第89話:叡智の書だと思ったらHな本でした
大陸を離脱し、漆黒の宇宙空間へと到達したロケット。
無重力空間を漂う船内には今、似つかわしくない香りが充満していた。
醤油と豚骨、そして焦がしニンニクの香りだ。
「……3分経ったな。オープン」
晶の号令と共に、全員が手にしたパウチの封を切った。
中に入っているのは、地上で開発したフリーズドライの『宇宙ラーメン』だ。
「いただくのじゃ!」
「食べるのだー!」
タマとポチが、吸い口をくわえて勢いよく吸い込む。
「んぐっ……! むほぉっ!?」
二人の目がカッと見開かれた。
「うまーい! 浮いてるのにスープが逃げないのだ! 麺がチュルチュルなのだ!」
「このとろみ……! 麺にガッツリ絡んで、口の中でスープが爆発しおる! 地上で食うより濃厚じゃ!」
晶も一口、啜る。
とろみをつけたスープは無重力でも飛散せず、塊となって口の中に滑り込んでくる。熱々の旨味が五臓六腑に染み渡った。
「生きててよかった……。地上の味がしますぅ……」
セシリアに至っては、涙を流しながら啜っている。彼女にとっては、地獄のGから解放された安堵の味だろう。
「ふむ。粘度調整は成功だな」
晶は満足げに頷き、窓の外を見た。
そこには、巨大な青い世界が輝いている。
「綺麗だな……。俺たちの星は、こんなにも丸かったのか」
ガンドが呟く。
国境も、争いもない、ただ美しい青い玉。
一同が感傷に浸りかけた、その時だった。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「前方、熱源多数! ……隕石じゃない、人工物だ!」
護衛長のリナが鋭い声で警告を発した。
モニターに映し出されたのは、宇宙空間を漂う無数の瓦礫の帯だった。
ひしゃげた金属板、砕けた石柱、魔力を失ったクリスタル。
『魔導デブリか』
晶が忌々しげに呟く。
かつて栄えた古代魔法文明が打ち上げ、制御不能となって放置された「魔導衛星」や「実験兵器」の成れの果て。
母星の周囲には、過去の遺物がゴミのベルトとなって漂っていたのだ。
「密度が高いな。……避けきれねぇ! この速度でぶつかったら、ミスリルの装甲でもタダじゃ済まねぇぞ!」
操縦桿を握るボルスが叫ぶ。
「減速はしない。……邪魔なゴミは片付けるぞ」
晶は即座に指示を飛ばした。全員の顔つきが、食事モードから戦闘モードへと切り替わる。
「総員、戦闘配置! ボルスはマニピュレーターで大型デブリを排除! クロウは機銃で迎撃! リナとエルウィンは索敵! テオはバリアを展開して船体を守れ!」
「「「イエッサー!!」」」
ロケットの船体から、折りたたみ式のミスリル製アームが展開する。
同時に、側面のハッチが開き、魔導機銃がせり出した。
「オラオラオラァ! どきやがれッ!」
ボルスがアームを操作し、迫りくる巨大な石柱をガシッと掴むと、そのまま遠心力で彼方へとブン投げた。豪快な力技だ。
「2時の方向、小型デブリ群接近!」
「見えている……。森の狩人の目は誤魔化せないよ」
リナの報告を受け、エルフのエルウィンが冷静に指示を出す。
その指示に従い、クロウが照準を合わせる。
「狙い撃つぜ……!」
チュン! チュン! チュン!
正確無比な射撃が、小さな金属片を次々と蒸発させていく。
だが、あまりに数が多すぎる。撃ち漏らした鋭利な破片が、ロケットの船腹へと迫る。
「させませんよ……! 風の守護!」
テオが杖を振るう。
船体を包むように風の結界が展開され、襲い来る破片をキンッ、キンッ!とはじき返した。
「ナイスだテオ! このまま突っ切るぞ!」
「おうよ! 俺たちの道を塞ぐんじゃねぇ!」
まさに宇宙の掃除屋だ。
完璧な連携で順調にデブリ帯を突破していく中、晶の目がモニターの一点を捉えた。
「……ん? 待て、ボルス。あれをキャッチしろ」
晶が指差したのは、デブリの中に混じって漂う、淡い光を放つ直方体の物体だった。
他の瓦礫とは違い、保存状態が良い。
「なんだありゃ? 石板か?」
「古代文明の記録媒体かもしれん。……ロストテクノロジーの塊だぞ」
晶の科学者としての血が騒いだ。
もし古代の超技術が記されていれば、Fカップへの近道になるかもしれない。
「へいっ!」
ボルスが器用にアームを動かし、その物体を回収した。
エアロックを経由して、船内に持ち込まれる。
それは、魔力を帯びたクリスタルの板だった。
表面には複雑な古代文字がびっしりと刻まれている。
「すごい……! これは古代の賢者が遺した『叡智の書』かもしれません!」
元研究員のセシリアが興奮してのぞき込む。
「テオ、解析できるか?」
「や、やってみます! ……『古代語翻訳』!」
テオが魔法をかけると、空中にホログラムのように文字が浮かび上がった。
固唾を飲んで見守る一同。
そこに記されていたのは――。
『――我が名は賢者エーロス。この石板を拾いし同胞よ、刮目せよ』
おどろおどろしい前置きと共に、一枚の「絵」が表示された。
それは。
きわどい水着のような服を着た、豊満なエルフの美女が、悩ましげなポーズをとっているグラビア画だった。
『これは私が生涯をかけて収集した、至高のコレクションの一部である。……次ページへ』
テオが呆然としながらページをめくる。
シッポどアップの獣耳お姉さん。
鎧を脱がされ、亀甲縛りにされた女騎士。
スライムにローブを溶かされる魔法使い。
「…………」
船内に、重苦しい沈黙が流れた。
ポチとタマが「?」という顔で首をかしげる中、男性陣の目の色が明らかに変わった。
「ほぅ……。こいつは素晴らしい」
ガンドが髭を撫でながら、食い入るように画面を見つめる。
「見ろよ、このビキニアーマーの鋳造技術……。肌への密着度が計算され尽くしている。鍛冶師として、実に興味深い構造だ」
「ほう? 俺はむしろ、この拘束具の結び方に芸術性を感じるな」
クロウが冷静なふりをして画面を拡大する。
「敵を無力化するためのロープワーク……。実戦的かつ、人体の美しさを引き立てる幾何学模様だ。……ふむ、保存しておくか」
「へっ、お前ら理屈っぽいんだよ!」
ボルスが身を乗り出す。
「大事なのは筋肉の躍動感だろ! 見ろ、この女騎士の腹筋のライン! そして汗ばんだ太もも! 古代の賢者ってのは、わかってやがるぜぇ……!」
男たちは「学術的興味」という建前を盾に、完全に欲望を丸出しにして盛り上がっていた。
「……おい」
「は、はいっ!」
晶の氷点下の声に、ページをめくらされていたテオが震え上がった。
「これは何だ」
「え、えーと……古代文明の……その……『大人の娯楽誌』かと……」
「つまり、エロ本か」
晶は無表情のまま、その石板を掴んだ。
「古代人も、宇宙まで来てやることがこれか。……男の性欲というのは、数千年経っても進化しないらしいな」
ウィーン。
晶はダストシュートを開き、迷わず石板を放り込んだ。
「ああっ!? もったいねぇ!」
「まだ半分も見てねぇぞ!」
「鍛冶師として資料の保存を要求する!」
男性陣の必死の悲鳴を無視して、晶はレバーを引いた。
「投棄。……宇宙の塵に還れ」
シュポッ。
貴重な(?)古代の遺産は、再び暗黒の宇宙空間へと射出され、星の彼方へ消えていった。
その光景を窓に張り付いて見送るボルス、クロウ、ガンド。
3人は、まるで「親に写真を見せようとして、うっかり『隠しフォルダ』までスワイプされてしまった男子中学生」のような、絶望と気まずさが入り混じった表情をしていた。
「さあ、掃除は終わりだ」
晶はパンパンと手を払い、前方を指差した。
デブリ帯を抜けた先。
漆黒の闇の中に、一点の曇りもなく輝く、白銀の円盤が浮かんでいた。
「道は開けたな。……目的地、月だ」
ここから先は、月へ向かう数日間のロング・ドライブ。
晶たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。




