第16話 救助
ブラックフィッシュとの戦闘は、実に呆気ない物だった。
カインの全力の上段斬りで尾鰭を切断され。
俺の双剣に難なく切り刻まれ。
アスカの魔法で氷付けにされて永久保存された。
……まあ、永久保存って言っても、HPが0になれば、どんな状態であったとしてもポリゴン化して消滅するんだが。
ブラックフィッシュをしとめた後も、俺たち三人は、午後の五時になるまで戦い続け、ひたすらモンスターを虐殺しまくった。
そのおかげで、俺たちはレベル18まで、レベルを上げることができた。後二回か三回モンスターを倒せば、レベルは19になるだろう。
「どうするの?まだ戦う?」
「んーー、そうだな。後もうちょっとでレベルが19に上がるし……アレン、それで良いよな?」
「ああ、良いぞ」
そんな会話をしながら、フィールドである海を泳いでいた。
二~三分ほど泳いだ頃だろうか。
突如、水の流れが急変した。
今まで緩やかな流れだったのだが、本当に突如、流れが急になった。なんだか、川の流れに逆らっているような感じだ。
――向こうで、いったい何が起こっているのか。
それを確かめるべく、俺たちは泳ぎ続け、その原因をその目にした。
一人のプレイヤーと、一体のモンスターが互いに向き合い、身構えていた。
モンスターの全身には黄緑色の鱗がびっしりとあり、左右の腕と足の筋肉は鍛え上げられている。首は長く、瞳孔は極限まで細く、縦長。口には何本もの鋭利な牙が生え、背中にはスピノサウルスを連想させる鶏冠のようなもの。
まるで、翼のない、少し小さめの竜だ。
その名を、バーテンディ。
ラストクエスト出現条件の一つである、『バーテンディの碧玉』のアイテムが手に入るモンスターだ。
俺たちは、未だに一つも職員に渡されていないアイテムが手に入るモンスターが、目の前にいることに、心底驚いた。
だけど、それ以上に驚いたのは――バーテンディと対峙している、一人のプレイヤーの方だった。
この距離からでは、プレイヤーの性別は区別できない。だが、大まかな容姿ならわかる。
プレイヤーの髪は少し短めで、色は限りなく黒に近いグレー。白い防具は、髪の色とよく似合っている。
武器は太刀のようだが……太刀にしては、刀身が真っ直ぐだ。直刀の類だろうかと思ったが、両刃だった。
ならばあの武器は恐らく、『両手剣』だろう。
――両手剣なんて、取り扱い説明書にあったっけ。
そんな事が一瞬だけ脳裏を過ぎるが、頭を振ることで、無理矢理その思考を終了させた。
先ほどにも言ったが、俺たちが驚いたのは、また別のことだ。
――プレイヤーの体が、小刻みに震えている。
それを見ただけで、あの両手剣使いがどういう経緯でバーテンディとエンカウントしたのか、容易に想像できた。
恐らくあの両手剣使いも、まさかバーテンディとエンカウントするとは思ってはいなかったのだろう。そして、勝てない相手だと確信し、怯えている。
――助けなければ。
そう思った。
そう思ったとき、俺はカインとアスカに振り返り、話しかけていた。
「カイン。アスカ。今から、あの両手剣使いを助けたいんだけど……」
カインがニヤリと笑った。
「まあ、大体何を言い出そうとしてるのは想像できてたしな。別に良いぜ?アスカは?」
カインの振りに、アスカは答えた。
「うん。犠牲者をできるだけだしたくないって言うのは、私もアレンと同じだよ。勿論、カインもそうだよね」
「当たり前だってぇの」
二人は嫌な顔を一つもせず、快く承諾してくれた。
「ありがとう。俺の我が儘に付き合ってくれて」
俺はそう一言言って、両手剣使いのプレイヤーを見た。
その体勢のまま、ゆっくりとバーチカルソードと雷帝剣を、鞘から抜く。カインは悪刀をすでに抜刀状態にし、束を両手で持って構えていた。
あの両手剣使いの構えとは、少し違う構えだ。
俺とカインはお互いの顔を見て頷き合い、バーテンディへと向かった。
―――
俺たちと両手剣使いとの距離が徐々に縮まっていき、後三メートルと言うところで、バーテンディが行動を開始した。
バーテンディは前進をくねらせ、手足を器用に動かすことで水中を泳ぎ、両手剣使いへと近づき始めたのだ。
あんな鋭い爪で攻撃されたら、一撃とは言わないまでも、五撃目くらいで、HPバーを根こそぎ持って行かれるだろう。
そうすれば、このUOで、一番出したくない犠牲者を出してしまうことになる。
それだけは嫌だ。
だけど、どうすればいい?
あの両手剣使いとの距離は、残り二メートル半をきった。だけど、それよりも遙かに、バーテンディと両手剣使いとの距離の方が、近かった。
バーテンディの鋭い爪が、両手剣使いの体に直撃する直前、俺の横から、漆黒の太刀が飛んでいった。その太刀は何の迷いもなく真っ直ぐに飛んでいき、バーテンディの脇腹に深々と突き刺さった。
――グギャアアアア!?
思わず耳をふさぎたくなるような断末魔を上げ、バーテンディは両手剣使いへと伸ばされた右手を引っ込めた。そして、漆黒の太刀が飛んできた方向――俺たちのいる方向を向いた。バーテンディの瞳には、怒りの感情が篭もっているのが、すぐに分かった。
「ゲームなのに、モンスターにも感情表現があるんだな。このUOやっぱすげえぜ」
「感心してる場合じゃないだろうが。早く太刀を装備しなおせ。バーテンディが来るぞ!」
「はいよっと!」
カインは素早くメニューを開き、現在装備している設定の悪刀をアイテム欄に収納。こうする事によって、バーテンディに突き刺さった悪刀はカインのアイテム欄に収納された。そして、再び悪刀を装備。カインの右手に、再びあの漆黒の太刀が現れた。
「アスカ!後衛頼んだぜ!!」
「うん!」
「行くぞ!」
俺とカインは、バーテンディへと泳ぎだした。
―――
近づくにつれて、バーテンディのステークスが確認できるようになった。
名前・バーテンディ
属性・水
Lv・18
まさかの、レベルが俺たちと同じ。
スキルを使えないというハンデ持ちの俺とカインでは、間違い無く、苦戦……もしくは長期戦を強いられるだろう。
バーテンディの残りのHPバーだが、全体の十分の一だけが、黒くなっていた。恐らくこれは、カインが悪刀を投げ飛ばし、バーテンディの脇腹に突き刺さった時のダメージだろう。
カインの攻撃力は俺たち三人の中で最も高く、一撃の威力が高いためという理由もあるかもしれない。しかし、それでも、このHPバーの減り方を見る限り、俺たちなら剣技無しでも何とか倒せるはずだ。
そして、こんな事を考えている俺とカインは今、バーテンディと対峙している。
「アレン」
「どうした?」
カインは構えを一切崩さず、口だけを動かして、話しかけてきた。
「作戦……みたいなのはあんのか?」
「作戦か」
先ほど考えていた事を口に出しながら、考えてみるか。
「カインノアの一撃で、バーテンディのHPは一割減少した。だから、剣技を使えない状態の俺たちても、勝てる相手であるとは思う。だけど……」
「だけど?」
「だからと言って、真正面から渡り合って勝てるとは思わない」
「じゃあ、どうすんだ?」
「簡単な話さ」
俺は口の両端をつり上げる。
「真正面から勝てないんだったら、違う方向から攻めれば良い。そして、俺とカイン、合わせて前衛は二人だ。これなら、二つの方向から攻める事ができる!」
「挟み撃ちって事か。良いぜ。やってやらぁ!」
俺と同じくカインも口の両端をつり上げた。
……その後、暫く対峙するのだが、先に動いたのは、俺だった。
瞬時にバーテンディに近づき、バーテンディとの距離が一メートルをきる時、右の方向へと軌道を変える。案の定……いや、俺の計画通りに、バーテンディは俺を目で捉えている。今のバーテンディには、バーテンディから見て右側は見えていないはず。
バーテンディの尻尾が、俺に向かって飛んできた。
それを降下する事によって回避し、尻尾が完全に通り過ぎると、俺は少しバーテンディから離れた。
バーテンディを見ると、奴は口を閉じ、肺がある部分を膨らませていた。
「まさか……!?」
俺がそう呟いた時、バーテンディの口が――
「うおらああああっ!!」
スバァッ!!
開かれる事はなかった。いや、バーテンディの口は開かれたが、やつのしようとしていた攻撃は、不発に終わった。
HPバーを見ると、残り七割をきっていた。
……カインの一撃の威力、凄まじいなおい。
怒りの雄叫びを上げ、カインがいる後ろを振り返った。
……それは良いが、俺の存在を忘れちゃ困る。
素早くバーテンディの背後に近づき、二連撃をプレゼントしてやった。
カインほどではないが、バーテンディのHPが減少していく。
バーテンディが俺を攻撃しようとしたのか否かは分からないが、バーテンディは振り返ろうとした。
しかし。
――ザクザクザクザクザク!!
バーテンディの頭上に突如として出現した、五本の青い氷槍。それが、バーテンディの頭、肩、胸、翼などの五カ所に、ほぼ同時に深々と突き刺さった。
それら計五回のほぼ同時攻撃は、バーテンディのHPを完全に奪うのには、充分過ぎる一撃だった。
―――
「まさか、あそこまでアレンの作戦通りに行くとはな。ほんと、すげえよ」
「ん?そうか?」
「うん。おかげで私の『五連氷槍撃』が全て、バーテンディに命中したしね」
「いや、バーテンディの動きが、単純すぎたんだろ。俺だって、まさかここまで上手く行くとは思ってなかったし」
自分でも驚いてます。
そんな事を内心で呟いていると、アスカが何かを思い出したようだ。
「それより、あの両手剣使いのプレイヤーは?」
「あ」
「あ」
急いで俺たち三人は、周囲を見渡した。
あの両手剣使いは、どこへ行ったのだろうか、と。
探索する事五分。
俺たちが助け出したはずの、あのグレーの髪の両手剣使いを、見つける事はできなかった。
「んだよあいつは。一言礼を言ってから去っても良いじゃねえか」
「まあ怒るなよカイン。別に俺は犠牲者を出したくないだけで、例が欲しかった訳じゃないんだ。だから、別に良いさ」
「……そっか。アレンがそう言うならそうだな!」
「ねえ……」
俺とカインが話していると、メニューを開いていたアスカが、俺とカインに話しかけてきた。
「ん?」
「どうかしたのか?」
「私たち、19にレベルアップしてる。それに、『バーテンディの碧玉』も、ドロップしてる」
「やったじゃねえか!」
「ああ。今日はギルドに行ってから帰ろう。『バーテンディの碧玉』を渡さないとな」
レベルが1上がった事により、適正レベルに近づいた。そして、まだ誰も納品できていなかった、『バーテンディの碧玉』も手に入れた。
俺たち三人は、和気藹々と、ギルドに向かった。
ギルドで『バーテンディの碧玉』を納品した後、第一層のマイホームに帰宅。
その夜、俺たちが住むホームは、夜遅くまで、楽しそうな声が耐える事はなかった。
To Be Continued.




