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第86話:宇宙ラーメン

 ロケット建造計画『プロジェクト・バベル』の本部、実験室。


 そこでは今、人類史上初となる「食の実験」が行われようとしていた。


「これより、『無重力食事実験』を行う。……テオ、重力制御、開始だ」


 白衣に身を包んだ晶が、厳かに宣言した。


 目の前のテーブルには、湯気を立てる『王王亭特製・全部乗せ醤油ラーメン』が鎮座している。


「は、はい……! 行きますよ! 重力遮断(ゼロ・グラビティ)!」


 機関士のテオが杖を振るう。


 瞬間、部屋の一角だけ重力が消失した。


「わぁっ! 浮いたのだ! ラーメンが飛んでるのだ!」


 見守っていたポチが歓声を上げる。


 丼がふわりと浮き上がり――次の瞬間、悲劇が起きた。


 ボウッ!


 表面張力を失ったスープが、丼から溢れ出し、無数の茶色い球体となって空中に飛散したのだ。


 麺はまるで生きている蛇のようにのたうち回り、チャーシューと煮玉子が衛星のように軌道を描いて飛び回る。


「わーい! パクッとするのだ!」


 ポチが無邪気に飛びつき、スープの玉を口でキャッチしようとした。


 バシャッ!


「あつっ!? 鼻に入ったのだ! 熱いのだー!!」


 顔面で熱湯スープを受け止めたポチが、鼻を押さえて転げ回る。


 さらに、浮遊したスープの微粒子が精密機器に付着しそうになり、慌ててテオが魔法を解除した。


 バシャン!!


 床にぶちまけられるラーメンの残骸。


 見るも無残な光景に、晶は深い溜息をついた。


「……ダメだ。これでは優雅な食事どころか、船内が汚染されて窒息死するか、火傷で全滅だ」



 晶は黒板に課題を書き出した。


 1.保存性(常温で腐らず、軽量であること)

 2.安全性(スープが飛び散らないこと)

 3.味(王王亭のクオリティを維持すること)


「特に3番は譲れない。不味い飯で命がけのフライトなど御免だ」


 晶の瞳がギラリと光る。


 従来の干物や燻製では、麺の食感やスープの香りが変質してしまう。


 かといって、水分を含んだままでは重すぎるし、腐敗する。


「水分を消し去る。……ただし、熱を加えずに」


 晶は要塞の奥から、頑丈なミスリル製の密閉タンクを運び込ませた。


「採用するのは、現代科学の英知……『真空凍結乾燥(フリーズドライ)』だ」


 晶はタンクをセットし、さらに以前燃料精製で作った副産物――『液体窒素』を用意した。


「タマ、見てろ。……お前の嫌いな冷たい世界だ」


「ひぃッ!? 近づけるでない! 妾はカチコチになるのは御免じゃぞ!」


 タマがミスリルのチョーカーを握りしめて後ずさる。


「まず、出来たてのラーメンを液体窒素でマイナス196度に急速冷凍する。カチカチの氷にするんだ」


 晶は凍ったラーメンをタンクに入れ、蓋を閉じた。


「そしてテオ、タンクの中の空気を極限まで抜け。……真空状態を作るんだ」


「りょ、了解! 真空吸引バキューム・サクションッ!!」


 テオが風魔法を逆回転させ、タンク内を減圧していく。


 気圧計の針がゼロに近づく。


「いいか、水は気圧が下がると沸点が下がる。真空状態では、氷は水に戻らず、直接『水蒸気』になって蒸発する」


 晶が黒板に図解する。


 氷(固体) →【昇華】→ 水蒸気(気体)


「この『昇華』現象を利用すれば、食品の細胞組織を壊さず、味や香りを閉じ込めたまま、水分だけを完璧に抜き取ることができる!」


 ブォォォォン……!


 ポンプが唸りを上げ、タンクから水分が排出されていく。



 数時間後。


 タンクの圧力を戻し、晶が蓋を開けた。


「……完成だ」


 中から取り出されたのは、元のラーメンの形を保ったまま、カラカラに乾いた物体だった。


 色はあせ、重量は発泡スチロールのように軽い。


 指で突くと、カサカサと乾いた音がする。


「……アキラ、これゴミなのだ?」


 ポチが鼻をヒクつかせ、あからさまにガッカリした顔をする。


 匂いもしない。艶もない。


「なんじゃこのミイラは。……流石の妾も、石は食わんぞ。風情がないのう」


 タマもドン引きしてそっぽを向く。


 見た目は完全に「失敗作」か「古代の遺物」だ。


「フッ……無知な奴らめ」


 晶は不敵に笑い、特製の「吸い口付きパウチ容器」を取り出した。


 その中に、砕いたラーメンブロックを入れる。


「見ていろ。……ここからが『復活』だ」


 晶は魔法瓶から熱湯を注ぎ、パウチの口を閉じた。


 待つこと3分。


「……よし」


 晶がパウチの封を切った、その瞬間。


 ブワァァァッ!!


「!!??」


 ポチとタマが飛び上がった。


 パウチの口から、あの「王王亭」の厨房と同じ、芳醇な醤油と豚骨の香りが爆発的に広がったのだ。


 色あせていた具材は鮮やかに蘇り、麺は瑞々しい艶を取り戻している。


「いい匂いなのだ! 本物なのだ!?」


「ただお湯をかけただけじゃぞ!? なぜ、ひからびた死体みたいなのが蘇るのじゃ!?」


「まだだ。……食べてみろ」


 晶がパウチを渡す。


 ポチがおそるおそる吸い口をくわえ、ちゅるりと吸い込んだ。


「……んぐっ!」


 ポチの目が輝く。


「すごーい! お店の味なのだ! 麺もモチモチで、スープも熱々なのだ!」


「む!? このスープ……なんかトロトロしておるぞ?」


 タマも一口吸って驚く。


 スープが水っぽくない。濃厚な「あんかけ」のように粘り気があるのだ。


「気づいたか。……無重力対策その2、『粘度調整』だ」


 晶が解説する。


 港町で手に入れた巨大昆布『海魔の髪』から抽出したヌメリ成分と、片栗粉を絶妙な比率で配合し、スープに強力な「とろみ」をつけていたのだ。


「とろみをつけることで、無重力でもスープが飛び散らず、麺にガッチリと絡みつく。さらに冷めにくい。……宇宙食として完璧な形態だ」


「なるほど……! これなら妾の体も芯から温まる! 最高じゃ!」


「おかわりなのだ! もっと吸うのだー!」


 二人はパウチを奪い合い、チューチューとラーメンを啜り始めた。


 宇宙ラーメン、完成である。



 その翌日から、工場の一角は新たな修羅場と化していた。


「ひぃぃ……! 終わらない……終わりません社長ぉぉぉ!」


 悲鳴を上げているのは、雑務係のセシリアだ。


 彼女の前には、山のようなラーメン、カレー、唐揚げ、そしてマヨネーズせんべいが積まれている。


 それらをひたすら凍らせ、真空タンクに放り込む作業。


「私、元・王立魔導院のエリート研究員なのに……なんで工場のおばちゃんみたいなことしてるんですかぁ……」


「つべこべ言うな。お前の食い扶持だぞ。……ほら、次は『宇宙用プリン』の乾燥だ」


 晶は鬼監督として指示を飛ばしながら、窓の外を見上げた。


 ドックの中央。


 そこには、銀色に輝く巨塔――完成したロケット『バベル一号(バベル・ワン)』が聳え立っていた。


 ミスリルの外装。


 RP-1燃料。


 選抜された搭乗員と、生命維持装置。


 そして、大量の宇宙食。


「……これですべての準備は整った」


 晶は、夜空に浮かぶ満月を指差した。


 そこには、彼女の悲願、Fカップが待っている。


「明朝、出発する。……行くぞ、神の領域へ!」


 晶の決意と共に、最後の夜が更けていく。


 いよいよ、この世界における人類初の有人宇宙飛行が始まるのだ。


第4章・全141話まで完結保証、キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第6章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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