第79話:世界平和?いいえ、目指せ◯◯◯◯です
アステル郊外の魔王城に、静寂が戻ってきた。
数万人の行列を捌ききった激闘の後。
工場の食堂では、心地よい疲労感に包まれた5人の王子たちとルミナ国王、そして結城 晶が、一枚の紙を囲んでいた。
「……というわけで。この店の運営権と、各国への支店展開の権利を君たちに譲渡する」
晶は淡々と契約内容を説明した。
要約すれば、「出資と労働は王子たち、技術指導と利益の一部は晶」という、現代のフランチャイズ契約そのものである。
「本来なら国家機密レベルのレシピだ。安くはないぞ?」
「構わん!この味が我が国で食えるようになるなら、国庫を開放しても惜しくはない!」
獣人のヴォルフが即答し、サインをする。
「我が国の職人たちにも、この製麺機を作らせたい。技術提携料込みと考えれば安いものだ」
ドワーフのガンドも頷く。
他の王子たちも、ラーメンの魔力に屈し、次々と契約書にサインをしていく。
ここに、食による多国籍同盟、実質的な「世界ラーメン平和協定」が締結された。
「よし。契約成立だ。……さて、最後に決めておくことがある」
晶は腕を組み、一同を見渡した。
「店の『名前』だ。いつまでも『魔王城前の店』とか『例のラーメン屋』じゃ締まらない」
店名。 それは店の顔であり、ブランドの象徴だ。 王子たちが色めき立つ。
「ふっ……。ならば僕が良い案を出そう。『グラン・ルミナス・ヌードル・パラダイス』なんてどうだい?」
ルシアンが薔薇のエフェクトを散らしながら提案する。ムダに長い。
「軟弱だな! ここは『覇王麺・極』だろ!」
カイザルが机を叩く。怖い。
「『世界樹の雫亭』はどうだ?」
「『鋼鉄の胃袋』がいい!」
王子たちが勝手な名前を連呼し、収拾がつかなくなる。
見かねた晶が、パンと手を叩いた。
「ええい、静まれ! 埒が明かん! ……仕方ない、私が考えておいた『最高に合理的で分かりやすい名前』を採用する」
「おお! 師匠の案か!」
「アキラ様が名付け親なら文句はありませんわ!」
秘書ポジションのフローラも隅で頷く。
そして、全員が期待の眼差しを向ける。
これまで数々の革命的アイテムを生み出してきた賢者アキラだ。さぞかし洗練された、深遠な意味を持つ名前を用意しているに違いない。
晶は咳払いを一つし、自信満々に黒板に書き殴った。
『アステル第一麺類補給基地』
「…………」
食堂に、凍てつくような沈黙が流れた。
「……えっと、アキラ殿? それは……軍事施設か何かで?」
エルウィンが引きつった笑顔で尋ねる。
「店だ。『立地』『ナンバリング』『機能』全ての情報を過不足なく網羅している。完璧だろう?」
晶がドヤ顔で言い放つ。
全員の脳裏に、晶のネーミングセンスの被害者たち……ポチ、タマの顔がよぎった。
「却下だ!!」
「飯が不味くなるわ!」
「色気も風情もねぇ!」
総スカンを食らった。
「な、なんだと? 分かりやすいのに……」
晶が不満げに眉を寄せた時、足元でマヨネーズせんべいを齧っていたポチが、ポリポリと音を立てながら手を挙げた。
「ねえアキラ、『ワンワン亭』がいいのだ!」
「……ワンワン?」
「うん!だってこの店の看板娘はボクなのだ!つまり、ボクの店なのだ!」
ポチはふんぞり返り、自信満々に言った。
「だから、ボクの声で『ワンワン亭』! これなら誰が一番エライかすぐにわかるし、可愛いからお客さんもいっぱい来るのだ!」
ポチのあまりに個人的かつ犬的な理由に、空気が止まった。
王子たちは「……俺たち、犬小屋で働くのか?」と苦笑いし、却下しようとする。
だが、晶だけは違った。
彼女は顎に手を当て、ブツブツと呟き始めた。
「ワンワン……。鳴き声……。ワン……王……? 待てよ」
晶の脳内データベースが検索をかける。
前世の知識。中国語の発音。
「『王』の発音は『ワン(Wáng)』……。つまり『ワンワン』とは、『王王』と表記できる…!」
晶はハッとして、黒板の「補給基地」を消し、新たに三文字を力強く書き殴った。
『王王亭』
「これだ……!」
晶がチョークを置く。
「この文字は、私の故郷で『王』を意味する。つまり……王たちが集う店という意味だ」
その言葉と、力強い漢字を見た瞬間、フローラが震え出した。
「お……『王』の文字が二つ…! 王と王が並び立つ……いいえ、王の中の王!」
フローラの妄想翻訳が炸裂する。
「複数の国の王が集い、その頂点に立つ店。一見可愛らしい響きの中に、絶対的な覇権と品格を秘めている!ポチ様の言葉を、アキラ様が神の言語で再構築されたのですね……!」
「なるほど……。『王王』か。我々五人の王を従える店、という意味にも取れるな」
ガンドが顎髭をさする。
「響きは親しみやすく、意味は高貴……。悪くない、いや、最高だ」
ルシアンも納得の表情だ。
「よし、採用だ。今日からこの店は『王王亭』とする」
晶が宣言すると、全員から拍手が巻き起こった。
ポチだけが「よくわかんないけど、ボクの名前が採用されたのだー!」と無邪気に喜んでいる。
こうして、伝説のラーメンチェーンの名前は、駄犬の鳴き声と理系作家の変換能力によって決定した。
◇
その日の深夜。
宴会が続く工場の喧騒を離れ、晶は一人、屋上の給水塔の上に座っていた。
手には、よく冷えたビール。
見上げる空には、欠けることのない満月が輝いている。
「……ふぅ」
長い旅だった。
金も稼いだ。名声も得た。最高のラーメンも完成した。
この世界での生活基盤は、盤石と言っていい。
だが。
「アキラ、ひとりで何してるのだ?」
「抜け駆けはずるいぞ、主よ」
背後から、ポチとタマがやってきた。
二人は晶の両隣に座り、同じように月を見上げる。
「……別に。次の計画を練っていただけだ」
「次? また美味しいものを作るのか?」
ポチが目を輝かせるが、晶は首を横に振った。 そして、静かに自分の胸元に手を当てた。
「ポチ、タマ。……お前たちは気づいているか?この世界の残酷な真実に」
「真実?」
「どれだけ美味いものを食っても、どれだけ栄養をつけても……『ここ』だけは成長しないという事実にだ」
晶の声に、悲壮感が混じる。
男装のさらしを外しても、そこにあるのは悲しいほどに平坦な大地。
ギルドカードにも永遠の平原と認定される始末。
ハイ・オークの肉、豆乳、マッサージ。
地上のあらゆる栄養学と物理療法を試したが、成長率はゼロ。誤差の範囲すら超えなかった。
「……ふむ。肉体など、魔力でどうにでも変化すればよかろう? 我のように」
タマがポンと姿を変え、ナイスバディな美女になって見せる。
「違う! 魔法で誤魔化したいんじゃない! 私は『物理的実体』として成長したいんだ! 質量保存の法則を無視しない、正当進化を遂げたいんだよ!」
晶が叫ぶ。
それは、理系女子としての矜持と、乙女としての切実な魂の叫びだった。
「地上の理で無理なら……残るは『天の理』しかない」
晶は満月を指差した。
「古文書によれば、あの月にはかつて高度な魔法文明が存在し、失われた超技術、ロスト・テクノロジーが眠っているらしい」
「お月様に?」
「ああ。そこには……あらゆる身体的欠損を修復し、望むがままに肉体を再構築する装置――『願望成就機』があるはずだ」
晶の瞳に、怪しい光が宿る。
「私は月へ行く。そして、あの装置を使って『Fカップ』を手に入れる!」
「……えっ、それだけのために?」
ポチとタマが呆気にとられるが、晶は大真面目だった。
胸が大きくならないのは、この世界の物理法則のバグだ。ならば、そのバグを修正するために、世界の枠、大気圏を超えるしかない。
こうして決まった、次の行き先。
彼女の野望、その次なる舞台は、星の海。
彼女の「理想の体型」を求めて、物語は宇宙へと飛び立つのだった。
(第2部 完)
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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