表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

ダルトス・エスカレーネ

人類軍本部ヨツンヘイム。


一人の女性が涙を流していた。


「イリア…」


イリアと同じ容姿であり,違う所は輝くように艶のある銀髪が肩の所で切りそろえている。


彼女こそが三聖者最後の一人,軍略,戦術等と頭脳面で軍を率いる現異種部隊隊長〈レイア・エスカレーネ〉であった。


レイアはイリアと双子であり,他者よりもエーテルによる感応が強い。


ゆえに遠く離れていてもイリアの感情の変化等を感じることができたのだった。


イリアから感じてくる感情はレイアにとって心地よかった。


家族への愛,ミッドガルドに住む民を慈しむ心,どれもがイリアには掛け替えの無いものだった。


だが,もう何も感じられない。


その意味はただ一つ。


イリアは永遠の眠りについたのだ。


今すぐにでも助けに行きたかった。


しかし,自分には信頼を寄せてくれる部下達や力無き民衆がいる。


家族を守る母として,夫を愛する妻として生を全うしたイリアが羨ましい。


ダルトスは大丈夫なのだろうか。


彼は元天使軍擁護派筆頭上級天使であり,ゆくゆくは天使軍最高司令官の座につくかもしれないほどの実力者だった。


彼の力でもってしてもイリアを守りきれなかったのだろうか。


いや,一人だけダルトスでも敵わない男を自分は知っていた。


自分が付いている要職の前任者であった男。


そして,自分が愛した人。


(そう,ついにあの人が動き出したわけなの…)


レイアは涙を拭い決意の瞳を露わにする。


(私はこの腐敗した人類軍を変えなければいけない!)


レイアは毅然とした足取りで作戦会議室に向かっていく。


おそらく始まるであろう権力欲に駆られた輩共の無意味で無駄な会議。


(私は人類軍の頂点に立ち,全てを変えていく。それが自分に出来るイリアとダルトスへの手向け…)


レイアは自分の戦場へと向かって歩いていく。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










ダルトスは永遠の眠りについたイリアを静かに地面に横たわらせ,気配のする方向へと睨み付ける。


そこには白い兵士がいた。


かつて自分の命の恩人であり,師であり,父であり,兄であり,そして友であった男。


「良かったな,最後にお別れできて…。彼女には楽しませてもらったよ。さて,お前は…」


男の言葉が途切れる。


ダルトスが高速で斬りかかってきたからだ。


がきぃん!


ダルトスの剣が男の手前で止まる。


男が瞬時に展開したシールドで防がれたのだ。


「相変わらずせっかちな男だ。男は常に紳士であれ,と教えなかったかな?」


せせら笑う男にダルトスは歯ぎしりして剣をシールドに押し込めていく。


「妻を奪った者に対して平然とすることが紳士であるならば,私は畜生であることを選ぶ!」


「やれやれ,度し難いものだな,ダルトス」


シールドが輝き,ダルトスを弾き飛ばしていく。


「ぐふっ!」


弾き飛ばされたダルトスは錐もみするように地面に転倒していく。


「悲しむことはない,直にイリアと再会させてあげよう。冥界で再び契りを交わすがいいさ」


男は周囲に直径3メートルもの光球を幾つも出現させ,ダルトスに向かって放ってくる。


ダルトスは即座に立ち上がり,剣を振るって,光球を切り裂き,または回避して,男に向かって接近していく。


ダルトスの剣が男が展開したシールドに激突する。


「なぜだ!なぜミッドガルドを!ここは貴方が建てた里だったはず!」


「私が作った物だ!ならば,壊すのも自由だろう!」


再びシールドが輝き,ダルトスを弾き飛ばそうとする。


だが,ダルトスは踏みとどまり,剣をさらに強くシールドに打ち付けていく。


「神は全てを与え,全てを奪うものだ!分かるだろう,ダルトスよ!」


シールドから無数の刃が生え,ダルトスの右肩と脇腹を貫いていく。


「ぐはっ!くっ,私には…分からない!分かりたくもない!」


ダルトスは血を吐きながらも自分を貫いている刃を叩き折り,剣で何度もシールドに斬りつける。


シールドに亀裂が走っていく。


「イリアは…イリアは貴方を慕っていた!貴方もイリアを妹のように可愛がってたはずだ!」


ダルトスの怒りと共にシールドにさらに亀裂が走っていく。


「応えろぉおお!隊長ぉおおおお!」


ダルトスは怒りがついに男のシールドを砕く。


男はエーテルソードでダルトスの剣を受け止めていく。


「はははははははっ!私に剣を使わせるとは腕を上げたな!」


男は獰猛な笑むを上げ,高速で剣を振るってくる。


ダルトスと男の剣が何度もぶつかり合う。


二人の剣圧は周囲に爆音となって響き渡っていく。


ギエルとダルトスを追って駆けつけてきたタレスはただ二人の戦いを見守っていた。


もうミッドガルドの住民はダルトスだけとなっていた。


白い兵士達は里の戦士の返り血により,深紅に彩られた鎧を纏っていた。


「うおおおおおおっ!」


ダルトスは渾身の一撃を放ち,男の剣を弾く。


そのまま,ダルトスの剣が男の首を凪ごうと横薙ぎをしてくる。


だが,男はダルトスの剣を素手で鷲づかみしてくる。


ダルトスの剣に男の血が滴っていく。


「いいぞ!実にいい!イリアも楽しませてくれたが,お前は格別だ!あはははははっ!」


男は今度はダルトスの顔を鷲づかみして吊り上げていく。


「ぐっ…あああああぁあ!」


ダルトスは苦悶の声を上げ,必死に男の手を振り払おうとする。


「問いに応えようか,私がイリアを,ミッドガルドを愛していたからだよ…」


「なん…だと…」


男の指がダルトスの頭に食い込み,血が男の仮面を紅く染めていく。


「愛しているものをどうすれば自分のものにできるか?それは自分の手で壊すことだ,私は愛しているからこそ,イリアをミッドガルドを壊したのだよ…」


狂っている。


(この男は何として止めなければ…)


「ぐおおおおおおああ!」


ダルトスはあらん限りのエーテルを体から放出する。


「ぬっ!」


ダルトスの頭を掴んでいた手が緩む。


(今だっ!)


ダルトスは男の手を振り払い,拳を振り上げ,男の顔を殴り付ける。


「ぐっ!」


男はよろけ,ダルトスはその隙に距離を取っていく。


「貴方は私の師であり,父であり,兄でもあった。今でもその気持ちは変わらない!だからこそ,狂っていく貴方を全力で止めさせていただく!」


ダルトスは男を見据える。


男の仮面に亀裂が走っていた。


純白に彩られた鎧も兜もダルトスの返り血によって斑模様となっていた。


「お前が初めてだ。私に一撃を入れたのは…。お前ならば私の翼を潤してくれるだろうな…」


男は背中から翼を広げていく。


その翼は深紅に彩られていた。


ダルトスはその翼を見たとき,吐き気がしてきた。


翼には濃い死臭が漂っていたからだ。


男の威圧感がさらに増してくる。


「私を満足させるのだ,ダルトス。そのために少々趣向を凝らそうか」


「ゲームだと?」


男は笑い,指を鳴らす。


そのとき,男の周囲の空間が捻れ,人影が見えてくる。


人影は二つ。


それは…。


「リンデ!アデル!」


ダルトスは愕然とする。


逃げたはずの二人が男の力によって強制召還されたのだ。


リンデとアデルは戸惑っていた。


二人はイリアの所へと戻ろうと走っていたはずだった。


だが,突如,目の前の空間が歪み,二人を吸い込んでしまったのだ。


気づくといつの間にか別の場所にいたのだった。


そこにはダルトスと深紅の翼を広げている血塗れの天使がいた。


二人が逃げ出す前にイリアと対峙していた天使だった。


そして,少し離れた所にイリアが横たわっている。


イリアは血の気を失い,眠っていたのだ。


もう二度と醒めることのない永遠の眠りに…。


「お母さん…,おかああさん!」


リンデはイリアの元に駆けつけようとする。


しかし,突然リンデの足下から魔法陣が出現し,凄まじい激痛と共に拘束してくる。


「うあああああああっ!」


リンデはあまりの激痛に絶叫する。


アデルもまた魔法陣によって拘束されていた。


「どういうつもりだ!」


ダルトスは男を憤怒の表情で見る。


「言っただろう,趣向を凝らすと…」


二人を拘束した魔法陣は男の背後へと移動する。


リンデは激痛に苛まれながらも倒れているイリアに向かって手を伸ばすのだった。


もうイリアがリンデに笑いかけてくれることは二度と無い。


『もし帰ってこれたら家族で食事パーティをしましょ,約束ね…』


「おか…あ…さん…」


リンデの瞳から涙が次から次へとこぼれ落ちていく。


「くっ!」


悲しんでいるリンデを目の前にしておきながらアデルは何も出来ない自分に腹立たしく思った。


『アデル君,リンデを頼むわね…』


「母さんに任されたはずなのに,俺は何もできないじゃないか…」


二人が苦悶している様子を男は恍惚と眺め,ダルトスの方に振り向く。


「10分だ!10分間私と戦って生き延びて見せろ。それが出来たら二人を解放してやろう!」


男は両手を広げ,最高の舞台を演出するように声高に宣言する。


「10分間だと?それで貴様を倒してみせる!」


ダルトスは苦しむ二人を見る。


必ず助け出してみせる。


ダルトスは剣を男に向ける。


男はダルトスの顔を見て,宛然と笑った。


「良い顔だ!お前の怒りの炎が私の心を焦がしてくれる!愛してるぞ!ダルトス!お前の血で私の翼を潤してくれ!そして,最後に壊してくれようぞ!」


男の深紅の翼が広がっていく。


リンデはダルトスと戦っている男を見る。


夕焼けのように寂しげで残酷な血のように禍々しく輝く翼。


「黄昏の…翼…」


リンデはふと呟いた。


男の動きが僅かだが止まり再度翼を広げ,ダルトスを包み込むような深紅の波動が放出される。


「凌いでみせる!」


ダルトスはシールドを纏いながら自分から波動の方へと突進していく。


シールドは波動の力により,ひび割れていく。


それでもダルトスは止まらなかった。


「お父さん!」


リンデの悲痛な叫び声がなぜかダルトスの耳に鮮明に届く。


ダルトスは一瞬,リンデの方向を見る。


魔法陣で苦痛に苛まれながらも懸命にダルトスに視線を向けている。


アデルもまた表情を変えることなくただダルトスを見ていた。


(私は守らなければならない!イリアのためにも!)


シールドが砕け散り,ダルトスの体の至る所に裂傷が刻まれていく。


「うおおおおおおっ!」


ダルトスは全身から血を吹き出しながらも波動を突っ切り,剣を男に向けていく。


「さあ,きてみろぉおお!ダルトスぅぅぅぅぅぅ!」


男は両手を広げ,ダルトスの剣を迎えようとする。


ずしゃっ!


ダルトスの剣が男の胸を貫く。


「やった…のか…」


アデルは二人の戦いの様子に身を乗り出そうとする。


「まだ…だよ…」


リンデは苦しげにアデルの言葉を否定する。


アデルはリンデの方を向く。


「お願い…逃げて…おとう…さん」


アデルは再び二人の戦いを見た。


男は胸を貫かれながらも笑みを浮かべていた。


「ははははははっ!痛い!痛いぞ!ああ,まさか私に一撃を加えるどころか血までも流させるとは…」


男は恍惚と呟き,貫いている剣を掴む。


ダルトスはおぞましいほどの男の狂気に背筋が凍えていた。


「隊長,貴方はなぜこれほどまでに…墜ちたのだ…」


「墜ちた,いや違うぞ,ダルトス,私は目覚めたのだよ…。怒りと…憎しみと…悲しみでもってな!」


ダルトスは悲しげに男を見る。


「もう私が敬愛していた隊長は…いないというのか!」


ダルトスは狂笑する。


「これが私だよ,ダルトス。そして,残念だったな。後僅かで私の心臓から剣が逸れたぞ!意図的に外したか,単に失敗したか,そんなのはどうでもいい!」


男はダルトスの剣を掴んだまま,もう片方の剣を持った腕を振り上げる。


「ペナルティーだ…」


ずしゃっ!


男の剣がダルトスの左腕を切断していく。


「ぐあああああああっ!」


切断面から鮮血を吹き出しながら絶叫するダルトス。


鮮血が男の深紅の翼に降り注いでいく。


「あはははははっ!潤うぞ!私の翼が!〈黄昏の翼〉が!私の乾きを癒してくれるぞ!」


男は胸を貫いている剣を引き抜く。


血が噴き出し,もはや全身が深紅に染められていたが,それでも男は狂ったように笑い続ける。


ふと男は笑いを止める。


「後5分だ,まだまだ楽しませてくれよ,ダルトス!」


男はダルトスの胸に掌を当て,エーテル波を放出する。


「ぐぼぉ!」


ダルトスは口から大量の血を吐き,弾き飛ばされていく。


リンデとアデルは血まみれになり,打ち拉がれていくダルトスの姿に目を逸らしたくなっていた。


「どうして…どうしてこんな酷いことを…」


最強だと信じていたダルトスがあの黄昏の翼を持つ男にまるで歯が立たない。


『間もなく終わり無き悪夢が開幕するだろう』


(これがお前がいう悪夢なのか…)


リンデは必死に体を動かそうとする。


だが,そんなリンデを魔法陣が無情にも逃がそうとしなかった。


そして,ダルトスは男に弾き飛ばされ,地面に叩き付けられていく。


倒れているダルトスに眠るように死んでいたイリアの姿が重なる。


「嫌だ…」


リンデは叫ぶ。


「立って!」


リンデの声が響く。


「立って!お父さん!」


リンデは倒れているダルトスに必死に呼びかける。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











ダルトスは真っ白な世界に立っていた。


その世界の果てにはイリアが悲しげにダルトスを見つめていた。


(すまない,イリア,私は…家族を…リンデを…アデルを…守ってやれなかった…)


ダルトスは一歩また一歩とイリアに近づいていく。


イリアが手を伸ばしてくる。


ダルトスはイリアの手を掴もうとする。


イリアの手に触れれば,もう自分もこの世界の住人となるだろう。


だが,イリアの手に触れようとした瞬間,耳元から声が聞こえてくる。


『お父さん!』


この声は…。


ダルトスは思い出す。


イリアと結ばれてから子を授かったときのことを…。


辿々しい声でお父さんと自分を呼んでくれたことを…。


ダルトスは幾度も戦場を駆けめぐり,数え切れないほどの血を手に染めてきた。


そんな血に汚れた手をリンデは小さな手で握り,笑顔でお父さんと言ってくれた。


そのとき,涙を流してリンデを抱きしめた。


こんな私でも父と呼んでくれるリンデ。


献身的に支えてくれたイリア。


本当の父として慕ってくれたアデル。


ダルトスは伸ばしていた手を引く。


(私には…まだ,やらなければならないことが残っている…)


ダルトスはイリアを見つめる。


イリアは微笑んでいた。


(もう少しの間,待っててくれ,イリア…)


ダルトスはイリアに背を向けて白の世界を後にする。


愛しい娘の声に導かれて…。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー









男は倒れているダルトスを見下ろしていた。


「興ざめだな,もう少し楽しませてくれると思っていたぞ,ダルトス…」


男はつまらなそうに倒れているダルトスに問いかける。


「耐えたのは7分だったか…。残念だったな,私の勝ちだ」


男は倒れているダルトスに背を向け,魔法陣に捉えられている二人の元へと行こうとする。


「待て…」


背後から声が聞こえ,男は振り返る。


そこには全身に血を濡らしながらも阿修羅の如き形相で男を睨む者がいた。


「まだ後3分残っているぞ…」


「馬鹿な…。まだ,立てるというのか…」


男はダルトスから後ずさっている自分に気づき驚愕する。


「まさか,私がダルトスに恐怖を抱いているというのか!」


男もまた禍々しいエーテルを周囲に散漫させ,ダルトスを睨む。


ダルトスは視線をリンデとアデルに向けて微笑み,口を動かす。


(私の家族でいてくれて,ありがとう…)


リンデは口を動かして言葉を聞き取り,泣き崩れる。


「お父さん!おとおおさん!」


「リンデっ!」


泣き崩れるリンデに声をかけるアデル。


アデルもまた顔を涙で濡らしていた。


「父さんの…最後の勇姿を目を逸らさずに見るんだ!」


「アデル…」


リンデは瞬きもせず父の姿を見つめていく。


ダルトスは二人から男に視線を向ける。


「さあ,ゲームを再開しようか,隊長…」


残った片腕に膨大なるエーテルを凝縮させていく。


「許さんぞ!ダルトス!私を僅かとはいえ恐怖を抱かせるとは!ふははははははっ!もうゲームオーバーだ!絶望を抱いて死ぬがいい!」


男は翼を広げ,頭上に直径10メートルほどの深紅の光球を出現させる。


ダルトスは手を天に掲げる。


「とくと目に焼き付けておけ!この三聖者筆頭ダルトス・エスカレーネの生涯最後にして最高の奥義を披露してくれようぞ!」


目映いほどに輝く黄金のエーテルソードがダルトスの手にあった。


「その黄金の剣は…まさか!」


男はダルトスが持つ黄金の剣を見て動揺する。


「そうだ!これは貴方が教えてくれた最強の神技だ,隊長っ!」


ダルトスは黄金の剣を振りかぶり,男に向かって突進していく。


男は突進してくるダルトスを迎撃せんと頭上の光球を発射する。


「おのれぇえええ!死ねえい!ダルトス!コロナ・エクスキューション!」


「自分の技を存分に味わえ!隊長!ラグナ・ディストール!」


どごおおおおおおおおおん!


交差した二人を中心に大爆発が起こる。


爆発の余波により魔法陣が破壊され,リンデとアデルは吹き飛ばされていく。


「リンデぇええ!」


「アデルっ!」


アデルは咄嗟にリンデを抱え込み,二人で抱き合うように地面に転がり込んでいく。


「くっ…大丈夫か,リンデ…」


「うん,ありがとう,アデル…」


二人は立ち上がり,当たりを見渡す。


緑豊かだったミッドガルドは焦土と化していた。


「お父さん,お父さんは!」


「爆心地はあっちだ,リンデ!」


アデルはリンデの手を引っ張り,爆心地に向かって走っていく。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










ダルトスの残った片腕は肉片となって爆ぜていた。


男の方は無傷であり,ダルトスを嘲笑する。


「はははははっ!どうやら技の威力に体が耐えきれなかったようだな。どうやら今度こそ私の勝ちのようだな!」


ダルトスは嘲笑する男に不敵に笑い返す。


それに気づき,男は笑みを消す。


「何がおかしい…」


「ふふっ,自分が負けたと知らず笑っている貴方を滑稽だと思ったからだ…」


「なん…だと…」


男にはダルトスが何を言っているのか分からなかった。


ダルトスは男を哀れむようにして見る。


「私の勝ちだ。ジャスト10分経過,ゲームオーバーだ…」


ダルトスは力尽きて倒れる。


「なっ!馬鹿な…」


男は失念していた。


致命傷にもかかわらず立ち上がり,自分の奥義を繰り出されたことで冷静さを失い,ゲームであることを忘れていたのだった。


男は実感した。


自分はダルトスに負けたことを。


「お父さん!」


倒れているダルトスにリンデとアデルが駆けつけていく。


「リンデ…アデル…」


リンデの涙がダルトスの頬に落ちていく。


ダルトスはリンデが産まれ,自分の腕の中で泣き続けていた姿を思い出す。


「泣くな…リンデ…」


ダルトスはすでに両腕が無い。


最後に抱きしめてあげれないのが残念だった。


それを察したかのようにアデルは泣きじゃくるリンデを後ろから抱きしめる。


まるで自分の代わりに炊きしてくれているかのように。


「アデル…リンデを…頼む…私の…息子でいてくれて…ありがとう…」


「はい,父さん…」


アデルはリンデを抱きしめながらも涙を流す。


ダルトスは泣いているリンデに顔を向ける。


「リンデ…愛しい…我が娘…強く…強く…生きて…く…れ…」


ダルトスは疲れを癒すようにして目を閉じた。


「お父さん…」


リンデは眠っているダルトスに呼びかけるが返事は無かった。


「お父さん,お父さん,お父さん…」


何度揺さぶってもダルトスはもう目覚めようとしなかった。


「お願い,目を覚ましてよ。男は常に紳士的であれ,って言ってたよね…」


ダルトスはイリアと同じく眠っているかのようだった。


「女性の呼びかけに応えないなんて紳士失格だよ!お父さん!」


リンデは眠っているダルトスにさらに揺さぶろうとしたところ,アデルが強く抱きしめて止める。


「もう止めるんだ!リンデ!」


「嫌だ!お父さんはいつだってボクの呼びかけに…」


アデルはさらに強くリンデを抱きしめて厳しい口調で呼びかける。


「父さんは…父さんは…もう死んだんだ!俺達を…家族を守って!」


「…っ!」


リンデはアデルを見つめる。


アデルの顔は涙で濡れ,唇から血が流れている。


「ごめん!ごめんね,アデルだって辛いのに…」


「大丈夫だ。まだ,一人なんかじゃない。俺が…俺が側にいるから…」


リンデはアデルに支えながらも涙を拭い立ち上がった。


目の前には両親を殺した男がいる。


「ダルトスは偉大な英雄だった…」


男はどこか悲しげに言う。


リンデは男を憎悪で満ちた瞳で睨み付ける。


「だが,お前は塵に等しい存在だ。お前の血では我が翼も穢れるというもの…」


リンデを道端に転がる小石を見るかのような目で見下ろす男。


男はダルトスとのゲームの約束でリンデとアデルを解放するようだ。


お父さんの命と引き替えに自分たちは見逃されるのだ。


アデルがリンデの手を強く握る。


(今は耐えろ)


アデルの目はそう言っていた。


「ボクは…」


リンデは言葉を飲み込む。


「“私”は,リンデ・エスカレーネはお前を絶対に殺す…」


リンデは一人称を“ボク”から“私”へと言い換える。


元々アデルに対抗して男のように振る舞うために言ってきた子供の言葉。


だが,そんな幼い自分と決別するために“私”と言い直す。


今の自分では確かにこの男にとって塵にも等しい存在。


(けど,故郷を,両親を奪った男をいつか絶対に!)


そんなリンデの決意に男は笑う。


「リンデ・エスカレーネ,偉大なる英雄の娘よ。お前は私のことを〈黄昏の翼〉と呼んだ。ならば,そう呼ぶが良かろう…」


男は深紅の,黄昏の翼を広げ,上空へと飛ぶ。


「いつか私の元へと辿り着けた時,お前の血で我が翼を清めてやろうぞ!リンデ・エスカレーネ!」


リンデに〈黄昏の翼〉と名付けられた男は虚空の彼方へと消えていく。


他の白い兵士達もいつの間にか消えていた。


廃墟となったミッドガルドはリンデとアデルの二人だけになっていた。


二人から故郷を奪った黄昏の翼。


二人は復讐を胸に秘め,黄昏の翼が消えていった空をいつまでも見続けるのだった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











ダルトスは再び白の世界に佇んでいた。


そして,世界の果てにはイリアが微笑んで待っていた。


(待たせたな,イリア…)


イリアは再び手を差しのばす。


ダルトスは今度はイリアの手を掴み,抱き寄せる。


(紳士は女性を待たせる者ではないわよ,ダルトス…)


(すまなかった…)


イリアはダルトスの胸に顔を埋める。


(冗談,貴方は十分に紳士的よ。私達の家族を守ってくれたのだから…)


イリアの両腕がダルトスの背中に回る。


もう二度と離さないといわんばかりに。


(ずっと一緒だ,イリア…)


(愛してるわ,ダルトス…)


白の世界は二人を祝福するかのように純白の光で包み込んでいくのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ