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第84話:誕生、アステルランド!

 ロケット建造計画『プロジェクト・バベル』の本部である『王王亭(ワンワンてい)』の裏手ドック。


 そこに、晶によって選抜された10名の精鋭たちが集められた。


「よく来た。……これより、月面着陸作戦のメンバーを発表する」


 晶がホワイトボードの布をバサリと取り払うと、そこには10名の名前と役割が記されていた。


【ロケット搭乗員リスト】


1. 結城 晶 (船長)

2. ポチ (マスコット1/癒し枠)

3. タマ (マスコット2/非常用熱源)

4. リナ (護衛長/近接戦闘)

5. ボルス (主操縦士/船外活動)

6. クロウ (航法・砲手/精密作業)

7. テオ (機関士/動力制御)

8. ガンド (技師長/船体整備)

9. エルウィン (環境管理/酸素・食料)

10. セシリア (衛生・雑務/清掃)


「えええっ!? わ、私もですか!?」


 リストの最後を見て、元王立魔導院の研究員セシリアが素っ頓狂な声を上げた。


「月まで行って……掃除係!? トイレ掃除なら地上で十分ですぅ!」


「甘えるなセシリア。無重力空間でのトイレ掃除は、汚物が空中に飛散する危険と隣り合わせの特殊技能だ。お前の『汚れを見逃さない目』が必要なんだ」


「そ、そんなぁ……」


 晶の無茶苦茶な理屈にセシリアが泣き崩れる横で、ドワーフの王子ガンドは拳を震わせていた。


「燃えるぜ……! 俺の整備した船で星を渡る! 鍛冶師冥利に尽きるってもんだ!」


「酸素と食料の管理か。……森の民としての腕の見せ所だな」


 エルフのエルウィンも静かに闘志を燃やしている。


 だが、晶は冷ややかな目で水を差した。


「やる気があるのは結構だが、問題がある。……お前たちの体だ」


 晶は黒板を叩いた。


「ロケットはマッハ20で大気圏を突破する。その際、全員に体重の数倍から10倍近い『G』、重力加速度がかかる」


 晶のアイスブルーの瞳が、文系・技術系メンバーのセシリア、ガンド、エルウィンを射抜く。


「ボルスやクロウのような戦闘狂なら耐えられるだろうが……お前たちのような『もやしっ子』が生身で乗ればどうなるか。……血液が下半身に溜まって脳貧血を起こし、最悪の場合、内臓が破裂して死ぬ」


「し、死ぬ!?」


「内臓破裂……!?」


 セシリアたちの顔色がサァーッと青ざめる。


「よって、これより『特訓』を行う。これに耐えられなければ、月へは連れて行けんからな」


 晶が指差した先には、ドックの広場に建設された、巨大で不気味な鉄骨の装置が聳え立っていた。



訓練装置1:『遠心力負荷装置』


 それは、巨大なアームの先にミスリル製のゴンドラを取り付けた、巨大な回転ブランコのような装置だった。


 動力には、ポチの魔力をチャージした高出力モーターが使われている。


「乗れ。……回すぞ」


 晶の無慈悲な号令で、全員がゴンドラに押し込められた。


「ちょ、ちょっと待ってください社長! 僕は動力担当オペレーターですよ!? 外で操作しないと……」


 テオが必死に抗議するが、晶は冷徹に言い放った。


「甘えるな。整備士メカニックこそ、パイロットの苦痛を知っておくべきだ。……行け」


 ドンッ!


 晶はテオの背中を蹴り飛ばし、ゴンドラの中に放り込んで扉をロックした。


 そして、悠々と操作盤の前に立つ。


「スイッチ・オン!」


 ギュンンンンンンンッ!!!!!


 初速から全開。


 ゴンドラは唸りを上げて旋回し、遠心力で真横になるほどのスピードで回転し始めた。


「ギャァァァァァァッ!?」


「め、目が、目が回るぅぅぅッ!!」


 ゴンドラの中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 強烈なGが体をシートに押し付け、視界が歪む。


「ぐぅぅ……! き、キツイ……!」


 ガンドが歯を食いしばる。


 エルウィンは白目を剥き、セシリアは既に意識を手放して泡を吹いている。


 だが、その中で平然としている者たちがいた。


「ウオォォォッ! 筋肉が喜んでるぜぇぇ!」


 ボルスだ。元重戦士の強靭な肉体は、この程度のGをマッサージ程度にしか感じていないらしい。


 そして――。


「キャハハハハ! もっと回すのだ! 早くなのだー!」


「ぬるいのじゃ! ドラゴンの急降下はこんなものではないぞ!」


 ポチとタマだ。


 神獣と元・竜種。規格外の身体能力を持つ幼女コンビは、まるで遊園地のアトラクションを楽しむようにキャッキャとはしゃいでいる。


「……現在5G。甘いな。最大出力、9Gまで上げるぞ」


 晶が無慈悲にダイヤルを回す。


 ズギュュュュュンッ!!!!


 数分後。


 回転が止まったゴンドラから排出されたのは、フラフラと千鳥足で歩き、次々と地面に突っ伏してリバースする屍の山だった。


「おぇぇぇ……。も、もう無理ですぅ……」


「世界が……回っている……」


 生き残ったのは、ボルス、クロウ、リナ、そしてポチとタマだけ。


 技術班と雑務班は全滅だ。


「情けない。これでは大気圏でミンチだぞ」


「アネキ……これ、ただの拷問だろ……」


 リナが引きつった顔でツッコミを入れる。



「鍛える時間は……ないな。『装備』で解決しよう。」


 晶は屍累々のメンバーを見下ろし、新たな発明品を取り出した。


 それは、光沢のある黒い素材で作られた、全身を覆うピチピチのスーツだった。


「『流体封入式(スライム)耐Gスーツ(ゲル・スーツ)』だ」


 以前スライム討伐で得たスライム核から抽出した『衝撃吸収ゲル』を、伸縮性のあるラバー生地の層間に封入した特殊スーツ。


 Gがかかるとゲルが硬化し、下半身を物理的に締め上げることで、血液の降下(ブラックアウト)を防ぐ仕組みだ。


「着てみろ」


 命令され、セシリアたちが渋々袖を通す。


 その姿は――。


「な、なんですかこの恥ずかしい格好はぁぁぁ!?」


 セシリアが顔を真っ赤にして叫んだ。


 テカテカと黒光りするラバー素材。体のラインがくっきりと出るピチピチのシルエット。


 どう見ても「悪の組織の女戦闘員」か、あるいは「ボンテージファッション」だ。


「エルフの尊厳が……」


 エルウィンが股間を隠してうずくまる。


「フッ……。意外と動きやすいな」


 ボルスやクロウたち『黒薔薇騎士団』の面々は、制服と似て黒ずくめなせいか、満更でもなさそうにポーズを決めている。


「恥ずかしがるな。命を守るための科学だ」


 晶自身も同じスーツの上に白衣をまとい、次の実験へと向かった。



訓練装置2:『無重力落下塔』


 高さ50メートルの鉄塔から、カゴを一気に自由落下させ、数秒間の「無重力」を作り出す装置。


 いわゆるフリーフォールだ。


「次はこれだ。無重力空間での作業訓練を行う」


 黒いラバースーツ集団が、カゴに乗り込む。


 異様な光景だ。


「い、行きますよ……! 3、2、1……ドロップ!!」


 オペレーターのテオがリモコンのスイッチを押した。


 ヒュオォォォォォッ!!!!!


 カゴが支えを失い、猛スピードで落下する。


 内臓が浮き上がるような浮遊感。


「ひぃぃぃぃぃッ!?」


「浮いたのだー! 飛んでるのだー!」


 カゴの中で、体がふわりと浮き上がる。


 晶は手元のスパナを離した。スパナもまた、目の前で静止して浮遊している。


「これが無重力だ。……セシリア、そのスパナを取れ」


「は、はいっ! ……えいっ!」


 セシリアが手を伸ばす。


 しかし、無重力下では力の加減が効かない。勢い余って体が回転し――。


 ガンッ!!


「あだっ!?」


 掴みそこねたスパナが回転し、セシリアの額を直撃した。


「……ドジっ子属性は無重力でも健在か」


 ……ズドォォォォン!!


 カゴが減速装置、エアブレーキによって着地する。


 セシリアは目を回し、額にたんこぶを作って伸びていた。


「……セシリア。お前は船内ではヘルメット常時着用な」


「うぅ……はいぃ……」



 そんな地獄の訓練が数日続いたある日。


 工場の外に、人だかりができていた。


「おい見ろよ! なんだあのでかいのは!」


「人が乗って回ってるぞ! 叫び声が聞こえる!」


「楽しそうだな……。俺もやってみてぇ!」


 アステルの住民や、駐留していた兵士たちが、怖いもの見たさで集まってきていたのだ。


 それを見た晶の目が、商売人の色に変わった。


「……金になるな」


 ロケット開発には莫大な資金がかかる。


 訓練に使わない時間帯、この施設を遊ばせておくのは勿体ない。


「よし。一般開放だ。……入場料は銀貨一枚!」


 即座に看板が掲げられた。


 『絶叫テーマパーク・アステルランド ~死ぬ気で叫べ~』。


 看板の下には、小さい文字で注意書きもちゃんと添えられていた。


※想定外のアクシデントや、不慮の事故が起きる可能性もあります。ご家族に了承の上、遺書を書いた上で入場してください。


「遺書って…」


 その注意書きを見たリナが、冗談なのか本気なのかわからないような表情でツッコミを入れていた……



「キャァァァァァ!!」


「死ぬぅぅぅ! でも面白ぇぇぇ!」


 その日から、アステル郊外には絶叫と歓喜の声が響き渡ることになった。


 スリルを求める命知らずたちが列をなし、ロケットの開発資金がチャリンチャリンと晶の懐に入ってくる。


 その様子を遠くから見ていたフローラが、またしても胸の前で手を組んで涙ぐんでいた。


「あぁ……。あれは肉体の限界を超え、魂を昇華させるための『試練の塔』……。民衆は自ら地獄の苦しみを味わうことで、天界への許しを請うているのですわ……!」


 彼女の脳内聖書には、「聖地巡礼」の項目が書き加えられた。


 こうして、メンバー選抜、耐G訓練、そして装備であるスーツの開発は完了した。


 資金も潤沢だ。


「準備は整った。……いよいよだ」


 晶は夕日に染まる訓練施設を見上げ、拳を握りしめた。


 課題はまだまだ残っている。


 ロケット本体の組み立て。


 そして、月への旅路を支えるもうひとつの鍵――「宇宙食ラーメン」の開発だ。


「無重力でスープを啜る。……その難題を解決せねばな」


 ロケット乗組員組が、このような状況に置かれている中で、残留組もまた、それなりの準備と覚悟をしていた。 


【作者の言い訳】

 作中のフリーフォールでの会話ですが、実際に彼女らのやり取りを可能にする(約9秒を確保する)ための高さは、実は400メートル以上必要だったりします。

 ですが、高さ400メートルのフリーフォールなど、物理的にあり得ない(ブレーキの際に全身が砕ける)ので、「落下中は時間の流れが遅くなる」という、漫画やアニメのお約束を採用しています。

 たとえるなら、伝説のサッカー漫画『キャプテン◯』でボールが空にある間に長話をする現象、アレのようなものですね。

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