第82話:ミスリル300トン狩ってみた
ロケット建造計画『バベル』が始動して数日。
プロジェクトはいきなり暗礁に乗り上げていた。
「師匠、無理です。物理的に不可能です」
ドワーフの王子ガンドが、設計図を握りしめて涙目になっている。
「大気圏突入時の摩擦熱と衝撃……。通常の鋼鉄では、紙のように引き裂かれて燃え尽きます。耐えられる金属は、この世に一つしかありません」
「……『ミスリル』か」
「はい。ですが、ロケット全体を覆うには、ミスリルのインゴットが少なくとも100トンは必要です! そんな量、世界中の鉱山を掘り返しても集まりませんよ!」
ミスリル。魔法銀とも呼ばれる伝説の金属。
ナイフ一本分の量で家が建つと言われる希少素材を、100トン。
常識的に考えれば、ここで計画は頓挫だ。
「……ないなら、獲りに行けばいい」
だが、結城 晶の辞書に「諦める」という文字はない。あるのは「こじつける」と「勝ち取る」だけだ。
「獲るって……どこにそんな鉱脈があるんですか?」
「鉱脈じゃない。……『群れ』を探すんだ」
晶は、以前作り上げた奇妙な装置を取り出した。
掃除機のノズルに、パラボラアンテナと魔石を強引にくっつけたような物体。
名付けて『ミスリル共鳴レーダー』。
「ミスリルは特有の魔力波長を出す。こいつでその信号を増幅し、発生源を突き止める」
「ポチ、アンテナを持て。回すぞ」
「わかったのだ! ぐるぐるなのだ!」
ポチがアンテナを持って回り始める。
ピッ……ピッ……。
最初は静かだった。だが、アンテナが北東の方角――アステル領とドワーフ国の国境付近を向いた、その瞬間。
ギュイイイイイイイイイッ!!!!
鼓膜をつんざくような警告音が鳴り響いた。
メーターの針が振り切れ、魔石が赤く発光する。
「なっ!? 反応がカンストしただと!?」
「こ、これは……単一の鉱脈じゃない! まるで、数百の反応が密集して動いているような……!?」
晶のアイスブルーの瞳が、ギラリと光った。
「ビンゴだ。……行くぞ、ガンド。『資源回収』の時間だ」
◇
アステル北東部、『磁界の谷』。
常に強力な地磁気が渦巻き、方位磁石が狂うため、旅人が決して近づかない魔の渓谷。
その崖の上に到着した晶たちが目撃したのは、この世の終わりかのような光景だった。
「ひぃぃッ!?」
ガンドが腰を抜かす。
谷底を埋め尽くしていたのは、銀色の濁流だった。
いや、違う。
一つ一つが、全高3メートルを超える銀色の巨人――『ミスリル・ゴーレム』だ。
ズシン、ズシン、ズシン……!
地響きと共に行進するその数は、優に300体を超えている。
数十年に一度あるかないかと言われる、ゴーレムの集団移動に、運良く、ご都合主義的に遭遇したのだ。
「お、終わりだ……! あんなのが街に来たら、アステルなんて一晩で更地になるぞ!」
「落ち着けガンド。よく見ろ」
晶は双眼鏡を構え、舌なめずりをした。
「あれは魔物の群れじゃない。……向こうから歩いてきた、『ロケットの外壁材』だ」
晶の目には、恐怖の対象ではなく、歩く資材にしか見えていない。
「そ、そうですけど! どうやって倒すんですか!? ミスリルは魔法を弾くし、物理攻撃も通じませんよ!」
「まともにやり合うわけがないだろう。……ここは『磁界の谷』だぞ?」
晶はニヤリと笑い、移動要塞『黒き箱船』の後部ハッチを開放した。
そこから現れたのは、巨大なコイルを巻いた『超電導電磁石クレーン』だ。
「奴らの体は金属だ。そしてこの谷は、磁力が不安定。……そこに、強力な磁場をぶち込めばどうなる?」
晶が操縦席に座り、マイクを握った。
「テオ! 雷魔法で電力供給! タマ、エンジン出力最大! ……スイッチ・オンッ!!」
ブォンッ!!
クレーンから目に見えない強力な磁場が照射される。
その瞬間、谷底のゴーレムたちが動きを止めた。
「ガ……ガガ……?」
ガキンッ! ズガンッ!
強烈な磁力に引かれ、ゴーレム同士が吸い寄せられ、くっつき始めたのだ。
手足が絡まり、胴体が密着し、あっという間に巨大な「銀色の団子」が出来上がる。
「グルァァァァッ!?」
身動きが取れず、もがくゴーレムたち。
「今だ! 一網打尽にするぞ!」
晶は要塞のアームを操作し、団子状態のゴーレムたちを宙吊りにした。
そして、冷却係のテオに合図を送る。
「液体窒素弾、発射!」
ヒュン、パリーン!
極低温の液体が浴びせられ、ミスリルの関節部分がカチカチに凍結する。
そこに、ボルスが巨大ハンマーを叩きつける。
ガシャァァァァン!!
金属疲労と熱衝撃により、ゴーレムたちはバラバラに砕け散った。
残ったのは、純度の高いミスリルのパーツの山だけだ。
「……回収完了」
ものの数十分。
災害級のスタンピードは、ただのスクラップの山へと変わっていた。
「す、すげぇ……」
「300体のゴーレムを、一瞬で……」
ガンドと黒薔薇騎士団が、呆然と立ち尽くす。
晶は満足げに、輝くミスリルの山を見上げた。
「これでロケットの外装は確保できたな。おまけにエンジンパーツの分まである」
「アキラ! これキラキラしてて綺麗なのだ! ボクの首輪にしたいのだ!」
ポチがミスリルの欠片を拾って無邪気に笑う。
「ああ、いいぞ。余った分で、ポチの首輪と……タマ、お前には『特製チョーカー』を作ってやる」
「チョーカー? なぜ妾が首輪など……ペット扱いする気か貴様!」
「バカ言え。これから行く宇宙は、マイナス270度の極寒地獄だぞ? 変温動物のお前なんか、一瞬で凍って砕け散る」
晶は拾い上げたミスリルの塊を手に取ると、アイスブルーの瞳を細めた。
「ミスリルは『魔法金属』だ。魔力伝導率が異常に高いということは、逆に言えば『魔力干渉による分子配列の書き換え』が容易だということだ」
晶が指先に魔力を集中させる。
「……構成式展開。金属格子・超塑性」
ブォン……。
晶の手の中で、カチカチのミスリルの塊が、まるで「銀色の粘土」のようにふにゃりと柔らかくなった。
『超塑性』。金属がある条件下で飴のように伸びる現象を、魔法で常温かつ強制的に引き起こしたのだ。
「な、なんだ!? ミスリルが……泥のように!?」
「見てろ。……ここには『頸動脈』という太い血管が通っている。ここを温めるのが、全身の体温を維持するのに最も効率的なんだ」
晶は柔らかくなったミスリルを、タマの首元へ直接巻き付け、手際よく形を整えた。
そして内部に、以前王様にやった『白金触媒』の微粒子を練り込む。
「……硬化」
カチンッ!
晶が魔力を切ると、ミスリルは一瞬で元の超硬度を取り戻し、タマの首にピッタリとフィットする形状で固定された。
「……こ、これは……」
タマが首元に触れる。
ミスリルの高い熱伝導率と、内部の白金触媒反応によって、じんわりとした温もりが広がり始めていた。
「どんな極寒でも血液を温め続ける、『対宇宙用・生命維持チョーカー』だ。……これさえあれば、宇宙でもコタツに入っているのと同じだぞ」
「!!」
タマの目がカッと見開かれた。
ファッションやプライドどころではない。それは、彼女が最も恐れる「寒さ」から永遠に守ってくれる、約束された太陽だ。
「これは素晴らしいのじゃ!!」
数分後。
銀色に輝くミスリルの首輪をつけたポチと、同じく銀色で少しメカニカルなチョーカーをつけたタマが二人そろって並んだ。
「わーい! お揃いなのだ! タマもお揃いなのだー!」
「ふふん、妾のは医療器具じゃからな! 一緒にするでない! ……あぁ、でも温かいのじゃ……極楽じゃ……」
タマは首元の温もりにウットリとして、抗議する気力も溶けてしまったようだ。
はたから見れば、完全に「お揃いのチョーカーをつけた姉妹」にしか見えないが、晶は満足げに頷いた。
「よし、生命維持装置も確保した。……帰るぞ。次は『燃料』だ」




