第99話:鈍器、のちステーキ
研究員用の宿舎を抜け、晶たち一行は、案内板に示された『Cafeteria(食堂)』へと辿り着いた。
自動ドアが開くと、そこには体育館がすっぽり入るほどの広大な空間が広がっていた。
天井は高く、柔らかな間接照明がフロア全体を照らしている。
床には幾何学模様のカーペットが敷かれ、数百席ものテーブルセットが整然と並んでいた。
「おおおぉぉ! 広い! 広いのだー!」
ポチが歓声を上げて駆け出す。
だが、1分後。
ポチは尻尾を垂らしてトボトボと戻ってきた。
「……アキラ。ご飯がないのだ」
「ん?」
「テーブルの上に何もないのだ。いい匂いもしないのだ。……ここはただの広い部屋なのだ」
ポチが涙目で訴える。
確かに、広大なホールには静寂が支配しており、料理の気配はおろか、食材の焼ける音もしない。
「厨房もねぇな」
鍛冶師のガンドが周囲を見回して鼻を鳴らす。
「竈もねぇ、鍋もねぇ。あるのは壁際にズラリと並んだ、あの銀色のデカい箱だけだ。……おい姐さん、ここは本当に食堂なのか?」
ガンドが指差した先。
壁一面に埋め込まれるようにして、巨大なステンレス製の筐体が鎮座していた。
ガラスのショーケースも、メニュー表もない。ただ無機質な金属の塊だ。
「なんじゃここは! わらわは腹が減っておるのに、竈どころかシェフすらおらぬではないか!」
タマが不機嫌そうに地団駄を踏んだ。
元・火炎竜であり、人間の姿になってからは美食に目覚めたタマにとって、空腹は最大の敵だ。
「まあまあ、タマちゃん。非常食の干し肉ならありますから……」
「嫌じゃ! わらわは温かくて柔らかい肉が食いたいんじゃー!」
セシリアのなだめも聞かず、駄々をこねるタマ。
晶は「やれやれ」と肩をすくめ、銀色の機械へと歩み寄った。
「落ち着け。……シェフなら、そこにいる」
「は? シェフ? どこにじゃ?」
晶は巨大な筐体の前で立ち止まり、そのボディをポンと叩いた。
「こいつだ」
「……は?」
タマが呆気にとられた顔をする。
「この鉄の箱が……料理人だと?」
「そうだ。こいつの名は『万能調理機』。古代文明が誇る、究極の料理人だ」
晶は操作パネルをタップして、スリープモードを解除した。
ブォン……という低い起動音と共に、パネルが明るく点灯する。
「こいつは食材を分子レベルでスキャンし、最適な調理法を瞬時に計算して実行する。焼く、煮る、蒸す、揚げる……あらゆる調理が可能だ」
「ふん! 馬鹿を言うな!」
タマは鼻で笑った。
「火も使わぬ鉄の箱ごときが、まともな飯を作れるわけがない。どうせ、さっきの箱みたいに、冷たいジュースか、さもなくば、泥のような味の合成食が出てくるのがオチじゃろ」
「……泥のような味か。まあ、否定はしないがな」
晶は苦笑した。
確かに、SF作品に出てくる合成食料はマズいというのが相場だ。
だが、この研究所の設備は、娯楽や嗜好品に異常な執着を見せる古代人たちが作ったものだ。
食に対する妥協があるとは思えない。
「なら、試してみるか」
「む?」
「ポチ、あれを出せ」
「了解なのだ!」
ポチがポケットをごそごそと探り、物体を取り出した。
それは、どう見ても「木片」か「石」にしか見えない、茶色い塊だった。
「魔獣の干し肉なのだ! 非常食にと持ってきたけど、カチカチで噛めなかったのだ」
ポチがコンコンとテーブルを叩く。いい音がする。
もはや鈍器だ。
「これを……調理するのか?」
「ああ。見ていろ」
晶は干し肉を受け取ると、オート・シェフの『投入口』に放り込んだ。
ウィーンとトレイが収納され、機械が食材を飲み込む。
晶はタッチパネルを操作した。
『素材スキャン完了……乾燥肉』
『メニュー選択:肉料理』
『サブメニュー:厚切りステーキ』
『焼き加減:ミディアムレア』
『ソース:ガーリックオニオン』
「クッキング・スタート」
ポチッとボタンを押す。
その瞬間だった。
ガシャンッ!!
シュゴォォォォォォ……!!
「な、なんじゃ!?」
機械の内部から、凄まじい音が響き渡った。
高圧蒸気の噴出音。マイクロ波の唸り。そして高速回転する何かの駆動音。
まるで工場か、兵器の起動音だ。
「ば、爆発するのではないか!?」
「退避ーッ! 肉が爆発するのだー!」
「ひいいぃっ! 中で肉の悲鳴が聞こえますぅ! 解体されていますぅ!」
セシリアが耳を塞いで震える。
タマも尻尾を膨らませて後ずさる。
「こ、これが料理じゃと!? やはり錬金術の実験釜ではないか!」
「待て。もう終わる」
晶が冷静に告げた、次の瞬間。
チン♪
どこか気の抜ける、軽快な電子音が鳴った。
轟音がピタリと止む。
プシューッという音と共に『取出口』が開き、白い湯気が溢れ出した。
そして。
漂ってきたのは、暴力的なまでの「香り」だった。
「くんくん……!? こ、この匂いは……!?」
ポチの鼻がピクピクと動く。
焦げた醤油と、炒めたニンニクの香ばしい香り。
それが、食欲中枢をダイレクトに殴りつけてくる。
「完成だ」
晶がトレイを取り出す。
そこに乗っていたのは、ジュウジュウと音を立てる熱々の鉄板。
そしてその上には――。
「に、肉ぅぅぅぅぅッ!?」
さっきまでの「木片」が嘘のような、分厚いステーキが鎮座していた。
表面には美しい網目の焼き色が付き、艶やかなオニオンソースがたっぷりとかかっている。
ナイフを入れるまでもなく、その柔らかさが伝わってくるようだ。
「うそ……あのカチカチの干し肉が……?」
「蘇生魔法か!? いや、時間逆行魔法で生肉に戻してから焼いたのか!?」
テオとセシリアが驚愕する中、ポチがよだれを垂らして飛びついた。
「肉なのだー!! 食べるのだー!!」
ポチはフォークも使わず、ガブリとかぶりついた。
「はふっ……! あちち……んん〜ッ!!」
ポチの目がカッ!と見開かれた。
「んまーい!! トロトロなのだ! 噛まなくても溶けるのだ! 肉汁ジュワ〜なのだ!」
「ほほう……?」
ポチのあまりの絶賛ぶりに、タマが喉を鳴らす。
「……見た目は良いが、肝心なのは味じゃ。香りだけで誤魔化されてはならんぞ」
タマは「美食家」としての威厳を保ちつつ、疑り深い目つきでフォークを手に取った。
ナイフを入れる。
スッ……。抵抗なく切れる。
断面は、鮮やかなロゼ色。完璧なミディアムレアだ。
「……火加減は悪くないようじゃな」
タマは切り分けた肉を、ゆっくりと口へと運んだ。
咀嚼する。
「…………ッ!」
タマの動きが止まった。
口の中に広がる、濃厚な肉の旨味。
表面のクリスピーな食感と、内部のジューシーな肉質のコントラスト。
そして何より、肉の繊維一本一本まで計算され尽くしたような、完璧な熱の通り具合。
「……馬鹿な」
タマが震える声で呟く。
「薪の火も、炭火も使わず……鉄の箱の中で熱しただけで、これほどの焼き加減だと……?」
炭火焼き特有の香ばしさはない。だが、それを補って余りある「科学的な完璧さ」がそこにあった。
ムラのない加熱。
酵素による熟成の促進。
旨味成分の最適化。
「……悔しいが、認めざるを得ん」
タマはガクリと項垂れた。
「うまい……! 文句のつけようがないほどに、うまいんじゃぁ……!」
「タマちゃん?」
「火の魔術も使わず、わらわの舌を唸らせるとは……。オート・シェフよ、お主が料理の神か……」
タマは敗北を噛み締めながら、猛然と肉を食べ始めた。
「おかわりじゃ! 次はハンバーグを持ってこい! チーズも乗せろ!」
「はいはい」
完全に餌付けされた元・竜の姿に、晶は苦笑しながらパネルを操作した。
◇
その後は、さながら「満腹の宴」となった。
持参していた「謎肉(乾燥肉)」や「即席麺」を次々と投入。
オート・シェフの手にかかれば、安物のインスタント食品ですら、三ツ星レストランの味へと昇華される。
晶も久しぶりに、合成着色料たっぷりのジャンクフード――ダブルチーズバーガーとフライドポテトを注文し、現代の味に安らぎを覚えていた。
「ふぅ……。食った食った」
数十分後。
テーブルの上には空になった皿が積み上げられ、全員が満足げに椅子にもたれかかっていた。
カフェインで覚醒し、ステーキで腹を満たす。
極限状態だった心身が、急速に回復していくのを感じる。
「生き返りました……。やはり温かい食事は偉大ですね」
「ああ。……だが、食ったら今度は……」
リナが服の襟元をパタパタと仰いだ。
「汗、かいちまったな」
エレベーターでの冷や汗、興奮して走り回った汗、そして熱々のステーキを食べた熱気。
満腹になると同時に、体のベタつきが気になり始めたようだ。
「お風呂に入りたいですぅ……。宇宙船では清拭だけでしたし、髪も洗いたいです」
「そうじゃな。せっかく腹が満ちたのに、体が薄汚れていては優雅さに欠ける」
セシリアとタマが切実な目で晶を見る。
晶は頷いた。
「そうだな。……居住区画なら、当然『あれ』もあるはずだ」
晶はPDAを取り出し、施設のマップデータを検索した。
食堂の隣のブロックに、湯気のアイコンが表示されている。
『Spa & Bath(大浴場・スパ)』
「行くぞ。……命の洗濯だ」
その言葉に、女性陣と綺麗好きなエルフが色めき立った。
「お風呂! 本物のお風呂ですか!?」
「シャワーもあるのか!?」
「行くのじゃ! すぐに行くのじゃ!」
一行は食後の腹ごなしも兼ねて、期待に胸を膨らませながら大浴場へと向かった。
そこで晶の謎のパッシブスキルが、古代のハイテク風呂と化学反応を起こし、とんでもない事態を引き起こすとも知らずに。




