第30話 青い軌跡
部屋の中央から、お互いに二十メートルほど離れた場所で、俺とエディスは剣を構えている。
瞼を閉じ、トントン、と軽く何度もジャンプをする。
入念に肩や太股、脹ら脛などの、解せる筋肉は全て解す。
最後に手を剣の柄へ運び、ゆっくりと、まるで牛の乳搾りでもするかのように握る。
ゆっくりと鞘から剣を抜くと、心地よい金属と金属の擦れる音が耳に届く。
完全に刀身が見える、と言うところで、一気に鞘から抜く。金属同士が当たる音を響かせながら、二本の剣を構えた。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、エディスが見えた。
エディスも、俺と同じように鞘から両手剣を抜き、正面に構えている。
それを目視して、一秒後。
俺の剣の刀身が雷に。エディスの剣の刀身が黒いオーラに包まれる。
ひとしきり雷がバチバチと言う音を部屋中に響かせた。その瞬間、俺とエディスは同時に強く床を蹴った。
―――
二人が充分に接近するために必要とした時間は、たったの一秒か二秒だった。
互いに肉薄しあうと同時に、エディスは両手剣を上から振り下ろす。
それに、アレンは二本の剣を交差させることで受け止める。
直後。
――ガァァァアアアアアアアァァン!!!!
金属同士の衝突で生じたとは思えない、もはや爆音にも似た轟音を部屋中に響かせる。
凄まじい轟音に比例するように、凄まじいほどの衝撃が、二人の手を襲ったのか否か。彼らは、少しだけ――ほんの少しだけ、動きを止めた。
二人の顔は、苦痛に歪んでいた。
……が、それは先ほども言った通り、ほんの少しだけ。
すぐに表情を引き締めたかと思うと、次の瞬間には、雨のような斬撃が双方から放たれていた。
先ほどの衝突よりは劣るが、それでも、爆音には変わらない。そんな音が、二人の剣と剣が衝突する度に部屋に響く。
双方の剣と剣は次第に速度を増していき、ついには残像が残るほどまでに達していた。
――レベルが98にまで上がると、胴体視力が尋常じゃなく上がるのかな……。
二人の斬り合いを見ながら、ヘディはそんなことを考えていた。
あんな速度の剣、普通なら再現なんて不可能だし、もはや何が起こっているのかさえも分からない。もはや、人外の域だ。
しかし。
アレンとエディスの剣の刀身を包んでいた属性が消えるのをきっかけに、二人は一旦距離を置いた。
それから、一気に戦局は変わる。
剣と剣の混じり合いから、剣技と剣技の混じり合いへ。
―――
何かをきっかけにしたわけでもなく、俺とエディスは、再び床を蹴った。
一撃で決まりとは思っていない。攻撃力でも、俺はエディスよりも劣る。なら、どうするか。
――数で攻めればいい。
「剣技発動……」
小さく口を動かして前半を詠唱。雷が刀身を包む。
「『双雷斬』!!」
数で攻めればいいと言っても、やはり多数の連撃は止めていた方が良い。隙ができてしまえば、こちらの負けは確定する。
だから、二連撃で様子を見る。
――エディスも、俺と同じように剣技を発動させてくるはずだしな。
その予想は、見事に的中した。その結果、俺とエディスは、お互いの剣技をぶつけ合うことになった。
……とは言っても、エディスが繰り出したのは、簡単な突き攻撃だ。されど、簡単な突き攻撃。
攻撃力に特化している闇属性の突き攻撃を侮っては、いけない。
俺の心臓辺りに向かって直進する漆黒の両手剣。その刀身に、左側から一撃目の斬撃を叩きつける。
これで、すこしだが、剣の軌道はずれた。
が、ずれたのは少しだけだから、やはり俺はエディスの斬撃をその身に受ける。まあ、直撃よりもマシだ。
――HPは残り五割を斬ったけど。
呻き声のような悲鳴を上げつつ、俺は内心でそう呟いた。
先ほどの剣と剣のぶつかり合いと、エディスの剣技。あれだけで、ここまでHPが削られた。
対するエディスのHPは、残り八割ほど。後に割り削らなければ、HPの残量では俺が不利だ。……まあ、今でも不利だけども。
だが、ここに来て、両手剣のデメリットが出た。
両手剣の一撃は重く、大剣に劣るが威力も申し分ない。だがその代わり、隙が多いのだ。
その隙が今、俺の目の前で生じている。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「おおおおおっ!!」
雄叫びを上げ、全力で剣を振り切って二撃目の斬撃を放つ。
その斬撃は見事にエディスの左の脇腹に命中し、斜め一直線の傷を付けた。
「ぐああっ!!」
エディスの傷口から、血を思わせる赤いエフェクトが溢れ出すように光る。
エディスのHPが削れるが、残り六割のところで現象は止まった。
やはり、攻撃力が低いのはきついな。
そう思った直後、エディスは慌てて俺から距離を取った。
――ここで追い打ちをしてはいけない。
そう、俺の本能が訴えてくる。
俺は自分の本能を信じて踏みとどまった。次の瞬間、エディスの両手剣が横凪に振られ、風を斬った。
もしも追い打ちをしていれば、間違いなくあの斬撃をまともに受けていただろう。
本能、恐るべし。
その斬撃を放った影響か、エディスにまたしても隙が生じた。
俺はその隙に付け入る。
「剣技発動……」
次で、エディスのHPをレッドゾーンまで削り取ってやる。
「『雷剣双撃』!!」
瞬時に刀身が雷に包まれるなり、何の前触れもなく斬撃を放つ。
次々と斬撃を放つが、その大半がエディスに弾かれてしまう。……とは言っても、数発はエディスに当たっているが。
「らあああああ!!」
気合いを出し、『雷剣双撃』最後の一撃を放つ。
……が、その斬撃は不本意ながらも弾かれた。
すぐに距離を取ろうと思い、床を蹴ろうとするが、エディスの両手剣による斬撃を喰らってしまった。
斬撃をもろに受けた俺は後方にふっ飛ばされ、強か背中を床に打ち付けた。
「くうぅ……」
何とか立ち上がり、HPを確認する。
エディスなHPは、後三割ほどだ。それに対して俺は、残り二割にまで減少していた。つまり、レッドゾーンに突入しているわけだ。
恐らく、後一発でもエディスの攻撃を喰らえば、俺のHPは一瞬で吹き飛ぶだろう。
――まずいな……。
本気でそう思った。
どうやら、アレをやるしかなさそうだ。
あの剣技は、今まで覚えてきた全ての剣技の中で一番使い勝手が悪い。
そもそも、発動条件が問題だ。『自分のHPを1000削る』って、一体何なんだ。
でも、だ。
「やるしかないか……」
幸い、俺のHP残量は1500程度。使った後でも、何とか500残る。
……いや、1000多かろうが少なかろうが、エディスの斬撃を一撃でも喰らえば、どうせ死ぬんだ。と言うことは、使っても対して意味がないと言うことだ。
――アレ……使うか。
そう決意すると、俺は全速力で駆け出した。
瞬き一つせず、俺はエディスに向かって走り続ける。
エディスとの距離が残り五メートルをきったタイミングで、俺は剣の刀身を雷で包む。それとほぼ同時に、エディスは両手剣を頭上に掲げて振りかぶった。そのエディスの両手剣の刀身が黒いオーラに包まれ、徐々に刀身のサイズが大きくなっていく。
間違いない。今エディスが繰り出そうとしている剣技は、『闇装大剣・一式』だ。
俺とエディスの距離が縮まり、俺がエディスの射程圏内に入った時。エディスは、漆黒の大剣を振り下ろした。
それをかわすべく、俺は何とか踏みとどまって、バックステップをしようとした。
だけどエディスの大剣は俺の予想以上に早く、大剣が僅かに、俺の胸に当たった。
それでも何とか距離を取り、チラッと、自分のHPを確認する。
俺のHP残量は――1024だった。
僅かなかすり傷だけで、500は減少している。
……だけど。だからって。
「諦めるかァァアアアアアアアア!!」
腹の底から、絶叫にも似た咆哮を上げる。
――剣技発動ォ……。
俺が握る剣の刀身が、今までに見たことがないくらいに輝く雷に包まれる。その雷はとても――青かった。
――ビシビシッ。
あまりの雷の強さで双方の刀身に亀裂が入るが、俺は構うことなく、エディスに駆け寄る。
そして、エディスと接近した瞬間に、叫ぶ。
「『青雷の剣』!!」
二本の剣は、青い軌跡を描きながら次々と斬撃を放つ凶器となる。
隙だらけのエディスにはそんな数々の斬撃を弾くことなどできず。放たれる全ての斬撃はエディスの肉体を切り裂いていく。
「おおおおおおおおおおああああああああああああああああああああ!!」
咆哮を上げて剣を振るう度に、エディスの体から血を思わせる赤いエフェクトが光り輝く。
――そして。
最後の斬撃は、エディスの鳩尾を貫いた。
「僕の……負けだ」
そう言って、エディスはポリゴンとなり、消滅した。俺の装備していた剣が消滅したのも、ほぼ同時だった。
――
エディスとの戦いを終えた俺は暫く立ったままでいたが、長時間の戦闘での疲れが一気の俺の体を襲い、思わず床に座り込んだ。
「アレン……大丈夫?」
俺が床に座った瞬間、後ろの方から声がした。間違いない。ヘディだ。
顔だけ振り返って後ろを見てみると、心配そうな表情で俺の顔を見ていた。
「ああ……大丈夫だよ。心配かけてごめんな」
俺がそう言うと、ヘディはかぶりを振った。
「心配はしたけど……もう良いわ。アレンは勝って、生き残ってくれたんだから」
「まあ、死ぬかと思った時もあったけどな」
本能に従っていなければ、俺は間違いなく死んでいただろう。エディスの斬撃の威力は、なめてはいけない。雷属性特有の速度がなかったら、俺はエディスには絶対に勝てなかった。
「あの時は本気でひやっとしたわ」
ヘディがそう言った直後、突如ポリゴンが収束し始めた。
やがてそのポリゴンは実体化し、あの仮面の男が姿を現した。
「ゲームクリアおめでとう。そして、ありがとう。面白いものを見せてもらった。おかげで良い暇つぶしになった」
仮面の男の一言に、俺は怒りを覚えた。
――面白い……だと?暇つぶし……だと?
「このUOは、ただ今をもってオールクリアされた。当初の予定ではたった一人だけを解放するつもりだったが……まあ良い。君たち二人は、現実世界に帰れる。これは我々からの礼だと思え」
そう言うなり、仮面の男は消滅を開始した。
俺は仮面の男に、怒りをぶつけた。
「俺たちは……このゲームにログインした五千の命は、お前のただの暇つぶしのために利用されたのかよ!?」
仮面の男は消える寸前に、こう言った。
「そうだ」
―――
こうして、生き残った俺とヘディは、Unique Onlineから解放されたのだった。
To Be Continued.




