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第95話:ようこそ、月面大処刑場へ

 透き通るような肌。足元のない浮遊体。そして虚空を見つめるうつろな瞳。


 受付カウンターの向こうに現れた「それ」を見て、一行のパニックは頂点に達した。


「あ、足がありません……! 向こう側が透けています! 間違いなく『彷徨える魂(ゴースト)』です!」


「ひぃぃッ! 妾は幽霊だけは苦手なんじゃー! 燃やせぬ敵はどうにもならん!」


 セシリアが顔面蒼白で叫び、タマが晶の背後にしがみつく。


 元・火炎竜であるタマだが、物理も魔法も効かない霊的な存在は大の苦手らしい。


「ちっ、物理無効かよ! 俺の銃も効かねぇぞ!」


「聖水! 誰か聖水を持ってないか!?」


 ボルスとガンドもジリジリと後退する。


 未知の科学兵器(おそうじロボット)には立ち向かえても、オカルトは専門外だ。


「落ち着いてください! 私が浄化します!」


 セシリアが震える手で杖を構え、前に出た。


 彼女は元・王立魔導院のエリート。対アンデッド魔法も習得している。


「悪霊退散! 聖なる光よ、迷える魂を常世へと還したまえ! 『聖光浄化ホーリー・ピュリファイ』!」


 カッ!


 杖の先から眩い光が放たれ、受付嬢の姿を包み込んだ。


 高位のアンデッドですら一撃で昇天させる、純白の浄化光だ。


「やったか!?」


 ボルスが身を乗り出す。


 だが、光が収まった後、そこにいたのは――。


『……本日の……ご用件を……』


 消滅するどころか、光の干渉を受けてより一層輝きを増した受付嬢だった。


「なっ……!?」


「き、効きません! 聖魔法を吸収して輝きを増しました! なんて強力な怨念……!」


「聖女級の浄化魔法が通じないだと!? 最強の悪霊じゃねぇか!」


 絶望的な悲鳴が上がる。


 だが、晶だけは、冷めた目でその現象を分析していた。


(……ただ光が重なって明るくなっただけだな)


 幽霊の正体は、空中に投影された「立体映像(ホログラム)」だ。光でできた絵に、光魔法をぶつけても意味はない。懐中電灯の光同士をぶつけるようなものだ。


(それに……同じ動作をループしている。時々映像が飛ぶな)


 晶は気づいていた。


 受付嬢の映像に、横線のノイズ(グリッチ)が走っていることに。


 数万年の歳月で、データが劣化しているのだろう。


「くんくん……」


 皆が恐れおののく中、好奇心の塊であるポチが、恐る恐る受付嬢に近づいた。


「……無臭なのだ。美味しそうな匂いもしないし、腐った匂いもしないのだ」


 ポチが前足を伸ばし、ちょん、と触れてみる。


 スカッ。


 その手は抵抗なく、美女の胸をすり抜けた。


「触れないのだ! 蜃気楼みたいなのだ!」


「ポチ、離れろ。魂を吸われるぞ」


 晶はポチを下がらせると、自らカウンターの前へと進み出た。


「アネキ!?」


「取り殺されますよ!」


 仲間の静止を片手で制し、晶は半透明の美女に話しかけた。


「要件を言おう。……ここの責任者か管理者に会いたい」


 音声認識機能が生きているなら、何らかの反応があるはずだ。


 晶の予測通り、受付嬢の虚ろな瞳が、ギギギ……と晶の方を向いた。


『……ガガッ……認証……確認……』


 反応があった。


 セシリアたちが息を飲む。


『ようこそ、月面……だい……だい……』


 受付嬢が微笑んだ、その瞬間。


 ブツンッ。


 映像が激しく乱れ、美女の顔が奇怪に歪んだ。


『……月面、大、大、大処刑場へ……』


「!?」


 空気が凍りついた。


 受付嬢の声が、壊れたレコードのように低く、おどろおどろしいものに変わる。


『……逃ゲ……テ……コロシテ……殺シテ……殺シテ……』


『侵入者ハ……排除……排除……死ヌ……死ヌ……』


 明滅するノイズ。歪む笑顔。そして繰り返される呪詛のような言葉。


 それは、下手な怪談よりも遥かに恐ろしい光景だった。


「ひいいぃぃッ!!? 呪われるぅぅぅ!!」


「処刑場!? ここは処刑場だったのか!?」


「殺してって言いましたよぉぉ! 無理ですぅ! 帰りますぅ!」


 セシリアが泡を吹いて気絶しかけ、タマは尻尾を太くして毛玉のように震えている。


 ガンドやボルスですら、顔面蒼白で後ずさりした。


(やれやれ……。音声データが破損してループしているだけじゃないか。うるさいな)


 晶はため息をついた。


 おそらく、かつてここで起きたパニック時の緊急放送や、セキュリティ音声の断片が混線しているのだろう。


 晶は恐怖するどころか、「メンテナンス不足だな」とエンジニア視点で呆れていた。


「ええい、面倒だ」


 晶はカウンターの裏へと回り込んだ。


 そこには、予想通りメンテナンス用のハッチがあった。


 こじ開けると、中には埃を被った旧式の制御端末が収まっていた。


「アネキ、何を……!?」


「黙らせる」


 晶は端末の電源周りを確認し、リセットボタンらしき箇所を探す。


 だが、複雑すぎてよくわからない。


 ならば、やることは一つだ。


 古来より伝わる、あらゆる精密機器に通用する究極の修復術。


「……強制再起動リブート!」


 バンッ!


 晶は、思い切り端末の筐体をたたいた。


 昭和のテレビを直す要領である。


 ピロン♪


 軽快な電子音が響いた。


『――System Reboot...(システム再起動)』


『Error corrected.(エラー修正完了)』


 受付嬢の映像が一瞬消え、すぐに再表示された。


 今度はノイズもなく、クリアで美しい姿だ。


 彼女は優雅に一礼し、透き通るような美声で告げた。


『――再起動完了。ようこそ、月面第3研究所へ。ゲスト権限を確認しました』


 さっきまでのホラー演出は嘘のように消え失せ、完璧なビジネススマイルが浮かんでいる。


「…………へ?」


 腰を抜かしていたセシリアたちが、呆然と顔を見合わせる。


「浄化された……のか?」


「アネキ、今、何をしたんだ? すごい破魔の拳圧を感じたけど……」


「叩いて直した」


 晶は手をパンパンと払い、カウンターから出てきた。


「あれは幽霊じゃない。ただの『立体映像(ホログラム)』だ」


「ホログラム……?」


「光で絵を描いているだけだ。喋っていたのも、あらかじめ録音された声を、オウムのように繰り返していたに過ぎない」


 晶の説明に、リナたちはポカンとしている。


 光の絵。録音された声。


 魔法文明の彼らには理解し難い概念だが、「晶が殴ったら直った」という事実だけは伝わったようだ。


『奥の区画へお進みください。所長がお待ちです』


 受付嬢が手で示すと同時に、ロビーの奥にある重厚な扉が、静かに左右へと開いた。


「道が開いたな」


 晶は白衣を翻し、歩き出した。


 その背中を見て、仲間たちは改めて畏怖の念を抱いた。


 神代の結界を解除し、最強の魔獣(そうじき)を手玉に取り、悪霊(えいぞう)を拳ひとつで浄化する。


 このお方こそが、神話の英雄なのではないか、と。


「行くぞ。……この先が本番だ」


 晶の声に、全員がハッと我に返り、慌てて後を追う。


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