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ー第2節 連日のマウントに耐えかね給湯室に逃げ込んだユイ。絶望の中で冷めたお茶を飲み干した瞬間、周囲には見えない「毛むくじゃらで目も口もない謎の存在」が忽然と姿を現す。

第2節 連日のマウントに耐えかね給湯室に逃げ込んだユイ。絶望の中で冷めたお茶を飲み干した瞬間、周囲には見えない「毛むくじゃらで目も口もない謎の存在」が忽然と姿を現す。


 給湯室のドアを閉めた瞬間、フロアの喧騒が嘘のように遠のいた。換気扇の低くくぐもった音だけが、狭い空間に響いている。ユイはシンクの縁に両手をつき、荒い呼吸を繰り返した。

「はぁっ、はぁっ……苦しい……」

 過呼吸になりかけているのか、胸の奥が締め付けられるように痛い。目頭が熱くなり、ぽろぽろと大粒の涙がシンクに落ちていく。

 どうして、こんなに苦しい思いをしてまで生きているのだろう。私なんかがいても、誰も喜ばない。誰の役にも立っていない。会社にとって私は、いつでも代えが利く、ただの安価な労働力でしかないのだ。

 絶望感と自己否定の念が、黒いヘドロのようにユイの心を埋め尽くしていく。もう何も考えたくない。このまま消えてしまいたい。

 ひどい喉の渇きを覚えたユイは、震える手で共有の給茶ポットに手を伸ばした。中には、昼休みに誰かが淹れて放置したままの、すっかり冷めきった緑茶が残っていた。新しいお茶を淹れる気力すらなく、彼女は紙コップにその冷めたお茶を注ぐと、一気に喉の奥へと流し込んだ。

 渋くて苦い、冷え切った液体が胃に落ちていく。

 ――その刹那だった。


『…………』

 ふと、視界の端で何かが動いた気がした。

 ユイが涙で霞む目を瞬かせると、シンクの横に「それ」はいた。

「え……?」

 大きさは両手で抱えられるほどのボールくらい。全身がふさふさとした柔らかそうな毛で覆われており、目も鼻も、口すらも存在しない。ただの「毛むくじゃらの塊」としか形容しようのない、奇妙で不可思議な存在だった。

 幻覚だろうか。過労でついに頭がおかしくなってしまったのかもしれない。ユイは目をこすったが、その毛むくじゃらの存在は消えることなく、ふわりと宙に浮き上がり、ユイの目の前まで近づいてきた。

 不思議なことに、恐怖は全く感じなかった。むしろ、その柔らかな毛並みを見ていると、張り詰めていた心が少しだけ解れるような感覚があった。周囲の空間が、この存在を中心にひっそりと静まり返り、時間の流れが止まったかのような錯覚に陥る。

 後になってわかったことだが、この謎の存在――仮に「おつまみ」と呼ぶべきこの毛玉は、極限まで追い詰められたユイにしか見えておらず、他の人間が給湯室に入ってきても絶対に認識できない、高次からの来訪者であった。

 目も口もないはずのおつまみは、ユイの顔をじっと見つめているような素振りをみせた。そして、ふわりと彼女の胸のあたりに触れた。

 その瞬間、ユイの胸の奥で渦巻いていた、嫉妬、劣等感、悲しみ、怒りといったドロドロの黒い感情が、目に見えない煙のようになって、おつまみの体の中へと吸い込まれていくのがわかった。

 おつまみは、ユイが抱えていた理不尽なストレスと限界を超えた負の感情を、『心の澱の完全な浄化』として、一つ残らず飲み込んでくれたのだ。

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