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第80話:晶はあきらめない!

 大陸中から客が押し寄せる伝説のラーメン店『王王亭(ワンワンてい)』。


 その裏手にある社長室兼更衣室で、店主にしてアステル名誉公爵、結城 晶(ゆうき あきら)は、鏡の前で死んだ魚のような目をしていた。


「……なぜだ」


 店の外からは、数千人の行列が作る熱気と、「ラーメン! ラーメン!」という歓声が聞こえてくる。


 厨房では、各国の王子たちが汗水垂らして湯切りをし、極上のスープの香りが漂っている。


 ビジネスは順調だ。金も名誉も、美味い飯も手に入れた。こちらの世界に来た当初のことを考えれば、晶を囲む世界は大きく変わったと言えよう。


 だが、鏡に映る現実は、残酷なまでに変わっていなかった。


 晶は、胸に巻いていた「さらし」を解き放った。


 さらり、と布が落ちる。


 そこに現れたのは――広大無辺な、完全なる「無」だった。


「……誤差、プラスマイナスゼロミリ。成長率、皆無」


 晶は震えながら、床の上に転がる空き瓶を蹴飛ばした。


 蹴飛ばした先の瓶のラベルを見ると『サキュバスの秘薬』の文字が。


 そう。


 昨夜あのあと「月へ行く」と高らかに宣言したものの、往生際の悪い晶は、最後の悪あがきとして、最高級の『サキュバスの秘薬(豊胸薬)』(金貨100枚)を試していたのだ。


 結果は、惨敗である。


 極めつけは、ギルドカードの容赦ない更新だ。


【称号】 不変の絶対平野アブソリュート・フラット・フィールド


 まるで、ギルドカードが晶の努力を嘲笑い全否定するかのようなタイミングで書き換わった称号。


「なんで『永遠』から『絶対』にランクアップしてるんだ、バカ野郎!!」


 晶が絶叫し、机をバンと叩いた。


 その衝撃で、部屋の隅でマヨネーズせんべいを齧っていたポチとタマが飛び上がった。


「わっ!? アキラ、どうしたのだ? また『ないもの探し』してるのだ?」


「無駄じゃぞ、主よ。質量保存の法則じゃろ? 無から肉は生まれんのじゃ」


 二人の無邪気すぎる正論が、晶の心臓を抉る。


 特に元・火炎竜のタマだ。


 人間の幼女形態をとっているくせに、晶よりも発育が良いのが腹立たしい。


(幼女なら幼女らしい格好(むね)でいろよ!)


「あぁ……お前はいいよなぁタマ! そんなちんちくりんな見た目のクセに、Dカップとか……」


 タマの言葉、そしてその胸部の膨らみに闇落ちした晶が、背後に死神のようなドス黒いオーラを浮かべながら、ゆら〜りとタマに近づく。


 そして……ガシッ。


「私の神経を逆撫でして、逆鱗に触れまくっているのは、その口か、あ? その口かぁ!」


「ふぎゅっ!?」


 晶はタマの柔らかい頬を両手で鷲掴みにし、容赦なく左右に引っ張った。


「いたい、いたいのじゃ! む、無礼者ぉ……! 妾がいったいなにをしたというんじゃ!?」


 無自覚幼女タマは、晶に頬を吊り上げられ、宙ぶらりんになりながらも尚、「悪意なきマウント」を取り続ける。


「だいたい、こんな『脂肪の塊』がなんじゃと言うのじゃ! 飛ぶ時に空気抵抗になって邪魔なだけじゃろ! 切り落とした方が軽量化できて合理的……」


「その『無駄』が欲しいんだよ私はッ!!」


 晶は悲鳴を上げ、タマをソファに放り投げた。


 合理性を愛するはずの理系作家が、この一点においてのみ「非合理な脂肪」を渇望する。その矛盾こそが、彼女の抱える深い闇だった。


「よしよしなのだ。アキラ、おせんべいあげるから落ち着くのだ」


 ポチがおっかなびっくり差し出したマヨネーズせんべいを、晶は手で制し、血走った目で虚空を睨みつけた。


「……科学的にありえないんだ! 私はハイ・オークの背脂(カロリー)をラーメンで大量摂取し、豆乳(イソフラボン)も毎日飽きるほど飲み、血行促進のマッサージもした! なのに!なぜ!?1ミリも隆起しない!?」


 ポチとタマは、顔を見合わせてポカーンとしている。


 晶が何を言っているのか、1ミクロンも理解できていない顔だ。


「……ほんの少しの成長も見逃さないために、わざわざ『0.5ミリ単位のメジャー』まで自作したんだぞ! それなのに……誤差の範囲すら超えないなんて……」


 晶は頭を抱え、ブツブツと呟き始めた。


 これで踏ん切りがついた。


 地上のあらゆる手段を講じて、なお結果が出ないということは――原因は『地上そのもの』にある。


 晶はバッと顔を上げ、壁に貼ってあった「月の古文書」の写しを睨みつけた。


「やはり、昨夜の決断は正しかった。……重力だ! 重力が私の胸を下に引っ張り、隆起しようとする細胞の活動を阻害しているんだ!」


 ガリレオも裸足で逃げ出すような論理の飛躍。


 だが、コンプレックスをこじらせた理系女子にとって、それは揺るぎない真理であった。


「行くぞ。……もはや、一刻の猶予もない」


 晶は白衣を翻し、立ち上がった。


 そして、重大発表するべく、王子たちのいるVIPルームへと急ぐ。


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