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第8話:紫電使い? いいえ、イカの天敵です

第8話のハイライト

挿絵(By みてみん)

「……ないな」


『よろずや 結城』の薄暗い倉庫で、結城 晶(ゆうき あきら)が在庫リスト片手に呟いた。


 白衣の裾が、溜息とともに揺れる。


「アニキ、何がないんだ?」


「ローションの原料だ。先日の『大掃除ほうもんはんばいげきたい』で使いすぎた」


 晶は眉間を押さえた。


 あの伝説となった「人間カーリング事件」、もとい、盗賊退治。


 路地裏をピカピカにした代償として、晶特製の『超潤滑ローション』の主成分である「海藻由来の増粘剤」が底をついてしまったのだ。


「あれがないと、今後の『敵対的接客げきたい』や『店の清掃』に支障が出る。……補充しに行くぞ」


「海藻? 海に行くのか?」


「いや、海は遠い。近くの『静寂の湖』に、同質の成分を持つ巨大水生植物が自生しているはずだ」


「静寂の湖……? おいおい、あそこはヤベェ噂しか聞かねえぞ」


 リナが顔を引きつらせるが、晶は聞く耳を持たない。


「ポチ、準備しろ。今日は海鮮バーベキューだ」


「イカ! イカ焼き食べるのだー! 行くのだー!」


 食い意地の張った看板娘が、カウンターの奥から弾丸のように飛び出してきた。



 街から馬車で一時間ほど。


 一行は、深い森の奥にひっそりと佇む『静寂の湖』に到着していた。


 風もなく、波一つない鏡のような水面。


 周囲の木々を逆さに映すその湖は、神秘的であると同時に、生物の気配を拒絶するような不気味な静けさを湛えていた。


「……なぁアニキ。やっぱり帰らねえか? 本能がビンビンに警鐘を鳴らしてるんだけどよぉ」


 晶たちが乗った小さな手漕ぎボートの上で、リナが剣の柄を握りしめて周囲を警戒する。


 岸では、泳げないフローラが優雅にティーセットを広げ、陸上からの観測けんがくを決め込んでいた。


「気のせいだ。……お、反応あり」


 晶がゴーグル越しに水面を見下ろす。


 透明度の高い湖底に、ゆらゆらと揺れる巨大な影が見えた。目的の海藻だ。


 だが、それを回収しようと晶が網を伸ばした、その時だった。


 ザバァァァッ!!


 突如、湖面が爆発したかのように盛り上がった。


 大量の水飛沫と共に現れたのは、ボートよりも巨大な赤黒い肉塊。


 そして、大木のように太い無数の触手が、怒り狂ったようにうねっていた。


「で、出たぁぁぁッ!!」


 リナが絶叫する。


「『大王イカ(クラーケン)』だ! この湖の主だぞ!?」


「ギシャァァァァッ!!」


 怪物が咆哮し、丸太のような触手を振り上げる。


 一撃でも食らえばボートごと粉砕されるのは明白。


「無理だアニキ! 水中じゃ勝ち目がねぇ! 剣も届かねえし、足場も悪い! 一旦引くぞ!」


「ひゃうっ!?」


 ポチが「わふっ」と情けない声を上げて、晶の白衣の裾にしがみつく。


 絶体絶命のピンチ、だが。


「……予定通り(・・・・)だ」


 晶の呟きは、喧騒の中でも不気味なほど冷静だった。


 彼は怯えるポチの首根っこを掴むと、オールを握らせて命じた。


「ポチ。死にたくなければ、全力で岸まで漕げ」


「へ……? あ、あいつと戦うんじゃないの?」


「こんな不安定な足場で戦えるか。奴を『岸辺キルゾーン』まで誘導する」


 晶の冷徹な声に、ポチはハッと我に返った。


 このままでは怪物に食われる。それだけは理解できたのだ。


「わ、わかったのだ! 逃げるのだ! 全力で逃げるのだー!」


 火事場の馬鹿力、あるいはフェンリルの本能か。


 ポチが半泣きでオールを動かすと、手漕ぎボートとは思えない速度で水面を滑走し始めた。


「うおっ!? はえぇ!?」


「よし、その調子だ。リナ、振り落とされるなよ」


 あっという間にボートは岸辺に乗り上げた。


「た、助かったのだ……」


 砂浜にへたり込むポチ。だが、晶は休むことなく動き出した。


 岸に置いてあった木箱を、カタリと開ける。


「さぁ、かりを始めよう!」


「はぁ!? アニキ、正気かよ!? 相手は神話級の魔物だぞ!?」


 息を切らしながらリナが叫ぶ。


「分かってる。要するにデカいイカだろ? ……水場、巨大生物、そして湖の水。導電条件は完璧に揃っている」


 晶が取り出したのは、二本の太い「銅線ケーブル」と、それに繋がれた無骨な装置だった。


 装置の中心には、以前入手した『雷の魔石』が組み込まれ、バチバチと青白い火花を散らしている。


 いわゆる、魔石駆動式の「高電圧発生機」だ。


「水は電気を通す。そして生物の神経系は電気信号で動いている。……そこに過剰な電圧を流し込めばどうなるか。単純な理屈だ」


 晶は無造作にケーブルの先端、電極を湖へと投げ込んだ。


 チャポン、チャポン。軽い音がして、電極が沈んでいく。


 クラーケンが、邪魔なボートを叩き潰そうと触手を振り下ろした、その刹那。


「……広域電撃エレクトリック・ショック、最大出力」


 晶が装置のスイッチを入れた。


 カッ!!!!


 強烈な閃光が湖面を染め上げた。


 数万ボルトの超高電圧が、湖水という巨大な導体を介して一瞬で伝播する。


 バチバチバチバチッ!!


 青白い稲妻が水面を走り、クラーケンの巨体を直撃した。


「ギュラァァァァッ!?」


 クラーケンの絶叫が響く。だが、それは一瞬のことだった。


 クラーケンの全身が強制的に収縮する。


「あ……?」


 リナが呆気にとられる目の前で、クラーケンは白目を剥き、ビクンビクンと震え――。


 プカーッ。


 情けない音と共に、だらしなく腹を上にして水面に浮き上がった。


 それだけではない。


 クラーケンの周囲から、巻き添えを食らった小魚や水棲魔物たちも、次々と白い腹を見せて浮いてくる。


 一撃必殺。完全なる蹂躙じゅうりんである。


「す、すげぇ……。剣も魔法も使わずに、一瞬で……」


 リナが剣を戻すのも忘れて呟く。


 岸で見ていたフローラが、ティーカップを取り落とし、震える声で天を仰いだ。


「なんと……。水龍の加護を受けた湖そのものに、裁きの雷を落とすとは……」


 フローラの瞳には、湖面を走る青白い残滓が、神の怒りのように映っていた。


「これは伝説の広域殲滅魔法『紫電の海ライトニング・オーシャン』……! アキラ様は天候さえも支配下に置き、水面を処刑台に変えてしまうのですね……!」


 恍惚とした表情で、フローラが駆け寄ってくる。


「アキラ様、ギルドカードをご確認くださいませ! これほどの偉業……きっと『紫電の処刑人』や『水神』、あるいは『湖の支配者』といった、伝説に残るような称号が刻まれたに違いありませんわ!」


「称号? ……ああ、そういえば通知が来ているな」


 晶は装置を停止させると、懐からギルドカードを取り出した。


 カードの表面が淡く光り、新たな文字が浮かび上がる。


「見せてみろよアニキ。神話級を倒したんだ、とんでもねぇのが……」


 リナも興味津々で覗き込む。


 フローラに至っては、祈るように手を組んでその瞬間を待っていた。


 だが、そこに刻まれていたのは――。


【称号:イカの天敵】

効果:軟体動物へのダメージUP(微)、イカ料理の味が良くなる


「…………」


 その場に、本当の意味での「静寂」が流れた。


「ぶふっ!!」


 沈黙を破ったのは、リナの噴き出す音だった。


「い、『イカの天敵』……ッ! ぐ、あはははは! まんまじゃねーか! 色気もへったくれもねぇ!」


「そ、そんな……。あのような神の雷を振るっておきながら、評価は『イカ』……?」


 フローラが愕然として膝をつく。


 だが、当の晶は別の意味で不満げに眉をひそめていた。


「……不服だな」


「だろ!? さすがにアニキも、もっとカッコいいのが良かったよな?」


「イカに効くなら、タコにも効くはずだ!」


「そこかよ!!」


 晶は真顔で分析を続ける。


「電撃は神経系を持つ生物全般に有効だ。なぜイカに限定される? これでは汎用性が低いと誤解されかねない。『海洋生物キラー』あるいは『広域感電漁法』あたりが妥当だろう」


「どっちにしても、カッコ悪いじゃんかよ!!」


 リナのツッコミなど意に介さず、晶は「まあいい」とカードをしまった。


「効果に『イカ料理の味が良くなる』とある。ポチが喜ぶだろう」


「わーい! アキラおいしいイカ作るのー? 楽しみなのだー!」


 足元で無邪気に跳ねるポチ。


 その平和な光景を見つめていたフローラは、ハッと何かに気づいたように顔を上げた。


「そうですわ。これはアキラ様のご慈悲!」


「あ? 今度は何だよ」


「真の強者は、その力を誇示しないもの。あえて『イカの天敵』などというユニークな名を冠することで、周囲の警戒を解き、民衆に親しみやすさを与えているのです……! なんという深慮遠謀、そして謙虚さ……!」


「……ポジティブすぎて羨ましいぜ、お前」


 結局、フローラの信仰心は揺らぐどころか、斜め上の解釈でより強固なものとなったのだった。


「よし、大漁だ。海藻もこいつの足に絡まってるやつで十分足りるな」


「へいへい。んじゃ、飯にするか。リナ、火の準備を頼む」


「おう! 任せな! 新鮮なイカ焼きといこうぜ!」


 気絶したクラーケンを引き上げ、一行は意気揚々と炭の準備を始める。


 だが彼らはまだ知らない。


 湖畔の湿気が、楽しいBBQの前に立ちはだかることを。


第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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