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Criminal Snow  作者: しんとうさとる
第二章
19/23

第2-7~2-8章

中々話が進まない……


それでも感想いただけたら嬉しいです。

-7-






「おーい、これもここに入れて良いのか?」


開け放たれたバンのトランクを覗き込み、手に持った箱を置くスペースを探しながらハルはリーナに尋ねた。それなりのスペースがある車だが、今はトランクにきっちりと箱が詰められ、新たな荷物を置く余裕は殆ど無い。


「あ、はいー。大丈夫です。入りそうなら押し込んでください。それはコード類ですから、横とか、多少箱が変形しても大丈夫ですよ」

「リーナさん、これはどうしますか?」

「えっと、どうしようかな……トランクに余裕ありますか?」

「んー……ちょっち無理っぽいな。仕方ないな、後部座席に乗せるか」


そうですね、とアンジェは手に持ったボール箱を、白いギルトのステッカーの貼られた車の後部座席へ乗せてドアを閉める。


「よっと」


それを見てハルもトランクを閉める。バン、と閉まる音の前にゴリッと音が聞こえたが、まあ問題ないだろう。何も聞こえなかったフリをして、ハルは後部座席へ、アンジェは助手席、そして車の持ち主であるリーナが運転席へ乗り込んだ。


「……普通護衛対象は後部座席へ座るもんじゃないのか?」

「私の愛車を他の人に運転させるなんてとんでもないです! いくらギルト長のお墨付きの護衛だからってこればかりは譲れませんし、大丈夫です! ちゃんと防弾仕様で、対BC兵器防御機能付きで、タイヤも特別仕様ですから。長の許可も頂いてます」


リーナはダッシュボードの辺りをゴソゴソと探し始めた。ハルもアンジェも車の方はあまり乗ったことは無いが、どう考えても収納じゃないところを探している気がする。インパネも何だか本来のものとは違うように見えるが、改造したのだろうか。


「ずいぶんこの車が好きみたいですし、そうだと思いますよ?」


アンジェもハルの意見に同意したところで、ハンドルの下から「あった!」と嬉しそうな声が聞こえた。ハルには一体どんな所に仕舞っていたのか検討がつかないが、まあいい。リーナがダッシュボードしたから這い出すときに鈍い音と「あいた!」という声が聞こえたが、意図的にそれを無視する事にした。


「はい、これが証拠です」


別に何も要求はしていないが、せっかくなのでハルは差し出された書類を受け取った。助手席からアンジェも首を出して紙面を覗き込む。確かにそこにはロッテリシア・ペルトラージュのサインがしてあり、この車に施された装備の一覧が記されていた。


「……この車ってアンタの私物だよな?」

「ええ、そうですよ?」

「今時こんな重装備、軍用車でもしないと思うんだが……」

「色々と改造してたら何か楽しくなっちゃって。ギルトの皆も途中から加わってたくさん機能付けてくれたんですよ」

「……」


軽い頭痛に頭を抑えつつ、ハルは紙をリーナへ返す。


「どうしたんですか?」

「いや、なんでも無い」


辿り着く前に死なないといいな。

気合を入れてハンドルを握るリーナを横目に、ハルはどこか遠い目でシートベルトを握りしめた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「ふ~ん、ふふふんふん~♪」

「ラ~ラララン、ララ~」


カーステレオからゆったりとした音楽が流れ、車の一定リズムで刻まれる。

それに合わせたリーナの調子外れの鼻歌と、音程は合っているものの元気の良いアンジェの歌声が車内に響いていた。

流れ始めた時には、音楽の心地よさにハルは護衛の任務を忘れてついつい寝入ってしまいそうになるが、眠気を前から聞こえてくる二人の歌声によって完全に奪い去られていた。


(寝るわけにはいかないから助かるんだが……)


ブルクセルからアイントヘブンまでは車でおよそ四時間。出発当初はリーナの運転のせいもあってハルは緊張を保っていたが、それ以外は道中に何の異変も無かった。当然護衛としては退屈なもので、しかも街の間を移動する道はどこまでも平原が広がっている。リーナの蛇行運転で危ないことも無く、襲撃しようにも人影が動こうものならハルの眼で捉える自信がある。完全に旅行気分になっているアンジェを放っておいて、ハルは視線だけは窓の外を忙しなく動かしてはいたが、どこか拍子抜けの気分を感じていた。


「退屈だな……」

「そうですか? 私は結構楽しいですけど」

「あーそうですか」


アンジェを適当にあしらいながら、ため息を一つ。どう考えても護衛になってないよな、と小さくぼやいて窓の外を再び眺め始めた。


「アイントヘブンまで後どれくらいだ?」

「そうですね~……残り三十分くらいじゃないでしょうか?」

「もうそんなに経ったのか」


以外にも早く時間が進んでいた事に驚きつつも、ハルは一度気合を入れ直すことにした。アクビをし、背伸びをするとパシン!と顔を叩く。リーナは変わらず調子っぱずれの鼻歌を歌い続けているが、アンジェもまた表情を引き締める。


「いよいよですね」

「ああ。ここまでは何の妨害も無かったけど、街に近づいてからはどうだろうな。遮蔽物も増えてくるし、襲撃があるとすればここら辺からか」


マントの下に隠れた銃と、ポケットに入っている小瓶を服の上から触って確認する。と、ハルの隣の席辺りから音が聞こえた。


「何だ?」


ガサゴソ、と何かが動くような音。それが後部座席の背もたれの辺りから聞こえてくる。ハルはじっと耳を澄ませ、音の方を凝視した。


「っ!!」


果たして出てきたのは、一本のナイフ。シートを鋭く切り裂いたそれは、窓よりの光に反射し、その切れ味を誇示している。


「車を止めろっ!!」


ハルの怒声が車内に響き、慌ててリーナがブレーキを踏み込む。車体が流れ、耳をつんざくような甲高い、タイヤが擦れる音が撒き散らされる。砂ぼこりが舞い上がり、車の姿を覆い隠した。


「あ~っ!! 私の車が……」

「ンな事はどうでもいい! アンジェ! リーナを連れて外に出ろっ!」

「ハイッ!!」


ああ……と泣きながら切り裂かれたシートを見つめるリーナをアンジェは押し出すようにして外に出す。ドアを開けて砂混じりの空気が車内に吹き込んだ。

と――


「ぷはぁっ! やっと外に出られた!」

「……あ?」

「へ?」

「はい?」


テティが現れた。

残された三人のマヌケな声を他所に、当の本人は「んー」と声を上げながら背伸びなんぞをしていた。よいしょ、と言いながらズボンを脱ぐようにしてシートからはい出すと、そのままちょこん、とハルの横に腰を下ろした。


「どうしたの?」

「……何でお前がココにいんだよ?」

「退屈だったから?」

「疑問形で答えるな!」


もはや癖となった頭痛を抑えるポーズを取りつつ、ハルは深々とため息をついた。


「ん?」

「私の車が……」


疲れた顔をしたハルの正面でプルプル震える影があった。長い髪がバッサリと垂れて幽鬼の様に暗いオーラが背後に見えた。


「アナタが……」

「へ?」


ガシッ、と細い腕がテティの胸元をリーナがつかんだ。


「アナタがアナタがアナタがアナタがアナタがアナタがアナタがっ!!」


叫びながらグワングワンと前後左右にテティを揺さぶり、その度にガックンガックンとテティの首が激しく揺れる。


「どうしてくれるのどうしてくれるのもう今月お金ないのにシート直せないじゃないトランクもボロボロでパソコンのローンもモニターのローンも残ってるのに折角シート新調したばっかりだったのにもう誰もこの車に乗せれないじゃないっ!!」

「まーまー、落ち着いてくださいよ」

「そうだぞ。てかキャラが変わってるし」

「これが落ち着いてられますか来週デートだったのに頑張ってあこがれのスティーブさんがオッケイしてくれたのにまた私の春が遠のいたーっ!」


泣きながら何やら叫び声を上げるリーナ。眼からは血の涙を流している。そんな気がする。あくまで気のせいだが。


「あー、リーナ。気持ちは分かるんだが……」

「分かりませんよ! どれだけ私がこの車を愛してるか! お金を掛けたか!」

「いや、怒る気持ちは分かります。分かりますんですけど……」


申し訳なさそうにアンジェは指差した。そこには――


「……ふぇ、グス、ひっぐ……」

「あ……」


今にも本当に泣き出しそうなテティがいた。しゃくりあげて、目元には涙が溜まって今にも溢れそう。そして、


「うわああああああぁぁぁん!」


決壊した。


「あ、泣かしちゃった」

「やっちまったな。ほーら、もう泣かなくていいぞー、怖いお姉ちゃんからアタシが守ってやるからなー」

「うぅ、ひっく……ホント?」


なだめるアンジェとハルを上目遣いに見てテティが尋ねる。それにハルは大きく頷いてやった。


「ああ、ホントだ。

ほら、リーナ、謝れって。怖がらせてゴメンナサイって」

「え、ええー……」

「リーナさん。子供を泣かせたらちゃんと謝らないとダメですよ?」

「……ゴメンね、えーっと……」

「テティだ」

「ゴメンね、テティちゃん」

「……もう怒ってない?」

「う、うん、もう怒ってないよ」


どこかひきつりながらも、リーナは笑顔を浮かべてやる。すると、テティもニコリ、と満面の笑顔を浮かべた。


「うん! 謝ってくれたからもういいよ!」

「そっか! テティはいい子だな」

「エヘヘッ、そうかな?」


ハルに頭を撫でられて、テティは嬉しそうにはにかんだ。それを受けてハルもアンジェも穏やかに頬を緩めた。感情表現が豊かな奴だな、とハルは思う。アンジェもたいがい表情で心情が図りやすい奴だが、テティはまたそれとも違う。「泣いたカラスがもう笑った」とはどこかで聞いたフレーズでハルもどこで聞いたかは忘れたが、まさにそんな感じだ。号泣したかと思えばすぐに笑う。怒ったかと思えばそれも長続きしない。表情がコロコロと変わって、それが子どもらしくあって、愛おしく感じる。

あまりに嬉しそうに笑うのでしばらく気持ちの赴くままにテティを撫で回していたハルだったが、「でも」とアンジェがハルの方を仰ぎ見たところで手を止めた。


「テティちゃんをどうしましょうか? このまま連れていくわけにも……」

「まあそうだよな。

テティ、ガルトはどうしたんだ?」

「ガルトならたぶんホテルだよ? あ、だいじょーぶだよ。ちゃんと書置きをしてきたから」

「なんて書いてきたんだ?」

「『かくれんぼをしてきます。探さないでください』」

「家出少女かよ」


ツッコんでポリポリと軽く自分の頭を掻くと、眼を閉じて少し考える。しかしそれもほんの僅かで、テティの頭に手をやると「連れて行く」と伝えた。


「先方との都合もある。アタシらの都合で到着を遅らせるわけにはいかないしな。危険だがテティのためにブルクセルまで戻るわけにはいかないだろ」

「そうですね。

テティちゃん。お姉ちゃんたちの言う事聞いて勝手な行動しないって約束できる?」

「うん、大丈夫。言う事聞いておとなしくしてるよ」


ハルはお前が言うな、と一瞬口にしそうになったが、それは堪えた。いい加減アンジェにもそこら辺の自覚を持って欲しいし、年下の子供と接することで無鉄砲なところも治ってくれるかもしれない。


「というわけで、だ。リーナ、車を出してくれ」


かくして車は再度アイントヘブンへと向かって動き出す。遠く微かに見える街の城壁を眼にしながら、ハンドルを握るリーナはポツリと呟いた。


「なんで私が怒られたんだろ……?」






-8-





アイントヘブンはベネルクス王国に所属する一都市である。ベネルクスの首都がブルクセルであり、アイントヘブンはベネルクス第二の都市であり、例に漏れず城壁で囲まれたその内側は、昼夜を問わず多くの人で賑わっていた。城門を抜ければ片側三車線ずつの大通りが出迎え、その左右には多くの高層ビル群が立ち並ぶ。車内からその景色を見ながら、二人はサリーヴの街を思い出していた。

ただ、サリーヴは周囲の国々と比べて異常な程に商業施設が発展した街であり、アイントヘブンでは五分も車で走ればすぐに住宅街へと滑りこむ。

立ち並ぶビルの壁が徐々に低くなっていくその境、角に置かれたゴミ箱を蹴散らしながら一台の車が曲がっていった。後部を対向車線にはみ出させ、すれ違った車からけたたましいクラクションと罵声が飛んでくる中、涼しい顔をしてリーナは車を走らせる。


「ギルトの支部はあっちって標識が出てましたよ?」

「あっちは事務関係と警察機能の建物なんですよ。犯罪者用の収容施設はこの道であってますから大丈夫です」


高級住宅地なのだろう。綺麗なマンションや複数階建ての家々が整然と並び、道行く人々の衣服もそれなりだ。

正面に映る城壁が大きくなる。それに反比例するように建物も小さく変化し、明るい街の雰囲気も鳴りを潜め始める。やがて、小さな平屋建ての薄汚れた建物が現れた。

建物自体は非常に小さい。とてもギルトの建物とは思えない。だがそのせいで取り囲む壁の強固さが目に付く。高さは二.五メートル程。更にその上には有刺鉄線が張られ、カメラで監視されている。恐らく一箇所しか無い入り口は狭く、車一台がかろうじて入れる程度で、その両脇を銃で武装した職員が警備していた。

リーナはゆっくりその入口に近づいて車を止め、窓を開けると兵士に向かってカードを差し出した。


「ブルクセル本部情報技術部情報処理三課所属リーナ・アイザワ技術中尉です」


リーナが名前を告げると、兵士の一人が機械を取り出し、リーナの顔へと近づける。リーナはメガネを外して前髪を掻き上げてそのまま押さえ、機器から発せられた青い光がリーナの瞳へと注がれる。左から右へと移動した光は役目を終えると消え失せ、代わりに兵士が持っていた別の機器のモニターにリーナの情報が表示された。


「リーナ・アイザワ中尉ですね。確認しました。ようこそアイントヘブン支部へ。

そちらの方達は?」

「今回の護衛の方たちです。メンシェロウト一名とノイマン二名です。連絡が入っていると思いますが?」

「はい、伺っております。しかし、連絡では二人というお話でしたが?」

「今回の案件を鑑みて急遽一人増やしました。お客様として三名とも丁重に扱ってくださる事を期待します」

「かしこまりました。それではあちらのスペースへご駐車下さい。

お客様もようこそアイントヘブン支部へいらっしゃいました。歓迎致します」


敬礼をして笑顔を見せると、兵士はまた壁際へと移動して直立で警備へと戻っていった。

車が動き出し、その姿を窓越しにハルは見ていた。


「どうしました?」

「ん? いや、ただやけに好意的だな、と思って」


曖昧な笑顔を浮かべてアンジェにハルは答えた。車が駐車スペースに止まり、シートベルトを外しながらリーナは後ろを振り返る。


「ギルト長は基本的に人種で差別しませんから。実力主義者ですし」

「まあそうだろうな。性格は最悪にクソッタレだけど、努力の結果だけは昔から認めるヤツだったからな」

「そういう事です。ハルさんもギルトに入ってみませんか? きっと長に気に入ってもらえますよ?」


リーナはハルに向かってギルトへ誘う。それにハルは苦笑いを浮かべて答えた。


「アイツが死んでくれたら考えるよ」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





カツン、カツン、と足音が階段に響く。その足音は四つ。狭く暗い階段をバラバラのタイミングで踏みしめる。規則正しい足音が一つ、おっかなびっくりに時々乱れる足音が一つ、そしてリズミカルな音が二つ。階段の両側に取り付けられたランプの照明と、テティの手に持つ証明が四人を仄かに照らしていた。


「ずいぶん暗いんだな。そして地下も深い」

「ここは場所が場所ですから。ハルさんはココがどういった場所かご存知ですか?」

「刑務所じゃないんですか?」


顔が隠れる程に荷物を抱えて後ろを歩くアンジェの疑問の声にリーナは「間違いじゃないですけど」と前置きして首を横に振る。


「普通の刑務所や拘置所とは違うんです。まず、ココは一般には犯罪者を収容施設とは思われていません。

先ほどココに潜る前に、誓約書にサインしましたよね?」

「ああ、ここで見たこと聞いたことは一切口外しないこと。口外した場合には即座に拘束し、膨大な賠償金を払うってヤツな」

「ええ。もちろん、どの施設でも基本見聞きした内容は極秘なんですけど、そこまで厳しくは無いんです。まずああいった誓約書を書かせるなんてしません。それに、地上の施設がずいぶんと小さかったでしょう?」


言われてアンジェとハルは建物全体を思い浮かべた。確かにアイントヘブンという大都市にしてはとても簡素な外見で、塀などは物々しさを感じさせたが、兵の数も門番を除いては数えられるほどしかおらず、とても都市の犯罪者を収容するような施設には見えない。


「ギルトの施設とは知られていますが、一般の方はギルト員の詰所程度にしか思っていません。そしてそれこそが狙いなんです。そうすることで脱走も防ぎやすいですし、外部からの襲撃も受けない。そもそもココに囚人がいるとは思いませんからね。収容設備もこうして地下深くに造られて、入り口もこの階段一箇所しかありませんし、囚人を運びこむ時も深夜に極秘裏に行われます」

「なるほどね。それで、別の理由は?」

「もう一つの理由は、今言った理由とも関係するんですが、収容されるのが特殊だということです」

「特殊?」


ハルはアンジェと同じく天井まで届きそうな程高く積まれた荷物のバランスを崩さない様気をつけながら、リーナの方を振り返った。


「基本的にココには政治犯やテロリスト、その他、長が認定した犯罪者のみが収容されています。要するに、外部からの襲撃が想定される方ですね。

後は、表には出せない犯罪者でしょうか」

「表に出せない?」


ハルがリーナに聞き返す。が、リーナはそれには応えずに別の事を口にした。


「到着しました。ココが目的のフロアです」


ハルが前を向くと、そこには扉があった。テティは照明を手にドアと、そのそばにある、ロックを解除するための認証機械を見上げている。ハルの横をすり抜けてリーナが機器の前に立ち、入り口で門兵の持っていた物と同じように光がリーナの瞳の上を滑っていった。


電子音が鳴り、扉が開くと光が差し込む。だがそれは階段と比しての事で、全体的に薄暗さは否めない。カビた、湿った空気が四人を包んで、テティは思わず鼻をつまんだ。


「くさ~い。何、ココ?」

「基本的に空気の入れ替えはありませんからね。臭いには我慢してもらうしかありません」


リーナを先頭に奥へ進む。両側には鉄格子が並び、囚人服を着た男たちが冷たい地べたに疲れた様に顔を俯かせて座り込んでいた。そして四人の足音に気がつくと、生気の乏しい眼を向けた。

アンジェはその視線に背筋を少し震わせ、リーナは慣れた様子で、ハルは気にした風も無く足を進ませる。


「コチラです」


牢屋の廊下を抜け、角を折れ曲がると扉があってそこには兵士が一人立っていた。リーナが身分証をその兵士に見せると、兵士は敬礼をして扉を開ける。

部屋の中は一層ひんやりとしていた。四畳半ほどの小さな部屋で、天井の中央から小さな照明が垂れ下がって四隅をかろうじて照らす。部屋の中心には事務用の無骨なテーブルが一つ。そしてその前には拘束服を着せられ、顔にマスクを取り付けられた男が一人、椅子に縛り付けられていた。


「コイツが例の男か?」

「そうです。

ユビキタスの構成員であり、ユビキタスに関する情報を知りうる、現在私たち(ギルト)が持ちうる唯一の情報源です」


そう言うと、リーナは手に持っていたダンボール箱をテーブルの上に置き、ハルとアンジェにも箱を置くよう指示を出した。


「それじゃあ準備をしますので、箱の中の物を整理しながら出してください」


コンピュータをまずは取り出し、続いてモニター。ケーブルで二つを繋ぎ、コンピュータを立ち上げる。そして別の箱には、何やら機械の類が入っているが、それらが何なのか、ハルとアンジェにはわからない。ただ言われた通り箱の荷物を出していくだけだが、リーナはそれらを手際よく次々と組み立て、接続していく。


「流石の手際だな」

「これくらいしか私には取り柄が無いですからね」


どこか恥ずかしそうに笑いながらもリーナは手を休めない。その間、男の方は一切動かない。もしかして死んでるんじゃないだろうか、とアンジェは男にそっと近づいてみたが、微かに呼吸音が聞こえ、人知れずホッと胸をなで下ろしていた。


「よしっ! これで準備完了です」


集中していたせいか、リーナは冷え冷えとした部屋の中でもうっすらと額に汗を掻いていて、手の甲でそれを拭う。そのまま男の対面にある椅子に座り、コリをほぐすように首をクルリと回して宣言した。


「それでは私の仕事を始めます」


人差し指でメガネの位置を直す。

仄かな光がレンズに反射し、リーナの表情を隠した。


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