鍵の音
目を覚ますと、天井は白く、静かだった。
静かすぎて、自分の呼吸が誰かに盗み聞きされている気さえする。
「起きた?」
低く、優しい声。
視線を向けると、椅子に腰掛けた彼女が微笑んでいた。黒髪を耳にかける仕草は、以前と何一つ変わらない。
「……ここは」
「安全な場所だよ。外は、あなたにとって危険だから」
手首に違和感があった。金属の冷たさ。だが締めつけはきつくない。逃げられないと理解させるための、ちょうどいい強さ。
「大丈夫。痛くしないって言ったでしょ?」
彼女は立ち上がり、ゆっくりと距離を詰める。
その目には、不安と安堵が同時に浮かんでいた。
「ずっと考えてたの。あなたは優しすぎる。だから、奪われる」
彼女は、こちらの返事を待たない。
それはいつものことだった。恋人だった頃から、彼女は結論を一人で決めていた。
「私が守らなきゃ。全部、私が管理しなきゃ」
鍵の音がした。
ドアを確認するための音ではない。ここから出られないことを、安心するための音だ。
「ね、怖い?」
正直に頷くと、彼女は少しだけ傷ついた顔をした。
「そっか……でもね」
彼女はしゃがみ、視線を合わせる。
「怖いってことは、まだ外を信じてるってことでしょ。でも、その気持ちも、時間が解決してくれる」
その言葉には確信があった。
狂気ではない。信仰に近い確信。
「ここでは、私だけ見てていい。考えるのも、選ぶのも、全部私がやる」
指先が、頬に触れそうで触れない距離をなぞる。
「愛してるの。だから、自由はいらないよね?」
返事をしなくても、彼女は微笑んだ。
まるで、肯定の言葉をもう聞いたかのように。
再び鍵の音。
それは一日の終わりを告げる合図だった。
――この部屋で、時間は彼女の愛の形に歪められていく。




