第97話:ガンド、ガンギマる!
「それにしても信じられん……。地下深くに、こんな楽園があることが。」
「風が吹いています……。空調魔法でしょうか? それとも、精霊の息吹?」
エルウィンとセシリアが、信じられないものを見る目で改めて空を見上げている。
頭上数百メートルにあるドーム状の天井には、ホログラムで再現された青空が広がっていた。太陽の位置や雲の動きまで計算され、地上の時間と同期しているのだろう。
晶は腕のPDAを操作し、環境データを再確認した。
「気温24度、湿度50%。酸素濃度正常。……敵性反応、なし」
完璧だ。
ここ数時間、未知の掃除機やホログラムに脅かされ、エレベーターのGに耐え抜いてきた彼らには、休息が必要だった。
「ここは安全地帯だ。……脱いでいいぞ」
晶はそう言うと、腰のベルトのバックルに手をかけた。
「ぬ、脱ぐ!? ここでですか!?」
「馬鹿者。誰が全裸になれと言った」
ボルスが変な期待をして鼻息を荒くするのを無視し、晶はバックルの解除スイッチを押した。
シュルルルル……。
晶の全身を覆っていた黒いラバー素材――『耐Gスーツ』が、生き物のように収縮を始めた。
形状記憶魔法を組み込んだ特殊素材だ。瞬く間に縮み上がり、腰のベルトポーチへと吸い込まれていく。
「ふぅ……。やはりこっちの方が落ち着くな」
露わになったのは、いつもの白衣スタイルだ。
胸元のさらしが、心なしか以前よりも緩く感じるのは気のせいだろうか。
いや、無重力の影響で脂肪が移動しただけだと思いたい。
「おお! 涼しいのだー!」
ポチもスーツを解除し、開放感に浸って走り回る。
「生き返りました……。蒸れて死ぬかと思いましたわ」
「あたいもだ。……ふぅ、鎧がねぇと体が軽いな」
セシリアやリナたちも次々と軽装に戻っていく。
張り詰めていた緊張の糸が切れ、一行に和やかな空気が戻った。
「さて、まずは拠点の確保だ。……ついでに、水と食料も探すぞ」
晶は白衣の裾を翻し、整備された歩道を進んでいった。
◇
古代の街並みは、異世界人の目には奇異に映るようだった。
一本だけでなく、道という道全てがアスファルト舗装された平らな道。
レンガ造りではなく、コンクリートとガラスで構成された幾何学的な建物。
馬車も屋台もない、整然としすぎた風景。
「すげぇな……。建物も道路も、塵一つ落ちてねぇ」
「直角じゃ。どの建物も定規で引いたように真っ直ぐじゃ」
ガンドとタマが感心しながら歩いていると、不意にガンドが足を止めた。
「……おい、あれを見ろ」
ガンドが指差したのは、道の脇に設置された、高さ2メートルほどの「箱」だった。
白く発光する直方体。
前面が透明になっており、その奥に何やらカラフルな物体が整然と並んでいる。
「なんだありゃ? 宝箱か?」
「罠かもしれない! 不用意に近づくな!」
リナが警戒して剣の柄に手をかける。
だが、ガンドはドワーフ特有の目利きの勘で、ズズイと箱に近づいた。
「いや、待てよ……。こいつは……」
ガンドがガラス面に顔を近づけ、中を覗き込む。
そこには、赤、青、黄色、緑といった、極彩色の「筒」が並んでいた。
それぞれに美しい絵柄や文字が描かれ、下から照らされた光を受けて宝石のように輝いている。
「こいつは……『錬金術のショーケース』か!? 中に入っているのは、極彩色の秘薬だぞ!」
「秘薬、ですか?」
「ああ! 見ろよあの毒々しい赤色! それに深い黒色! ただの水じゃねぇ。間違いなく、古代の錬金術師が精製した高純度の魔法薬だ!」
ガンドの興奮した声に、セシリアたちも集まってくる。
「本当です……。厳重に封印されていますわ。貴重な薬品に違いありません」
「もしかして、若返りの薬とか、魔力が無限になる薬とかあるのか!?」
「開け方はどうするんじゃ? 叩き割るか?」
タマが物騒なことを言い出し、ボルスが銃床でガラスを叩こうとする。
(……やれやれ)
晶はため息をついて、彼らの間を割って入った。
「よせ。野蛮人が」
「ですがアキラ様、これは……」
「ただの『自動販売機』だ」
晶はショーケースの中身を一瞥した。
並んでいるのは、古代文字で書かれた商品たち。
『スパークリング・ウォーター(炭酸水)』
『リッチ・ミルクティー』
『100%オレンジ』
ここまではいい。問題は、一際目立つ位置に陣取っている、黒と黄色の禍々しいデザインの缶だ。
『GIGA・ENERGY・Z』
『カフェイン500mg配合! 3徹も余裕! 命の前借り、しませんか?』
(……古代人も相当ブラックな労働環境だったようだな)
晶は科学者として、その成分表示を見て戦慄した。
カフェイン、アルギニン、タウリン、その他名称不明の覚醒物質のオンパレード。
現代日本なら規制対象間違いなしの、まさに「魔剤」である。
「の、喉も乾いたな。奢ってやる」
「金はどうするんだ? この世界の通貨なんて持ってねぇぞ」
「金ならある」
晶は右手をかざした。
生体認証。
ピッ。
『管理者ID確認。クレジット照会……無限。ご利用ありがとうございます』
軽快な電子音と共に、全ての商品のボタンが青く点灯した。
「すげぇ! 顔パスかよ!」
「さすがアネキ……! 古代遺跡の財布すら握っているとは!」
リナが尊敬の眼差しを送ってくるが、ただの管理者権限の悪用である。
晶は迷わず、例の黒い缶のボタンを押した。
ガコンッ!
ボトッ!
重たい音がして、取り出し口に缶が落ちてきた。
「うおっ!? 魔法陣もなしに実体化した!」
「転移魔法か!? いや、物質創造か!?」
驚くガンドたちを尻目に、晶は取り出し口から、キンキンに冷えた『ギガ・エナジーZ』を取り出した。
表面に水滴がついており、冷却機能が生きていたことを証明している。
「ガンド。お前、酒はイケたよな?」
「おうよ! ドワーフの肝臓を舐めるなよ。火酒だろうが毒だろうが、美味しくいただくぜ」
「よし。ならこれを飲んでみろ。……古代の戦士が愛飲した『闘魂の水』だ」
晶は適当な嘘をついて、缶をガンドに渡した。
毒見役には、頑丈なドワーフが最適だ。
「へぇ……! 闘魂の水か! そいつは景気がいいな!」
ガンドは嬉しそうに缶を受け取ると、晶に見よう見まねでプルトップに指をかけた。
プシュッ!
「うおっ!? ふ、吹いたぞ!?」
炭酸ガスの抜ける音と、吹き出る白い蒸気にビビるガンド。
中からは、えも言われぬケミカルで甘ったるい香りが漂ってくる。
「黒い……泡立っている……。これが古代の秘薬……!」
ガンドはゴクリと喉を鳴らすと、意を決して缶を傾けた。
「いただくぜ! ぐびっ……ぐびっ……」
ドワーフの豪快な飲みっぷり。
喉仏が上下し、黒い液体が胃袋へと流し込まれていく。
「…………っ!」
飲み干した瞬間、ガンドの動きが止まった。
顔が真っ赤になり、全身がわなわなと震え出す。
「ガンド!?」
「大丈夫ですか!?」
セシリアが駆け寄ろうとした、その時。
「ぐおおおおッ!? 喉が焼ける! 薬臭ぇ! 舌がビリビリするぅぅ!」
ガンドが咆哮した。
だが、それは苦悶の声ではなかった。
カッ!!
ガンドの目が、サーチライトのように見開かれた。
全身から湯気のようなオーラが立ち上る。
「力が……力が湧いてきやがる! なんだこれは! 眠気が吹き飛んだぞ!」
ガンドはその辺にあった街路樹を素手で掴むと、メリメリとへし折りそうな勢いで揺さぶり始めた。
「うおおおおッ! 徹夜で剣を打てそうだ! い、今の俺ならミスリルだって素手で曲げられるぞぉぉぉ!」
(……効きすぎだろ)
晶はドン引きした。
カフェイン感受性のない異世界人が、いきなり500mgもの高濃度カフェインと覚醒物質を摂取した結果、見事なまでの「ガンギマリ状態」になってしまったらしい。
「す、すごいです……! あれほど疲弊していたガンドさんが、狂戦士のように!」
「これが古代の秘薬の力……! 私も欲しいです!」
ガンドの覚醒っぷりを見て、逆に購買意欲をそそられたメンバーが、次々と自販機に群がった。
「アキラ様! 私はこの茶色い液体を!」
「あたいはこのシュワシュワしてそうなやつ!」
「ボクはこれなのだ! オレンジ色で美味しそうなのだ!」
晶は苦笑しながら、全員分のボタンを押していった。
ガコン、ガコン、ガコン。
次々と吐き出される、古代の味覚たち。
「はわわ……! あ、甘いです! ミルクと茶葉の香りが濃厚で……貴族の味ですぅ……」
『リッチ・ミルクティー』を飲んだセシリアが、とろけるような顔で頬を押さえる。
「んぐっ! ……痛ってぇ! 口の中が爆発したぞ! ……でも、うめぇ!」
強炭酸の『スパークリング・ウォーター』を飲んだリナが、涙目になりながらも感動している。
「甘いのだ! 酸っぱいのだ! 生き返るのだー!」
ポチは『100%オレンジ』を一気飲みし、プハァーッ!と親父くさい息を吐いた。
「妾はこの『おしるこ』とやらを……んんっ!? 温かい!? 冷たい箱から温かい鉄が出てくるとは、どういう魔術じゃ!?」
タマはホットのおしるこ缶に驚愕しつつ、その甘さに震えている。
無機質な古代の街角で、異世界人たちが缶ジュース片手に宴を開いている光景。
それは奇妙だが、どこか平和で、温かい時間だった。
「ふむ。……悪くないな」
晶自身も、無糖のブラックコーヒーを開け、その苦味に目を細めた。
数万年の時を超えても、仕事に疲れた人間が求めるものは変わらないらしい。
「よし、エネルギー充填完了だな」
ひとしきり騒いで、カフェインと糖分で妙にハイテンションになった一行を見回し、晶は空き缶をダストボックスに放り込んだ。
「行くぞ。次は宿の確保だ」
晶が指差したのは、公園の奥にそびえ立つ、集合住宅のような大きな建物だった。
研究員用の宿舎。
あそこなら、ベッドも、シャワーも、そしてさらなる「古代の遺産」も眠っているはずだ。
「ヒャッハー! 行くぜぇぇ! 俺に切れないものはないッ!」
カフェインでキマったガンドを先頭に、一行は足取り軽く、未知の居住エリアへと進んでいった。




