第85話:残留組の凶行
『王王亭』裏手のドック。
そこでは連日、地獄の「耐G訓練」と「無重力落下」による断末魔の悲鳴が響き渡っていた。
そのフェンスの外側。
安全地帯には、今回選抜に漏れた『黒薔薇騎士団』の一般団員たちが、パイプ椅子に座ってその光景を眺めていた。
「うわぁ。テオの旦那、白目剥いて痙攣してるぞ。……あんなの、死んでも乗りたくねぇな」
彼らは晶が開発したポップコーンを片手に、安堵のため息をついていた。
当初は「俺たちだって社長の親衛隊だ!」「月までお供したかった!」と不満を漏らしていた彼らだが、目の前で繰り広げられる「回転地獄」と「落下拷問」を見て、その感情は180度回転したのだ。
「俺たち、選ばれなくて正解だったかもしれねぇ……」
「ああ。月に行くってのは、人間を辞めるってことなんだな……」
彼らは深く頷き合い、心の中で合掌した。
だが、そんな彼らとは対照的に、フェンスにしがみついて血の涙を流している4人の男女がいた。
「チッ……。俺の屈強な肉体なら、あんな回転遊具ごとき、鼻歌交じりで耐えられたはずだがなぁ……」
マカバリ帝国の第一皇子、カイザルが、巨大な戦斧を地面に突き立てて悔しがる。
「全くだ! 未知の月面で、誰が姉御の背中を守るんだ!? 『月のウサギ』を狩って、一番最初に姉御に食わせるのは俺の役目だったはずだぞ!」
獣人国の第三王子、ヴォルフが、フェンスの金網を素手で引きちぎらんばかりの勢いで咆哮する。
「俺の筋肉なら、ロケットの外壁に張り付いてでも行けたはずだ……ッ!」
「……ノンノン。あんなGで顔が歪んでしまっては美しくないよ。僕は地上の花として、咲き誇る方を選んだのさ」
芸術大国ロゼの第一王子、ルシアンが、髪をかき上げながら負け惜しみを言う。
そして、その中心でハンカチを噛み締め、ギリギリと歯ぎしりをしている女性――受付嬢兼自称社長秘書、フローラだ。
「あぁ……! 羨ましい……! 妬ましいですわ……!」
フローラが絶叫する。
「なぜ……なぜ私はあの中にいないのですか! アキラ様と共に天へ昇り、星の海を渡る……それは全人類の夢! 乙女の憧れ! なのに、なぜ掃除係があのセシリアさんで、私ではないのですかーッ!!」
彼女にとって、あの回転マシンの苦しみさえも「神に近づくための試練」であり、極上のご褒美にしか見えていないらしい。
その狂信ぶりには、歴戦のカイザルさえも一歩引いている。
「お、おいフローラ。落ち着けよ。姐さんはお前に『重要な任務』があるって言ってたじゃねぇか」
カイザルの言葉に、フローラがピタリと泣き止んだ。
そう、晶はフローラにこう言い含めていたのだ。
『フローラ、君は地上に残れ。私がいない間、この工場の全権と、ロケット管制室の通信オペレーターを任せる』
それを聞いたフローラの脳内変換機能が、フル稼働する。
(アキラ様は……地上に残る迷える子羊たちを導く『代行者』の座を、私に託されたのだわ……! そして天界からの神託を受信し、世界に広める巫女……それが私!)
カッ!
フローラの瞳に、覚醒の炎が宿った。
「そうですわね……。嘆いている暇はありませんわ! 私には私の戦いがあります!」
フローラはバッと振り返り、呆けている団員たちと二人の王子にビシッと指を突きつけた。
「皆様! アキラ様が天へ旅立たれるその瞬間、この場所は世界で最も神聖な『聖地』となります! 私たちがやるべきは、完璧な『送り出し』と『留守の守護』です!」
「「「イエス・マム!!」」」
選ばれなかった者たちもまた、別のベクトルで熱狂し、暴走を始めていた。
◇
【帝国の覇道:カイザルの場合】
「おい貴様ら! 警備が甘いぞ! アリ一匹通すな!」
ドックの外周で怒号を飛ばしているのは、警備隊長に就任したカイザルだ。
彼は選抜に漏れた悔しさを、「鉄壁の防御」という形で昇華させていた。
工場の周囲には、帝国軍の精鋭部隊が展開し、有刺鉄線のバリケードと監視塔、さらには対空魔導砲までもが設置されている。
物々しい雰囲気は、ロケット発射場というより「最前線の軍事要塞」そのものだ。
「へっ。姐さんが宇宙へ旅立つんだ。その背中を刺そうとする不届き者がいないとも限らねぇ」
カイザルはギラついた目で周囲を睨む。
訓練施設という名の遊園地を楽しみに来た一般客に対し、屈強な兵士たちが過剰なボディチェックを行っている。
「ひぃぃ! あ、遊びに来ただけなんですぅ!」
「怪しいな……。ポケットの中身を出せ! そのキャンディは爆発物じゃないだろうな!?」
カイザルの過剰防衛により、テーマパークの入り口は検問所と化していたが、本人は「完璧な交通整理だ」と満足げだった。
◇
【爆発した芸術:ルシアンの場合】
「ノンノン! 照明の角度が甘いよ! アキラ君が出てくる瞬間、後光が差すように計算したまえ!」
一方、発射台の近くで優雅に指示を出しているのは、演出担当のルシアンだ。
彼はフローラと結託し、打ち上げを「世紀のエンターテインメント」に仕立て上げようとしていた。
彼が指揮するのは、ロゼ国専属の宮廷楽団と、舞台演出家たち。
無骨な鉄骨の発射台の周りには、無駄に豪華な薔薇のアーチやレッドカーペットが敷かれ、花吹雪を射出するキャノン砲が設置されている。
「ロケットの炎は、情熱の赤……。ならば背景は群青の夜空でなければならない。打ち上げ時刻は、月が最も美しく輝く瞬間に合わせるべきだね」
ルシアンはキャンバスに向かい、さらさらとイメージ画を描く。
そこには、星空へ飛び立つロケットと、それを見送る、3段階くらい美化された自分たちの姿が描かれていた。
「アキラ君は科学で星を目指す。ならば僕は、芸術でその伝説を彩ろう。……彼女が宇宙で寂しくないよう、地上から最高の『愛の歌』を届けるのさ」
ルシアンは陶酔し、バラを一輪、発射台の燃料パイプの上に投げた。
それは後に、整備班のガンドに見つかり、「異物混入させる気かバカヤロウ!」と激怒されることになるのだが、それはまた別の話……。
◇
【野生の宴:ヴォルフの場合】
「おい! 肉が足りねぇぞ! 観客全員に食わせるつもりで焼けぇッ!」
広場の一角から、香ばしい煙と熱気を立ち上らせているのは、ヴォルフだ。
彼は選抜漏れの悲しみを、「食欲」と「マッスル」にぶつけていた。
彼が率いるのは、獣人国の精鋭狩猟部隊。
近隣の森からハイ・オークや巨大猪を狩り尽くし、その場で解体して巨大なBBQ大会を開催しているのだ。
「打ち上げにはパワーが必要だ! 見送る俺たちが腹を空かせてどうする! 食え! そして叫べ! その熱気でロケットを押し上げるんだよぉッ!」
ヴォルフは骨付き肉を片手に、応援団長のように振る舞っている。
無料で振る舞われる肉に釣られ、観客のテンションは爆上がり。そのせいでカイザルの警備の負担が倍増していたが、本人は気にしていない。
食欲と熱狂。それがヴォルフ流の「送り出し」だった。
◇
【暫定聖女:フローラの場合】
そして、工場の屋上では、フローラが陣頭指揮を執っていた。
「テオ様の発明した『魔導モニター』の設置、急いで! アキラ様の勇姿を、アステル中の民に見せるのです!」
彼女が企画したのは、ロケット打ち上げの「パブリック・ビューイング」だ。
さらに、広場の一角には特設の物販ブースが設けられていた。
「さあ、買ってください! これを振って祈れば、アキラ様に想いが届きます!」
並んでいるのは、団員たちを動員して内職で作らせた公式グッズの数々。
• 『アキラ様応援サイリウム(蓄光石製)』
• 『聖なるタオル(黒薔薇刺繍入り)』
• 『魔王城饅頭(ロケット型)』
「振るのです! 心を一つにして! アキラ様ァァァッ!!」
フローラのリハーサルに合わせて、数百人の団員と客たちがサイリウムを振る。
その光景は、宗教儀式のようでもあり、アイドルコンサートのようでもあった。
◇
数時間後。
地獄の訓練を終え、フラフラになりながら出てきた晶たちは、その光景を見て立ち尽くした。
厳重なバリケードの中で、オーケストラが優雅にリハ演奏し、傍ではBBQで肉を喰らいながら、別の場所では数千の観衆が光る棒を振って祈りを捧げる練習をしている。
まるで「軍事パレード」と「オペラ」と「宗教儀式」、そして「野外フェス」が悪魔合体したようなカオス空間。
「…………なんだ、あれは」
晶がポツリと呟く。
「私は……見世物小屋の猿か?それに、なんだあの肉の焼ける匂いは??」
疲労困憊の晶には、ツッコむ気力も残っていなかった。
「わーい! お祭りなのだ! 楽しそうなのだー!」
ポチだけが、状況もわからずサイリウムを振って喜んでいる。
方向性は違えど、地上に残る者たちの「準備(?)」もまた、着々と進行していたのである。




