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掛け替えのない家族

あの襲撃があって一日が過ぎた。


天使兵の襲撃は思っていたほどの被害は出なかった。


だが…。


『任務は無事に果たすごとができた』


ギエルはそう言い,天使兵を皆殺しにして去っていった。


「ギエル,奴の任務はいったい何だったんだ?」


このミッドガルドには三聖者のうち,二人ほども揃っている。


中級天使程度の部隊で攻め落とせないのは周知の事実だったはず。


ダルトスは天使兵の死骸の山を見渡す。


「これでは奴らはただの捨て駒ではないか…」


ダルトスは思い出す。


世界の破滅を願う男のことを。


「これもお前が望むことなのか…」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






イリアは襲撃時を思い返す。


今まさに天使兵等に引導を渡そうとしたときだった。


突如として空より飛来してきた深紅の針が天使兵等の額を貫き,呆気ない終幕をもたらされたこと。


腑に落ちない。


彼らの目的はミッドガルドの制圧ではない。


他に何か目的があったはず。


殺された天使兵は隠れ蓑に過ぎない。


必ず何かがあるはず。


「これもあの男の計算の内なのだろうか…」


狡猾で残忍,邪神が現世に降臨したかのような男。


今もなおこの世界を憎んでいるのだろうか…。


「リンデの夢のことも気になるわ…」


濃い霧の森。


血の跡。


パイプオルガン。


「パイプオルガンはあの男が最も好んで演奏していた楽器…」


『リンデはもはやお前達の娘ではない!私のモノだ!』


『リンデの魂には私の全てが刻まれている。決して,決して私の手から逃れられんぞ!決してな!くくくっ…ふはははははははっ!』


『はああ…,愛しいもの全てを壊してやりたい…。この想いは誰にも止められぬ!まずはお前を壊したい!お前も!お前も!お前も!お前も!お前もだ!』


あの時のことは今でも昨日のことのように思い出す。


「私達は貴方から逃れることはできないのか…」


「でも,リンデとアデル君だけは決して…」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「お母さん,リンデのことでお話があるのですが…」


アデルはイリアにリンデの夢とあの襲撃時での様子を話さそうとした。


「いいわ,私もアデル君にお話したいと思ってたところなのよ。別の場所に移動するわ」


アデルはイリアについていく。


「ここなら誰も聞き耳を立てないわ」


アデルとイリアは向かい合う。


そして,アデルは襲撃時のリンデの様子を詳細に語っていく。


イリアはただ黙ってアデルの話を聞いていた。


そして,アデルが話し終えたとき,イリアはアデルの手を握りしめる。


「アデル君,お願い,リンデを支えてあげて。あの子はそう遠くない未来で必ず過酷な運命に立ち向かうことになるの。おそらく一人では絶えることができない残酷な真実に…」


過酷な運命。 


残酷な真実。


おそらくは彼女の中にいる邪悪な存在の真実。


それと彼女の関係。


「言われなくても俺はリンデを守ります。大切な妹分ですからね…」


(そうだ,俺はもう誓ったんだ。リンデが何者であれ,最後まで味方であり続けると…)


「アデル君,君はリンデが何者かを聞かないのね…」


イリアはどこか縋るようにアデルを見つめる。


(そういうところがリンデにそっくりなんだな…)


アデルは心の中で苦笑して,毅然と応える。


「決めましたから,リンデが何者であろうと側に居続けると…」


イリアはアデルを抱きしめる。


「ありがとう,本当に…ありがとう…」


イリアはアデルの姿に眩しいものを感じた。


三聖者の影として支えてくれたあの二人。


そして,その忘れ形見と言えるアデル。


イリアは体を震わせて泣いていた。


(〈アルタイル〉さん,〈エレイス〉さん,アデル君はこんなに立派になったわ…)







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「さあ,何事も腹を減っては何とやらよ」


ダルトス,イリア,リンデ,アデルは家族一同で夕食を取ることになった。


「久しぶりだな,こうやって家族揃って食事を取るのは」


ダルトスはしみじみと言いつつ,嬉しそうな表情をしている。


イリアとダルトスはミッドガルドを収める首長として,多忙である。


こうやって家族揃って食事が取れるのは滅多になかったのだ。


しかし,今回イリアの意向で何とか時間を取り,家族揃っての団欒ができたのだった。


「本当に久しぶりだよ。今日の食事は特に美味しいよ!」


リンデは食べかすを散らしながらガツガツと平らげていく。


「おい,リンデ。お前な…。もう少し落ち着いて食べろよ…」


アデルは苦笑しつつ,リンデの口元に付いている食べかすを付近で取っていく。


「まあいいではないか。久しぶりの家族揃っての食事だ。嬉しくなるのも分かるさ」


ダルトスは本当の兄妹のようなリンデとアデルを見つめながらも丁寧に食事を取っていく。


「子供はそれぐらいがいいのよ,大人になるとそういうことがなかなかできなくなるからね」


「そうだぞ,イリアも昔は…むぐぐぐっ!」


イリアは即座にダルトスの口にステーキを突き刺したフォークを突っ込み黙らせる。


「うん!やっぱり子供の内にしっかりと丁寧に食事をする癖をつけないとね。ね,あ・な・た」


「うぐぐぐぐっ,もぐおっ!」


イリアはニコニコとしながらダルトスの口内をフォークで抉っていく。


「アデル,ボクちゃんと丁寧に食事を取ることにするよ…」


「そうだな,それがいいぞ,リンデ…」


アデルとリンデはイリアとダルトスのやりとりを見て,しみじみと思った。


「当たり前のことだが,こうやって家族で食事をすることは素晴らしいものだな…」


ダルトスは掛け替えのないものを前にしたような口振りで言う。


「そうだよ!家族で食事は楽しいものだ!だから,お父さん,お母さん,これからももっと多く一緒に食べようよ!」


リンデはアデルと一緒になって以来,寂しい思いが少なくなったが,それでも両親との触れあいには飢えていたのだ。


「そうね,毎日が家族揃って食事が出来るようになれたら…」


イリアはどこか悲しげに言う。


今は乱世の時。


いつ幸せな時に終わりが来るかは分からない。


「きっと,そういう時代が来るさ,そのために私達はやってきているのだ」


「そうね,その日のために私達は頑張ってるもの…」


「ボクはそんな日が来ると信じてるよ…」


ガツガツと食事を取っていたリンデが突如話に加わってくる。


「リンデ…」


「だって,お父さんとお母さんは里のみんなのために一生懸命に頑張ってるんだがら…」


アデルはリンデを見て微笑み,食べかすをふき取っていく。


「不思議だ。リンデにそう言われると本当に実現しそうだと思うよ…」


「そうね,愛する家族のために私達は頑張っていけるわ…」


アデルはうなずき,手を叩く。


「暗い話は終わりにして,楽しく食事をしましょう。お父さん,お母さん…」


「アデルの言うとおりだよ!」


「そうね,今夜はたっぷり楽しみましょう」


「リンデ,油断してると父さんが肉を全部食べてしまうぞ」


「ああっ!お父さん,それボクの!」


「はいはい,まだまだありますからね」


こうして食事時間が過ぎていく。




これが家族揃っての最後の食事だと,まだ誰も知らなかった。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








ミッドガルドを上空から眺める者が一人。


「どうか,最後の晩餐を楽しんでくださいね…」


彼の名はギエル,天使兵襲撃の首謀者である。


「もうすぐであの棺が開かれる。だが,その前に英雄殿に気づかれる可能性がありますね」


ギエルは翼を広げる。


血よりも紅い黄昏の翼。


隊長に頂きし,破滅へと誘う翼。


「さあ,黄昏の芽よ!産声を上げよ!今宵に大地を深紅に染め上がるのだ!」


ギエルの声は虚空に響き渡る。


そして,その声に応える者はいた。


それは襲撃時にギエルのよって虐殺された天使兵の死体。


いや,正確には天使兵の額を貫いている深紅の針。


針は心臓のような鼓動が響き,天使兵の額に根付いていく。


「完全に根付くまで多少時間がかかりますか。まあ,そのときまで最後の夜を楽しんでくださいね…」








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「今日は一緒に寝ようよ,アデル」


リンデは枕を持ってアデルの寝室に来ていた。


「今日は,じゃなくて今日も,だろ…」


アデルは布団を上げ,リンデを迎え入れる。


「今日は辛いこともあったけど,それ以上に楽しかったよ…」


リンデはアデルにくっつくように横たわり,顔の半分を布団に埋めていく。


「そうだな,どんな辛いことがあっても家族がいれば,帰る場所があれば何だって耐えれるものだな」


アデルの実の両親は天使と悪魔,いわゆる堕天使だった。


父〈アルタイル〉は上級天使に所属する天上界での上級幹部だったが,ダルトスと同様に大天使法院との確執により天上界を去ることになった。


天上界での居場所を無くし,魔界に迷い込んだときにであったのが魔界に墜とされ,堕天使となり,魔界での悪魔大貴族として君臨していた母〈ネレイス〉だった。


最初,二人は反発しあっていたが,いつしか愛し合うようになる。


彼らは三聖者とも懇意であり,第二次聖戦ではゲリラ方面で人類軍を支えてきた英雄でもあった。


だが,天使軍の前線指揮官である〈双翼〉の一人〈ウルキヌス〉によってゲリラ部隊は殲滅され,アルタイルとネレイスは命を落としたのだった。


死地に向かう直前に夫婦となったダルトスとイリアに預けたのが,二人の間から産まれたアデルだった。


アデルは天使と堕天使の間で産まれたことでの突然変異なのか,絶大なる潜在能力を秘めていた。


その力は上級天使や悪魔大貴族を凌ぐほどであった。


当然,周囲からその力ゆえに蔑まされ,忌み嫌われていた。


だが,そんなアデルをダルトスとイリアは本当の息子のように愛してくれた。


だがら,アデルもまたダルトスとイリアを第二の両親として慕い愛した。


そして,二人の娘のリンデ。


彼女はアデル以上の特殊な力を有する異種。


ダルトスとイリアは彼女が二人の娘であること以外は話そうとはしなかった。


それでも両親はリンデとアデルを分け隔て無く愛した。


その真実だけでアデルには十分だった。


「暖かいね,アデル」


「ああ,そうだなリンデ」


二人は布団の中で向かい合う。


「ずっと一緒だよ,アデル」


「側にいるさ,リンデ」


二人は抱き合い,眠りにつくのだった。


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