ー第5節 心が晴れたユイは、疲労困憊の若き社長ハルトにほうじ茶を淹れる。純粋な祈りの込められた一杯は無自覚に、飲んだ者の潜在能力を限界突破させる神の霊薬へと変貌していた!
第5節 心が晴れたユイは、疲労困憊の若き社長ハルトにほうじ茶を淹れる。純粋な祈りの込められた一杯は無自覚に、飲んだ者の潜在能力を限界突破させる神の霊薬へと変貌していた!
お湯が沸き、急須からほうじ茶の香ばしく心安らぐ香りが給湯室に漂い始めた時だった。
「……おい。誰か、頭痛薬を持っていないか……」
低く、掠れた、限界ギリギリのような男の声がして、給湯室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、このグランドクロス商事を一代で世界的企業にまで押し上げた若きカリスマ社長、ハルト(二十八歳)だった。
完璧に仕立てられた高級スーツに身を包み、誰もが見惚れるような彫刻のように整った顔立ちの彼だが、今のその姿は酷い有様だった。顔色は青白く、目の下には濃い隈が刻まれ、ネクタイは無造作に緩められている。壁に手をつき、今にも倒れそうなほど息も絶え絶えだった。
「社長!? 大丈夫ですか!」
ユイは慌てて駆け寄った。
ハルトは会社を背負う重圧と、ライバル企業との熾烈なシェア争いにより、連日一睡もせずに働き続けていた。冷酷無比なワーカホリックとして社員から恐れられていたが、それは弱みを見せれば一瞬で足を掬われるという競争社会のトップに立つ者の宿命だったのだ。極度の睡眠不足と精神的プレッシャーにより、彼の肉体と脳は、過労による心身崩壊の寸前――命の危険すらある状態に陥っていた。
「薬を……鎮痛剤を……」
うわ言のように呟くハルトを見て、ユイは痛ましい気持ちになった。どれほどの地位や財産があっても、こんなにも苦しんでいる。能力至上主義の頂点に立つ彼もまた、この世界の犠牲者なのだ。
「社長、薬は胃を荒らします。少し座ってください。今、温かいものを淹れますから」
ユイはハルトを無理やり給湯室の丸椅子に座らせると、先ほど淹れたばかりのほうじ茶を湯呑みに注いだ。
特別な高級茶葉ではない。会社の備品として大量購入されている、ごく普通のティーバッグだ。しかし、ユイは湯呑みを両手で包み込むように持ち、心の底から祈りを込めた。
(どうか、この方の苦しみが少しでも和らぎますように。張り詰めた心が、安らぎますように)
ただ純粋な、他者を癒やしたいという無償の祈り。究極の解放を得た彼女のその想いは、手を通して湯呑みの中の琥珀色の液体へと流れ込み、目に見えない黄金の輝きとなって溶け込んでいった。
「どうぞ。熱いので気をつけてください」
ユイから差し出された湯呑みを、ハルトは虚ろな目で受け取った。そして、乾ききった喉を潤すように、ほうじ茶を一口、喉の奥へと流し込んだ。
――次の瞬間。
ハルトの体が、ビクンと大きく震えた。
「な、なんだ……これは……!?」
ハルトは目を見開き、驚愕の声を上げた。
たった一口飲んだだけだ。それなのに、彼の体内にドロドロと渦巻いていた強烈な疲労物質と、頭を締め付けていた鉛のような重圧が、嘘のように一瞬で消え去ったのだ。
まるで細胞の一つ一つが新しく生まれ変わったかのような感覚。視界にかかっていた霞が晴れ、脳の処理能力が過去最高値まで跳ね上がるのがわかる。長年の不眠症による頭痛も、胃の痛みも、完全に跡形もなく浄化されていた。
それはもはやお茶ではない。飲んだ者の脳疲労を完全回復させ、潜在能力を限界突破させる、文字通りの【神の霊薬】であった。
「うわぁ、すごく美味しそうに飲んでくださって嬉しいです。やっぱり、疲れた時はほうじ茶に限りますよね」
信じられない現象に戦慄するハルトの前で、霊薬を生み出した張本人であるユイは、にこにこと無邪気に笑っていた。
「お茶っ葉、いつもより少し多めに入れちゃったんで、濃すぎないか心配だったんです。でも、お口に合ったみたいでよかったです!」
彼女は自分の淹れたただの安いお茶が、医学の常識を覆す奇跡の霊薬に変貌していることなど、微塵も自覚していなかった。
無自覚な底辺派遣社員と、奇跡の癒やしに執着することになる冷酷社長。
能力至上主義の会社を根本から覆す、二人のあり得ない日々が、この小さな給湯室から静かに幕を開けようとしていた。




