第4章 第1節 ユイがお茶を淹れなくなり能力向上効果は切れる。疲労と業績悪化で社内は最悪のブラック企業へと逆戻りし、お局が淹れるお茶はただの苦い汁で社員たちの不満が爆発する。
第4章 崩壊する会社と無力感
第1節 ユイがお茶を淹れなくなり能力向上効果は切れる。疲労と業績悪化で社内は最悪のブラック企業へと逆戻りし、お局が淹れるお茶はただの苦い汁で社員たちの不満が爆発する。
給湯室への立ち入りと「お茶汲み」を禁じられたユイが、黙々とコピー機の前で資料の整理を続けるようになってから一週間。グランドクロス商事の社内は、目を覆いたくなるような惨状を呈していた。
かつて、ユイの淹れた『神の霊薬』によって潜在能力を限界突破し、超人的な集中力と処理能力を発揮していた社員たちの魔法は、完全に解け去っていた。
「くそっ! なんだこのエラーは! 先週までは頭の中で完璧なプログラムコードが組み上がっていたのに、今は画面の文字を追うだけで吐き気がする!」
「英語の契約書が読めない……! あんなにスラスラと理解できていたのに、ただの記号の羅列にしか見えないよぉ……」
フロアのあちこちから、悲鳴にも似た苛立ちの声が上がる。
ユイのお茶によるパフォーマンス向上効果が切れただけでなく、一度限界を超えた脳と肉体を酷使した反動が、強烈なリバウンドとなって社員たちに襲いかかっていたのだ。彼らの実際の能力は、本来の水準を大きく下回り、激しい疲労と倦怠感によって深刻な機能低下を引き起こしていた。
右肩上がりだった会社の業績は、急激に下降線をたどる。数々のプロジェクトが停滞し、取引先からのクレームが相次いだ。
「おい、このミスの責任は誰が取るんだ! お前たち営業部の怠慢だろうが!」
「ふざけるな! 開発部のシステムのバグが原因だろう!」
余裕を失ったエリートたちは、自己保身のために責任をなすりつけ合い、社内政治の派閥争いが泥沼化していく。互いを蹴落とし、マウントを取り合う、かつての最悪なブラック企業状態へと完全に逆戻りしてしまったのである。
そんな中、ユイから給湯室の鍵を奪ったお局の冴島は、自身の権力を誇示するように、自動サーバーで淹れたお茶を部下たちに配って歩いていた。
「ほら、お茶よ。あなたたち、最近たるんでるんじゃない? 私の淹れたお茶を飲んで、シャキッと働きなさい!」
高圧的に押し付けられた紙コップを、部下たちは嫌々ながら口に運ぶ。
「……にっが! なんだこれ、ただの渋い汁じゃないか……」
「ユイさんの淹れてくれたほうじ茶とは大違いだ。あのお茶を飲めば、どんな疲れも吹き飛んで頭が冴え渡ったのに……」
ボソボソとこぼれる部下たちの不満を耳ざとく聞きつけた冴島は、顔を真っ赤にして激怒した。
「な、なによ! たかが専門スキルゼロの派遣社員が淹れたお茶と、私の淹れたお茶を比べる気!? あなたたち、能力が落ちてるのを私のせいにするつもり!? 減給にするわよ!」
ヒステリックな金切り声が響き渡り、オフィスの空気はさらに重く、息苦しいものになっていった。
フロアの隅でシュレッダーのゴミをまとめていたユイは、その様子を遠くから見つめ、胸を痛めていた。
(みんなの心が、どんどん荒んでいく……。私にできることは、もう何もないのかな……)
ユイは自分の手のひらをギュッと握りしめた。彼女の純粋な奉仕の心は、能力至上主義という分厚い壁の前に、為す術もなく立ち尽くしていた。




