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第74話:家畜の楽園

 獣人国『ホワイト・ファング』の王城裏手に広がる雪原。


 そこに点在する粗末な木造の小屋を見て、晶は深い溜息をついた。


「……ひどいな」


 小屋の中には、寒さに身を寄せ合って震える豚や鶏の姿があった。


 極寒の隙間風が吹き込み、餌箱の中身も凍りついている。


 家畜たちは生きるためにカロリーの殆どを体温維持に費やしており、どの個体も肋骨が浮くほどに痩せ細っていた。


「これではダメだ。私が求めているのは、スープに濃厚なコクを与える『純白の背脂』と、黄金色に輝く『鶏油(チーユ)』だ。……こんなアスリートのように引き締まった肉では、さっぱりしすぎてラーメンにならない!」


 晶の悲痛な叫びに、案内役の第三王子ヴォルフが首を傾げた。


「しかし姉御……冬場はこんなものだぞ? 生きているだけでもマシな方だ」


「その認識が間違っている。……いいか、ヴォルフ。家畜を太らせたければ、まずは彼らを『接待』しろ」


 晶は雪原に杭を打ち込み、宣言した。


「環境そのものを変える。寒さを遮断し、運動量を制限し、栄養を管理する。……ここを『家畜の楽園』に作り変えるぞ」


          ◇


「総員、かかれぇぇぇッ! 姉御の命令だ! 穴を掘れ! 鉄骨を運べ!」


 ヴォルフの号令一下、数百人の獣人兵士たちが雪原を駆け回る。


 王族でありながら自らスコップを振るう王子の姿に、兵士たちの士気も高い。


 晶が設計したのは、この世界には存在しない『近代的畜産プラント』だった。


「壁は二重構造だ! 間に空気層を作って断熱しろ! 隙間風は1ミリも許さん!」


 晶の指示で、ドワーフの国から持ち込んだ断熱材と、石材を組み合わせた堅牢な壁が組み上がる。


 さらに、城の床暖房で使用した「温泉熱交換システム」の配管をここまで延長し、建物全体に張り巡らせる。


「室温設定は25度。湿度50%。……豚たちが『ここは楽園か?』と勘違いするような常春の空間を作れ」


 さらに晶は、入口に厳重なゲートを設けた。


「消毒シャワーだ。中に入る者は全員、ここで泥と菌を洗い流せ。伝染病(ウイルス)は家畜にとって最大の敵だ。……衛生管理を徹底しろ」


「か、家畜ごときに、王族以上の住処を与えるのか……?」


 ヴォルフが呆れ半分、感心半分で呟く。


 だが、晶のこだわりはハードウェアだけではなかった。


          ◇


 数日後。完成したプラントの内部。


 外の吹雪が嘘のように暖かく、清潔な空間に、豚や鶏たちが収容された。


 ウィーン……。


 定刻になると、天井のパイプから自動的に配合飼料が餌箱へと投下された。


 『自動給餌機』だ。


 中身は、エルフの森から輸入した大豆粕と、トウモロコシなどを最適なカロリー比率でブレンドした特製飼料。


「ブヒッ! ブヒィッ!」


 豚たちが歓喜の声を上げて餌に群がる。


 さらに、給水器はいつでも新鮮な水が出る「ニップル式」を採用。


 食っちゃ寝、食っちゃ寝。


 暖かく、外敵もおらず、美味い飯が自動で出てくる。


 ストレスフリーな環境に置かれた家畜たちの変化は劇的だった。


 ガリガリだった体がみるみる丸みを帯び、毛並みは艶やかになり、鶏たちは毎日大量の卵を産み始めた。


「すげぇ……。魔法でもかけたみたいに太ってやがる」


 ヴォルフが、丸々と太った豚の腹を撫でて驚愕する。


「いいなぁ、あいつら。あったかい部屋で食っちゃ寝だぜ!?」


 怠け者の部下のひとりがポツリと呟いたのをヴォルフは聞き逃さなかった。


「お前、仕事やめてここに入るか?……最後は肉にされちまうがな」


 ヴォルフからニヤリと怪しげな笑みを向けられ、部下は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて慌てて逃げ出した。


 そのやりとりを横目にニヤニヤしつつ、晶は鶏プラントで産み落とされたばかりの卵を回収していた。


「これが科学的飼育だ」


 晶は、産みたての卵をカゴいっぱいに持って、ドヤ顔でヴォルフに見せつけた。


「さあ、ゆで卵でも作ろうか」


 そして、プラントの横に引き込んだ源泉の湯溜まりに、ネットに入れた卵を沈める。


 68度で30分。


 白身と黄身の凝固温度差を利用した、精密な熱処理。


「よし、引き上げろ」


 殻を割ると、プルンとした白身の中から、ねっとりと濃厚なオレンジ色の黄身が顔を出した。


 「温泉卵」の完成だ。


「食ってみろ」


 ヴォルフが一口で頬張る。


「……んぐッ!?」


 王子の目がカッと見開かれた。


「の、濃厚だ! 黄身がソースのように舌に絡みつく! これが卵か!? 俺が知ってるパサパサの茹で卵とは別物だ!」


「これなら煮玉子にしても最高だ。……そして、豚だ」


 十分に育った豚から取れたのは、雪のように白く、分厚い「背脂」。


 そして、大腿骨の極太な「ゲンコツ」。


「完璧だ。この脂があれば、スープに『悪魔的な中毒性』を持たせることができる」


 晶は背脂のブロックを光にかざし、恍惚とした表情を浮かべた。


 これで、スープのボディ、コクは約束されたも同然だ。


          ◇


 城に戻った晶は、テーブルの上に並んだ食材リストをチェックしていた。


 豚骨、鶏ガラ、確保完了。


 醤油、塩、確保済み。


 麺、具材、確保済み。


 ラーメンを作るための材料は、ほぼ全て揃ったと言っていい。


「……だが、アレが足りない」


 晶は、城の井戸から汲んだ水をコップに注ぎ、口に含んだ。


「……やはり硬いな」


 味は悪くない。だが、喉越しに僅かな引っかかり、ミネラル感がある。


「この国の地下水は硬度が高い。……このままでは、繊細な魚介出汁の風味を阻害してしまう」


 ラーメンのスープの9割は「水」だ。


 どれだけ良い素材を使っても、水が合わなければ全てが台無しになる。妥協はできない。


「師匠、水が気に入らないのか?」


 ヴォルフが尋ねる。


「ああ。私が求めているのは、素材の味を100%引き出し、染み込ませるような、不純物ゼロの『超軟水』だ。……どこかにないか?」


 ヴォルフは少し考え込み、北の窓を指差した。


「純粋な水なら、北の霊峰にある『万年氷河』の深層氷が一番だと言われているが……」


「氷河か! それだ!」


 晶が身を乗り出す。


 数万年かけて圧縮され、不純物が排出された古代の氷。それが溶け出した水は、究極の軟水となる。


「だが、あそこは『雪男(イエティ)』の縄張りだぞ? 凶暴な奴らで、近づく者は氷漬けにされると聞くが……」


 ヴォルフが渋い顔をするが、晶はニヤリと笑った。


「最高じゃないか。……イエティだろうが何だろうが、私のスープのために一肌脱いでもらう」


 晶は不敵に笑うと、防寒用のゴーグルを装着し、白衣の裾をバサリと翻した。


「行くぞ。……雪山登山だ」


 その言葉と共に、一行は死の領域へと足を踏み入れる。


 待ち受けるのは氷点下30度の極寒地獄。そして、伝説の雪男との交渉(物理)である。


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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