第77話:包囲網? いいえ、行列です
交易都市アステル郊外。
世界一周の食材探しの旅を終えた移動要塞『黒き箱船』は、凱旋の轟音を響かせながら、懐かしき我が家――石鹸工場、通称「魔王城」の敷地へと滑り込んだ。
「ふぅ……。やっと帰ってきたな」
運転席でハンドルを握る結城 晶は、安堵の息をついた。
ドワーフの地底都市で鍋と麺を作り、エルフの森で醤油と薬味を確保し、港町で極上の魚介出汁と塩を手に入れ、極寒の獣人国でスープの命となるガラと水を調達した。
長い旅だった。だが、これで全てのピースは揃った。
「アキラ様ぁぁぁぁぁッ!!」
要塞が停止するやいなや、悲鳴のような声が響いた。
工場から飛び出してきたのは、留守を預かっていた受付嬢のフローラだ。
彼女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、要塞のタラップにすがりついた。
「お待ちしておりました!無事のご帰還、信じておりましたわ!」
「ただいま、フローラ。相変わらず大袈裟だな」
「大袈裟ではありません! 大変なのです! ……工場が、『世界』に包囲されています!」
「……は?」
晶が眉をひそめ、要塞の屋上デッキへと駆け上がった。
そこから見下ろした光景に、晶は絶句した。
工場の周囲360度を、地平線を埋め尽くさんばかりの大軍勢が取り囲んでいたのだ。
しかも、掲げられている旗印は一つではない。
東には、重戦車を並べたドワーフの鉄鋼師団。
北には、精霊魔法の輝きを纏ったエルフの弓兵部隊。
北西には、巨大な狼に跨った獣人の騎兵隊。
南には、空を覆う飛竜を従えた帝国軍。
そして西には――薔薇の花びらを撒き散らす、優美な白銀の騎士団。
「……なんだあれは。世界大戦でも始まるのか?」
晶が呆れていると、それぞれの陣営から代表者が歩み出てきた。
見知った顔たちだ。
「師匠! 無事のお戻り、お待ちしておりました!」
スパナ型のハンマーを担いだドワーフの第一王子、ガンド。
「アキラ殿。森の再興の礼もまだでしたな」
優雅に一礼するエルフの第二王子、エルウィン。
「姉御ォォッ! 会いたかったぜぇぇッ!」
尻尾をブンブン振って吼える獣人の第三王子、ヴォルフ。
「へっ。遅かったじゃねぇか、姐さんよぉ」
不敵に笑うマカバリ帝国の第一皇子、カイザル。
そして、最後の一人。
西の軍勢から、白馬に乗った金髪の青年が、キザな仕草で進み出た。
「お初にお目にかかる、美しき賢者よ。僕は西の芸術大国『ロゼ』の第一王子、ルシアン。君の噂を聞きつけ、はるばる迎えに来たよ」
ルシアンはバサッとマントを翻し、ウインクを飛ばした。
「君の科学は、あまりに機能的で美しい……。どうだい? 僕の国に来て、僕専用の女神になってくれないか? 君を王立美術館のメインホールに飾りたいんだ」
「……帰っていいか?」
晶が踵を返そうとした時、さらにアステルの街の方角から、新たな軍勢が現れた。
地元、ルミナ王国の近衛兵団だ。
その中心には、焦り顔のルミナ国王がいる。
「待て待て待てぇい! アキラは我が国の名誉公爵だぞ! 他国に引き抜かせるわけにはいかん!」
国王まで参戦し、工場の前は六つ巴の大混戦となっていた。
◇
「どけ! 師匠は俺の国で産業革命を起こすんだ!」
「いいや、アキラ殿は自然と共に生きるべきだ!」
「問答無用! 姉御と結婚して最強の子供を作るのは俺だ!」
「あぁ? 姐さんは俺の覇道を支えるんだよ!」
「ノンノン。野蛮だねぇ。彼女は美の象徴として愛でるべきだ」
「ええい、全員帰れ! アキラは渡さんぞ!」
正門前で、王と王子たちが火花を散らす。
技術、自然、本能、覇道、美学、そして国益。異なる欲望が衝突し、数万の兵士たちが武器を構える。
一触即発。誰かが石一つ投げれば、アステルが火の海になるのは確実だった。
「……やれやれ。ただいまの一言も言わせてくれないのか」
晶は屋上で深いため息をついた。
旅の疲れもある。何より、腹が減っていた。
晶は要塞の魔導マイクをひっ掴み、スイッチを入れた。
キィィィン……!
甲高いハウリング音が戦場に響き渡り、全員が耳を塞いで動きを止めた。
『……うるさい』
増幅された晶の低い声が轟く。
『戦争がしたいなら他所でやれ。ここは神聖な工場だ。……だが、どうしても私に話を聞いて欲しいと言うなら』
晶が指を鳴らす。
ズズズズズ……ッ!
工場の前庭に停められていた移動要塞が変形を開始した。
装甲板が展開し、内部から巨大な厨房セットが現れる。
特設「オープンキッチン・ステージ」の出現だ。
晶は屋上の手すりを乗り越えて飛び降りると、ふわりと白衣を翻し、厨房の真ん中へと着地した。
唖然とする王子たちを前に、男装の麗人は不敵に笑って包丁を構える。
『今からつくるラーメンを食ってからにしろ』
「食う……だと?」
王子たちが顔を見合わせる。
晶は白衣を翻し、厨房に立った。
目の前には、二つの寸胴鍋。
一つには、獣人国で手に入れた豚骨と鶏ガラを、強火力で白濁するまで炊き出した「濃厚動物スープ」。
もう一つには、港町の本枯れ節、煮干し、昆布から抽出した、黄金色の「魚介出汁」。
「……合わせるぞ」
晶が柄杓を振るう。
丼の中で、陸の猛獣と海の恵みが激突し、融合する。 『Wスープ』の完成だ。
そこに、エルフの森で醸した醤油ダレを合わせる。
ジュッ!
焦げた醤油の香ばしさが爆発的に広がる。
ドワーフの製麺機で打った、コシのある中太ちぢれ麺を泳がせ、最後に――。
「仕上げだ。……『熱したネギ油』を回しかける」
ジュワアアアアッ……!!
香りの暴力。
焦がしネギとラードの甘く危険な香りが、湯気となって立ち昇る。
具材は、トロトロのチャーシュー、半熟煮玉子、極太メンマ、海苔、そして山盛りのネギ。
「へい、お待ち。……『特製・全部乗せ醤油ラーメン(試作版)』だ」
黒薔薇騎士団によって、湯気の立つ丼が王子たちと国王の前に運ばれた。
「こ、これが……アキラの料理……」
「見た目は……スープに入った麺、か?」
ルシアン王子が、怪訝そうに琥珀色のスープを覗き込む。
だが、漂ってくる香りに、全員の喉がゴクリと鳴った。
「食えばわかる。冷めないうちにな」
晶の言葉に促され、ヴォルフが最初に箸をつけた。麺を持ち上げ、勢いよく啜る。
ズズズッ……!
「…………ッ!!」
ヴォルフの動きが止まった。
瞳孔が開き、獣の耳がピンと立つ。
「ガ、ガンド殿? どうしたのだ?」
「…………」
ヴォルフは何も言わなかった。 ただ、猛烈な勢いで二口目を啜り始めた。
ズズッ!
ズズズッ!
ハフハフ!
それを見た他の王子たちも、たまらず麺を口に運ぶ。
「……!?」
ガンドが目を見開いた。
(なんだこの計算され尽くした味は……! 動物系のコクと魚介のキレ、その比率がコンマ1ミリの狂いもなく設計されている!)
エルウィンが震える。
(森の恵みと海の命が、丼の中で手を取り合っている……。これは料理ではない、生態系の縮図だ!)
ルシアンが陶酔する。
(美しい……。黄金のスープに浮かぶ油の粒子、麺の曲線……。これは食べる芸術だ!)
カイザルと国王にいたっては、もはや言葉を発することさえ忘れ、無心で丼に向かっていた。
求婚?
勧誘?
戦争?
そんな些末なことは、脳内から消え失せた。
今、彼らの脳を支配しているのは、「次の麺を啜りたい」という原初的な欲求のみ。
ズルズルズルズル……!
戦場だったはずの広場に、ただひたすらに麺をすする音だけが響き渡る。
完全なる沈黙。いや、「食による鎮圧」完了である。
「……ふん。チョロいな」
晶は腕を組み、満足げに頷いた。
だが、晶は致命的な計算違いをしていた。
ここは野外である。
そして、この強烈な匂いを拡散させる装置(扇風機役)が、近くにいるのだ。
「社長!湯気で前が見えません!換気します!」
気を利かせたテオが、風魔法を発動させてしまったのだ。
「強風! ……あ」
ブォォォォォンッ!!
ラーメンの湯気と、焦がしネギ油の暴力的な香りが、風に乗って一気に拡散した。
それが、工場を取り囲む数万の兵士たちと、アステルの住民たちの鼻に届く。
ピタリ。
包囲していた兵士たちの動きが止まった。
「……なんだ、この匂いは?」
「美味そうだ……。死ぬほど美味そうだ……」
「腹が……腹が減ったぁぁぁ!!」
グゥゥゥゥゥ~~~~ッ!!
地鳴りのような音が響いた。
数万人の腹の虫の合唱だ。
旅の疲れと緊張で空腹が極限に達していた彼らの理性が、ラーメンの匂いによって粉砕された。
「ズルいぞ!王族だけ食いやがって!」
「俺たちにも食わせろぉぉぉ!」
「金なら払う!そのスープを一口くれぇぇ!」
ドドドドドドッ……!
軍律が崩壊した。
兵士も市民も入り乱れ、ゾンビのように工場へと押し寄せてくる。
求婚団が、暴動寸前の「飢えた群衆」へと変貌した瞬間だった。
「ひぃぃッ!アキラ様!食べ物の恨みでアステルが滅びますわ!」
フローラが悲鳴を上げる。
(……飯テロの威力を甘く見ていたか)
晶は舌打ちをし、再びマイクを握った。
この数を今すぐ捌くのは物理的に不可能だ。スープの仕込みが足りない。
ならば、予約で縛るしかない。
『聞け! 腹を空かせた野郎ども!』
晶の怒号が響く。
『今日は無理だ! 仕込みが足りん! だが……』
晶は高らかに宣言した。
『3日後だ!3日後の正午、この場所に正式に「店」を開く!その時まで待てば、食わせてやる!だから今日は……解散しろッ!!』
その言葉は、混乱を鎮める福音となった。
「3日後……!3日待てば食えるのか!」
「解散だ!腹を空かせて待機しろ!」
「ラーメン! ラーメン!」
群衆はシュプレヒコールを上げながらも、暴動を起こすこともなく撤収を始めた。
危機は去った。
先送りになっただけ、とも言うが。
「……はぁ。帰って早々、これか」
夕暮れの工場。
残されたのは、疲れ果てた晶と、スープまで完食して呆けている王子たち。
そして、目を爛々と輝かせている黒薔薇騎士団の面々だった。
「社長……。3日後、ですね?」
ボルスが拳を鳴らす。
「数万人の客を捌く……。こいつは戦争だ」
クロウがナイフ(調理用)を研ぎ始める。
晶は白衣を翻し、覚悟を決めて命令を下した。
「そうだ。これより『開店準備』に入る! 休みはないぞ! 死ぬ気で仕込め!」
「「「イエッサー!!」」」
こうして、アステル史上最大規模となるラーメン店オープンに向けた、怒涛の3日間が幕を開けたのである。
(続く)
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




