は一体」
山本は飛行機のこと精通してるせいか飛行艇の方が気になって仕方なかった。
「この飛行艇は私が設計した飛行艇『晴空』です」
「な、君の飛行艇なのかね。晴空というのか」
山本は信じられなかった。民間人が飛行艇を所持してるとは驚きだった。
「私は久我勇司。こちらは妻の幸です。つもる話は乗ってからで行きましょう」
お互いの挨拶を済ませ、飛行艇に搭乗する。
「どこに行くのかね。石油はどこにあるのかね」
山本は石油はどこにあるのか知りたかった。
「北海道です」
操縦席に座った勇司が言った。山本と大西は唖然していた。石油は北海道にあるとは思ってなかっただろう。
「なるほど、だからこの飛行艇か。ちょっと長旅になりそうだな」
「ええ、ほんの2時間半くらいの飛行ですので楽しみにしてください」
(えっ?)
山本はちょっと首傾げた。
ここから北海道までおよそ一〇〇〇キロもある。飛行艇の速度を考えると少なくとも5時間近くかかる。なのに約半分の時間で着くのはどう考えても信じられない。
数分後、山本は驚愕することになる。
晴空の主翼に4基のエンジンは力強く、速度二二〇ノット(四〇七キロ)のスピードで巡航していた。飛行艇とは考えられない速度である。
「速い…。この飛行艇でこのスピードとは。最高速度は少なくとも二七〇ノット(五〇〇キロ)超えるだろう。この飛行艇を超える機体はおそらくどの国もない」
山本は飛行艇の能力を分析する。
「信じられない性能ですな」
大西もこの飛行艇を興味持ったようだ。戦闘機に匹敵する速度、積載量も桁違いだろう。
「うむ…」
山本は窓枠から主翼にあるエンジンをじっと見て思考する。
(あのエンジン…、いつものエンジンとは何かが違う。かなりの高出力に出してるに違いない。)
流石は山本五十六。晴空に搭載している4基のエンジンは従来のレシプロエンジンでなく三五〇〇馬力を絞り出すターボプロップというエンジンで高速巡航に可能にしている。
予定の時間のとおり北海道の陸地が見えてきた。海岸に近い湖に飛行艇は着水する。埠頭まで辿り着き飛行艇から車に乗り換えて目的地まで向かう。
目的地に着くとそこには広大な土地で何十匹の牛や羊など放牧してあり、のどかな牧場と思わせる場所だ。酪農家らしき人たちもチラホラと見える。
疑問符した山本と大西は
「ここかね。どう見ても牧場しか見えないが」
「ここに石油があるとは思えん。私らを馬鹿してるのか」
大西は騙されたのかと怒りを覚える。
「いえ、ここはカムフラージュですよ。本命は地下にあります」
「なっ、ここの地下が? し、信じられん…」
二人は驚愕する。まさか、のどかな牧場の地下に施設があるとは誰も思わないだろう。
「さあ、こちらに」
民家に入り、玄関の奥にある壁まで案内される。勇司は壁の中に隠されているレバーを引くと変哲もない壁がゆっくりと開く。唖然とした二人は、なんだここは忍者小屋かと思った程だ。
(次長?)
大西は山本の顔色を伺うが山本はあきらめ顔で驚いてもキリがないと溜息を吐き、エレベーターに乗り込む。続いて大西も続く。
いきますよと勇司は断りを入れて、エレベーターのスイッチを入れる。
カクッと下降する瞬間にフワッとカラダが浮き上がる感覚がする。なんとも妙な気分だ。
地下に着き、扉を開くとそこは彼方まで広がる大空間とそこに立ち並ぶ直径十メートルくらいあろう巨大な円筒型の石油タンクと生成施設など並んでるのを見える。それを見た山本少将と大西大佐があんぐりと開いた口がふさがらず呆然していた。
「地下にこんな施設が……」
ようやく我を還った山本は口開いた。
「いかがですか。ここにあるものは石油貯蔵タンク。全部でおよそ500万バレルの石油が入ってます」
「ご、500万……、本当かね。地下にそれだけの施設あるとは信じられん」
この量なら日本軍の艦隊全体で約半年分行動にできる量だ。のどから欲しいと思ってた石油が目の前にある。
「中身を確認してみますか」
「う、うむ。大西君、頼む」
「あ、は、はっ、わかりました」
我を還った大西は勇司にタンクの蓋を開けるように依頼する。タンクの中身を覗いたり臭いを確認したり細長い棒でかき混ぜて様子を見る。1個目のタンクを確認した後、別のタンクを確認する。1つ2つでなく全てのタンクを確認する気でいるようだ。
三〇分後、あらゆるタンクを確認した大西大佐は
「ほとんど見てきましたが。間違いなく石油ですね」
「そうだろうな。騙すのであればこんな大掛かりな事はしないだろうがね」
これだけの設備で騙すことなどはできない。いや、個人でここまでするのはどう考えても無理がある。久我という男は一体何者だ。
「必要あれば、精製することはできます。重油、軽油、灯油、120オクタンのガソリンなど可能です」
「しかし、原油は一体どこから…」
山本は疑問尽きない。日本に原油が出たという話は聞いたことがない。少数だが原油が出てる地域はあるが全ての艦隊に賄えるだけの石油の量は足りない。海外から購入するしか手立てがない。
「我が開発した無機質バクテリアやオーランチオキトリウム等によって作られた人造石油で、資源は海底などから取れます」
「バクテリア?人造石油?……」
「ええ、そうです」
何やら不可解な物質をあげても山本は理解できず、いまいち納得しかねるような顔をしていたが、それを振り切るように声を上げた。
「す、素晴らしい。これで石油の心配はなくなった。これさえあれば石油の問題がなくなった当然だ。ありがとう、久我博士」
「気に入っていただけて何よりです。今、カモフラージュしてありますが5万トン級のタンカーが5隻と接舷できる埠頭も用意してあります。それでお願いなのですが、すぐ石油を買い取って頂けますか」
「なぜかね」
大西大佐が睨み付けるようにそう問う。
「いえ、タンクは殆ど満杯なのでこれ以上生産できないのです。だから石油を買い取って頂きたいのです」
信用してくれないのかヤレヤレと肩を竦める勇司。
その答えに、いかつい大西の頬も緩む。
「なるほど、値段はどうかね。アメリカより高くては無理だぞ」
いくら石油はほぼ無尽蔵とは言え、購入する方は限度がある。日本帝国が使っている石油の大半は海軍が使用しているという実状を考えれば、大西の問いは当然の事だった。
そのこと理解した勇司は
「そうですね。儲けは考えてませんのでアメリカの1千分の1程度でいいですよ」
「な、本当かね。こんなに安くていいのか」
大西は驚愕した。国家予算に逼迫してる日本はアメリカより1千分の1の値段で石油を買えるのは大きな魅力だった。
「それはありがたい。是非お願いしよう。君のおかげで日本が救われた!!」
山本がかなりオーバーな表現で、勇司の手を取り言った。
「ところで山本少将。他の場所にご覧になって頂きたいものがあるんですが、時間はよろしいでしょうか」
「構わないが、何かね」
「ご覧になればわかりますよ。ご案内しますのでこちらに」
幅3メートル位ある広い通路に通り、しばらくすると造船所らしきの建物群が見える。
「これは…何かの施設かね」
「もうすぐわかりますよ。さあ、このエスカレーターに乗ってください」
エスカレーターに乗り、上の階へ上がる。
到着した場所は、全体に見回せる巨大なドックだった。かなり暗く奥まで見えない。
「ブレイン、明かりを点けてくれ!」
『了解だ』
どこかの声が聞こえた。
一瞬にカクテル光線が彼方へ向かったパッパッパッと点灯されてゆく。
そして二人の軍人は絶句した。そこに浮かび上がったのは巨大な8隻の戦艦群の姿だった。
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大型飛行艇『晴空』
旧歴史の二式飛行艇をベースに大型にして設計された飛行艇。
全幅 44.00m・全長 31.15m・全高 10.25m
自重 20,200kg(正規全備重量 32,800kg ・最大重量 55,100kg)
発動機 ターボプロップ(3,500馬力)×4基
最大速度 300kt(550km/h・高度6,000m)
実用上昇限度 10,000m以上
最大積載量 10トン
航続距離 5,000海里(約9,000km)
個人所有のため武装は無。
後日、晴空の飛行能力や積載量、掃海機および輸送等の汎用が高いため採用され、量産化決定することになった。
ご覧頂きありがとうございます。我ながら出来の悪い作品だなと自覚してます。
次回は『激突!艦隊決戦』です。
3~4日後投稿する予定です。(遅れる可能性があります。)