朝霜の音
朝霜を踏みしめる少年。
まだ夜の名残が地面に貼りついたままの朝だった。
ザクザク、と乾いた音が鳴る。
霜は思ったよりも厚く、靴底にまとわりつくように沈んだ。
「変だね」
少年はそう言いながらも、楽しそうだった。
向かいを歩く母親は、白い息を吐き、小さく笑った。
ザクザク、ボキボキ。
踏みしめるたび、霜は割れるというより、押し潰されていく。
割れた断面は白ではなく、どこか濁って見えた。
少年は無垢な表情で母親を見上げた。
「ママ、これでいい?」
母親は答えず、その場で腕を上下させ、
確かめるように足踏みをしてみせた。
靴底を離さないように、何度も、同じ場所を。
少年はそれを真似して、
音を立てることだけに集中する。
ときおり、ぴょんと跳ねた。
霜が弾ける音が、少しだけ鈍くなった。
しばらくして、少年は足を止めた。
霜の冷たさが、靴を越えて伝わってきたのだ。
「どうしてパパは、帰ってこないの?」
母親は足踏みをやめなかった。
その音だけが、ズンズンと重く、地面を押し続ける。
踏みしめるたび、
朝霜は砕けるのではなく、
何かを覆い隠すように、押し広げられていく。
その慎ましい光景は、通りを行き交う人間たちの目に留まり、街は一瞬だけ、穏やかな笑顔を浮かべた。
待ち行く人間たちも、その家の前の朝霜を踏みしめていく。
ボリボリ、ザクザク。
今日もその小気味よい音は鳴り響く。
けれど、踏み固められた朝霜は、いつの間にか焦げ茶色に染まり、
その二人の笑みは、朝の冷気の中で、どこか曇って見えた。
朝霜ができる場所は、不思議とその家族の家の前だけ。
そうなっていた。




