第3話 衝撃
「何で俺達……ギルドに居るんだ?」
誰かに向かって言った訳でもなく、俺は呟き、カインとアスカを見た。
カインとアスカも、何が起こったのか理解出来ていないらしく、首を傾げている。
俺達が光に包まれ、瞼を開いた時、俺達はギルドに居た。
どうやらそれは俺達三人だけではないらしく、他のプレイヤー達も同じ現象に遭遇したらしい。
所々からそんな話が聞こえてきたから、恐らく俺の推測は間違っていないはずだ。
何気なく、俺はメニューを呼び出し、現在の時間を確認した。
「十時五十九分……か」
そう呟いた時、メニューの時計が十一時になった。
すると、何処からともなく聴いたことのない音楽が流れ始めた。
何だこれは。
暫くすると、周囲からポリゴンが出現。ギルド室内の上空に収束し、人間の形状になった。と思ったら、ポリゴンの塊は実体化。一人の仮面を被った人間が現れた。
仮面を被っている影響で性別は分からない。服装は白衣を赤黒く染め上げたようなもので、実に不気味だ。
仮面を被った誰かは、唐突に話し出した。
「皆は知っているかもしれないが、この『Unique Online』はログアウト不可能だ」
声の高さからして、男性だろうか。
「そして、このゲームの戦闘中におけるゲームオーバーは、本当の死を意味する。つまり……」 仮面の男は周囲を見渡し、再度口を開く。
「このゲームはデスゲームになった訳だ」
デスゲーム。
又の名を、デスマッチ。
それは一度HPが尽きると、もう二度と復活出来ないルールだ。が、今この仮面の男が言っているのは、又違うものである。
HPがゼロになった時、自分の現実にある肉体も死ぬ。
それを含め、この『Unique Online』は只のゲームから、己の命を懸けた現実になったのだ。
ギルド内に居る人々はそれを悟ったのか、それとも理解出来ずに呆然としているのか。どちらかは分からないが、皆、黙り込んでしまっている。
「そして、このゲーム内に存在する、全ての蘇生アイテムは消滅した。例えあったとしても、使用不可能である」
その言葉を聞いたプレイヤー達は、驚愕に目を見開く。
「尚、専用機種が無理矢理はずされようとされた場合、例えHPがゼロでなくとも、そのプレイヤーはゲームオーバーとなり、死亡する」
その時、俺の隣に居た男性のプレイヤーが、その場に座り込んだ。彼の表情は、絶望に染まっている。
「しかし、ログアウト出来る方法がない訳ではない」
助かる方法があると聞いても、プレイヤー達は何も言わない。
「第20層のラストクエストをクリアすれば、ゲーム内に存在する全てのプレイヤーは強制的にログアウトさせられる。私からの説明はこれだけだ。頑張ってくれ」
無責任にも程がある発言を最後に、仮面の男はポリゴンとなって爆散し、姿を消した。
「ふ……ふざけんな!」
仮面の男が姿を消した直後、男性が叫んだ。
それを切っ掛けに、ギルド内に居た人々も、一斉に口を開く。
解放を願う者。仮面の男への避難を言う者。泣き崩れる者。絶望し、立ったままで居る者。
アスカも取り乱した一人だったが、何故か俺とカインは平気だった。
「カイン。とりあえず、アスカを連れてギルドを出よう」
「わ、分かった。まずは、アスカを落ち着かせないとな」
そう言って、俺とカインはアスカを連れて外へ出た。
---
「ごめんね。取り乱しちゃって……」
あの後、俺とカインが必死にアスカを正気に戻した。そして現在に至る。
ちなみに、俺達は道の隅の方にあるテーブルに腰掛けている。
「いや、謝る必要はねえよ。なあアレン」
「ああ。あんな事を言われたら、取り乱して当たり前だろ」
「つーか、何で俺とアレンは平気なんだろうな」
カインは苦笑しながら言った。
カインの言う通り、どうして俺とカインが取り乱さなかったかは分からない。いや、本当は分かっているのかもしれない。
「もしかしたら俺とカインは、こんな事が起こる事を、望んでたのかもな」
「あーー、そうかもな」
何故望んでいたかは分からない。だが、その事にカインは納得している様だ。
いや、そんな事よりも。
「これから……どうすれば良いんだろ……」
「…………」
「…………」
俺の言葉に、二人は黙った。
取り乱さなかった俺とカインも、取り乱したアスカも。何だかんだ言っても、不安なものは不安なのだ。
それは、これから先、何が起こって何がどうなるのか。自分が死んでしまうんじゃないだろうか。本当に第20層のラストクエストをクリア出来るのか。
いや、もっと単純な事だ。
--俺達はログアウト出来るのだろうか。
--生きて、現実世界に帰る事が出来るのだろうか。
そんな不安が、俺達の心の中にある。
「まあ、やるしかないんじゃね?」
カインが頭の後ろで手を組んで背もたれに体重を預け、そう言った。
「やるって……何を?」
不安そうな表情で、アスカがカインに訊いた。
「そんなもん、ゲームクリアに決まってんだろ」
カインの言葉を聞いたアスカが、勢いよく立ち上がって猛反対をする。
「駄目だよ!」
ガタッと、先程までアスカが座っていた椅子が倒れた。
「何でそう思うんだ?」
「だって……だって、死ぬかもしれないんだよ!私は……死ぬのが怖いよ!」
「…………」
アスカの言葉に、カインは黙り込んだ。
カインも、アスカと同じ様に死ぬ事は怖いはずだ。だが、カインにはカインなりの考えがあるはずだ。だけど、カインはバカだ。それを言葉にするのは難しいだろう。
ならば、誰が言うのか。
「カイン。俺もやるよ、そのゲームクリア」
俺は立ち上がらず、顔を正面に向け、そう言った。
「どうして!?アレンも怖くないの!?」
「怖いさ」
俺は俯きがちに言い放った。
「俺だって、カインだって、他のプレイヤー達だって、怖いはずだ。だけどな」
俺は立ち上がり、アスカの目をしっかりと見た。
自分の思いを伝える時は、相手の目を見て話すのが一番なのだ。
「誰かがやらないと、このデスゲームは終わらない。終わらせる為には、誰かがやらなくちゃいけない。俺とカインは、その誰かになろうとしてる。これは半端な覚悟じゃない」
カインを見ると、彼も頷いていた。
やっぱり、カインは上手く言葉に出来なかっただけなのだろう。
「まあ、俺もアレンと同じ様な考えだ。だから俺とアレンは行こうと思う。で、アスカはどうするんだ?」
俺とカインは決めた。次に決めるのは、アスカだ。
「俺とカインは何も言わない。アスカのやりたい事をすればいい」
アスカは俯いた。
一体、何分経っただろうか。
アスカは顔を上げた。
「私も戦う。アレンと、カインと一緒に。二人より、三人で戦った方が良いでしょ?」
「アスカ……」
「アスカがそうしたいならそうしろ。俺達は、お互いの背中をお互いに預けるんだ」
俺達は頷いた。
その時。
また、俺達の体が光に包まれた。
次は何なんだ!?
俺達が混乱していると、徐々に光が弱まっていく。
完全に光が消え、俺達は驚愕した。
「アスカ……カイン……その顔……」
「アレンも……」
「ど……どうなってんだ?」
俺達がアバター設定の時に作った顔が、現実の顔に変わっている。体も現実の体になったようだが、俺達は現実の体を設定。はっきり言って変化はない。
---数分後---
落ち着いた俺達は、今の現状を整理した。
・このゲーム、『Unique Online』は、ログアウト不可能のデスゲームになった。
・ゲームオーバー=本当の死。
・何故か俺達の顔が現実の顔になった。
それを口にした。
「何つーか、さ。最後のはどうなってんだ?」
カインは後頭部をかきながら、そう言った。
その事はおおよその推測は出来る。
「多分、あの専用機種が影響してるんだと俺は思う」
「専用……機種?あ、あのヘルメットのこと?」
「そうそう」
「その専用機種がどうかしたのか?」
アスカの質問に答えていると、カインが質問してきた。
「あの専用機種は、俺達の顔を完全に覆ってる。覆ってるなら、現実の顔を再現出来ても、何も可笑しくない」
「な……なるほど……」
分かっているとは思えないが、一応信じておこう。
「なあ、さっぱり分かんねえんだけど、説明してくんない?」
「えっとね、要するn--」
「謝れ!一瞬でもお前を信じた俺に謝れ!」
俺が信じた矢先、カインはひそひそ声でアスカに再度の説明を要求していた。
そんなことをしているカインに、俺は怒鳴った。
「悪かった悪かった。冗談だっtんが!」
笑いながら謝るカインの頭に、思いっきり拳骨を落とした。
「とりあえず、あそこで悶えてる脳筋は放置して、二人で話そう」
「う……うん」
カインを心配そうに見ながら答えていたが、彼は自業自得なのだ。あいつが悪い。
「まず、HPやMPを回復させよう。それからギルドに入る」
「何でギルドに入るの?」
「取扱説明書には確か、『ラストクエストには出現条件があり、それを満たさない限り、ラストクエストは出現しない』って書いてあったはずだ。なら、やることは必然的に一つになる」
「……その条件を満たすって事だね」
「そゆこと」
アスカとは話しやすくて楽だ。
俺が比べている対象は言うまでもなく、あそこで未だに悶えている脳筋だ。
「つーか、腹減った……」
いつの間にか復活していたカインが、俺の隣で呟いた。
「そう言えば、今は昼頃か……ちょっと早いけど、昼にするか」
「『腹が減っては戦は出来ぬ』って言うしね」
「よーし、決定だな!あそこに行こうぜ!」
元気になったカインは、近くにあったレストランへ走り出した。
俺とアスカはその後を追う。
これから先のことを、不安に思いながら。
---午前十一字三十分---
俺達は昼食をレストランでとった後、ギルドへ向かっている。
「にしても、あそこのレストランは美味いとは言えねえな……」
「まあ、確かにそうだったね……」
「食えただけマシだろうが……」
ゲーム内の料理は、不味い訳ではなかった。だけど、決して美味いと言えるものでもなかった。
要するに、微妙だ。
更には、カインにとって悲しいこともあった。
「……てか、肉がメニューに無いレストランって、レストランじゃねえよ……」 かなり悲しそうな笑顔でそう言った。
そんなに食いたかったのか、肉を。
「肉が無いだけでレストランそのものを否定しちゃだめだろ……」
「まあアレだよ。カインはお肉大好きだから」
「あー、そう言えばそうだったな。なら、仕方ないか」
あまりにも衝撃的すぎる展開で忘れていたが、カインは無類の肉好きだ。こいつと焼き肉に行った場合、決して『奢る』などと言ってはいけない。懐が残念なことになる。
そんな理由で納得する俺もどうかと思うが。
「それにしても、俺達って後どれくらいでレベルアップするんだろうな」
「多分だけど、後もう一体モンスターを倒せばレベルアップするんじゃねえの?」
残念そうに俯きながら、俺の何気ない疑問に答えた。
なるほど、後一体倒せば良い……か。
まあ、それはフィールドへ出てからとして。
そんな会話をしていると、いつの間にかギルドの入り口の前に到着していた。
---ギルド内---
ログアウト不可能のデスゲームとなったことを報告されてから、だいたい二十分以上経過している。
時間が経ったことが影響しているか否かは俺には分からないが、ギルド内は静かになっていた。
何人か居なくなっている気がするが、ラストクエスト出現に向けてフィールドへ向かったのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか掲示板の前に着ていた。
掲示板は基本的には木製で、緑の面がある。その緑の面には、様々な大きさの紙が張り付けてあり、その中で一際大きな紙が一枚、真ん中に張り付けられている。
「えー、と。この紙に書かれてるのが、ラストクエスト出現条件なのかな……」
アスカはその大きな紙を見ている。
「どれどれ……」
俺はアスカの隣に歩み寄り、紙を覗き込んだ。
「出現条件は……一つだけか。フィールドのモンスターを十万体倒すぅ!?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
いや、十万体って、冗談にしか思えねえよ。
「ん?ここに『残り99983体』って書いてあるぜ?」
逆に言えば、十七体倒されたことになる。
しかし。
「とんでもない数だね。ラストクエスト出現って、いつになるんだろ……」
アスカの言った後半の言葉が、俺の不安だ。
ログアウト不可能。
つまり、第20層のラストクエストをクリアするまで、現実には帰れない。
俗に言う監禁状態だ。
「今こうしている間にも、誰かが俺達の行動を見てるのかな……」
「ん?どう言うことなんだよアレン」
俺の独り言を聞き取ったカインが、俺に聞いてきた。
「いや、ゲームがあるんだから、GMが居るはずなんd--」
「GMって……何?」
「てめぇ……」
「はいっ!?」
思い切り怒鳴りつけてやろうと思ったが……まあいいや。一々そんなこと言ってたら身が持たねえ。
「ハァ……。GMって言うのはな……」
「いや、知らないって言ったの冗談だって。ちょっとからかってやろうと思って……て、止めて!もう殴るのぐぁはぁ!!」
ちなみに、俺が言おうとしていたことを言ってみるとだ。
現実にいるはずのGM。多分、そいつは俺達がどう過ごしているのか。それを見ているはずだ。もしかしたら、ログアウト不可能のデスゲームとなったことを知ったときの、プレイヤー達の反応を見て楽しんでいたのだろうか。
…………。
くそっ、考えただけで苛々してきた。
もう考えるのは止めよう。今優先すべき事は、ゲームクリアだ。
俺はカインの髪を掴み、引き摺りながらアスカの方へ向きを変えた。
「行こうアスカ。フィールドに行って、モンスターを倒すぞ」
「分かった。それより……」
アスカは視線を落とした。
アスカの視線を辿ると、俺に髪を掴まれた状態のカインが、その先にあった。
俺はカインの髪を離し、その手を差し伸べる。
「ほら、早く立て。今からフィールドに行くぞ」
「ああ、そうだな。早速行こうぜ!」
相変わらず、カイン(コイツ)は切り替えが早い。 その後、俺達はフィールドへ向かった。
To Be Continued.