第72話:極寒の城を猫カフェにしてみた
氷海でのカニ鍋パーティから数日後。
移動要塞『黒き箱船』は、分厚い流氷を砕きながら進み、ついに大陸北方の港へと接岸した。
そこは、全てが白に染め上げられた世界だった。
「……寒いな」
晶がハッチを開けた瞬間、猛烈な吹雪が吹き込んできた。
気温はマイナス20度。吐く息が一瞬で凍りつき、まつ毛に霜が降りるほどの極寒だ。
「寒いなんてレベルじゃないですよぉ……! 血液がシャーベットになっちゃいます!」
南国育ちのテオが、毛布を3枚被ってもなお、ガタガタと震えている。
港には人っ子一人いない。
あまりの寒さに、見張りの衛兵すら詰め所に引きこもり、街の煙突からも凍えたような細い煙が上がっているだけだ。
「わーい! 帰ってきたのだ! 懐かしい匂いがするのだー!」
唯一元気なのは、ここを故郷とする神獣ポチだけだ。
彼女は雪の中に飛び込み、ズボッと埋まっては「冷たいのだー!」と喜んで転げ回っている。
「……死ぬ。妾は死ぬぞ……」
対照的に、ポチの背中の毛皮に必死にしがみついている赤い塊がいた。タマだ。
彼女は顔面蒼白になり、ガチガチと歯を鳴らしている。
「な、なんじゃこの白い地獄は……! 妾は火炎竜じゃぞ……寒さだけは……寒さだけは勘弁なのじゃ……!」
「タマちゃん離れるのだ。重いのだ」
「嫌じゃ! 離れたら凍って砕け散る! お主の体温だけが命綱なのじゃ!」
タマはポチの尻尾をマフラーのように首に巻き付け、蓑虫のように震えていた。変温動物にとって、この気温は致死レベルだった。
「ここが獣人国『ホワイト・ファング』か。……なるほど、厳しい環境だ」
晶は要塞を「車両モード」に変形させ、雪に埋もれた街道を走り出した。
目指すは、山腹にそびえる巨大な石造りの城――獣王の居城だ。
◇
王都の通りは閑散としていた。
晶たちが城に到着すると、ようやく重い城門が開かれる。
「父上! ただいまなのだ! アキラとお友達を連れてきたのだ!」
玉座の間に入るなり、ポチが駆け出した。
そのまま、玉座に座る巨大な銀狼の獣人――獣王ガオウの膝に飛び乗る。
その背中にはタマが氷像のように張り付いているが、ガオウはそれどころではない様子だ。
「お、おお……娘よ……。よ、よくぞ戻った……(ガチガチ)」
「ん? 父上……寒くないのだ?」
歴戦の傷跡が残る精悍な顔つき、鋭い眼光。
その威圧感は王者のそれだが、ガオウの体は小刻みに震えている。
「だ、大丈夫だ……王たるもの……心頭滅却すれば……(ガクガク)」
「涼しくなってどうするのだ? 父上、寒さで頭おかしくなったのだ??」
……無理だった。
獣王の立派な牙が、寒さでカスタネットのように鳴っている。
「して、そちらが噂の『賢者殿』か?」
ガオウが震える手で晶を指す。
晶は一歩前に出ると、呆れたようにため息をついた。
「……賢者ではなく、しがない『よろずや』です。しかし獣王陛下、これはひどい」
晶は白衣のポケットから温度計を取り出し、無慈悲な現実を突きつける。
「室温マイナス5度。政務どころか、生命維持すら危ういレベルですよ」
「うむ……。今年は特に冷える……。燃料の薪も底をつきそうでな……」
ガオウが情けなく肩を落とす。
この国は今、寒さと燃料不足という二重苦に喘いでいたのだ。
「……ふん」
晶は床に片膝をつき、石畳の匂いを嗅いだ。
そして、わずかに漂う硫黄の香りと、地質学的な地形の特徴を脳内でリンクさせる。
「灯台下暗しとはこのことか。……陛下、貴方は宝の山の上で凍えているのですよ」
「宝……だと?」
「ええ。この国の地下には、莫大な『熱エネルギー』が眠っています」
晶は立ち上がり、不敵に笑った。
「取引といきましょう。私がこの城を……いや、この都全体を『常春の楽園』に変えてみせます。その対価として――」
晶は、今回の旅の目的を告げた。
「極上のラーメンスープを作るための『豚骨』と『鶏ガラ』、その安定供給を約束していただきたい」
◇
交渉は成立した。
晶は直ちに工事を開始した。
「ボルス、ここを掘れ! 城の真下だ!」
「あいよッ! ドリル・スピンッ!!」
移動要塞から取り出したドワーフ製ドリルを、ボルスが怪力で地面に突き立てる。
ガガガガガガッ!!
数十メートルも掘り進むと、プシューッ! という音と共に、熱い蒸気が噴き出した。
「で、出た! 温泉だ!」
「やはりな。この国は活火山帯の上にある。地下にはマグマに温められた熱水脈が走っているんだ」
晶は満足げに頷いた。
熱源は確保した。あとは、これをどう使うかだ。
「配管工事だ。……テオ、ドワーフの国で余ったステンレスパイプを持ってこい!」
晶が構築するのは、『地熱床暖房システム』。
地下から汲み上げた熱水の熱を熱交換器で取り出し、不凍液に移して城の床下に循環させるシステムだ。
直接温泉水を流すと配管が詰まるため、間接的に熱だけを利用するのがポイントである。
「床下の空間にパイプを張り巡らせろ! 断熱材も忘れるな! 熱を逃がすな!」
黒薔薇騎士団の総力を挙げた突貫工事により、半日で城の床下改造が完了した。
「よし。……循環ポンプ、スイッチ・オン!」
ゴウッ……。
低い音と共に、床下のパイプを温かい液体が駆け巡る。
◇
数十分後。
玉座の間には、奇妙な沈黙が流れていた。
「……む?」
玉座で震えていたガオウが、ふと顔を上げた。
「足元が……温かい?」
冷え切っていた石の床から、じんわりとした熱が伝わってくる。
それは焚き火のような局所的な熱さではない。
部屋全体が、まるで春の陽だまりのような、柔らかい暖かさに包まれているのだ。
これこそが『輻射熱』の効果。
床全体を温めることで、遠赤外線が壁や天井に反射し、空間そのものをムラなく温める最強の暖房方式だ。
「……あぁぁぁぁぁぁ…………」
最初に陥落したのは、タマだった。
ポチの背中から転げ落ちたタマが、床に大の字になって張り付いている。
その瞳はトロンと蕩け、口元からは幸せそうな吐息が漏れていた。
「ごくらく……ここは極楽かえ……? お腹が、背中が、じんわりと温かいのじゃ……」
タマは這いつくばったまま、手足をパタパタと動かして床の熱を全身で貪っている。
「生き返る……。妾の冷え切った血液が、解凍されていくようじゃ……」
(……爬虫類だからな。効果てきめんだ)
晶が納得して見下ろす。
「おお……おおお……!」
それを見ていたガオウの強張っていた筋肉も、みるみる緩んでいく。
「これは……たまらん……」
威厳ある獣王が、たまらず玉座からずり落ち、床に四つん這いになった。
「腹の底から温まる……。まるで母の懐に抱かれているようだ……」
ゴロゴロゴロ……。
喉の奥から、甘えたような音が漏れる。
もはや王ではない。ただの巨大な犬だ。
「あったかいのだー! ポカポカなのだー!」
ポチも床に寝転がり、手足を伸ばしてヘソ天になっている。
それだけではない。
城に詰めていた近衛兵、虎や熊の獣人たちも、次々と武装を解き、床に大の字になってとろけ始めた。
「あぁ~……もう戦えねぇ……」
「極楽……ここは極楽か……」
そこはもう、厳粛な王城ではなかった。
巨大な猛獣たちとドラゴンの幼女が床に転がって液状化する、「巨大猫カフェ」と化していた。
「……成功だな」
晶は、床暖房の効いた室内でコートを脱ぎ、満足げにコーヒーを啜った。
これでスープの材料は確保できた。
そう思って油断していた、その時だった。
バーンッ!!
玉座の間の扉が、蹴破られるようにして開かれた。
「父上! ご無事ですか! 人間どもが怪しい魔術を使ったと聞き――」
飛び込んできたのは、銀髪を逆立てた、若き狼の獣人だった。
ポチの兄、第三王子ヴォルフ。
彼は上半身裸に革のベスト一枚という、この極寒の地で唯一「寒さを気合で無効化している」筋肉バカだった。
「な……!?」
ヴォルフが絶句した。
彼の目の前には、床に寝転がり、腹を出して「あひぃ~」とだらしない顔をしている獣王の姿があったからだ。
「ち、父上!? 何をされているのですか! 威厳はどこへ行ったのですか!」
「むにゃ……ヴォルフか……お前も寝ろ……温かいぞ……」
「ええい、しっかりしてくださいッ!」
ヴォルフは父の堕落ぶりに激昂し、その怒りの矛先を晶に向けた。
「貴様か! 父上を……我が国の戦士たちを、骨抜きにした人間は!」
ヴォルフが鋭い爪を立て、晶に指を突きつける。
「許さん! 貴様のような魔女に、妹は任せておけん! 妹は返してもらうぞ!」
「……はぁ」
晶は面倒くさそうにため息をついた。
「暖房をつけただけなんだがな。……で、どうするつもりだ?」
「決闘だ! 俺が勝ったら妹を返してもらう! そして貴様には国から出て行ってもらうぞ!」
ヴォルフの怒号が広間に響き渡る。
晶はポリポリと頬をかくと、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「……わかった。受けてやるから、大声を出すな。頭に響く!」
「なっ…! 貴様、王族に向かって……!」
「で、場所は? ここでやるとカーペットが汚れるぞ」
「表だ! 中庭へ出ろ! 雪原を貴様の血で染めてやる!」
ヴォルフはマントを翻し、猛々しく出口へと向かう。
晶はその後ろ姿を見送りながら、小さく呟いた。
「……外か。寒いのは嫌いなんだがな」
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




