ー第3節 見下されつつも究極の解放を得たユイの心は穏やかだった。「目の前の人を癒やしたい」という純粋な心で、過労で限界を迎えた落ちこぼれの若手社員に密かにお茶を振る舞う。
第3節 見下されつつも究極の解放を得たユイの心は穏やかだった。「目の前の人を癒やしたい」という純粋な心で、過労で限界を迎えた落ちこぼれの若手社員に密かにお茶を振る舞う。
社長の犯人探しや、エリート社員たちのマウントの取り合いが激化する中であっても、ユイの心は驚くほど静かで穏やかだった。
かつての彼女なら、冴島のようなお局から「底辺の雑用係」と罵られれば、深く傷つき、自分の無能さを呪い、夜な夜な涙を流していただろう。
しかし、あの給湯室で毛むくじゃらの謎の存在――『おつまみ』と出会い、負の感情を完全に浄化された彼女は違った。死後の世界や来世に逃避することをやめ、「今ここにある現世での究極の幸せ」に気づいた彼女にとって、他人が決めた「能力」や「地位」という物差しは、もはや何の意味も持たなかった。
「私ができるのは、ただ目の前にいる人に、ほんの少しの安らぎをプレゼントすることだけだもの」
ユイの行動原理は、ただそれだけになっていた。
午後三時。書類のシュレッダー掛けを終えたユイは、営業部のフロアの隅で、頭を抱えてフリーズしている若手社員の姿を見つけた。
入社二カ月目の高橋くんだった。彼は真面目で優しい性格だが、要領が悪く、この超実力主義の会社では「万年最下位の落ちこぼれ」として連日上司から激しいパワハラを受けていた。
「……もうダメだ……海外向けのコンペ企画書、今日の夕方までなのに、まだ一行も書けてない……頭が真っ白で、吐き気がする……」
高橋は虚ろな目でパソコンの真っ白な画面を見つめ、今にも泣き出しそうだった。彼の顔色は土気色で、明らかに過労とストレスで限界を超えている。
ユイはそっと彼のデスクに近づき、給湯室から持ってきた紙コップを置いた。
「高橋くん、無理しないで。少しだけ、温かいものを飲んで息抜きして」
「ユイさん……。すみません、俺、本当に無能で……」
「そんなことないよ。高橋くんはいつも、誰よりも丁寧に資料をホチキス留めしてくれるじゃない。私は知ってるよ」
ユイはふんわりと優しく微笑んだ。その笑顔には、一切の打算や評価への執着がない、純度百パーセントの「慈愛」が込められていた。
(どうか、彼の苦しみが和らぎますように。彼が本来持っている優しさが、世界に届きますように)
ユイの純粋な祈りが込められたそのほうじ茶からは、うっすらと黄金色の見えないオーラが立ち昇っていた。
高橋は震える手で紙コップを手に取り、「ありがとうございます」と呟いて、その温かい液体を口に含んだ。




