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Criminal Snow  作者: しんとうさとる
第二章
15/23

第2-1~2-2章

当分早くて月一更新くらいのペースになると思いますが宜しくお願いします。

後、感想いただけたら嬉しいです







-0-



――人を憎むのをやめろだって? アナタ、ひどい事を言うのね

――だって私に死ねと言ってるんでしょ?







-1-






深い夜があった。

誰しもが寝静まる、静寂に包まれた時間。ほのかに照らすはずの月は今は分厚い雲に覆い隠されてしまっている。後ろに広がる山々を見れば真っ暗で、昼間に見れば深緑が視界を占めるが今は黒にしか見えない。ただの一色に塗りつぶされていた。木々も、空も、足元も、そしてすぐ隣で自分と一緒に歩いている男の姿もただの黒だった。

前を見た。そこも何ら変わりは無い。道がうねりながら前方へと伸びていて邪魔臭い植物は無く拓けている。背面の山は無いが夜の闇に包まれているという点では一緒だった。

一点、ホンの一箇所、夜を切り裂いている街を除けば。

大分離れたこの場所からも街の灯りが見えるという事は、それだけ大きな街である証拠。夜が来ればすぐに寝静まってしまう田舎町とは違う。ようやく見えてきた目的地に少しだけ顔を綻ばせる。

二人が街に気づいて幾分歩くペースを上げたとき、山の方から狼の遠吠えが聞こえた。何度となく叫びを上げ、それに伴って山も目覚めていく。

山に息づくモンスターにとっては今が昼なのだ。人にとっての昼間にあまり眼が利かない分、夜は人よりも遥かに眼が利き、嗅覚は鋭くなる。同種で群れ、そして山の縄張りを広げるべく毎夜モンスター同士で覇権を争う。時に静かに、時に荒々しく。きっと今回は後者なのだろう。聞こえるはずは無いが、山の方がにわかに騒がしくなってきた。そんな気がした。

だが自分たちには関係ない。基本的に昼間は人の時間で夜は獣の時間。拓いた場所は人の物で山の中は彼らの物。彼らは彼らで好きにやってくれていれば良い。自分の邪魔をしなければそれでいいのだ。彼らの争いに興味は無い。興味があるのは自分と、その周りだけ。


「来たな」


隣を歩く男がそうつぶやいたのが聞こえた。無口な男はそれきりしゃべらず周囲に払う注意を強めた。そして自分はため息をつく。

――コッチに来なくてもいいのに

男にならうように、つぶやく。横を向いて精一杯頭を傾けて男の顔を見上げた。


「どのくらい?」

「多い。そしてすぐ近くだ」


前を向いたまま、男がそう告げると同時に低い唸り声が脇の森の中から上がった。

一匹が姿を木の間から現す。それを皮切りにして二匹目、三匹目と、地面を軽く揺らしながら二人の前に次々に立ち塞がった。

月が少しだけ顔をのぞかせる。姿をはっきりと見せるには頼りないが、相手の種別と、二人にとってじゃれつこうという気がないのはよく分かった。


「マウントベア、か……」


間近で体長三メートルに及ぼうかという巨体を見上げる。二足歩行をし、下半身に比べて異常に発達した上半身。手の先では鋭く長い爪が月明かりを反射している。夜になると眼が赤く光るという特徴を持っており、目の前のそれは、開いた口からはだらしなく唾液を垂らしていた。数日前に立ち寄ったギルツェントでは、討伐の報酬がそれなりに高かったのを覚えている。


「グルルルゥ……」

「倒したらどこのギルトでも報奨金ってもらえるのかな?」

「分からない」

「ぶーっ。ちゃんと覚えといてよ。役立たず」

「すまん……」


謝罪の言葉を口にしながら、男はマントの裾を後ろに流すと腰に刺した剣に手を掛ける。ゆっくりと抜刀し、鞘と剣が擦れる音が耳をつんざく。

自分たちが獲物と判断した相手がやる気になったのが分かるのか、マウントベアたちは心なしうなりを低くし、猫背気味の体躯をのけぞるように伸ばすと吸い込んだ息を声と共に吐き出した。


「グオオオオオォォッ!!」


空気が震える。一匹が雄叫びを上げ、他もそれに呼応して更に激しく山間に声を響かせる。小さな影は手で両耳を塞いでいたが、不快気に顔を歪めると男に向かって指図する。


「黙らせて」


苛立ちをぶつけるように男に向かって言い放った。そして言葉を言い終える時にはすでに男は駆け出していた。

疾走し、剣を逆袈裟に構えてあっという間に男は正面に立っていたマウントベアの横を通り過ぎる。マウントベアの腕はまだ振りかぶられたまま。口からは相変わらずだらしない唾液をボタボタと垂れ流していた。

不意にマウントベアの体がずれた。初めはゆっくり、だが加速していき、やがてベシャリと音を立てて上半身だけが地面に落ちる。掛けられていた時の魔法が解けたかのように、断面から赤い血が空へと舞い上がった。淡い月夜の下では、血は黒かった。



「終わった」

「そう。お疲れ様」


初めにいた場所から一息に十数メートルを走りぬけ、一番最後のマウントベアの体から体液が噴き出して倒れたところで男は剣を納めた。淡々と血溜まりの中を踏みしめて連れの元へ戻って終結を告げて、その相手もまた淡々と労う。そこに感情は無い。

二人が向き合ったところで男の足が止まる。相手は急に足を止めた男に怪訝な表情を向けるが、男はチラリと後ろを振り返ると先の発言を修正した。


「まだ残っていた。訂正する」


地面が揺れる。今しがた始末したマウントベアとは明らかに異質な揺れ、そして足音。瞬く間に殺された、足元に転がるケモノとは異なる圧倒的な存在感が二人にも感じられた。

メキメキと軋む音がする。音の方に二人が顔を向けると、森が動いていた。否、動いているのは森ではない。木が次々と傾き、倒れ、新たな道を作り出していた。

果たして、現れたのは新たなマウントベアだった。

だがスケールが違った。先のマウントベアも十分に平均的なサイズだったが、今眼の前にいるのはそれとは明らかに違い、異常だった。体長は倍近い。六メートルを大きく超えそうで、二人が対象の顔を見上げるにはほぼ垂直に近い角度で見上げなければならない。呼吸音さえはっきりと耳に届き、手の爪は槍の様。睨みつける瞳は一際赤く光っていた。

マウントベアは手を振りかぶった。と、次の瞬間にはその腕は地面を深く抉っていた。砕けた地面が悲鳴を上げ、石礫が宙に舞う。


「……」


二人は一瞬早く飛び退いて腕を避けると、男は無言のままマウントベアに斬りかかった。先ほどと変わらぬ速度、タイミングで剣を奮い、そして剣はベアの腹へとぶつかった。


「……っ!」


しかし、そこで剣は止まった。皮さえ切り裂く事無く、逆に剣の方にヒビが血管の様に走っていった。

一瞬男が呆ける。だがそれもわずかな時間ですぐにマウントベアから離れる。が、そこに巨大で鋭い爪が襲いかかった。

ガキン、と金属音が夜の山に響く。爪の先は男の眼からホンの数センチのところで止まって、そのまま男は剣を手放してマウントベアから退いた。爪は地面に深く突き刺さり、巻き込まれた剣は真っ二つに折れて最早用をなさなくなった。

素手のまま男は小さな相方の所へ戻る。腰にはもう一本剣が準備されているが、それを抜く様子は無い。マウントベアの方は強者としての驕りを見せつけるようにのんびりと爪を地面から引き抜いた。


「お願い」


小さな影が囁いた。男は隣でうなずいてみせ、自身の大きな背中へと手を伸ばす。

風が吹いた。月を覆っていた分厚い雲が流れ、月明かりが今度こそはっきりと辺りを照らし出す。

そこには十字架があった。満月を背に、男の背中から十字がせり上がっていく。巨大な十字が影を作り、地面を、そしてマウントベアを隠していった。

もう一度、風が吹いた。




「汚れちゃったね」

「そうだな」


暗い夜道を二人は歩いていった。月はすでに隠れ、街の灯りを除けば辺りは深闇に包まれてしまっている。

暗闇で歩く二人の顔は、隣同士であっても見ることはできない。姿も、形も分からず、声だけが二人を区別する。だがそんな区別に意味は無い。周囲には二人以外誰もいないのだから。


「はぁ……やっと着いた」


城壁の前に辿り着き、小さな影が大きく息を吐き出した。煌々とした、昼間の様な明るさに二人の姿が顕になる。男の歳の頃は二十代後半。マントを羽織っており、その下からはガッチリと鍛えあげられた腕が覗いている。対照的に子供の方は小柄。金髪の長い髪を後ろで縛っていて、ライトに照らされた瞳は深い緑色の光を放っていた。男は傍らの子供を見下ろし、何かに気がついてかがんで手を顔へと伸ばす。


「どうしたの?」

「顔にも付いている」

「ホント? ありがとう。でも、このマントはもう捨てなきゃダメだね」

「そうだな」


男が同意の言葉を口にしたときにはすでに子供は赤黒く汚れたマントを脱ぎ、クルクルと丸めて木の方へと放り捨てていた。初めから男の言葉など求めていなくて、男もそれが分かっていたのか特に何も言わずに子供と同じ様に城門を見上げた。


「この街でなら、見つかるかな?」







-2-






日中の山の中。夏が近づき、どこまで行っても青々とした景色が広がっている。日差しは強く、容赦無く踏み固められただけの道を焼く。一方で木陰を流れる風は涼しく、道行く人に一時の清涼を与えてくれることだろう。ただし、今現在道行く者は誰一人としてはいないが。


「今ソッチに引き連れて行ってます! あと二十秒くらいです」


道にはいないが木々の間を一人の少女が駆け抜けた。肩を少し過ぎた辺りまで透き通るような金髪を伸ばし、ポニーテールに結んでいる。大きめの青い目に、整った鼻筋。その下には可愛らしく小さな口が乗っているが、今は荒く呼気を吐き出し、彼女は耳元から伸びるマイクに向かって声を張り上げた。


『オーケー。時間を稼ぎながらそのままこっちに向かってくれ。具体的には後一分くらい』

「ムリです! もうすぐ後ろにいるんですよ!? ちゃっちゃと準備を終わらせて下さい!」


叫びながらアンジェは後ろを振り返った。そこには体長一.五メートル程のリーセンキャットが五匹連なっていて、ヨダレを垂らしてアンジェを追いかけていた。


『おーおー、よっぽどお前がウマそうに見えるんだろうな』

「ノンキな事言ってないで早く終わらせて下さい! 後三秒で!!」

『そっちこそ無茶言うなよ。コッチだって慣れない罠しかけてんだ。だいたい、元々お前がヘマしたのが原因なんだから文句言うな』

「ハルがのんびりしてるから見つかったんです!! 責任とれーっ!」

『あ……スマン、お前が大声出すからミスった。後五分くらい走りまわっててくれ』

「ふんぎゃーっ!!」

『冗談だよ』

「冗談言ってる場合じゃないです!」


実際、話すほどにアンジェに余裕はない。大型の山猫であるリーセンキャットの特徴は、木々の間でもトップスピードで走れる柔軟性と固く鋭い牙。牙は個体によってはロバーの肉体さえ貫通するほどの強度を持つ。幸いにして最高速はそれ程でもないが、少なくとも小柄なアンジェよりは速い。ハルと話している間にもジワジワと距離を詰められていた。

そして先頭を行く一頭がついにアンジェの後ろ姿を捉えた。鳴き声を上げ、生来の足のバネを活かしてアンジェに飛び掛かる。


「キシャアアアァァッ!!」

「ちぇい!」


已む無く、アンジェは右腕を中程から折り曲げると肘から飛び出した銃身をその一頭に向ける。軽い連射音と一緒にゴム弾がばらまかれ、リーセンキャットへと命中する。ゴム弾を受けた個体はそのままゴロゴロと転がりアンジェから離れていく。しかし他の四頭はヒラリと転がった一頭を避けるとなおもアンジェを追い続けた。


「まだ来るのぉ~!!」


本来の目的であるリーセンキャットを一網打尽にするには、囮であるアンジェに食らいついて来てくれなければ困るのだが、そんな事はすっかりアンジェの頭から抜け落ちていた。


「ハ~ル~!!」

「ハイ、お疲れさん」


名前を呼んだ瞬間、スピーカーと自身の横からステレオで声が聞こえた。すれ違い様にアンジェが振り向けば、そこにはヤレヤレ、と肩を竦めた女性がいた。

茶色のショートカットにした髪に黒い瞳。やや浅黒い肌に少し釣り上がり気味の眦はどこか猫を思い浮かばせる。

通り過ぎるアンジェをため息をつきながら見送ると、ハルは左手に持っていたロープを思いっきり引っ張った。木がきしみ、セットされていた捕獲ネットが一気に地面からせり上がる。

全速力でアンジェを追いかけていたリーセンキャットたちは当然回避することもできずに、次から次へとネットへとぶつかって一塊になった。が、ロープを張り巡らせていた木が細かったか、四体分の衝撃に耐えられずメキメキと音を立てて倒れていった。

ハルはすぐにその場を離れる。キャットたちはネットに包まれて未だ満足に身動きが取れていないが、のんびりしていればまたすぐに自分たちを追いかけてくるだろう。

だがそれで十分。ハルは全力でリーセンキャットたちから離れると、右手に持っていたスイッチを押した。

静かな山に爆発音が響いた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





低いエンジン音を立てる年代物のバイクが、両脇を森で固められた山道を走る。ハルは半球形のヘルメットを浅くかぶり、目元にはゴーグルを着けていて余った革製のバンドが風でたなびく。隣にはサイドカーが取り付けられていて、ハルと同じ様にヘルメットをかぶったアンジェが乗っていた。頬杖をついて。


「いやしかし、思いの外うまくいったな。あれだ、素人でも何とかなるもんなんだな」


バイクのハンドルを握りながら、ハルはホクホク顔でアンジェに話しかけた。が、アンジェは対照的にブスッと口を尖らせてハルからそっぽを向いたままだった。


「なんだよ、まだ地雷の設置が遅れたのを怒ってんのかよ」

「べ~つ~に~。どーせ私に罠なんて作れませんからね。走るしか能が無いからしょーがないですよーだ」

「別にそんな事言ってないだろ。能力使わなければお前の方がアタシより足、速いんだし。第一お前の方から囮役を言い出したんじゃないか」

「分かってますよ。でもあんなに数が多いなんて聞いてないです。依頼を受けた時は一、二匹だって言ってたのに……」


それを聞いてハルも「そんな事も言ったな」と顎に手を当てて記憶を探る。


「確かに予想外だったなぁ……リーセンキャットは元々群れることを嫌がるから、まとめて相手することは無いと思ったんだけど。

まあそんだけお前が魅力的だったって事で」

「嬉しくありませんっ!!」


ハルに怒鳴りつけると、アンジェはまた元のようにバイクと反対側の景色を眺め始める。ハルは一つ軽いため息を吐き出すと肩を竦めた。どうやら機嫌を直させるのは中々難しそうだ。


「ま、おかげで予定より金は手に入るんだ。もうすぐブルクセルに着くし、そしたらさっさと換金して久々に旨い飯でも食おうぜ」

「むー……ご飯で私を釣ろうって事ですか?」

「なんだ、要らないのか? そういえば、確かブルクセルはチョコレートで有名だったな」


ハルの言葉にキラリとアンジェの眼が光る。仏頂面のままアンジェはブンブンと音が聞こえてきそうな勢いで首を横に振り、そしてハルに向かって広げた両手を差し出した。


「十? ああ、十個くらいチョコレート買ってやるって」

「十ダースです」

「は?」

「だから十ダース買ってください。それで許してあげます」

「バカ、そんなに買えるわけねーだろ。高いんだぞ、チョコレート。せめて一ダースだ」

「十」

「交渉決裂だな。残念。アタシだけで頂こうか」

「……五で」

「三ダースなら考えてもいいな」

「三でお願いします……」


まさに苦渋、といった顔でしぶしぶアンジェはうなずいた。それを見てハルは歯を見せながら笑い声を上げた。


「よし、交渉成立だ。ならさっさと街に急ぎますか」

「あれ、何かおかしくないですか?」

「別におかしくないだろ。元々一ダースだったのが三ダースまで増えてんだ。

いやいや、まったくアンジェは交渉上手だね」

「何か納得行かないです……」


そもそもどうして自分は怒ってたんだっけ?

ぼやくアンジェをよそにハルはスロットルをひねる。グン、とバイクが加速して感じる風の流れも一際強く、地面からの振動も激しくなっていった。夏の日差しは強く、それでも吹き抜ける風が熱を奪っていて心地良い。絶好のドライブ日和だな。空を見上げながらハルはそう思った。

一時間もそうして山道を走り抜けた頃、夕暮れに向けて太陽は傾きかけて日光は心持ち弱くなりかけていた。再びハルが空を見上げると、少しずつ雲が出てきていた。風の質もやや湿気を含んだものに変わり、そしてその風に乗って二人に届いたモノがあった。


「臭うな……アンジェ」


緊張感を多分に漂わせ、ハルはアンジェに声を掛ける。変わらない景色にうつらうつらしていたアンジェは眼を擦りながらハルを見上げ、首を傾げた。


「いつでも飛び降りれる準備をしてろ」

「どうしたんです? この先に何かあるんですか?」


アンジェはハルに尋ねる。ハルは眉間にシワを寄せて厳しい表情を浮かべた。


「血の臭いがする」


その答えにアンジェもまた緩んでいた表情を引き締める。次第に濃くなっていく鉄錆の様な血の臭い。アンジェの鼻にもそれは届き、緊張に小さく喉を鳴らした。

速度を落としながらバイクをハルは走らせる。かすかだった臭いが徐々にむせ返るような異臭へ変わっていく。


「なんだよ、これ……」


曲がりくねった道が終わり、森の木々が途切れて視界が拓けたところでアンジェとハルは言葉を失った。バラバラに切り裂かれたモンスターが道いっぱいに散らばり、森に向かって流れた、乾いた赤い血が川の様。

しかし、それ以上に異様だったのがある一体の死体だった。いや、死体と呼んでいいものか。ハルは逡巡した。

他の死体は、切られた箇所こそ違えど断面は鋭利な刃物で切られたと分かるほどに綺麗で、別れた半身をくっつければ今にも復活して動き出しそうだった。だが、たった一体だけは違う。

無事な下半身は生前の姿そのままで地面に倒れているが、その切り口は他のものとは明らかに異なっていて、何よりその下半身に合いそうな上半身が見つからなかった。代わりとでも言うように、辺りにはグチャグチャに、いくつもの肉片に散った上半身らしき・・・ものが森に住む小さなモンスターに食われていた。

クチャクチャ、と咀嚼される音がエンジン音に混じって聞こえてくる。ハルは顔をしかめ、アンジェは口元を押さえてわずかに顔色が青く変わっていた。

崩れた肉の食事をとっていたモンスターたちは、警戒するようにアンジェたちをジッと見ていたが、ハルが軽く睨みつけると怯えた様に後退りして森の奥へと消えていく。

ハルはゆっくりとバイクを進ませる。腐臭と腐肉の海を渡り、あまりにも細かく広く散らばっているために肉片を避けていくことができずに小さな振動がバイクに乗る二人に伝わる。


「また何か厄介事に巻き込まれそうだな……」


自分らとは全く関係の無いはず。だがどうしてもハルには事件に関わってしまいそうな気がしていた。


「何事も無いといいんですけど……」

「こういう時の勘って嫌になるほど当たるからなぁ……」


二人揃って口からため息が零れる。

そのまま二人は無言で山道を走り抜けた。遠くに見えていた門が大きくなっていき、ハルの予感を肯定するかのように遠くで雷鳴が響いた。

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