プロローグ
「魔王が復活した」
仄暗い元老院。報告した男の一言に、おお、と声があがる。
元老達は、顔をつきあわせた。
「どうしたら良いものか・・・」
「・・・勇者はどうしたのだ?あの、魔王を倒した勇者は・・・?」
「勇者は引退した」
また、ざわめきが起る。
「国王、それは、どういう事なのですか?・・・確か、かの方は、史上最年少で勇者になったのでは・・・」
一人の元老が食い下がる。が、
「一度は世界を平和にしたのだ、引退したいと言われれば、そうかと言うしかない」
国王の返答は素っ気ない。
「そんな・・・。では、一体どうしたら・・・」
「引退してはいるが、連絡は取れる。あれに誰かを推薦させれば良い」
投げやりにそう答えると、国王は席を立つ。
「ここでこうしていたところで、何が解決するわけでもない。私はお前達と違って、暗いところが嫌いなのだ。帰らせてもらうぞ。・・・あれには連絡を取っておいてやる」
呆けたままの元老達を残し、国王は元老院を立ち去る。
「なんと・・・」
元老達は次の言葉を飲み込んだ。
“いい加減な方だ・・・”
***
元老院を出た国王は、身辺警護の為に外で待機していた近衛隊長に赤い羽根を渡す。
「これを、魔導騎士団の団長に渡せ」
「は。かしこまりました」
近衛隊長が受け取るのを確認すると、国王は颯爽と王宮へ向かう。
「こっ・・・国王!」
近衛隊長は慌てて国王を追いかける。
国王を守ることが彼の仕事だというのに、この国王はおとなしく守らせてはくれないのだ。
もしかして、彼を小間使いと勘違いしているのではないだろうか。
だが、くよくよしても始まらない。彼は与えられた仕事をこなすことに専念すれば良い。それが、精神衛生上一番だ。
国王を王宮まで送り、彼は、魔導騎士団の宿舎へと向かう。
***
「・・・おや、珍しい人が来た」
そう言って、近衛隊長を出迎えた魔導騎士団の副団長はきょとんとした。
近衛隊と魔導騎士団はとても仲が悪い。理由は不明だが伝統とも言える。何代にもわたってトップが変わろうとも、その仲が修復されることは無かった。
よって、近衛隊長が魔導騎士団の宿舎にやって来ること自体が珍しいのだ。
「国王に頼まれたのだ。・・・団長は?」
「ああ、団長?・・・多分、タスクと一緒かな・・・。だとしたら、奥の扉から出た演習場にいると思うぞ」
それを聞いて演習場に足を向けた近衛隊長に、気をつけろよ、と副団長は声をかける。
「下手に開けると、呪文をぶっ放されるか、剣の破片が吹っ飛んでくるかするぞ」
にやにやと笑うその顔を思わず殴りたくなったが、グッと堪えて近衛隊長は奥の扉に手をかける。
扉の内側から剣を打ち合わせる音や、呪文を放つ音が聞こえる。ゴクリと唾を飲み込み、彼は扉を開けた。
「団長はおられるか!?」
声を張り上げる。演習のとばっちりを受けては堪らない。思いの外彼の声は演習場に大きく響いた。
「・・・おや、珍しい人が来た」
副団長と同じ事を言いながら、団長がこちらを振り向く。眠そうな顔をしているが、決して眠いわけではなく、元々こういう顔なのだという。
他の団員のじろじろと敵意のこもった視線を受けながら、近衛隊長は団長に向かって歩きだす。
「タスク、ちょっと後ろで待っていろ」
「はい。団長」
団長は、側にいた青年を下がらせて、近衛隊長と向き合う。
「で、一人で来たということは、陛下のご命令かな?」
「ああ」
近衛隊長が懐から赤い羽根を取り出すと、途端に団長が眉間にしわを寄せる。
「・・・元老院の帰りに渡されたのか?」
「ああ。・・・悪い知らせか?」
「いや・・・これ自体が悪いわけではないが・・・」
言い淀んで、団長はくるりと団員達の方へ向き直る。
「演習はここまで。今日は各自部屋でゆっくり休め」
団員達からどよめきが起る。
「団長・・・」
心配そうに団長を見上げたのは、先程団長の側にいた青年。
「すまないな、タスク。今日は目一杯演習に付き合ってやると約束したのに」
「いえ、それは良いんですが。・・・団長がそのように厳しい表情をされるのは滅多に見ないものですから」
「ああ・・・。いや、気にするな。気が重いだけだ」
団長はそう言って、近衛隊長を見る。
「わざわざすまないな。陛下には了解したと伝えてくれ」
「わかった」
演習が中止になったのは彼の所為ではないのだが、先程より更に敵意のこもった視線を向けられて、近衛隊長はそそくさと演習場を出て行く。
斬りかかられたり、呪文をぶっ放されたりしたら堪らない。
「まったく、国王も面倒な事ばかりを押しつけてくれる・・・」
近衛隊長は誰にともなくぼやき、重い足取りで王宮へと向かった。
***
近衛隊長が帰った後、すぐに団長も演習場から出て行く。団員達はまだ納得できないようだったが、ぶつぶつと何やら呟きながら自室へと戻っていった。
後に残ったのは、先程、団長の側にいた青年と、遠巻きにそれを眺めていた女性団員だった。
「ミオン・・・。団長は、一体どうしたんだろう?・・・あの赤い羽根って、何なのかな?」
「・・・わからない。でも、大丈夫よ。団長は気にするなって言ってたじゃない」
「うん・・・。でも、なんか嫌な予感がするんだよなぁ・・・」
「気にしない、気にしない。・・・ほら、部屋に戻ろうよ」
女性団員はにこりと笑って、青年の背中を押す。青年の表情がやや弛み、二人は宿舎へと続く扉の向こうに姿を消した。
青年の嫌な予感が、当たるとも知らずに・・・。




