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リンデとアデル

異種の里〈ミッドガルド〉。


カン!カン!カン!



ある広場で何かがぶつかり合うような乾いた音が響く。


それは一人の少女と一人の少年の木刀がぶつかり合う音。


少女は必死に木刀を振るい,少年はそれを涼しげに受け流していた。


「どうしたんだ?もう息が上がってるぞ」


「くそっ!当たれよ!この…うわああっ!」


少年は大降りに振るってくる少女の剣を身体を僅かに反らすだけで避け,同時に足を僅かに出して,少女のふらつく足をかけたのだった。


少女は見事に転倒し,べたーん!と音がするかのように顔面から地面に転倒するのだった。


「うぷっ!ぺっ!この野郎!少しは手加減しろよ!」


目鼻立ちが整い,肩まで掛かった銀髪,雪のように白いうなじからして,十人がみたら十人とも少女が絶世の美少女と呼ぶ容姿であろう。


だが,土まみれになった顔,男の様な口調から育ち盛りなやんちゃな少年のように見えた。


「おいおい,戦場じゃあ誰も手加減なんかしねえぞ。それにその男口調を直せよ。見た目が良いのに,台無しにしてるぞ,全く誰に似たんだが…」


少年は腰にまでかかる艶やかな金髪,少女と同じように雪のような白い肌,端正な顔立ちをしていた。


女性の服を着せたら,十人がいたら十人とも美少女と答えるだろうほど麗しい容姿だった。


少年は木刀で肩をとんとんと叩きながらため息をつく。


「一寸の間違えなく〈アデル〉の精だよ!ボクをこんな風にしたのは!責任を取ってよ!」


少女は生意気な少年のように頬を膨らまし,ぶーぶーと文句を垂れてくる。


全く責任転嫁も甚だしいものである。


「〈リンデ〉のくせに生意気なことを言いやがる。自覚してんなら自分でも直すように努力しろ。それに女が『責任を取れ』なんて無闇に言うもんじゃねえ!」


〈アデル〉と呼ばれた少年はそっぽ向いて舌打ちしながらも少女の文句に応える。


「いいもん!アデルはずっとボクと一緒にいるんだし。…………ねえ,アデルはボクと一緒にいてくれないの?」


〈リンデ〉と呼ばれた少女はすがるようにアデルに視線を向けてくる。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






リンデは物心が付いてときから両親はミッドガルド,いや人類軍を代表する偉大な英雄であることから多忙であることから一人で過ごし,村の隣人から好意で面倒を見てもらうことが多かったのだ。


しかし,リンデは多忙でかまってくれることが少ない両親を尊敬をし,愛していた。


両親は多忙の中でも少しでもリンデと話をし,剣の稽古,料理の手ほどきをしてくれた。


自分は両親に愛されているのだと実感していたからだった。


それでも一人のときは寂しい。


もっとかまってもらいたい。


けど,両親は人類軍の偉大な英雄。


〈三聖者〉と呼ばれる三人の内の二人だった。


両親が一生懸命働くことで多くの命が救われる。


ミッドガルドでは戦災孤児が多かった。


ほとんどが両親と周りの大人達が救い出して,引き取っていた。


リンデはそんな子供が増えないように我が儘を言うことなく両親を待ち続けるのだった。


両親はそんな健気なリンデを気遣い,ある日,一人の少年をリンデに紹介する。


少年はリンデと同じ年なのだろうか,一見して少女に見違えるような美人だった。


リンデは息をつくのも忘れて少年を見入った。


両親はそんなリンデに微笑み,少年を紹介する。


「この少年はアデルといって,私の大事な知り合いから託された子供だ。リンデ,今日からアデルのことを兄弟と思い,仲良くしてやってくれ」


リンデの父であり,元天使軍擁護派筆頭上級天使である〈ダルトス〉はアデルをリンデと向かい合わせる。


「アデルだ。よろしく…」


アデルはそっぽを向きながらも抑揚のない声で自己紹介をした。


その日からリンデとアデルは兄妹となった。





アデルは無愛想で無表情ながらも律儀にリンデの世話を焼き,リンデはそんなアデルを本当の兄のように懐き,慕うようになっていた。


長く過ごす内に無愛想だったアデルはリンデの朗らかで明るい性格に感化されるように感情豊かになっていく。


アデルは皮肉屋で年齢に似合わない大人びた少年だった。


おそらくこれが本来のアデルの性格なのだろうか。


リンデに心を開いた故だったのかもしれない。


リンデもアデルと共に剣の稽古をつけ,色々な悪戯を教えてもらった故に現在のような生意気な少年っぽい性格になるに至った。


確かにリンデの言うようにアデルの責任といえよう。


リンデはアデルと過ごす時間を掛け替えのないものと感じていた。


もう寂しくない。


自分にはアデルがいる。


リンデは両親の手前,「いい子」になっていたが,アデルとの出会いをきっかけに我が儘を言ったり,甘えん坊になっていた。


そんなリンデをデルはやや苦々しく思ったが,両親はそんなリンデを歓迎した。


リンデはまだ,10にも満たない年頃の少女,少し我が儘な方が良いと思ったのだろう。


「ダルトスさんはリンデを甘やかしすぎです!」


あまりにも自分にべったりとしてくるリンデに辟易し,ダルトスに抗議するアデル。


「はははっ,確かにそうかもしれない。だったらアデルが厳しく躾てくれないかな。リンデはアデルを本当に慕ってるようだし,アデルなら安心して任せることができる…」


ダルトスは抗議してくるアデルをあやすようにして頭を優しく撫でてくる。


「それは親であるダルトスさんの仕事でしょう。俺にそんなことなんて…」


「君だからこそリンデを任せられるんだ。君は私の大切な友人の忘れ形見,だが,私は君を本当の息子だと思ってる。君も色々と整理が出来ないことがあるだろう。今は乱世だ。私や〈イリア〉に万一のことがあったときにリンデが頼れる君だけなんだ」



今は人類軍と天使軍は膠着状態だが,〈第二次聖戦〉の真っ直中,何が起こっても不思議では無い情勢である。


天使軍は極秘に特殊部隊の編成を行っているし,人類軍本部ヨツンヘイムは内政により血みどろの謀略戦が行われている。


いつ均衡が崩れてもおかしくない。


ダルトスは人類軍最高司令官としてこの情勢に振るいをかけなければならない。


いわば,一番の踏ん張り所である。


「そんな!ダルトスさんに万一なんて…」


そんなアデルをダルトスは両肩に手を添え,アデルの目を見つめる。


何時に無く優しげな眼差しで。


「私は天使軍を裏切り,人類軍に身を寄せているが,魂まで人類軍に売ってはいない。それは〈イリア〉も〈レイア〉も同じだ。だが,だったらなぜ,私やイリア,レイアが人類軍に協力して天使軍に敵対しているのか分かるかな?」


「………」


アデルはダルトスのそんな優しげな眼差しから顔を逸らしたまま,何も応えなかった。


ダルトスはそんなアデルを抱きしめる。


「だ,ダルトスさん!」


「それは君やリンデ,里の皆を守りたいからだよ…」


アデルは何も応えれないまま,ダルトスの抱きしめられたままだった。


「アデル,私は愛する者を守るためだったら,如何なる強大な敵であろうと立ち向かっていく。例え勝ち目が無かろうとも,な…」


ダルトスは抱擁を解き,アデルを見つめる。


そんなダルトスにアデルは縋るように言う。


「人類軍の英雄〈三聖者〉の一人にして,天使軍最強のダルトスさんが敵わないような相手が天使軍にいるのですか?けど,現天使軍最強の〈双翼〉は滅多に前線に出たりはしないはずじゃあ…」


「いいや,ここだけの話,私よりも遙かに強い者が天使軍に一人いるのだよ。もっとも〈あの男〉が天使の域に当てはまるのどうかは微妙だけどね…」


「そんな,俺は〈双翼〉以外にそんな天使がいるなんて聞いたことがありませんよ!」


アデルはダルトスの言葉が信じられないように叫ぶ。


幼いながらもアデルは天使軍の情勢を把握していた。


アデルの両親がダルトスと同様に天使軍上層部の要職についていたからだ。


その両親もまたダルトスと同様に天使軍に離反したのだが,追跡部隊の手により,命を落としてしまった。


そんなとき,アデルを救ったのがダルトスとイリアであり,アデルは実の両親のように慕い,最強の天使として尊敬もしていた。


そんなダルトスより強い者が存在するなんて信じられなかったのだ。


「世界は広い。私よりも強い者なんて幾らでも探せばいるものだ。だが,私は奴よりも強く禍々しい存在は他に知らないんだよ。近い内に必ずこのミッドガルドに攻めてくる。情報によれば,天使軍は異種特殊部隊〈神殺し〉に対抗すべく極秘に特殊部隊を編成しているからな。おそらく,その部隊にいるのではないかと思うがね…」


「だったら,ミッドガルドから皆を退避させたほうがいいんじゃないですか?」


「そうすれば,天使軍にかえって怪しまれる可能性がある。ミッドガルドは山岳に囲まれているからね。逃走経路も予測されるだろう。ミッドガルドは翼が無い異種や天使以外にも普通の人間もいる。彼らでは万一にも逃げ切れないだろう」


ダルトスはそっぽを向くアデルの顔を正面に向けさせ,真剣な眼差しで見つめる。


「私も最善を尽くす。だから万一の時は,アデル,君がリンデを守ってくれ。頼む…」


そんなダルトスの真剣な表情に感化されたのか,アデルもまたダルトスの真剣な眼差しに向き合っていく。


ダルトスは自分にとって恩人であり,第二の親である。


そして,リンデは実の妹のように可愛がっている。


だから,アデルは応えるのだった。


「分かりました。リンデは命に代えても俺が守ります」


「子供が何を言っているんた。守るだけでじゃない。リンデと共に生きるんだ。命をかけるのは私達大人の務めだ」


ダルトスは再びアデルを抱きしめるのだった。



アデルはその日を境にリンデを厳しく躾ていく。リンデと共に生き延びるために…。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


リンデはアデルに縋るように言い,アデルの答えを待つ。


アデルはリンデにとって剣の師匠であり,兄であり,ダルトスが多忙で家にいないときでは父のように暖かかった。


リンデはそんなアデルにべったりとし,甘えん坊になっていた。


しかし,ある日を境にアデルはリンデに対して厳しく躾るように接し始めたのだった。


剣の稽古ではリンデが泣こうと叫ぼうと冷然に叩きのめしていき,容赦が無くなってきたきたのだ。


それでもアデルがリンデに対して決して冷たくなったのでは無く,優しくて少し甘い兄から厳しくも優しい父親のような感じに変わっただけであり,リンデもそれを感じてか文句を言いつつもアデルに従っていた。


「甘えん坊のリンデが一人前になるまでは一緒にいてやるさ…」


アデルは縋るようなリンデに答える。


まだまだ自分も甘いなとアデルは思う。


けど…。


(アデル,君がリンデを守ってくれ。頼む…)


ダルトスがアデルに言ったことを思い出す。


(そうだ,俺はリンデを守る義務がある。いや,義務…だけじゃないな…)


アデルはリンデを見る。


彼女は自分の答えにやや不服なのだろうか,少し睨むようにして見つめていた。


「だったら,ボクは一人前にならなくったっていい!それでアデルと一緒にいられ…」


そう言いかけたリンデはアデルが厳しい目で自分を見ていることに気づく。


「一人前にならなくったっていい,だと…,甘えるな!!出会いもあれば,別れもある!両親だって,………それに俺だって永遠にいるとは限らないんだ!そんなとき一人になったらお前はどうするんだ!」


アデルの思わぬ激怒にリンデは肩を竦めた。


こんなに怒っているアデルは初めて見た…。


アデルはふっと怒気を収めて,リンデの銀髪を優しく撫で,厳しかった親がふと優しく子に言い聞かせるように説いてくる。


「いいか,リンデ。俺は可能な限りお前の側にいる。けど,いずれは皆,巣立たないといけないんだ。俺もお前も…。俺には実の親はもういない。けど,お前の親は俺を実の息子のように愛してくれている。そんな大切な人達の愛に報いるのは何だと思う?」


「わからない…」


アデルはリンデの銀髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でつける。


「リンデには少し難しい問題だったか。まあ,愛は見返りを求めないものだからな。けど,見返りを求めないからといって,返そうとしないのはどうかと思うがな…」


「アデルの言うことは難しいよ…」


リンデの言い分にアデルは苦笑する。


「まあ,自分でもはっきりとは断言できないからな。まあ,今はいい。ただ,これだけは覚えとけ。俺はお前は本当の妹のように愛していることをな…」


「アデル…」


リンデはそんなアデルを見て,何かを決心したかのように目を向ける。


その目は先ほどの縋るような,どこか甘えたような目はしていない。


「ボクもアデルのことを本当の兄どうか分からないけど,愛してる!だから,ボクが甘えん坊なのが,アデルが嫌だというだったら,ボクはもう甘えないように頑張る!」


「別にお前が甘えん坊なのが嫌じゃないが,それでも,まあ期待してるよ,可愛い妹分…」


アデルは再び木刀をリンデに向ける。


「まずは俺から一本取ってみせろ!まあ,甘えん坊のリンデには無理かもしれんがな…」


アデルは嘲るような笑みでリンデを挑発してくる。


アデルの剣技は里の大人と遜色無いほどの腕前である。


嗜む程度に剣術を習っているリンデでは到底勝てないどころか,一本取ることもほぼ不可能のはずであ


る。


リンデ自身も承知のはずである。


けど,それでも敢えて挑発したのはリンデの想いがどれほどかを見極めたかったからだ。


「必ず一本取ってみせるよ!そして,アデルに認めてもらうんだ!ボクはもう甘えん坊なんかじゃないってね!」


リンデもまた,木刀をアデルに向ける。


「だったらかかってこい!リンデ!」


「いくよ!アデル!」


再び乾いた音が広場から響くのだった。

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