第7話:敵襲? いいえ、大掃除です
「ヒャッハァァァーッ! この先の店だなぁ!?」
平穏な午後の路地裏に、下品な怒号が響き渡った。
ドカドカと足音を鳴らして現れたのは、数十人の男たち。
鉄の鎧に身を包み、赤錆びた斧や棍棒を構えたその姿は、一目でカタギではないと知れる。
街を荒らす武装盗賊団『黒き牙』
彼らの狙いは、最近羽振りがいいと噂の『よろずや 結城』の売上金だった。
「おいコラァ! 店主出てこい! 金目のモン全部置いてけぇ!」
盗賊の頭目が、店のドアを蹴破り、土足で踏み込んだ。
乾燥した土埃と、男たちのむさ苦しい汗の臭いが、涼しい店内に充満する。
「うわっ!? 何奴だ!」
リナが反射的に剣に手をかけ、ポチが「わふっ!?」と毛を逆立てる。
「ヒヒッ、嬢ちゃんたちもセットでいただくぜぇ!」
頭目が下卑た笑い声を上げ、床にツバを吐き捨てた、その瞬間だった。
「……汚い」
氷点下の声が響いた。
カウンターの奥から、結城 晶が姿を現す。
その身には、いつもの白衣。だが、その背中には異様な装備を背負っていた。
鈍く銀色に輝く、巨大な金属製のタンク。
そして右手には、銃のような形状のノズル。
足元は、なぜかスパイク付きの重厚なブーツだ。
「あぁ? なんだその妙な筒は。水鉄砲でも撃つつもりかぁ?」
頭目が嘲笑う。
「どけリナ。……まとめて『洗浄』する」
晶は盗賊ではなく、彼らの足元の「泥汚れ」と「唾」を睨みつけていた。
潔癖な晶にとって、それは許しがたい「汚染」だった。
「洗浄だと? 寝言ほざいてんじゃ……」
「外に出ろ。店が汚れる」
晶は無造作に左手の瓶を放り投げた。
パァン!
瓶が頭目の足元で割れ、中から透明な液体が飛散する。
それは、海藻成分(アルギン酸)と、スライムの核から抽出した高分子成分を配合した、晶特製の『超潤滑ローション』だった。
「なっ、なんだこのヌルヌルした水は!」
頭目が一歩踏み出した、その時。
ツルッ。
「あ?」
物理法則が仕事を放棄した。
男の足が、氷の上よりも遥かに滑らかに、前方へとスライドしたのだ。
「うおっ!? 滑る、すべ……あべしっ!」
ズドン!
頭目が盛大に後頭部を打ち付ける。
その衝撃で体が滑り、店の外へと射出される。
「お、親分!? 何やって……うわぁぁっ!?」
助け起こそうとした手下たちも、次々と足を取られる。
一度転べば最後。このローションは「対象に強固に付着する(コーティング)」性質を持つ。
鎧や服に染み込んだが最後、彼ら自身が「人間石鹸」と化し、たとえ乾いた地面の上だろうと摩擦ゼロで滑り続ける存在に変えられてしまうのだ。
「な、なんだこれぇぇ! 立てねぇ! ヌルヌルして手もつけねぇ!」
「おい、こっち来るな! 俺に触ると俺まで滑るだろ!」
路地裏は一瞬にして、数十人の大男たちが折り重なって悶絶する地獄絵図と化した。
晶は冷ややかな目でそれを見下ろし、背中のタンクを揺すった。
このタンクは、伝説の希少金属『ミスリル銀』を鍛造して作られた特注品だ。
さらに内部には『空間拡張』の術式が組み込まれており、見た目は小ぶりだが、実際にはプール一杯分の水量が極限まで圧縮されて詰まっている。
本来なら国宝級の魔道具を、晶は「水汲みが面倒だから」という理由だけで、ただの掃除用具として使い潰していた。
「ひとまとめになったな。……水圧で流すか」
晶はタンクの加圧レバーを操作する。
ギュルルル……!
タンク内で、膨大な質量の水がミスリルの内壁を軋ませるほど圧縮される。
「……高圧洗浄、出力最大」
晶がトリガーを引いた。
プシュァァァァァァッ!!
鼓膜を裂くような噴射音。
細く絞られたノズルから、岩をも穿つような「水の刃」が放たれた。
狙いは、地面でもがいて「人間団子」になっている盗賊たちの背中だ。
「ひでぶっ!?」
水流が直撃した瞬間。
全身コーティングされた彼らの体は、信じられない挙動を見せた。
まるでカーリングのストーンのように。
数十人が一塊となった「肉の塊」が、ものすごい速度で路地の奥へと「射出」されたのだ。
「あーーれーーーっ!?」
「親分んんんんん!」
シュパァァァン!
人間が、地面を滑って物理的に吹っ飛んでいく。
彼らが通った後には、ナメクジの跡のような光沢のあるラインが一直線に伸びていく。
「す、すげぇ……。地面が乾いてる場所でも止まらねぇぞ……」
リナが口をあんぐりと開けて見送る。
店の中から見ていたフローラが、震える声で解説を加えた。
「恐ろしい……。彼らの存在そのものから『摩擦』という概念を剥奪したのですわ……。これは神による物理干渉、『絶対滑走の呪い』……! アキラ様に逆らう者は、二度と大地を踏みしめることすら許されないのですね……!」
「わぁい! 人間すべり台なのだ! ボクもやるのだ!」
面白がったポチが、滑っていく盗賊団、その頭目の背中に飛び乗った。
「おっと、滑るのだ!」
ツルッ!
着地した瞬間、ポチの足もローションに取られそうになる。
だが、そこは獣人。
ガシッ!
「あだだだだだッ!?」
ポチは転げ落ちないよう、頭目の髪をガシッと鷲掴みにする。
頭目が悲鳴を上げるが、ポチはお構いなしだ。
「しっかり捕まったのだ! ヒャッホー! 風になるのだー!」
「ぎゃぁぁぁ! イダダダダ!止めてくれぇぇぇ!」
「そこの角、右なのだ!」
ポチが頭目の髪の毛をグイッと引っ張り、体重移動する。
「あべしっ!?」
物理法則を無視したドリフト走行。
全身ヌルヌルの頭目が壁ギリギリで向きを変え、それに連なる数十人の盗賊団もろとも、路地のカーブを鮮やかに曲がっていく。
時には壁にカーン! と当たり、ピンボールのように跳ね返りながら、彼らは止まることなく加速し続けた。
「すげぇ……。あいつ、乗りこなしてやがる……」
リナが呆然と見送る中、ポチと盗賊団は路地の奥へと消えていった。
◇
数分後。
『よろずや 結城』の前の路地は、ローションと水で鏡のようにピカピカに輝いていた。
埃一つない。ついでに盗賊も一人もいない。
彼らは全員、ポチの絶妙なハンドリングで複雑な路地を滑り抜け、大通りまで排出され、パトロール中の衛兵の足元にストライクで届けられたという。
衛兵たちは、足元に滑り込んできた「ヌルヌルの盗賊の山」と、その上に仁王立ちする銀色の幼女を見て、言葉を失ったそうだ。
「ふぅ。綺麗になったな」
晶は満足げにタンクを下ろした。
無限の水源を持つ魔道具だが、掃除が終わればただの重りだ。
「アニキ……あいつら、何しに来たんだ?」
「さあ? 訪問販売じゃないか? 流したけど」
「……そうか。なら仕方ねえな」
リナは考えるのをやめた。
そして、この日の「よろずや結城」は臨時休業となった。
ピカピカになった路面が乾くまで、近づく人が皆ことごとく転んでしまったためだ。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




