第8話:ポチ、雷光の乙女になる!
「ふふーん。今日のボクは、一味違うのだ」
翌朝の『よろずや 結城』。
カウンターの上で、看板娘のポチがふんぞり返っていた。
昨日、スライム事件で強制連行されたお風呂。
念入りに酢で中和され、徹底的に洗われ、そして乾燥した風の魔法で乾かされた彼女の姿は、劇的な変貌を遂げていた。
くすんでいた銀髪は、一本一本が空気に溶けそうなほど、軽やかな銀の絹糸へと変わっていた。
そして何より、自慢の巨大な尻尾は、空気を含んで倍以上に膨らみ、触れる者すべてを至福の彼方へ誘う「極上のモフモフ」に仕上がっていた。
「すげぇ……。昨日まで薄汚れた毛玉だったのに、見違えたな」
リナが感嘆の声を上げる。
「失礼なのだ! ボクは元から美少女なのだ! 今日は特に『びゅーてぃふる』なだけなのだ!」
ポチが長い銀髪をファサッと払う。
シャンプーの甘い香りが、キラキラとした粒子のように店内に漂った。
「まあ……。まるで織りたての絹のように軽やかですわ。やはり女性にとって、身を清めることは大切ですね」
フローラもうっとりと眺めている。
二人に褒められ、ポチの鼻の下は伸びきっていた。
「仕上げだ。じっとしてろ」
店主の結城 晶が、櫛を持って近づく。
手にしているのは、透き通った飴色をした『琥珀の櫛』だ。
「まだやるのか? もう十分サラサラだろ?」
「いや、乾燥した室内、余分な皮脂が落ちて軽くなった細い髪、そして琥珀……。実験条件は完璧に揃っているからな」
晶はニヤリと笑い、ポチの背後に回った。
琥珀は、帯電列において非常にマイナスに帯電しやすい物質だ。
それを、プラスに帯電しやすい「乾燥した獣人の毛」と摩擦させれば、どうなるか。
「……摩擦帯電、開始」
晶がポチの長い銀髪に櫛を通す。
シュッ、シュッ。
小気味良い音が響く。
数回梳かしただけで、異変は起きた。
ポチの髪がふわぁ……と重力を無視して浮き上がり、まるで生き物のように櫛に吸い寄せられ始めたのだ。
「おっ、すげぇ! 髪が踊ってるぞ!」
リナが身を乗り出す。
「アキラの櫛は魔法の櫛なのだ! くすぐったくて気持ちいいのだ〜」
ポチも嬉しそうに目を細める。
さらに晶は、巨大な尻尾もブラッシングした。
モフモフの尻尾は、摩擦によって大量の電荷を蓄え、さらに一回り大きく、パンパンに膨れ上がった。
目に見えない電子の渦が、ポチの周囲に「電界」を形成していく。
「よし。……リナ、ちょっと触ってみろ。極上の手触りだぞ」
「おう、言われなくても堪能させてもら……」
リナが無防備に手を伸ばした。
その指先が、ポチの浮き上がった銀髪に触れようとした、その瞬間。
バチィッ!!
青白い閃光が走り、乾いた破裂音が店内に響いた。
「いったぁぁぁぁっ!?」
リナが弾かれたように飛び退く。
「な、なんだ今!? 痛っ! 指先が焦げたかと思ったぞ!」
「ふあ!? ボクもびっくりしたのだ! 指がチクッとしたのだ!」
ポチも目を白黒させている。
静電気。だが、その電圧は数千ボルトに達している。
その光景を見たフローラが、ガタッと椅子を蹴って立ち上がった。
「み、見ましたか今の……! 青き閃光……拒絶の雷……!」
フローラの瞳孔が開いている。
「清められた聖なる乙女の髪に、雷神の力が宿ったのです……! これぞ伝説に語られる『雷光の乙女』の覚醒……! 不浄な者が触れることすら許さぬ、鉄壁の自動防衛結界ですわ!」
「えっ、ボク、強くなったのか!?」
ポチがキラキラした目でフローラを見る。
「ええ! その身に雷を纏うあなたは、今や触れるもの皆傷つける最強の聖獣ですわ!」
「やったぁーっ! ボクは最強なのだ! 昨日の復讐なのだー!」
調子に乗ったポチが、リナに向かって突撃する。
動くたびに、着ている服と体毛が擦れ合い、さらに帯電量が増していく。
「うおっ!? 来んなバカ犬! 近づくだけでバチバチいってるぞ!」
「逃がさないのだ! 必殺、サンダー・タックルなのだー!」
「やめろぉぉぉ! あたいは雷耐性なんて持ってねぇ!」
店内で繰り広げられる鬼ごっこ。
ポチが走れば走るほど、髪の毛は逆立ち、指先からはバチバチと青い火花が散る。
もはや歩く発電機だ。
そして数分後。
「……ふぅ、ふぅ。捕まえたのだ」
リナを部屋の隅に追い詰め、満足げなポチ。
だが、その姿は異様だった。
サラサラだった銀髪は、静電気の反発力(クーロン力)で全方向に垂直に逆立ち、まるで「爆発したアフロ」か「巨大なウニ」のようになっていた。
自慢の尻尾も、倍以上の太さのボトルブラシと化している。
「アキラ……。なんか、頭が重いのだ……。髪の毛が引っ張られるのだ……」
美少女の面影ゼロの、凄まじい髪型でポチが訴える。
空気中の埃まで吸い寄せ始め、薄汚れてきている。
「帯電しすぎだ。前が見えてないぞ」
晶はカウンターの下から、園芸用の霧吹きを取り出した。
中にはただの水が入っている。
「最強の乙女よ、鎮まりたまえ」
シュッシュッ。
晶が無慈悲に水を噴射する。
霧状の水滴が、ポチの「ウニヘアー」にかかった瞬間。
シュゥゥゥ……。
空気中の水分を通して電子が逃げ(放電)、重力を無視していた髪の毛が、ペショリと力なく垂れ下がった。
水は電気を通す。湿度を上げれば、静電気は霧散するのだ。
「あ……」
一瞬にして、ポチは「濡れ鼠のような残念な美少女」へと戻ってしまった。
「ボ、ボクの最強フォームが……。フワフワが消えちゃったのだ……」
ポチが濡れた髪を押さえて涙目になる。
「静電気(雷)は湿気に弱いからな。……ほら、タオル」
晶がタオルを投げ渡す。
「ちぇー。つまんないのだ。もっとビリビリさせたかったのだ」
不満げに頭を拭くポチ。
その横で、感電した指先をさすりながら、リナが「二度と洗いたてのテメェには触らねぇ」と固く誓うのだった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




