第15話 期待
第1層のラストクエストをクリアし、第2層に来てから、一週間が経とうとしていた。
ラストクエストの出現条件は未だに満たせず、大体半分くらいをこなしたところだ。
単純に計算すれば、後一週間もすれば、ラストクエストが出現する。
それはそれで、攻略者にとっては良い事なのだが、それと同時に、焦る原因にもなってしまっている。
その理由は極めて単純で、簡単な事だ。
――適正レベルまで、まだ到達していない。
前にも言った通り、ここ、第2層の適正レベルは20だ。
それに対し、ほぼ毎日モンスターと戦い続けている俺たち三人でさえも、まだレベル16なのだ。
最低でも、後4は上げたい。いや、上げなくてはいけない。
ちなみに、出現条件だが、『アルビエラの角』をギルド職員に渡すことと、モンスターを千体倒すことは、もうすでにクリアされている。
問題は、『シェルの真珠』と『バーテンディの碧玉』の二つだ。
『シェルの真珠』は残り二十二個で、『バーテンディの碧玉』は、まだ一つも渡されていない。
一体どれだけ希少なアイテムなんだよ。
まあどちらにせよ、少しずつだが、ラストクエスト出現に向かっている訳だ。
そして俺は今――
「これが……『シェルの真珠』……」
――『シェルの真珠』を、たった今発見した。
しかし、本当に予想していた場所にあったのは、驚きである。当たっている自信は皆無だったのだから、驚きは一入だ。
『シェルの真珠』があった場所は、海底にある溝の、さらにその底の部分だ。
水深は、大体三十メートルはあるんじゃないだろうか。
ゲームだからこそ、俺みたいな素潜りの素人も簡単に潜れる。水中でも呼吸ができるって言うのは、本当に助かる。
「お、こっちにもある」
俺は左に向かって泳ぎ、岩の一番上の部分に乗っている、黒いものに手を伸ばした。
その黒いものは、貝だ。
貝の殻は分厚く、独特のウェーブがある。黒とは言ったが、よく見ると、黒以外にも、群青色もある。大きさは、牡蠣の一,五倍はある。
その貝を手に取り、雷帝剣を鞘から抜く。 雷帝剣の剣先を貝の殻と殻の間に力付くで刺し込み、てこの原理を利用して、殻をこじ開ける。
殻の中から、クリーム色に輝く、三立方センチメートルほどの大きさの、『シェルの真珠』が姿を露わにした。
その真珠を取り出すと、残された二枚の貝殻はポリゴン化して消滅。『シェルの真珠』だけが、俺の手のひらに残った。
ちなみに、シェルとは、モンスターではなく、オブジェクトとして取り扱われている。
シェルの中心にある真珠は、人間で言うところの心臓だ。だから、真珠を奪われたシェルは、死に絶える。
こんな感じだ。
「今日はこれくらいで良いな」
俺はそう呟くと、海面に向かって泳ぎ、海から出て、アクアフォールへと足を運んだ。
……そう言えば、アスカとカインはどうなっているのだろうか。
ふと気になった俺は、二人にメッセージを送信する事にした。
さて、ここに居ないアスカとカインは今、どこで何をしているかというと。
「向こうは『シェルの真珠』を何個取ったんだろうな……」
『シェルの真珠』集めだ。
俺たちは朝食を済ませた後、今日一日はどう過ごすかを話し合った。その結果、今日は三人で手分けして、『シェルの真珠』集めをする事に決まったのだ。
何故『シェルの真珠』集めに決まったのかは、そのアイテムが一番、残りの数が多いからだ。
と言う訳で、俺は北の海を、カインは南の海を、アスカは東の海を担当する事になった。
何故西の海には向かわなかったのかと言うと、理由は分からないが、西の海だけは、何故か行く事ができなくなっているのだ。簡単に言えば、封鎖されている。
一部のプレイヤーたちの間では、西の海がラストクエストの舞台なんじゃないかと、噂されている。
まあ、俺もそう思うけど。
「よし、送信っと」
メッセージの文面は、至って簡単。
『俺は五個集めたけど、そっちは『シェルの真珠』を何個集めた?』だ。
どうも、このUOでは、絵文字と言うやつは存在しないらしい。絵文字を使わない俺にとっては、どうでも良い事だけどな。
一分くらい経った頃、アスカから返信が来た。
アスカにメッセージを送ると、最低でも五分以内には返信が来る。絶対にあいつはメッセージを何度も見ているはずだ。
アスカからきたメッセージは、『五個集めたんだ。私は八個だよ』だった。
「多っ……」
俺も結構がんばったが、アスカには及ばずか。まあ、こういう事は、する度に起こる。
「にしても、やっぱり多いって」
誰かに言ったわけでもなく、そう呟いた時、カインから返信のメッセージがきた。
『さすがアレンだぜ。俺なんか、二個しか集められなかった……』という内容だった。
いや、二個って、いくら何でも少なすぎるだろ。
朝から今――今の時刻は、十一時二十五分だ――まで探し続けて、それで二個。
もう一度言おう。少なすぎる。
だが、よく考えてみれば、『シェルの真珠』は、出現条件の数が一番多いのに、まだ残りが二十をきっていなかった。それだけ珍しいと言う事なのだろう。
そんなものを八個や五個も集めたアスカと俺は、他のプレイヤーから見た場合、さぞかし異常だろうな。
ただ、俺とアスカの運が良かった、という感じだろう。まあ、それはそれで良いけどな。
―――
「ここで待ち合わせだったな」
俺が今居る場所は、アクアフォールのギルド前にある噴水に腰掛けている。
十一時四十分に、アスカとカインの二人とここで待ち合わせの予定だ。
一足早く――今は十一時三十分――着いた俺はメニューを開き、現時点で使える剣技を見ている。まあ、収得している剣技は、まだ八種類だけだから、別にカスタムについて悩む必要はない。理由は、ただの暇潰しだ。
今現在収得している剣技の数は八だが、主に使っているのは、その極一部だ。
『雷剣』、『雷刃』、『双雷逆刃』、『雷剣の舞』、『雷撃連斬』の五つだ。
残りの三つの剣技だが……使い勝手が悪く、俺は使っていない。て言うか、使うつもりもない。
「……午後はレベル上げに専念するか……」
そんな事を呟いていると、黒髪の少女――アスカと、茶髪のイケメン――カインの二人がやってきた。
二人は俺が居る場所に来ると、俺は開いていたメニューを閉じて立ち上がった。
「アレンは早いねー」
「お前何時に着いたんだ?」
「十分前」
「「早っ!!」」
驚く二人を見て、俺は首を傾げた。なんでこいつらはこんなに驚いてんだ?
まあ、いっか。
「そう言えば、腹減ったなぁ……」
お腹をさすりながら、カインがそう呟いた。
「確かに、腹減ったな。朝からずっと潜りっぱなしだったし」
「第2層は水の町だし、もしかしたら、海鮮料理を食べれるかもね」
「「魚――――!!」」
よく考えてみれば、このUOにログインしてから、一度も魚や肉を口にしていない。理由は不明だが、第1層にある全ての飲食店に入っても、魚や肉はなかった。
だが、ここは第2層。水の町、アクアフォールだ。海もある。貝みたいな奴もいた。なら、魚料理が食べられる可能性も、少なからずあると言う訳だ。
……一ヶ月と一週間ぶりに、海鮮物の料理を食べれる。
そんな期待を胸に、レストランに足を運ぶことにした。
―――
レストランを出るときの時刻は、すでに十二時を回り、長い針が2を指していた。
結果的に言うと、魚料理を食べる事はできた。できたのだが……。
「なんか、詐欺だよね、あれ」
「あれが魚って聞いたときは、本気でNPCに斬りかかりそうになったな」
「あれの、どこが、焼き魚なんだっつーの!」
俺たち三人は、それぞれの口からそれぞれのクレームを吐き出しながら、ギルドへ向かっていた。
さて、何があったかというと、簡単な話だ。メニューに焼き魚があったから頼んでみたら、手足が生えたおたまじゃくしの巨大化した謎の物質Xが、ほぼ丸焼きの状態で出てきた。
いや、焼き魚だから、丸焼きは良い。普通だ。なのに、焼き魚という名前なのに、なぜおたまじゃくしが出てくる?このゲームを作った開発者たちの味覚や視覚は、何かの病気なのか?
そんな事を一瞬だけ考え、すぐに強制終了させ、気を取り直して謎の物質Xを口に運んだんだ。
別に、不味かった訳じゃない。むしろ、美味しかったと言って良い。だけど、焼き魚の味とは、ほど遠い物だった。
だから、アスカは詐欺と言っているのだ。
……と、これが、レストランで先ほど起こった悲劇だ。
魚を食べられると言う期待を真正面から裏切られた。
だが、いつまでもレストランの中で絶望している訳にもいかず、俺たちはレストランを出ることにした。
当初の目的は、午後からはレベル上げだったのだが、今では、ストレス発散が目的になりつつある。てか、茶髪の太刀使いは、完全にそうなっている。
ギルドに入るなり、俺たちは、今の出現条件を確認。その後、すぐにフィールドへ向かった。
―――
フィールドである海に飛び込み、暫く泳ぐこと数分後。早速、モンスターとエンカウントした。
シーラカンスの巨大化したような体をしていて、尾鰭は少し大きめ。背鰭と胸鰭は普通のサイズだ。
全身を覆う鱗は硬質で、所々光を反射している。その鱗をよく見てみると、鋭利な刃物のようになっている。掠っただけでHPが削られるような、そんな漆黒の鱗。
名前・ブラックフィッシュ
属性・水
Lv・11
「ちょっとだけレベルが低めだね」
「まあ、別に良いじゃないか。少しずつだけでも、レベルを上げておこう」
アスカの呟きに、俺が答える。
「カイン。行くぞ」
「おうよ!」
そう言った直後、カインは先陣を切って泳いでいった。
To Be Continued.




