第14話 海中戦
「おらあああああ!」
壁を蹴って生まれた推進力に逆らわず、カインは俺めがけて突進してきた。
俺は上にばた足で移動し、カインの突きを回避。カウンターを入れようとしたが、カインはそのまま真っ直ぐに進み続ける。俺と距離をとろうとしているのかどうかは分からないが、俺もカインの後を追うように泳ぐ。
カインが止まって振り向いたときには、俺はバーチカルソードを右肩に寄せ、カインのすぐ後ろに迫っていた。
「なっ!?くっ!」
カインは一瞬驚いたが、俺の右からの水平斬りを、背中を反らす事で避ける。そして、がら空きになった腹に、右手で持っていた雷帝剣を振り下ろした。
が、その斬撃は、カインの太刀によって受けとめられた。
俺はカインから離れようと試みたが、ギリギリでカインに左足を捕まれた。
カインは、無防備の俺の胸に、悪刀を突き刺そうとしたところで、本日十数回目の立ち会い終了の合図が出された。
――フィールド――
「やっとだな」
「ああ。やっと……やっと、水中でモンスターと戦える!」
「そ、そんなに戦いたかったの?」
俺とカイン、アスカの三人は今、アクアフォールの、南エリアの町にある海岸に来ている。
この海岸から海に潜れば、そこはモンスターが巣くうフィールドだ。
第2層に来て二日目にして、漸く戦闘ができると嬉しがっているのは、我らがカイン(バカ)である。
それにしても、カインのテンションが上がるのも、分からなくはない。てか、もの凄く分かる。現に、俺のテンションは最高潮に達しているのだ。
「水中での戦闘はできるようになったんだ。今の俺たち三人なら、俺とカインが剣技を使わなくても モンスターに勝てるはずだ」
俺の言葉に、カインが力強く頷いた。だが、アスカだけは、微妙な表情だった。
「ん?どうかしたか?」
カインが話しかける。
「え?う、うん。剣技を使わなくても充分戦えるようになったって言っても、やっぱり、二人が剣技を使えないのは、何だか不安だよ。はっきり言って、アレンとカインが攻撃担当なんだからさ」
「まあ、確かにな。でも、安心しろ。俺たちには、攻撃特化の太刀使いが居る」
悪刀・黒翼のスキルで攻撃力が30は上がってるから、今のカインの攻撃力は、並のプレイヤーよりは断然に高いはずだ。
カインなら剣技が使えなくとも、攻撃力の面では対して問題はないだろう。問題は俺にある。
確かに、雷帝剣は強い武器だ。だが、雷帝剣を装備する事により、攻撃力が5下がってしまっている。これでは、完全に基礎の攻撃力が下がってしまっている。こうなれば、長期戦を覚悟しなければならないのだ。
……俺は長期戦はあまり好きじゃない。
「じゃあ、アレンとカインが前衛で私が後衛。いつも通りだね」
「第何層に行っても、このポジションが変わる事はないだろうな」
カインの言葉には、全くもって同感である。
「さて。早く入ろう。ラストクエストをクリアする為もあるけど、まずはレベル上げだ」
適正レベルであるレベル20を目指して、俺たち三人は海へ入った。
――海――
海の中はとても綺麗で、沖縄の海を連想させる。
まあ、沖縄みたいにたくさんの魚が泳いでいる訳でもないし、珊瑚礁がある訳でもないのだが、それでも綺麗だ。
海岸から近いからなのか、水深はそんなに深くない。せいぜい、カインの身長で鎖骨辺りだろうか。
あれ?それじゃあ、アスカがここで立ったら、溺れるんじゃ……いや、このゲームに限ってそれはないだろう。だって、今まで溺れたり、泳げなかったプレイヤーなんか見た事ないし。アクアフォールに来てからまだ二日だけどさ。
とりあえず、溺れる心配はないだろう。
暫く泳いでいると、急に水深が深くなった。
「わぁ……」
「すっげー……」
海底には、珊瑚礁に似たものがたくさんあり、魚のようなものも泳いでいた。さらには、人魚まで泳いでいる。
正にファンタジーだ。
この光景を眺め続けるのも悪くはないが、俺たちの本来の目的を忘れてはいけない。 俺たちの本来の目的は、適正レベルまでレベルを上げる事なのだ。
俺は何も言わず、さらに深く潜る。アスカとカインが俺に気づき、後に続く。
暫くモンスターを探索していると、一匹のモンスターを発見した。
名前・アルビエラ
属性・水
Lv・13
うわー、めちゃくちゃギリギリじゃないか。
てか、今思ったんだけど――いや、これはカインが追いついてから話すとしよう。
……それよりも。
「アルビエラって、どこかで見たような……気のせいか?」
一人でそう呟いていると、カインとアスカが俺に追いついてきた。
「あ、あれって、アルビエラか?」
追いついてきたカインが、アルビエラを指差しながらそう言った。
「確か、ラストクエスト出現条件の一つだよね?『アルビエラの角』……だっけ?」
「思い出した。それだ」
今、俺たちに気づいていないように、俺たちの目の前で泳ぐアルビエラを一言で説明するならば、半魚人だ。
頭部には、朱色の、長さ十センチほどの角が二本生えている。独特な曲線を描いて、コーカサスオオカブトの胸の角を連想させる。
全身にはウロコがあり、そのウロコは少しくすんだ緑色。鱗のない部分――腹と首の前の部分、腕の一部――は純白だ。緑の鱗に覆われた尻尾は、体のサイズにしては太く、尻尾の先が小さく鰓のようになっている。
……半魚人と言うよりも、擬人化したワニだな。
俺がそんな事を考えていると、アルビエラが俺たちが居る方向を見た。直後、アルビエラのカーソルが、むらのない赤に変わった。
「アレン、行くぜ」
「ああ。アスカ、後衛頼んだぞ」
「任せて!」
カインが悪刀を抜いて前に構え、俺はバーチカルソードと雷帝剣を鞘から抜く。
そして、俺とカインは同時に、ばた足でアルビエラへ直進。二人同時に斬りかかる。
しかし、アルビエラはその計三方向からの斬撃を、水中を移動する事で回避した。
「流石、半魚人だな……」
「くっそ!水の中をスイスイ動き回りやがって!」
「カイン!落ち着け!」
「羨ましくて仕方ねえ!」
……ただの嫉妬かよ。
別に怒ってなかった。
そんな会話をしていると、急に俺の顔の横を、猛スピードで何かが通り過ぎた。
よく見ると、水の玉らしい。『氷球』の水属性版か。
アルビエラの方を見てみると、今まさに、先ほどの水の玉らしきものを発射しようとしていた。
俺とカインが完全に振り向く前に、アルビエラはその水の玉を、俺とカインめがけて発射。その水の玉が俺たちの体を貫く寸前に、氷でできた壁が、それを防いだ。
氷の壁……アスカだ。
「ありがとなアスカ!」
顔の向きを変えずに、カインがアスカにそう言った。
アルビエラが氷の壁を攻撃している間、俺とカインはこっそり移動。アルビエラの背後に近づく。
アルビエラが俺とカインに気付いて振り向いたとき、俺たちはそれぞれの剣を振り上げていた。
「くらええええ!」
「死ねええええ!」
えらく物騒なかけ声が耳に届いたが、それを無視し、何の躊躇いもなく、アルビエラに剣を突き立てた。
アルビエラのHPは0になり、ポリゴンとなって爆散し、消滅した。
そして、俺とカインの獲得アイテム欄に、『アルビエラの角』が表示されていた。
―――
アルビエラを倒した後、もう暫くモンスターと戦う事でレベル15にレベルアップした俺たち。その俺たちは今、ギルドのカウンターにいる。
勿論、理由は獲得したアイテムを渡すためだ。まあ、四つの『アルビエラの角』だけだが。
アルビエラって、なかなか会えないレアなモンスターだったんだよなぁー。
「はい。確かに受け取りました。ありがとうございます」
カウンターに座るギルド職員と言う名のNPCにそう言われ、俺たちはカウンターを立ち去った。
ホームに戻るついでと、クエストボードに立ち寄る。ラストクエスト出現条件がどうなっているか、確かめるためだ。
「へぇー、『アルビエラの角』が後二十一で、それ以外はまだ手に入れられていないのか」
カインが読み、そう言った。
「でも、『モンスターを千体倒す』って言うのは、後三百体にまで減ってるぞ」
次に、出現条件を見た俺が声を出した。それに、アスカが反応する。
「あ、ほんとだ。何でこれだけこんなに早いんだろうね?」
こいつは、本気でこんな事を言っているのだろうか。
「あたりめえだろ」
珍しく、カインが説明に回った。
「こん中じゃ、一番楽な条件なんだからな」
……誰にでもできる説明だった。
てか、そんな誰にでもできるし、ちょっと考えたら分かる事を言われて目をキラキラさせてるんじゃないぞ、アスカ。
「アスカ、カイン。アイテムを買い揃えてから、もう帰ろう。今日は疲れた」
「ああ、そうだな。剣技を使わない分、体をいつも以上に動かすせいで、すげえ疲れたぜ」
「私はそんなに疲れてないけどね」
「「当たり前だろ」」
このデスゲームの中で、たった一つの楽しみである会話をしながら、俺たち三人はホームへと帰った。勿論、アイテムは忘れずに買い揃えたが。
ちなみに。
第2層から第1層へ移動する際、あの無駄に長い階段をいちいち下る必要はない。
何故なら、『転移エリア』と呼ばれるエリアが、第1層のラストクエストクリアと同時に出現したのだ。
転移エリアでは、「転移、第1層」と言えば、第1層にの転移エリアに転移する事が可能だ。故に、第何層へ行こうが、時間は一切かからないのだ。
何という便利なシステムだろうか。
俺たち三人がどれほど喜んだ事か。
あんな階段を毎日毎日上るのは、ごめんだ。
第1層にあるホームに帰宅した俺たちは、夕食を済ませ、そのままそれぞれのベッドへ直行。俺が眠りに落ちるまで、そんなに時間はかからなかった。
To Be Continued.
―――
――ずっと、信じてた。
俺たちが望む、ハッピーエンドが必ず訪れることを。
だけど、現実は甘くない。
俺が言っていたことは、望みは、ただの綺麗事に過ぎない。ただの、理想であり、現実ではない。
俺は改めて、そう思い知る事になることを、そのときの俺は、まだ知らなかった。




