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第3章 第1節 ハルトの熱烈なスカウトを過労の幻覚と思い込みスルーするユイ。彼女はいつも通り、成績不振で上司から激しく詰められている最下位の営業チームに温かいお茶を差し入れる。

第3章 給湯室の女神と嫉妬


第1節 ハルトの熱烈なスカウトを過労の幻覚と思い込みスルーするユイ。彼女はいつも通り、成績不振で上司から激しく詰められている最下位の営業チームに温かいお茶を差し入れる。


 地下の資料室で、冷酷無比なはずの若き社長ハルトから「俺専属のメンタルトレーナーになれ」と熱烈なスカウトを受けたユイだったが、彼女の反応はハルトの予想をはるかに裏切るものだった。

「だ、騙されてますよ社長! 天才調合師なんていません。本当にただの安いほうじ茶です!」

「とぼけなくていい。あの神がかり的なブレンド、君の才能を我が社は高く評価する」

「才能なんてありません! 社長、過労のせいでついに味覚と頭がおかしくなっちゃったんですね……! 休んでください!」

 奇跡の力を独占したいハルトと、自分の無自覚なスキルに全く気づかないユイ。致命的に噛み合わないやり取りの末、ユイは「病院に行ってください!」と叫んでその場から逃げ出してしまったのだ。

 翌日から、ハルトは社内でユイの姿を見つけるたびに「ユイ、今日も君のお茶が欲しい」と真剣な熱い瞳で迫ってきた。周囲から見れば、あの氷の社長が派遣社員の女性に甘く執着しているようにしか見えない異常事態である。

 しかし当のユイは、「社長の味覚異常をなんとかしてあげなきゃ」と明後日の方向の使命感に燃え、「今日は健康茶のティーバッグです!」「今日はドラッグストアの青汁です!」と、社長の脳疲労とは全く関係のない市販のパックを渡し、華麗にスルーし続けていた。

 そんなハルトの追跡をかわしつつ、ユイはこれまで通り、目立たないように自分の仕事をこなしていた。

 あの毛むくじゃらの謎の存在によって心の澱を完全に浄化された彼女の心は、他人の評価や能力至上主義のプレッシャーに振り回されることなく、凪いだ海のように穏やかだった。

 ある日の午後。営業部のフロアでは、悲痛な怒号が響いていた。

「お前ら第七チームは、今月も最下位だ! お前らみたいな無能の集まりは、この会社のお荷物なんだよ! 今日中にあの海外案件をまとめられないなら、全員辞表を出せ!」

 パワハラ気味の部長から激しく詰められているのは、先日からユイがお茶を出していた高橋が所属する、万年最下位の第七チームだった。チームリーダーの田中をはじめ、メンバー全員が極度の睡眠不足と精神的ストレスで、今にも倒れそうな顔色をしていた。

 通りかかったユイは、彼らの姿を見て胸を痛めた。

(みんな、あんなに頑張っているのに……。能力や数字だけで否定されるなんて、悲しいな)

 ユイはそっと給湯室に入り、人数分の紙コップにほうじ茶を淹れた。急須にお湯を注ぎながら、彼女は目を閉じ、心の底から純粋な祈りを込めた。

(どうか、あの人たちの張り詰めた心が、少しでも安らぎますように。苦しみから解放されて、本来の笑顔が戻りますように)

 ただ他者を思いやる、無償の愛。その祈りは、ユイ自身も気づかないうちに、目に見えない黄金のオーラとなってお茶の中に溶け込んでいった。

 ユイは怒られている第七チームのデスクに近づき、「お疲れ様です。喉が渇いたら、飲んでくださいね」と、温かいお茶をそっと差し入れた。

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