表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/78

第77話:包囲網? いいえ、行列です

 交易都市アステル郊外。


 世界一周の食材探しの旅を終えた移動要塞『黒き箱船(ブラック・アーク)』は、凱旋の轟音を響かせながら、懐かしき我が家――石鹸工場、通称「魔王城」の敷地へと滑り込んだ。


「ふぅ……。やっと帰ってきたな」


運転席でハンドルを握る結城 晶(ゆうき あきら)は、安堵の息をついた。


 ドワーフの地底都市で鍋と麺を作り、エルフの森で醤油と薬味を確保し、港町で極上の魚介出汁と塩を手に入れ、極寒の獣人国でスープの命となるガラと水を調達した。


 長い旅だった。だが、これで全てのピースは揃った。


「アキラ様ぁぁぁぁぁッ!!」


 要塞が停止するやいなや、悲鳴のような声が響いた。


 工場から飛び出してきたのは、留守を預かっていた受付嬢のフローラだ。


 彼女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、要塞のタラップにすがりついた。


「お待ちしておりました!無事のご帰還、信じておりましたわ!」


「ただいま、フローラ。相変わらず大袈裟だな」


「大袈裟ではありません! 大変なのです! ……工場が、『世界』に包囲されています!」


「……は?」


 晶が眉をひそめ、要塞の屋上デッキへと駆け上がった。


 そこから見下ろした光景に、晶は絶句した。


 工場の周囲360度を、地平線を埋め尽くさんばかりの大軍勢が取り囲んでいたのだ。


 しかも、掲げられている旗印は一つではない。


 東には、重戦車を並べたドワーフの鉄鋼師団。


 北には、精霊魔法の輝きを纏ったエルフの弓兵部隊。


 北西には、巨大な狼に跨った獣人の騎兵隊。


 南には、空を覆う飛竜(ワイバーン)を従えた帝国軍。


 そして西には――薔薇の花びらを撒き散らす、優美な白銀の騎士団。


「……なんだあれは。世界大戦でも始まるのか?」


晶が呆れていると、それぞれの陣営から代表者が歩み出てきた。


 見知った顔たちだ。


「師匠! 無事のお戻り、お待ちしておりました!」


 スパナ型のハンマーを担いだドワーフの第一王子、ガンド。


「アキラ殿。森の再興の礼もまだでしたな」  


 優雅に一礼するエルフの第二王子、エルウィン。


「姉御ォォッ! 会いたかったぜぇぇッ!」  


 尻尾をブンブン振って吼える獣人の第三王子、ヴォルフ。


「へっ。遅かったじゃねぇか、姐さんよぉ」  


 不敵に笑うマカバリ帝国の第一皇子、カイザル。


 そして、最後の一人。


 西の軍勢から、白馬に乗った金髪の青年が、キザな仕草で進み出た。


「お初にお目にかかる、美しき賢者よ。僕は西の芸術大国『ロゼ』の第一王子、ルシアン。君の噂を聞きつけ、はるばる迎えに来たよ」


ルシアンはバサッとマントを翻し、ウインクを飛ばした。


「君の科学は、あまりに機能的で美しい……。どうだい? 僕の国に来て、僕専用の女神になってくれないか? 君を王立美術館のメインホールに飾りたいんだ」


「……帰っていいか?」


晶が(きびす)を返そうとした時、さらにアステルの街の方角から、新たな軍勢が現れた。


 地元、ルミナ王国の近衛兵団だ。


 その中心には、焦り顔のルミナ国王がいる。


「待て待て待てぇい! アキラは我が国の名誉公爵だぞ! 他国に引き抜かせるわけにはいかん!」


 国王まで参戦し、工場の前は六つ巴の大混戦となっていた。



「どけ! 師匠は俺の国で産業革命を起こすんだ!」


「いいや、アキラ殿は自然と共に生きるべきだ!」


「問答無用! 姉御と結婚して最強の子供を作るのは俺だ!」


「あぁ? 姐さんは俺の覇道を支えるんだよ!」


「ノンノン。野蛮だねぇ。彼女は美の象徴として愛でるべきだ」


「ええい、全員帰れ! アキラは渡さんぞ!」


 正門前で、王と王子たちが火花を散らす。


 技術、自然、本能、覇道、美学、そして国益。異なる欲望が衝突し、数万の兵士たちが武器を構える。


 一触即発。誰かが石一つ投げれば、アステルが火の海になるのは確実だった。


「……やれやれ。ただいまの一言も言わせてくれないのか」


 晶は屋上で深いため息をついた。


 旅の疲れもある。何より、腹が減っていた。


 晶は要塞の魔導マイクをひっ掴み、スイッチを入れた。


キィィィン……!


甲高いハウリング音が戦場に響き渡り、全員が耳を塞いで動きを止めた。


『……うるさい』


増幅された晶の低い声が轟く。


『戦争がしたいなら他所でやれ。ここは神聖な工場だ。……だが、どうしても私に話を聞いて欲しいと言うなら』


晶が指を鳴らす。


ズズズズズ……ッ!


 工場の前庭に停められていた移動要塞が変形を開始した。

 

 装甲板が展開し、内部から巨大な厨房セットが現れる。


 特設「オープンキッチン・ステージ」の出現だ。


 晶は屋上の手すりを乗り越えて飛び降りると、ふわりと白衣を翻し、厨房の真ん中へと着地した。


 唖然とする王子たちを前に、男装の麗人は不敵に笑って包丁を構える。


『今からつくるラーメンを食ってからにしろ』


「食う……だと?」


 王子たちが顔を見合わせる。


 晶は白衣を翻し、厨房に立った。


 目の前には、二つの寸胴鍋。


 一つには、獣人国で手に入れた豚骨と鶏ガラを、強火力で白濁するまで炊き出した「濃厚動物スープ」。


 もう一つには、港町の本枯れ節、煮干し、昆布から抽出した、黄金色の「魚介出汁」。


「……合わせるぞ」


 晶が柄杓ひしゃくを振るう。  


 丼の中で、陸の猛獣と海の恵みが激突し、融合する。 『ダブルスープ』の完成だ。


 そこに、エルフの森で醸した醤油ダレを合わせる。  


 ジュッ!  


 焦げた醤油の香ばしさが爆発的に広がる。


 ドワーフの製麺機で打った、コシのある中太ちぢれ麺を泳がせ、最後に――。


「仕上げだ。……『熱したネギ油』を回しかける」


 ジュワアアアアッ……!!


 香りの暴力。  


 焦がしネギとラードの甘く危険な香りが、湯気となって立ち昇る。  


 具材は、トロトロのチャーシュー、半熟煮玉子、極太メンマ、海苔、そして山盛りのネギ。


「へい、お待ち。……『特製・全部乗せ醤油ラーメン(試作版)』だ」


 黒薔薇騎士団によって、湯気の立つ丼が王子たちと国王の前に運ばれた。


「こ、これが……アキラの料理……」


「見た目は……スープに入った麺、か?」


 ルシアン王子が、怪訝そうに琥珀色のスープを覗き込む。  


 だが、漂ってくる香りに、全員の喉がゴクリと鳴った。


「食えばわかる。冷めないうちにな」


 晶の言葉に促され、ヴォルフが最初に箸をつけた。麺を持ち上げ、勢いよく啜る。


 ズズズッ……!


「…………ッ!!」


 ヴォルフの動きが止まった。  


 瞳孔が開き、獣の耳がピンと立つ。


「ガ、ガンド殿? どうしたのだ?」


「…………」


 ヴォルフは何も言わなかった。 ただ、猛烈な勢いで二口目を啜り始めた。  


 ズズッ! 


 ズズズッ! 


 ハフハフ!


 それを見た他の王子たちも、たまらず麺を口に運ぶ。


「……!?」


 ガンドが目を見開いた。  


(なんだこの計算され尽くした味は……! 動物系のコクと魚介のキレ、その比率がコンマ1ミリの狂いもなく設計されている!)


 エルウィンが震える。  


(森の恵みと海の命が、丼の中で手を取り合っている……。これは料理ではない、生態系の縮図だ!)


 ルシアンが陶酔する。  


(美しい……。黄金のスープに浮かぶ油の粒子、麺の曲線……。これは食べる芸術だ!)


 カイザルと国王にいたっては、もはや言葉を発することさえ忘れ、無心で丼に向かっていた。  


 求婚? 


 勧誘? 


 戦争?  


 そんな些末なことは、脳内から消え失せた。


 今、彼らの脳を支配しているのは、「次の麺を啜りたい」という原初的な欲求のみ。


 ズルズルズルズル……!


 戦場だったはずの広場に、ただひたすらに麺をすする音だけが響き渡る。  


 完全なる沈黙。いや、「食による鎮圧」完了である。


「……ふん。チョロいな」


 晶は腕を組み、満足げに頷いた。  


 だが、晶は致命的な計算違いをしていた。


 ここは野外である。  


 そして、この強烈な匂いを拡散させる装置(扇風機役)が、近くにいるのだ。


「社長!湯気で前が見えません!換気します!」


 気を利かせたテオが、風魔法を発動させてしまったのだ。


強風(ストーム)! ……あ」


 ブォォォォォンッ!!


 ラーメンの湯気と、焦がしネギ油の暴力的な香りが、風に乗って一気に拡散した。  


 それが、工場を取り囲む数万の兵士たちと、アステルの住民たちの鼻に届く。


 ピタリ。  


 包囲していた兵士たちの動きが止まった。


「……なんだ、この匂いは?」


「美味そうだ……。死ぬほど美味そうだ……」


「腹が……腹が減ったぁぁぁ!!」


 グゥゥゥゥゥ~~~~ッ!!


 地鳴りのような音が響いた。


 数万人の腹の虫の合唱だ。  


 旅の疲れと緊張で空腹が極限に達していた彼らの理性が、ラーメンの匂いによって粉砕された。


「ズルいぞ!王族だけ食いやがって!」


「俺たちにも食わせろぉぉぉ!」


「金なら払う!そのスープを一口くれぇぇ!」


 ドドドドドドッ……!


 軍律が崩壊した。  


 兵士も市民も入り乱れ、ゾンビのように工場へと押し寄せてくる。  


 求婚団が、暴動寸前の「飢えた群衆」へと変貌した瞬間だった。


「ひぃぃッ!アキラ様!食べ物の恨みでアステルが滅びますわ!」  


 フローラが悲鳴を上げる。


(……飯テロの威力を甘く見ていたか)


 晶は舌打ちをし、再びマイクを握った。  


 この数を今すぐ捌くのは物理的に不可能だ。スープの仕込みが足りない。  


 ならば、予約(やくそく)で縛るしかない。


『聞け! 腹を空かせた野郎ども!』


 晶の怒号が響く。


『今日は無理だ! 仕込みが足りん! だが……』


晶は高らかに宣言した。


『3日後だ!3日後の正午、この場所に正式に「店」を開く!その時まで待てば、食わせてやる!だから今日は……解散しろッ!!』


その言葉は、混乱を鎮める福音となった。


「3日後……!3日待てば食えるのか!」


「解散だ!腹を空かせて待機しろ!」


「ラーメン! ラーメン!」


 群衆はシュプレヒコールを上げながらも、暴動を起こすこともなく撤収を始めた。  


 危機は去った。


 先送りになっただけ、とも言うが。


「……はぁ。帰って早々、これか」


 夕暮れの工場。  


 残されたのは、疲れ果てた晶と、スープまで完食して呆けている王子たち。  


 そして、目を爛々と輝かせている黒薔薇騎士団の面々だった。


「社長……。3日後、ですね?」  


 ボルスが拳を鳴らす。


「数万人の客を捌く……。こいつは戦争だ」  

 

 クロウがナイフ(調理用)を研ぎ始める。


 晶は白衣を翻し、覚悟を決めて命令を下した。


「そうだ。これより『開店準備(せんとうたいせい)』に入る! 休みはないぞ! 死ぬ気で仕込め!」


「「「イエッサー!!」」」


 こうして、アステル史上最大規模となるラーメン店オープンに向けた、怒涛の3日間が幕を開けたのである。


(続く)


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ