希望の英雄
その日、世界は闇に包まれた・・・。
あらゆる光を発するものが使えなくなり、太陽や月も分厚くどす黒い雲に隠れ、見えない。
無論、世界中に住む人々は困惑した。
一寸先すら見えぬ深い闇に苛立ちを覚え誰それ構わずやつ当たりする者、脇目も振らずに泣き喚く者、どうしようもないと途方に暮れるもの、親を探して声を上げる子供、甲高い悲鳴を上げる女、とにかく様々だ。
「どういうこったこらぁ!?」
「おかーさーん!?、おとーさーん!?」
「きゃーーーー!!!??」
もはやどうしようもなく、このまま永遠に光を失ってしまうのか、とその場にいるほぼ全員がそう思ったその時!!
「皆、冷静に!!」
一人の青年がどこからともなく表れ、言った。
すると、今まで散々喚き散らしていた者も、親を探してさ迷っていた子供も、錯乱していた女性も、皆各々の行動を止め、青年に注目した。
この時、この青年はこれまでにないほど冷静だった。
普段ならこの青年は他の皆と同じく錯乱し、途方に暮れていただろう。だが、この時は違った。なぜなら、この青年は他の人がみっともなく喚くのを間近で聞いて、情けなく思ったからだ。そして、こう思った。ならば自分が皆を導いてやろう、と。
反対に、他の人達は冷静ではなかった。
普段ならこの青年の言ったことなど気にも留めずに無視、又は嘲笑していただろう。それなのに、今はこのどこの馬の骨かも分からない青年一人の声に従っている。それほどまでに追い詰められているのだ。
「私達は、このような所で道草を食っている場合ではない!一刻も早くこの闇の原因を追究し、世界に光を取り戻さなければならないのだ!!そのためにも、諸君等の協力が必要だ!諸君!私に力を貸してはくれないか?」
青年は、特に考えてこの言葉を言ったわけではない。ただ己の本能に、己の魂に従っただけだった。
しかし、
「「「「「「ワアアアアァァ!!!」」」」」」
「ッ!?」
青年は驚愕した。自分の予想以上の反応に。そして、自分が与えた影響に。
「そうだ!俺たちはこんな所で道草を食ってる場合じゃねぇ!俺は喜んで力を貸すぞ!こんな俺でよければ好きなだけ使ってくれ!」
「その通りだ!僕達には世界に光を取り戻すっていう使命があるんだ!こんなとこでじっとしている場合じゃない!あまり役に立たないかもだけど、僕の力、好きなだけ使ってよ!」
「アタシだって力を貸すわ!女だからって嘗めないでよね!!」
「私も!頭脳には自信があるわ!」
「うちも手伝う!これでも医者や!治療は任せい!」
「おれも!」
「私も!」
「ボクも!」
「あたいも!」
次々と帰ってくる希望に満ちた声。
青年が、本当にこの闇を何とか出来ると信じきっている声だ。
そしてその声に青年はきっちり応えた。
「ありがとう!なら早速この闇について調べよう!光を燈す物を持っている者は何とかして光が点かないか調べてみてくれ!残りの者は寝床の確保だ!この闇の中、辺りをうろつくのは危険だ!どんな危険があるのか分からない!皆で固まって眠ったほうが安全だ!皆!急に世界がこんな暗闇になって疲れているだろうけど、頑張ってくれ!」
その日から世界は闇に包まれた。だが、その日から世界は輝きだした。
これまでの環境を汚すだけ汚し、他人との団結なんて上辺だけの薄っぺらな関係が続いていた世界から、皆が団結し、生きる事に必死になりながらも笑い合える、そんな世界へ変わったのである。
世界が変わった日から70年後・・・
ある部屋のベッドの上で、一人の老人が眠っていた。
その老人は、かつて人々に希望を与えた青年だった。
アレから彼は頑張った。
光の実験の結果、火は燈ったのでその光を中心に文明を再構築し、少しでも皆が明るく元気に過ごせるようにした。
食料は、野菜類が全部ダメになったので、肉や魚が主食となった。が、絶対数が少なすぎた。次第に食べられる生き物はいなくなり、遂に人間を食べる人まで現れた。彼が火を使ったエネルギーで土を食べられる物質に変える装置を開発していなければ、今頃人は絶滅していただろう。
残念ながら闇の問題は未だ解決されていないが、近い未来、必ず解決すると彼は信じている。
「これまで・・・か。」
彼は突然呟いた。
「今まで休むことなく走ってきたが、悪いものではなかったな・・・」
彼の顔はとても安らかだ。とても死ぬ間際の人間がする顔じゃない。
「未だ様々な問題が残っているのだがな・・・」
彼は力なく笑った。
「まぁ、仕方ないな。残りは次世代の子供達に託そうか」
彼は苦笑した。そして、
「あぁ・・・」
かつて、人々に希望を与えた老人は、
「いい・・・」
今、静かに、
「人生、だった・・・な・・・・・・」
息を引き取った。
その顔はどこまでも幸せそうな顔であった・・・。
彼の物語は後世に語り継がれ、“希望の英雄”として親しまれることとなった・・・。
読んでいただきありがとうございました。