2.冒険者ギルド(ドード・ヨーン)
「まったく、いさぎよいと言えば聞こえも良いが・・・もう少し、考えてからでも良かったのではないのか?」
王宮から帰る道すがら、団長はぼそぼそと呟くように言う。
「でも、この場合、俺達が選ばれたのって決定事項だったんでしょう?」
「・・・まぁ、な」
タスクの言わんとしていることを悟り、団長は渋面を作る。
「断ることが出来ないのなら、考えるだけ時間の無駄です」
「・・・魔王だぞ?怖くないか?」
「怖くないと言ったら、ウソになりますが・・・。でも、民衆の不安をぬぐい去るためにも、魔王は排除しなければならない存在でしょう?」
団長はその通りだと頷く。
魔王の存在は、各国に暗い影を落としている。民衆の不安や恐怖は、国の存続にさえ直結してくる。厭世感が国中に広まってしまえば、治安が悪化し、国力が低下してくる。
そんなことになる前に、魔王を討たねばならない。誰かが、ではない。それぞれの国の枢機を担う者が決断しなくてはならないのだ。
「たまたま、その決断によって選ばれたのが、俺達だったというだけでしょう?」
タスクはどこか達観したように言う。
「お前は・・・元々、どこか諦めたような物言いをするところがあったが。いつから、そんな・・・」
団長は、苦々しいとも悲痛ともとれる表情を浮かべて、タスクを見やる。
「俺は、諦めてなんか・・・ただ、事実を述べているだけです」
“それは屁理屈と言うんだ”
その言葉が団長の口から発せられる事はなかった。ミオンが制したからだった。
「彼に何を言っても無駄です。こうと決めたら、決して曲げない人なんですから。・・・魔王を倒すと決めたら、本当にそうする為に行動出来る人なんです」
それは、遠回しではあったが、明らかに干渉を拒む言葉だった。
「・・・私は・・・」
団長は二の句を告げず、黙りこんでしまった彼を残し、タスクとミオンは宿舎へと行ってしまった。
「私は、若い芽を摘みたくはなかったのだ・・・」
呟いてから気付く。己の言葉の数々は、私情を交えたものだったということを見透かされていたのだ、と。
***
団長と別れてからも、タスクはその言葉が耳に付いて離れなかった。
諦めている、そんなつもりはなかったが、そう聞こえたのなら、明らかに自分のミスだ。どこか、投げやりな部分が団長にそう感じさせたのだ。
「タスク?・・・団長の言ったこと、気にしているの?」
「うん。・・・団長は、俺の投げやりな部分を見透かしていたんだ。だから・・・」
「だとしても、それはタスクのほんの一部じゃない。気にする必要はないよ。それに、団長だってわかってくれる。絶対。・・・融通の利かないところはあるけど、話のわからない人じゃないもの」
ミオンの言葉は、タスクにとって心地の良いものだ。気を遣わせているとは感じつつも、その厚意に甘える。
「うん。・・・きっと」
「・・・さ、準備が終わったら、さっそくだけど、冒険者ギルド(ドード・ヨーン)に行かなきゃ」
「冒険者ギルド(ドード・ヨーン)か・・・。なんだか、ドキドキする」
タスクが笑みをうかべて呟けば、ミオンも同意して頷く。
「本当に力のある人しか入れないギルドだものね。・・・ギルドっていっぱいあるけど、ピンキリだから」
「冒険者ギルド(ドード・ヨーン)は、歴史もあるし、入団のテストがすごく厳しいので有名だから、信頼できるギルドの一つだよね」
タスクは頬を紅潮させて話す。それも当然だ。冒険者ギルド(ドード・ヨーン)は少年達が一度は入団を憧れるギルドである。
ギルドの名前にもなっている創立者ドード・ヨーンは、悪竜を退治した功績で勇者と呼ばれた初めての人間であり、それ以降冒険者ギルド(ドード・ヨーン)は何度も勇者を排出している。
「俺、魔導騎士になれなかったら、(ドード・ヨーン)に入ろうって思ってたんだ」
「ふふ。タスクなら、きっと(ドード・ヨーン)にも入れたと思うわ」
「ありがとう、ミオン。お世辞でも嬉しいよ。・・・さあ、行こうか」
頷き、ミオンはタスクの後に付いていく。
「・・・(ドード・ヨーン)か、懐かしいわね」
「えっ?・・・何か言った?」
「う、ううん。何にも」
ささやき声よりも小さく呟いた事にタスクが反応して、ミオンは少し慌てる。
「そう?」
“空耳かぁ・・・”
ぼやきながら歩くタスクの背中を見て、ホッと胸を撫で下ろす。
“機は未だ熟してはいない。あともう少し。彼が自分に自信を持つまでは・・・”
「・・・ミオン?」
「ちょっと、ぼうっとしちゃった。・・・急ごう、タスク」
振り返るタスクの腕を取り、足を速める。
「わっ、ちょっと待ってよ、ミオン」
“あと、もう少し・・・”
ミオンの朱唇がほころぶ。
***
冒険者ギルド(ドード・ヨーン)の建物の前に来ると、一番初めに大きな看板が目に入る。
「・・・急に開く扉に注意・・・」
タスクは呆然と読み上げる。
「相変わらず、面白い看板が掲げてあるのね。・・・城下町ではね、この看板は名物なのよ。毎週違うの」
「ええっ!そうなのか?」
「うん」
仰天するタスクに、ミオンは微笑んで頷く。
「じゃ、中に入ろう」
「え、あ、うん。・・・扉に気をつけないとな、ホントに急に開いたりするかもしれないし」
「うん。そうだね」
クスクスと笑いながら、ミオンは応じる。
あの看板はギルドマスターの趣味であり、暗号であることに、タスクは気付いていない。
ただ、それは、ギルドに入っているメンバーさえわかっていれば良い事で、タスクが知る必要はない。
ゴクリとのどを鳴らし、タスクは扉に手をかける。次の瞬間、いきなり扉が開き、痛そうな音を耳が拾う。
「・・・た、タスク!」
扉に顔を強打して倒れ込んだタスクを、慌ててミオンが助け起こすと、タスクは目に涙をためて、鼻を押さえる。
「・・・痛い。思いっきり、鼻打った」
「だ、大丈夫ですか?外に人がいるとは思わなくて・・・ごめんなさい」
声をかけてきたのは、いきなり扉を開けた張本人だ。おどおどとした様子で、タスク達の側にしゃがみ込む。
「ホントにごめんなさい。・・・今、治癒の呪文かけますから」
そう言うと、持っていた杖をタスクの顔に向けてかざすと、呪文を唱える。みるみるうちに赤くなっていた鼻が元に戻り、痛みもひく。
「すごい・・・痛くなくなった」
「あなた・・・呪文使い?このギルドの人?」
「はい。ココといいます。・・・そう言うあなた方は、王宮の魔導騎士の方ですか?」
「ええ。私はミオン。こっちはタスク」
ミオンの言葉に合わせて、タスクは会釈する。
「ギルドマスターから伺ってます。どうぞ中に入って下さい」
ココはそう言って、タスクとミオンを招き入れる。
建物の中は簡素な造りになっていた。調度品もなく、ハントリスト(魔物出没の情報板)とランキング(成績表)が貼り出されているだけだった。
「その人達が、例の魔導騎士さん達?」
何気なくハントリストを眺めていたタスク達に後ろから声がかかる。きっと吟遊詩人にもなれるだろうと思えるような美声だった。
「あ、ナギ様。・・・えっと、こちらがミオンさんで、こちらがタスクさんです」
途端、ココの表情が幼くなる。紹介された2人は戸惑いながらも会釈をする。
「あなたが、ギルドマスターですか?」
タスクが尋ねると、ナギは苦笑して首を振る。
「いいえ。あたしは、ただの重剣士よ」
確かに身の丈程もある大きな剣を背負っている。
「でも、さっき、ココさんがナギ様って・・・」
「ああ、この子はね、特別。・・・小さな時からの付き合いでね。まあ、懐かれてるっていうか、何というか」
呆れたように言うものの、その表情自体は優しい微笑みを浮かべている。それだけで、彼女達の関係を何となく察する。
「ギルドマスターを呼んでくるわね。ちょっと待ってて」
ナギはそう言うと、ココを連れて奥の部屋へと入って行く。
「あ、ドキドキしてきた。・・・ギルドマスターって、このギルドの中で一番強い人だよね?」
タスクがミオンを振り返ると、ミオンは困ったようにタスクを見つめる。
「普通は、そうなんだけど・・・」
言い淀んで、首を傾げる。
「ミオンでもわからないことがあるんだ・・・」
タスクが呟く。単なる感想ではあるのだが、思わず出た言葉にタスク自身が慌てる。
「あ、べ、別に、がっかりしたとか、そんなんじゃないから!」
「ふふ・・・。うん。わかってるよ」
ミオンは肩を震わせて笑う。タスクの慌てぶりがあまりにも見た目とギャップがありすぎるのだ。
「お待たせ」
ナギ達が帰ってきて、慌てるタスクと笑うミオンを見比べる。
「・・・ふーん、ラブラブねぇ?」
「え、あ・・・す、すいません!!」
慌てるタスクをナギは面白そうに見やる。
「別に謝らなくても良いわよ?お似合いじゃない。・・・さて、紹介するわね。うちのギルドマスター、ショーよ」
「どうも。騎士団長から伺ってますよ、ハイ」
タスクの目が点になる。彼が思い描いていたギルドマスター像とはかけ離れていたからだ。
ショーはひょろひょろと痩せていて、ギルドマスターというより、酒場のマスターと言われた方がしっくりくる。
「ああ、初めての方は、皆さんそういう反応をされるんですよね。ウチのような名門ギルドはイメージが先行しがちですから、ハイ」
恐縮するタスクに、ショーは、カラカラと笑って、説明する。
「私がね、ギルドマスターになれたのは、強いからでも何でもなく、ドード・ヨーン様から命ぜられたから、ですね、ハイ」
「・・・って、いつの話なんですか!?」
仰天してタスクは尋ねる。目の前にいる人物はどう見ても30代半ば以上には見えない。
だが、勇者ドード・ヨーンが生きていたのは、今より何百年と前の筈だ。
「そうですねぇ、ざっと200年前位ですか。それから、ずーぅぅぅっと、ギルドマスターさせて頂いてますよ、ハイ」
「に、200、年。・・・失礼ですが、お歳は・・・」
「レディに年齢は聞かないモンですよ、ハイ」
“レディだったのか!”
もっとショックを受けたタスクは絶句する。
「・・・ショーさん。タスクをからかわないで」
「あれ?もしかして、ミオンちゃん?・・・大きくなったねぇ。私が最後に見たのは、10歳位の頃だっけ?」
「それ位になるかな?・・・もう、相変わらず、人をからかうことばっかりしてるんだね。外の看板といい・・・」
呆れた顔でミオンは溜息をつく。からかわれた事に気付いたタスクは、さすがにムッとする。
「あはは、ごめんごめん。年齢は35歳。ギルドマスターになったのは24歳の時で、11年前に魔王を倒した勇者のパーティーに暗器使いとして参加していたからなんだ。本当は勇者さんがギルドマスターになる予定だったんだけど、断られちゃったんで、私にお鉢が回ってきた、と。そういうことなんだよね、ハイ」
口癖はどうやら本物らしい。タスクは変なことに納得して、頷いた。
「じゃあ、魔王のこと、ご存じなんですね?」
「ええ。だから、ウチに話を持ってきたんでしょ?国王様はね、ハイ」
さらっと答えたりしているが、危険な旅であったことは間違いない。勇者のパーティーに参加していたのなら、彼もまた、勇者の一人といえるだろう。
「ショーさん、魔王は11年前に確かに倒されたのよね?」
ミオンが確認する。その表情は困惑に満ちている。
「うん、間違いと思うよ。あの時、魔王は塵となって消えたから、ハイ」
「同じ魔王なんでしょうか?」
今度はココが尋ねる。
確かに、復活したというより、他の魔王が現われた、といわれた方がしっくりと来る。
「う~ん。どうだろうね?見に行ったワケじゃないからわからないけど、情報屋によると、11年前の魔王と今回の魔王はあらゆる点で符合するらしいよ?ハイ」
「だとしたら、復活させた、誰かがいるって事ね」
ナギが結論づける。
魔王自身に復活する力があるなら、11年も経て復活するのは、少し間が開きすぎている。
復活させたのは人か、魔物か。どちらにしても、その相手を倒さない限り、いくらでも魔王は復活するということだ。
「面倒ですね。そういう影から操るタイプって、滅多に人前に姿を現さないでしょう?」
ココは眉間にしわを寄せる。彼女自身、そういうタイプと出会ったことがあるような言い方だ。
「ああ、そっか。ココって、そういうヤツに嫌な目にあわされたんだっけ?」
「・・・はい。私の場合、人でしたけどね。嫌な思い出です」
誰も詳しく尋ねることはしない。話の通じる者の間だけで交わされた話に、首をつっこむことは悪趣味だ。
「ん~、ところでココちゃんは何で未だにお出かけしてないのかな?魔法薬を買いに行くところじゃなかった?」
ショーに尋ねられ、ココはぎくりと体を強ばらせる。
「そ、それは・・・。また、扉でやっちゃいまして・・・」
「あらら、それはそれは。で、被害者は?」
「・・・タスクさんです。すっかりその事に気を取られて、買い物に行くところだったのを忘れちゃってました」
ココは恥ずかしそうにうつむく。
「災難だったね、タスクくん。・・・彼女、猪突猛進でね。とにかく一つのことに集中すると、他のモノが何にも見えなくなっちゃうんだよ。看板にも書いてあったでしょ?“急に開く扉に注意”ってさ、ハイ」
「あれって、ホントに扉に注意するようにっていう注意だったのね・・・」
暗号だとばかり思っていたミオンは溜息をつく。
「まあ、暗号を含めた看板を掲げる事の方が多いけど、ここ最近は彼女、ココちゃんの被害者が多くてね。こう、扉でバーン、と、顔を強打するのね?ハイ」
ショーは身振りでタスクを含め、多くの被害者達が受けた衝撃を表現してくれる。
「まったく、気をつけなさいっていつも言ってるでしょ?」
「す、すいません、ナギ様」
ナギに呆れたように言われ、ココはシュンとしてしまう。
「そんなに彼女を責めないであげて下さい。・・・呪文で治療してもらいましたし、大丈夫ですから・・・」
タスクがココを庇うと、ナギはさらに深い溜息をつく。
「ホントに、ココが扉をぶち当てる人達は、お人好しが多いのよね。これも、ココの強運の一つなのかしら・・・」
「ははは・・・」
遠回しにお人好しと断言されて、タスクは乾いた笑いしか出てこない。
「ところで、話を戻すけど、魔王討伐隊に参加してくれるギルドのメンバーってどこにいるの?」
ミオンはショーに尋ねる。
「うん。彼女達が一番適任じゃないかな、と思ってたんだけどね、ハイ」
「え、じゃあ、ココさんとナギさんが参加してくれるんですか?」
タスクは確認する。
「ええ。こう見えて、あたしもココも結構ギルドの中じゃ成績優秀なのよ」
「そうそう、ランキングの上位に常に入ってますしね、ハイ」
ナギの言葉に付け加えると、ショーはランキングを見るように促す。
「あ、ホント。すごいわ、今月のランキングでナギさんが1位でココさんが2位・・・」
「すごいですね。この3位の人の名前聞いたことありますよ、リョー・ウッギ。確か、竜の巣に単身で乗り込んで、迷い込んだ子供達を助けた人でしょう?そんな人より上なんて・・・」
タスクが感心して2人を振り返ると、ムッとしたココの表情が目に入る。
「あれ、俺、何か悪いこと言いました?」
「ああ、気にしないで。この子とリョーって仲がものすっっっっごく悪いの」
ナギが苦笑する。
「あんなヤツが、私のすぐ下にいるなんて!酷く不愉快です」
普段は穏和そうなココの目がつり上がっている。どうやら相当嫌っているようだが、いったい何があったのかは、雰囲気からして聞けそうになかった。
「不愉快とは何だよ、ひでぇな」
「うわ、出た」
苦笑していたナギが途端に身を引いて、顔を歪める。彼女もどうやらリョーを避けているということはわかる。
「オイ、人を魔物のように・・・」
「魔物の方がマシだ!このエエカッコしぃ!」
ココがかみつきそうな勢いで言い返す。
「エエカッコしぃってなんだよ!!・・・ったく、人の顔見るなりかみついて来るのはやめろよな」
「もともとは、あんたのせいよ。自業自得」
ナギが肩をすくめる。リョーは溜息をついてタスク達に視線を向ける。
「あんた達か、魔王討伐隊の魔導騎士さんってのは。・・・どうやら、国王は若い芽を育てるつもりらしいが、逆に摘まれたらどうするつもりなんだか」
言葉の裏に隠されたリョーの本音が声音に現われる。
「国王が彼らを選んだのはね、理由があるんだよ。ハイ」
「へぇ、どんな?」
「魔王を倒した勇者の推薦・・・ですよ、ハイ」
ショーはニヤリ、と笑う。
絶大な威力を持つ言葉だという自覚があるからだ。案の定、リョーはもちろんのこと、ナギやココ、タスク達までその言葉に固まってしまっている。
「み、ミオン、俺達、勇者に面識・・・あったか?」
「・・・勇者が誰かっていうのがわからなければ、面識がどうこうって言えないけど・・・」
「そ、そうだよな」
魔王を倒した勇者は、名前も顔も公表されず、ただ、その圧倒的な強さと、まだ成人に満たない年齢であったことだけが語り継がれ、生きた伝説と化している。
「ともかくも、その勇者さんの推薦ですから、国王だって、従うしかないでしょう。ハイ」
「・・・ショーさんは、ご存知なんですよね、勇者」
タスクに真っ直ぐな視線を向けられて、ショーは困ったような笑みを浮かべる。
「お教えできないことになってます。それが、勇者さんの望みですから。ハイ」
「あんたはいつもそうやって、笑ってごまかすんだよな。勇者の話になると」
苛立ったように、リョーが呟く。
「リョーくん・・・」
ショーは困った顔のまま、リョーと向かい合う。
「私はね、勇者さんの望みを叶えてあげようと思ってるんだよ。あの子は、あまりにも、不運すぎた。あんなに小さかったのに、あんなに強かったから・・・。だから、魔王討伐なんてとんでもない依頼をされちゃったんだ。だから、あの子には、普通の人生を送って欲しいんだよ。・・・ハイ」
「あんたは、それで良いのかよ?」
「私は、これで満足しているから、それで良いんだよ。ハイ」
ショーはそう言って、満面の笑みを浮かべた。




