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11.堕ちた者

  一方・・・。


「・・・どうして・・・」


 ミオンは暗がりに視線を向ける。邪悪な気配がそこにある。自分をさらった張本人の発するその気配は、ミオンの良く知るものだった。


「・・・どうして?」


「それを尋ねて、お前はどうする?」


「・・・だって・・・あなたは」


「ああ。・・・どうしてだろうな?これもまた、神の決めごとなのかもしれないな?」


 暗がりからミオンの目の前に進み出たのは、薄い青の瞳、真っ白な髪の青年。どこからどう見ても、水人族だった。


「フェロス。・・・11年前、魔王討伐隊に参加していたあなたが、なんで、魔王を甦らせたりしたの!?」


「・・・召喚術とは・・・本来、魔物に力を借りるもの。その王にたてつくことは・・・万死に値する。・・・魔王が俺に言った言葉だ。召喚術の最終奥義は・・・魔王召喚。・・・俺は、自分の力を試したかった。魔王討伐では役立たずのこの力も、勇者を迎え撃つには脅威となるだろう?」


 くつくつと笑う。青い瞳にはもはや狂気しか映されていなかった。


「っ・・・タスク・・・助けて・・・」


 ミオンの声は恐怖のあまりかすれてしまう。


「・・・助けて・・・」



***


 

『助けて・・・タスク』


「・・・ミオン・・・?」


 立ち止まり、タスクは虚空を見つめる。


「タスク、どうしたの?」


 キララが心配そうに見上げるが、タスクはすぐに首を振る。


「いえ、空耳のようです。・・・急ぎましょう」


 城内を走って進む。迎え撃つと思われた魔物は居ない。


「おかしいわね。静かすぎるわ」


 ナギが呟く。


「・・・奥に、邪悪な力を感じます。・・・魔王は私達を呼んでいるんですよ。だから、余計な邪魔はしないハズです」


 スズがそれに答え、沈黙が降りる。走る足音だけが響き、しばらくして、たくさんの扉がある、大きな広間に出る。


「・・・どれだ?」


 エサカがスズを見る。


「・・・どれからも、邪悪な力を感じます・・・おそらく、どれを開けても同じでしょう」


「迷わせるつもりもないってワケね。・・・向こうは準備万端ってコトか」


 ルザナが溜息をつく。


「・・・早く行こ。ここで悩んでたって、しょうがないじゃない」


 カナがそう言って、一番近くにあった扉の取っ手を引く。


 闇が広がり、今までとは違う雰囲気の空間が目の前に広がる。


「・・・ようこそ、勇者諸君」


 響いた声に、全員がその声の主に目をやり、驚愕する。


「・・・あ、フェロス・・・さん?」


 声の主をみて、カナが呟く。


「なぜ、水人族が・・・」


 キララも困惑したように呟く。


「・・・ああ、シオルドの養女か・・・。久しぶりだな」


 目を細め、フェロスはカナに笑みを向ける。


「え、何で?・・・えっ?」


 混乱するカナを見て、フェロスはよりいっそう笑みを深める。


「簡単なことだ。・・・あの時、完全には倒せなかった魔王を、召喚術で甦らせたんだ。・・・俺がな」


 タスク達に更なる驚愕が走る。


「だ、だって、フェロスさんは・・・勇者のパーティーにいて・・・、それが、どうして!?なんで!?」


 次第に頭の中が整理されてきたのか、カナの口調は戸惑いから怒りのそれへと変わる。


「クク・・・。ミオンと同じ事を聞く。・・・ならば同じ答えを返してやろう。・・・召喚術とは本来、魔物に力を借りるもの。その王にたてつくことは万死に値する。・・・魔王が俺に言った言葉だ。召喚術の最終奥義は魔王召喚。・・・俺は、自分の力を試したかった。魔王討伐では役立たずのこの力も、勇者を迎え撃つには脅威となるだろう?・・・実際にこの通り、お前達は俺の力の前にひれ伏すしかないんだよ」


「・・・あんたは狂ってる」


 怒りを押し殺したような、そんな声でナギが呟く。


「そんなコトの為に・・・あんたの自己満足の為に、どれだけの人が犠牲になったと思ってるの!?」


「あぁ、たぁ~くさんの犠牲が出たなぁ。・・・それがどうした?」


「・・・っ!?」


 息を呑むタスク達。


「狂人に何を言っても無駄よ。・・・それより、ミオンはどこ?」


 唯一冷静にその事を聞き流したキララは、フェロスを睨み、そう、問うた。


「・・・ようやく本題か?クク・・・ミオンなら、ほら、そこにいる」


 警戒しながらフェロスが示す方へ視線を向けると、床にへたりこんだミオンの姿があった。


「!・・・ミオン!!」


 駆け寄るタスクが、見えない壁に阻まれる。


「っ!」


 衝撃が音となって伝わり、俯いていたミオンが顔を上げる。そして、タスクを瞳に映すと、くしゃりと表情を歪めてタスクの元に駆け寄った。


「・・・!・・・!!」


 結界を挟んで目の前にいるミオンが何事かを叫ぶが、見えない壁に阻まれて、声はこちらには届かない。


「ミオン!・・・今、出してやるから!!」


 タスクが聖剣を抜き放ち、見えない壁に斬りかかる。が、ビクともしない。


「・・・っ!」


「タスクさん!ミオンさん!退いて下さい!!」


 ココがタスクに向かい、声をかける。タスクは飛び退く。ココの動作を見てミオンも察したのか、その場から離れる。


 それを確認して、魔法薬をたっぷりとその場にまき、ココは力ある言葉を紡ぐ。


「ブレイク!」


 凄まじい爆音と同時に閃光が走る。一瞬にして辺りが煙に巻かれ、何も見えなくなる。


 煙がはれ、タスクがもう一度見えない結界に触れる。


「・・・消えてない」


「・・・クク。無駄だ。・・・それは魔王特製だからな。魔王を倒さなくてはな」


 その言葉と共に、ゆらりとフェロスの背後から、黒い影が現われる。


「・・・っ!・・・魔王」


 フェロスに憑依しているようにも見える魔王に、キララが目を見開く。


「まさか、魔王召喚って・・・そういうことだったの?」


 ココが呻く。


 魔王召喚、召喚術を極めた者だけが使えるという術。それがまさか魔王を憑依させる術だとは思いもしなかったのだ。


「ということは、フェロスさんの心の闇を、魔王が増幅しているっていう可能性もあるってことぉ~?」


 カナの言葉に、タスクはハッと手に持っている聖剣を見つめる。


「・・・そうか【純白の剣】は魔王召喚を打ち破るためのものだったのか」


 その呟きを耳にしてタスクの手に握られた聖剣に気付いたフェロスは、サッと顔を青褪めさせた。


「そ、それは!」


「【純白の剣】・・・魔王召喚を使うあなたなら、わかるはずですね?」


 タスクはひたとフェロスを見据え、【純白の剣】を構えた。その瞬間、眩い光が辺りを包む。


「ぐ、あぁ・・あ」


 光を浴びたフェロスが頭を抱えてその場に蹲る。


「・・・っ、タスクっ!」


 フェロスに気をとられていたタスクの背に、ドン、と何かがぶつかった。


「・・・ミオン?」


 自分の名を呼んだ声の主を呼べば、するり、と胸の前に腕をまわされる。


「【純白の剣】の効果で魔王の結界が吹き飛んだのね」


 キララが呟けば、皆がホッと息をつく気配がする。


「ぐ・・・うぅ・・・」


 フェロスの呻き声に再び視線を向ければ、フェロスの身体がぶれて見えた。


「魔王と分離しかかってる!」


 エサカが指を指したのは、フェロスの背後。


 黒い靄のようなものがフェロスから徐々に抜けていく。それと同時に辺りを闇が浸食して行く。


「・・・ま、魔王が・・・」


 ココが声を震わせる。導師の一族の末裔である彼女には、その闇の正体が見えていた。


「これは・・・悪意」


 同時に、スズが呟く。


 彼女もまた導師の一族の末裔であるが故に見えたのだろう。


 悪意、憎悪、苦しみ・・・全ての負の感情がフェロスの背後に漂う黒い靄から流れ出ているのだ。


「よく、聞け・・・魔王・・・召喚、は・・・術者を依り代にする術では、ない。術者を生贄にして・・・ッ!」


「・・・愚かなる者よ、御苦労であった」


 フェロスの左胸の下から真っ赤な手が生えた。


「っ!!!」


 驚くタスク達を傍目に、フェロスの左胸を貫いた魔王はくつくつと笑う。


「ククク・・・11年前、倒されたように見せかけて、私はずっとこいつの心の奥の闇に潜んでいた。・・・徐々に闇に置かされる己の心と葛藤する姿を見るのは至極愉快だったぞ」


「くっ・・・ああ・・・っ、わか・・ていたさ。お前が俺の心を浸食して行くのは・・・だが、奥、義は・・・極めたぞ」


 ニヤリと笑い、フェロスは魔王を見やる。己の心の闇が招いた結果とはいえ、魔王召喚は召喚師が術を極めたという証ともなる。


「一矢報いた・・・とでも言うつもりか?」


「クク・・・さぁ?・・・どうだ、ろうな?」


 がくりと膝をつき、片方で左胸を、もう片方で身体を支えると、フェロスは苦しそうに息をつく。


「肺は避けておいてやったぞ。・・・死に際の言葉を吐きたいだろうからな」


「・・・ははっ・・・そりゃ、どうも・・・。じゃ、遠・・・慮なく。・・・おい、お前等っ!・・・っ、この、くだらねえ、茶、番を・・・さっさと・・・終わらせ、やがれ!!」


 フェロスがそう言うや否や、魔王が指を弾き、フェロスの身体が火に包まれる。


「・・・感謝するぞ、愚かなる者。・・・貴様のおかげで、復活できた」


「魔王・・・」


「・・・翼主か。・・・久しいな。我が妃よ」


 何度目かもわからない驚愕がタスク達を襲う。


「我が妃・・・妃って・・・」


 ココがワナワナと震えながら問いを口にする。


「そう。・・・私は・・・魔王の妃。そして・・・」


 キララは魔王の元へ駆け出す。皆が呆然とするなか、タスクだけがキララのしようとしていることを理解する。


「キララ、いけない!!止めて下さい!!」


 キララは止まらず、そして、魔王に右手を突きつける。


「神の妃として魔王を還す者。・・・それが、私」


 その右手は、魔王の左胸に向けられ、キララの言葉を受けて顔を歪ませた魔王は、微動だにせず、その行為を眺めていた。


「やはり・・・お前は、ヤツを選ぶか」


「当然でしょう?・・・だって、私はこれ以上の動乱を望まない」


 音もなく、キララの手は魔王の左胸に吸い込まれるように入って行く。


「・・・我が妃よ・・・。それは・・・その術は」


 ふっとキララが微笑む。その美しい笑みに、魔王はそれ以上の言葉を紡ぐのを止めた。


「魔王。古の約束を果たしましょう・・・?」


「キララ!!」


 タスクの叫び声がキララの耳に届く。


「・・・古の、約束を思い出して。・・・私を止めないで」


 ぷつぷつと呪文を唱え、キララはタスクたちの方を向く。


「・・・思い出して、あの時の約束を」


「っ!!」


 呪文の発動と同時に、全員が頭を抱えてしゃがみ込む。強制的に呼び起こされた記憶は、身体を麻痺させる。


 それは、古の約束。


 まだ、神がこの世界にいた頃、交わした約束。


「思い出したわね?・・・タスク」


 すっと立ち上がったタスクの目から、涙がこぼれる。


「・・・キララ・・・」


「・・・ごめんね?私は知っていた。ここに来たらこうなると。私は・・・私の役目は・・・」


“魔王と共に神の元へと還ること”


「キララ!」


 ナギとココが立ち上がる。


「ねぇ?思い出したのでしょう?・・・誓いを。古の約束を」


 キララの言葉に、ナギとココは息を呑んだ。


 神と交わしたあの約束は、今の彼女達には、到底承服しかねるものだったからだ。


「・・・っ!」


「それは・・・」






***


『約束よ。・・・私は、いずれ現われる魔王を我が身を犠牲にしてでも貴方の元へと還します』


『すまない、我が妃よ。・・・神であるのに、私が不甲斐ないから・・・。翼主のことを頼んだぞ、お前達に頼りきりになることを許してくれ』


『いいえ、神よ。光があれば闇があることも必然。・・・全力を持って、翼主を魔王の元へと送り届けます』


『頼む・・・。魔王を・・・“もう一人の私”を消し去れるのは、翼主しかいないのだ』


***



「神の・・・心の闇が、魔王」


 呟いたのはルザナ。神と誓ったあの日、その事実を告げられた。そして、神は眠りについた。神宝へとその身を変えて。


「俺たちの役目は、翼主を魔王の元へ連れて行くことだった・・・」


 のろのろと立ち上がり、エサカはキララを見つめる。


「そっか・・・あの日、あたし達は・・・それを約束して・・・誓ったんだ」


 カナもまた悔しそうに呟く。


「・・・そう。だから・・・」


“邪魔、しちゃダメよ?”


 キララはそう言って微笑み、魔王の左胸を突いていた手と逆の手を自身の胸の辺りにあてる。


「・・・」


 白い翼が大きく広がり、舞う羽の中で美しい女性が佇む。


「2代目智翼主【ウィズドム】・・・神の愛姫・キララ」


 タスクが呟く。


 初代の翼主は人に怯え、狂った。


 2代目の翼主は人を愛し、神に愛された。


 キララ、その名を聞いて気付かなかったのは、記憶の奥底に眠っていた知識だから。


「・・・ここまで、連れて来てくれて、ありがとう。ようやく、約束を果たせる。・・・さぁ、魔王。一緒に神の元へ還りましょう?」


「・・・我が妃よ・・・共に行ってくれるのか」


 呆然と魔王は呟き、微笑むキララを見つめる。


「・・・ええ。それが約束。さあ、逝きましょう?」


 そっと魔王の手を取り、キララは目を瞑る。


『闇よ去れ』


 魔王とキララの言葉が重なり、辺りが眩い光に包まれた。

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