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何も見ていない街  作者: TOMMY


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8/8

この街を歩いた

黒い傘は、空から降ってきた。

赤い液体を流し、地に伏せる人間を、覆い隠すように。


街の人間たちは、歩き去っていく。


そのまま帰路についた。

何が起きたのかは判然としない。

けれど、これから何が起きるのかは、なぜか分かっていた。


──ベッドに横たわり、目をつぶる。

だが、まぶたの裏側には、黒いものがへばりついていた。

黒いそれは、消えない。

何もできない。

そこに、ずっとある。

眠れないまま、夜が明けた。

意識を霧散させることは、できなかった。


やがて、浅い眠りの底で、

ザクザク、という聞き覚えのある音が、耳の奥に入り込んできた。


薄明かりの中、目を開ける。

カーテン越しに外を見ると、

大きな人影と、小さな人影が、

同じリズムで小刻みに揺れていた。


朝の支度を済ませ、外に出る。

ザクザク、ズンズン。

薄茶色の朝霜は、踏み固められていく。

楽しげな音とは裏腹に、

街は相変わらず、無味乾燥としていた。


「捕まるかもしれない」

その言葉が、喉の奥から這い出そうになる。


すると前方から、警察官が歩いてきた。

鼓動が跳ね上がり、

「引き返せ」と、頭の中で声がする。

足取りは、油の切れた歯車のようだった。

それでも、理性は、前を向くことを選んだ。


「この財布に、見覚えはございませんか」


差し出されたのは、

黒く、ぷっくりと膨れた財布だった。

ほのかに、酒の匂いがする。


一瞬の沈黙のあと、

戸惑ったふりをして、首を横に振る。

鼓動だけが、その答えを知っていた。


「……そうですか」


警察官は、わずかに俯き、会釈をして去っていった。

きっと、また棚は重くなる。

誰にも引き取られないまま。


歩き続けるうち、

気づけば裏路地に足が向いていた。


そこに、

どこかで見たことのある、黒髪の女性が立っていた。


生暖かい風が、頬を撫でる。

背中を這うように、鳥肌が立ち上がった。


「……おかえり」


透き通る声は、空に溶けるように消え、

意識が穏やかに薄れていく。


──パッポッ、パッポッ。

鳩の鳴き声に弾かれるように横断歩道を歩いた。


何をしていたのだろう。

頭の中に黒いノイズが流れ込み、記憶がうまく繋がらない。


この街で、いったい何を見てきたのだろう。

それとも、何を見なかったのだろうか。


それでも、足音だけは確かに響いていた。

僕は、はじめて、この街の中を歩いた。

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