ー第3節 謎の存在はユイの負の感情を飲み込み来世への逃避を否定。命の繋がりを肯定し「今ここにある現世での究極の幸せ」という力強いビジョンを彼女の脳内に直接叩き込んでいく。
第3節 謎の存在はユイの負の感情を飲み込み来世への逃避を否定。命の繋がりを肯定し「今ここにある現世での究極の幸せ」という力強いビジョンを彼女の脳内に直接叩き込んでいく。
心の澱が浄化されていくにつれ、ユイの頭の中は驚くほどクリアになっていった。しかし、同時に彼女の深層心理にあった一つの願いが表面化する。
(もう疲れた……死んで楽になりたい。もし生まれ変われるなら、次は誰からも見下されない、もっと才能のある特別な人間に生まれたい……)
それは、現実の過酷な競争社会から逃げ出し、来世という不確かな未来に救いを求める、哀しい逃避の感情だった。
しかし、おつまみはそのユイの願いを感知した瞬間、明確な「拒絶」の意志を示した。
言葉が発せられたわけではない。だが、おつまみの毛むくじゃらの体から放たれた力強い波長が、ユイの脳髄に直接、確固たるメッセージとして響き渡ったのだ。
『不変の魂が肉体を離れ、別の器へと引っ越しをするような来世の夢想など、考えるに足らぬこと』
『逃げるな。過去を悔やむな。見えもしない来世にすがるな』
『命とは、水滴が大河となり海へと注ぐように、連綿と続いていく大いなる流れそのもの。その命のバトンを受け継いだお前は、今、確実にここに存在している』
『目を覚ませ。お前が向かうべきは死後の楽園ではない。今ここにある、現世での至高の境地だ』
ドクン、とユイの心臓が大きく跳ねた。
次の瞬間、おつまみの体から眩いほどの光が溢れ出し、ユイの脳内へと直接流れ込んできた。それは言葉を超えた、鮮烈で力強い「ビジョン」だった。
朝日の温もり、頬を撫でる風の心地よさ、誰かの笑顔を見たときの胸の奥が温かくなる感覚。生きているからこそ感じられる、日常に隠されたささやかな、けれど決して何物にも代えがたい絶対的な美しさと尊さ。
他人の引いたレールの上で、能力という物差しで優劣を競い合うことのいかに虚しいことか。
そんな偽物の価値観など脱ぎ捨ててしまえ。お前はただ、お前の命を精一杯輝かせればいい。今、目の前にある瞬間を、ただ純粋に慈しめばいいのだ。
その強烈なイメージとメッセージは、ユイの魂の奥底まで深く深く浸透していった。
これまで彼女を縛り付けていた「私は無能だ」「誰の役にも立っていない」という呪いのような自己暗示が、眩い光の中でパリンと音を立てて砕け散った。
生きるということは、苦しい。老いていく恐怖、病に倒れる不安、そしていつか訪れる死。それら避けられない苦しみは確かにある。だが、それすらも命の輝きの一部なのだと、おつまみが与えてくれたビジョンは教えてくれた。
そしておつまみは、ユイの心の闇をすべて食い尽くすと、満足したかのようにふわりと空中で揺れ、ふっと幻のように姿を消した。




