表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/79

第78話:逆ハーレム? いいえ、開店1分前です

 そして、約束の3日後。  


 交易都市アステル郊外、『魔王城』の前の広場は、異様な光景に包まれていた。


「……見ろ。地平線まで埋まっているぞ」


 結城 晶(ゆうき あきら)は、移動要塞『黒き箱船ブラック・アーク』を変形させて作った特設ステージ(厨房)の上から、眼下の光景を見下ろして呟いた。  


 そこには、アステルの住民はもちろん、駐留していた五カ国の兵士たち、さらには噂を聞きつけて近隣の街から駆けつけた人々で構成された、数万人規模の長蛇の列が出来上がっていた。  


 彼らの目は一様に血走り、手には箸やフォーク、あるいはマイ丼ぶりを握りしめている。   

 飢えた獣の群れだ。


「戦争だな」


「ええ。これは間違いなく戦争です」


 隣で控える黒薔薇騎士団の幹部、クロウが短剣(調理用)を研ぎながら答える。  


 厨房内には、巨大な寸胴鍋がいくつも並び、湯気と共に強烈な豚骨と魚介の香りを放っている。  


 メニューは『特製醤油ラーメン』一本のみ。


 トッピングの有無も選ばせない。回転率と提供速度を極限まで高めるための、晶の冷徹な計算だ。


「総員、配置につけ!一杯でも多く、一秒でも速く麺を上げろ!客を待たせるな!」


「「「イエッサー!!」」」


 晶の号令と共に、戦いの火蓋が切られようとした――その時だった。


 パァァァァァン!!


 ファンファーレが高らかに鳴り響き、行列の最前列に、煌びやかな一団が現れた。  


 五カ国の王子たちと、ルミナ国王である。


 彼らは正装に身を包み、それぞれの従者に豪華な品々を持たせていた。


「師匠! 開店おめでとうございます!」  


 ドワーフの第一王子、ガンドが巨大な金属の箱を差し出す。


「これはドワーフの国宝、アダマンタイトで打った『不滅のティアラ』だ! これをつけて俺の妃になってくれ!」


「アキラ殿。森の祝福を」  


エルフの第二王子、エルウィンが緑色に輝く杖を捧げる。


「世界樹の枝から削り出した『永遠の誓いの杖』です。これを受け取り、共に森で暮らしましょう」


「姉御ォ! 俺のはこれだ!」  


獣人の第三王子、ヴォルフが巨大な牙を突き出す。


「伝説の魔獣ベヒーモスの牙で作った『最強の指輪』だ! サイズはデカいが、首輪にすればピッタリだぜ!」


「へっ。俺からは実利だ」  


マカバリ帝国の第一皇子、カイザルが羊皮紙の束を投げる。


「俺が征服した領土の『権利書』だ。好きな国を一つ選べ。そこを新婚旅行の地にしようぜ」


そして最後に、西の芸術大国『ロゼ』の第一王子、ルシアンが進み出た。薔薇の花びらを撒き散らすエフェクトが見えそうな雰囲気を醸しながら。


彼の背後には、巨大なキャンバスが運ばれている。


「ノンノン。君には美こそが相応しい。見たまえ、僕が徹夜で描かせた君の肖像画だ」


バサッ。布が取り払われると、そこには実物より200%増しで美化され、女神のような微笑みを浮かべた晶(※背景は宇宙)が描かれていた。


「どうだい? 君を我が国の美術館のメインホールに飾りたいんだ。もちろん、君自身という芸術品と共にね」


 五者五様の求婚&勧誘アタック。  


 会場がどよめく中、晶は冷ややかな目でそれらを見下ろした。


「……邪魔だ、しまえ」


 晶、即答。


「え?」  


 王子たちが固まる。


 ここから先、晶はまるで早口言葉のラップように一気にまくしたて論破した!


「ティアラは料理の邪魔!杖は薪にしていいのか?指輪か首輪が知らんが重いのはいらん!権利書渡されても管理が面倒だ、肖像画なんてもってのほか!なんだ、その胸の膨らみは?現実の私に対する当て付けか!?」


 晶は白衣の袖をまくり、厨房の奥を指差した。


「お前たち、ラーメンが食いたいんだろ?」


「も、もちろんだ! そのために並んだのだ!」


「3日間、あの味が忘れられなくて震えていた!」


「なら――『働け』」


 晶は足元の箱を蹴り飛ばした。  


 バサバサバサッ!  宙を舞ったのは、胸元に工場のシンボルである『銀の薔薇』が染め抜かれた、紺色の「前掛け(エプロン)」だった。


「は……?」  


 王子たちの顔面に、エプロンが張り付く。


「見ての通り、人手が足りない。食いたければ労働で対価を払え。……働かざる者、食うべからずだ」


 晶の背後に、青白いオーラが揺らめく。  


 それは、魔王やドラゴンをも凌駕する、絶対強者の威圧感。


「さあ、着けろ。開店は1分後だ」


 王子たちは顔を見合わせた。  


 王族である自分たちが、下々の労働など。  


 しかし、漂ってくるスープの香りが、彼らのプライドを粉砕した。


「……くっ! やってやる!」


「ラーメンのためなら、プライドなど安いもの!」


「面白ぇ! 姉御の命令なら従うまでよ!」


バッ、バッ、バッ!  


 王子たちが豪華なマントを脱ぎ捨て、エプロンを装着する。  


 その目には、戦場に向かう戦士の覚悟が宿っていた。


「よろしい。……配置につけ! 開店だ!」



「いらっしゃいませぇぇぇッ!!」


 怒号のような挨拶と共に、ラーメン屋の戦いが始まった。  


 最初こそ、慣れない作業に戸惑っていた王子たちだったが、そこは各国の英才教育を受けたエリートたち。  


 数分もしないうちに、彼らの持つ「特性スキル」が、ラーメン屋のオペレーションと奇跡的な化学反応を起こし始めた。


【麺場】ガンド(ドワーフ)


「茹で時間、1分20秒! ……今だッ!」


 ザバァッ!!  


 ガンドが麺揚げザルを振り上げる。  


 鍛冶で培った正確無比な体内時計と、ハンマーを振るう豪腕による「神速の湯切り」。  


 一滴の水分も残さず、麺は空中で美しく舞い、丼へと着地する。


「へいお待ち! 硬め濃いめ、完璧な仕上がりだぜ!」


【スープ場】ヴォルフ(獣人)


「オラオラオラァッ!!混ざれぇぇッ!」  


 巨大な寸胴鍋の前に立つのは、野性味あふれるヴォルフ。  


 彼の無尽蔵のスタミナが、重い木べらを高速回転させ、豚骨スープを乳化させ続ける。  


 焦げ付き知らずの撹拌力が、スープのコクを極限まで引き出していく。


「姉御! スープの状態、最高だぜ!」


【ホール】ルシアン(芸術大国ロゼ)


「お待たせしたね、子猫ちゃん。その髪型、素敵だね」  


 ルシアンがウィンクと共に丼を置くと、女性客が「きゃぁぁっ!」と黄色い声を上げて卒倒しかける。  


 流れるような身のこなし、完璧な配膳。


 彼の接客は、ただのラーメン屋を王宮の舞踏会へと変えていた。


「空いた器はすぐに下げるよ。美しくないからね」


【行列整理】カイザル(マカバリ・ヤシオ帝国)


「おい貴様! 列を乱すな!」  


 店の外では、カイザルが仁王立ちしていた。


 その殺気だけで、暴動寸前の群衆がビシッと整列する。


「スープがぬるいだと? ……俺の斧で温め直してやろうか?」  


 クレームをつけようとした客も、カイザルの一睨みで「い、いえ!最高です!」と縮み上がる。


 最強のセキュリティだ。


【会計】エルウィン(エルフ)


「ラーメン3杯、合計で銀貨9枚です」  


 レジ前では、エルウィンが涼しい顔で釣銭を渡していた。  


 精霊の加護による超高速演算。客が財布を出す前に計算が終わっている。


「計算違い? ありえませんな。精霊は嘘をつきません」


 そして、厨房の最奥。  


 洗い場には、黙々と皿を洗う初老の男――ルミナ国王の姿があった。


「王である余が……皿洗い……?」  


 最初は困惑していた国王だったが、スポンジで油汚れを落とすたびに、何かに目覚めていた。


「……落ちる。汚れが落ちるぞ!」  


 キュキュッ!


「おお……!磨けば光る!これは……心が洗われるようだ!」  


 国政のストレスが、泡と共に流されていく。


 国王は、かつてない清々しい表情で、山のような丼と格闘していた。



「おい、見たか? あそこで麺を茹でてるの、ドワーフの王子様じゃねぇか?」


「獣人の王子がスープ混ぜてるぞ……!」


「マ、マカバリの皇子に行列を案内された。死ぬかと思ったけど、意外と優しかった……」


 その光景は、アステルの市民たちに強烈な衝撃を与えていた。  


 雲の上の存在である王族たちが、汗水垂らして自分たちのためにラーメンを作っている。


 国境も、身分も、種族も関係ない。  


 そこにあるのは「美味いものを食わせたい」という情熱と「美味いものを食いたい」という食欲だけ。


 熱気渦巻く厨房の中心で、晶は菜箸を振るいながら、その光景を眺めていた。


「……悪くない」


 晶の指示に従い、完璧に連動するドリームチーム。  


 戦場のような忙しさだが、彼らの顔は生き生きとしている。


「あ!つまみ食い発見なのだ!カイザル、お肉食べたな!」


「むっ!?ち、違う!味見だ!」


「ズルいぞトカゲ男! 妾にもよこすのじゃ!」


 足元では、看板娘(マスコット)のポチとタマが、つまみ食いを監視しつつ、自分たちも隙を見てチャーシューを掠め取っている。  


 ルシアンがそれを優雅に拭いてやったり、ヴォルフが豪快に笑ったり。  


 カオスだが、不思議な一体感があった。


 太陽が傾き、夕暮れが迫る頃。  


 ついに、その時は訪れた。


「スープ切れだ!完売!!」


 晶の声が響き渡ると、厨房内から、そして並んでいた客たちからも、拍手が巻き起こった。


「終わった……。終わったぞぉぉぉ!」


「やりきった……!」


 閉店後の店内。  


 王子たちは、床にへたり込んでいた。  


 泥のように疲れ、エプロンは汚れ、髪は乱れている。  


 だが、その顔には、国を治める時とは違う、純粋な「達成感」が浮かんでいた。


「ふぅ……。労働の後の疲労感、悪くないな」


 ガンドが汗を拭う。


「ああ……。戦場での勝利とは違う、心地よい疲れだ」  


 カイザルも口元を緩める。


 そこへ、晶が湯気の立つ丼を人数分運んできた。


「ほらよ。……『まかない』だ」


 ドン、と置かれたのは、具材が山のように乗った特製全部乗せラーメン。  


 ただし、客に出したものとは少し違う。  


 煮崩れたチャーシューの端っこや、形の悪い煮玉子が入っている。  


 だが、それは料理人だけが味わえる特権の味だ。


「こ、これは……!」


「我々が作った……ラーメン……!」


 王子たちは、震える手で箸を取った。  


 無言で麺をすする。


 ズズッ……。


「…………ッ!!」


 ヴォルフが天を仰いだ。


「うめぇ……! なんだこれ、こないだ食った時より何倍も美味ぇぞ!」  


 ルシアンが涙ぐむ。


「美しい……。汗も、疲労も、すべてはこの一杯のためのスパイスだったのかい……」  


 エルウィンが深く息を吐く。


「これが、働くということか……。五臓六腑に染み渡る……」


 自分たちで作り、汗を流した後に食べる飯。


 それは、どんなご馳走も敵わない、至高のスパイスだった。


 無心で丼を空にする王子たちを見ながら、晶はニヤリと笑った。  


 胃袋も、心も、完全に掴んだ。  


 これなら、次の話もスムーズに進むだろう。


「……さて。腹も満たされたところで、『ビジネス』の話をしようか」


 晶が切り出すと、王子たちは一斉に顔を上げた。


(続く)

第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ