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第71話:急襲!エンペラークラブ! ~海ごと沸かして食べ放題~

 港町ポルトゥスを出航して数日。


 移動要塞『黒き箱船』は、大陸北方の海域――通称『氷海』へと差し掛かっていた。


 外の景色は一変している。


 見渡す限りの鉛色の海。海面には大小様々な流氷が漂い、空からは粉雪が舞い落ちてくる。


 気温は氷点下。波は荒く、うねりを伴って要塞を揺さぶり続けていた。


「うぷっ……もうダメです……世界が回る……」


「しゃ、社長……俺の三半規管が、ストライキを起こしてやがる……」


 要塞のリビングでは、地獄絵図が広がっていた。


 元宮廷魔導師のテオ、そして屈強な元重戦士ボルスをはじめとする黒薔薇騎士団の面々が、顔を青くしてソファに沈没しているのだ。


 スタビライザーで横揺れは抑えられているものの、氷海特有の大きくゆっくりとした「うねり」までは完全に殺しきれなかったらしい。


「情けないな。三半規管を鍛え直せ」


 一方、晶は平然とした顔で、揺れるデスクに向かって万年筆を走らせていた。


 執筆への集中力が、船酔いすら凌駕しているのだ。


「寒いのだー。お外に出られないのだー」


 ポチも元気だが、彼女は晶が作った『魔導コタツ』の中に頭まで潜り込み、ミカンの皮を剥いている。


 そして、そのさらに奥。コタツのヒーターユニットに直張り付きしている赤い塊がいた。


「……死ぬ。妾は死ぬぞ……」


 タマだ。彼女は爬虫類(へんおんどうぶつ)としての限界を迎えていた。


「なんじゃこの寒さは……。妾の血液が凍ってシャーベットになってしまう……。もう一歩も動けん……トイレに行くのも命がけじゃ……」


(……完全に冬眠モードだな)


 晶は呆れつつも、コタツの温度設定を少し上げてやった。


「……ふぅ。そろそろ『アレ』が食べたくなる季節だな」


 晶は窓の外の流氷を眺め、独りごちた。


 寒い冬。荒れる海。


 となれば、連想するのは一つしかない。


 ビーッ! ビーッ!


 その時、コックピットのソナーが警報音を鳴らした。


「……おや。反応ありだ」


 晶がモニターを確認すると、濃霧の向こうから、とてつもなく巨大な影が接近してくるのが映し出された。


「このサイズ……氷山か? いや、自律機動している」


 ダウンしていたボルスが、這うようにして窓の外を覗く。


「うっぷ……海賊船…ですか? こんな海で……?」


 霧が晴れる。


 そこに現れたのは、船ではなかった。


 バキィィィンッ!!


 巨大な流氷を、鋼鉄のハサミが一撃で粉砕した。


 現れたのは、甲羅の幅だけで10メートルはある超巨大なカニの魔物。


 全身を青白い氷の鎧で覆い、城壁のようなハサミを振りかざす海の悪魔――『氷海帝王蟹アイス・エンペラー・クラブ』だ。


「ひぃぃッ! カニだぁぁッ!?」


「あんなのに挟まれたら、船ごと真っ二つだぞ!」


 騎士団員たちが悲鳴を上げる。


 だが、晶は瞳をキラリと光らせ、席を立った。


「……ビンゴだ。冬の味覚、ご到着だ」


          ◇


「総員、戦闘配置! ……いや、『カニ漁』を開始する!」


 晶がマイクで叫ぶ。


「いいか、絶対にハサミを壊すなよ! 一番美味しいところだ! 甲羅も割るな、カニ味噌が漏れる!」


「ち、注文が多いですよ社長ぉぉぉッ!」


 テオが涙目で杖を構える。船酔いでフラフラだが、死にたくないので必死だ。


 カニが巨大なハサミを振り上げ、黒き箱舟に迫る。


「シザァァァァッ!!」


 その一撃は、ミスリルの装甲すら容易く切り裂く威力がある。


「テオ、やれ! ……茹で上げろ!」


「うぷっ……了解! 熱湯地獄(ボイリング・ヘル)……ッ!」


 テオが放ったのは、単なる攻撃魔法ではない。


 周囲の海水の温度を急激に上昇させる、広範囲の加熱魔法だ。


 ジュワアアアアッ……!


 氷点下の海が、一瞬にして煮えたぎる釜の中へと変わる。


「キシャッ!?」


 極寒環境に適応していたカニは、急激な水温変化に驚き、動きを止めた。


 人間で言えば、真冬の屋外から熱々のサウナに放り込まれたようなものだ。


 その熱衝撃(サーマルショック)が、カニの思考と身体機能をショートさせた!


「今だ! アーム展開!」


 ウィーン! ガシャン!


 黒き箱舟から伸びた巨大なマジック・ハンドが、カニの甲羅をガッチリと掴んだ。


「確保ぉぉぉッ!!」


 ボルスがレバーを引き、数トンの巨体を軽々と甲板へと引きずり上げた。


 ドスゥゥゥンッ!!


 要塞が大きく揺れ、巨大ガニがひっくり返って手足をバタつかせた。


 大物、確保だ!


          ◇


 数時間後。


 要塞の甲板には、巨大な寸胴鍋が据えられ、真っ赤に茹で上がったカニから、もうもうと湯気が立ち上っていた。


 雪の降る極寒の海上で、熱々のカニを囲む。


 これ以上の贅沢があるだろうか。


「さあ、食うぞ。……『カニ鍋パーティ』だ」


 晶は、巨大なハサミの殻をミスリルのナイフでバキリと割った。


 中から現れたのは、太く、繊維の一本一本がしっかりとした、紅白の身だ。


 何もつけずに、そのままかぶりつく。


「……甘い」


 晶が目を見開いた。


 極寒の海で育ったおかげで、身が極限まで引き締まり、旨味が凝縮されている。


 噛みしめるたびに、濃厚なカニのエキスが口の中に溢れ出す。


「こいつは美味い。……鍋にするぞ!」


 大鍋の中には、エルフの森で収穫した白菜、ネギ、そして豆腐が、昆布出汁の中で煮えている。


 そこに、カニの足やハサミを山のように投入する。


 グツグツグツ……。


 カニの殻から良い出汁が出て、野菜に染み込んでいく。


「味付けはこれだ」


 晶が取り出したのは、エルフの森のユズっぽい柑橘と醤油を合わせた特製『ポン酢』だ。


 熱々のカニの身を、冷たいポン酢にちょっとつけて食べる。


 酸味がカニの甘さを引き立て、無限に食べられる味になる。


「テオ、ボルス、起きろ。……これを食えば治る」


 晶は、まだ船酔いで死んでいる二人を引きずり起こし、無理やりカニの身とスープを口に流し込んだ。


「んぐっ……!? ……はふっ、はふっ……!」


 テオの目がカッ! と開かれた。


「う、美味い……! なんだこれ、身体の芯から温まる……!」


「胃袋に染み渡るぜぇ……! 吐き気がどっかに行っちまった!」


 カニに含まれるタウリンと、温かい出汁の滋養強壮効果。


 何より「美味いもの」への執着が、彼らの三半規管を復活させたのだ。


「わーい! ボクも食べるのだ! カニさんチョキチョキなのだー!」


 ポチもコタツから飛び出し、両手にカニの足を持って貪り食っている。


「――どくのじゃ! そこは妾の場所じゃ!」


 その時、コタツから這い出てきたタマが、湯気の立つ寸胴鍋へフラフラと近づいた。


「あったかそうじゃ……。いい湯加減じゃ……」


 目が据わっている。


 タマは服を脱ごうとしながら、鍋の縁に足をかけようとした。


「待て待て待て! 何をしている!」


 晶が慌てて首根っこを掴んで引き戻す。


「放せ! 妾はその出汁に浸かりたいのじゃ! 全身でカニのエキスと熱を吸収するのじゃ!」


「鍋の具になる気か! 出汁が出るのはお前じゃなくてカニだ!」


「ええい、寒いのは嫌じゃぁぁ! ……あむっ!」


 抵抗するタマの口に、晶は剥きたての熱いカニの身を突っ込んだ。


「んぐっ……! はふはふ……! ……う、美味い! 甘い! そして熱い!」


 タマがカッと目を見開く。


「中から……中から燃えてくるようじゃ! これなら耐えられる! もっとよこせ!」


「現金な奴め」


「シメはこれだ。……『カニ味噌雑炊』」


 鍋に残った濃厚なスープに、甲羅から掻き出した大量の「カニ味噌」を溶かす。


 そこに白米と、溶き卵を回し入れ、ネギを散らす。


 黄金色に輝く雑炊の完成だ。


「……ッ!! 濃厚なのだ! 海の味がするのだー!」


 ポチが目を輝かせてお代わりを要求する。


 甲板の上は、寒さを忘れるほどの熱気に包まれた。


          ◇

 翌朝。


 甲板には、山のようなカニの殻が積み上げられていた。


 全員の顔色は良く、肌はツヤツヤしている。カニパワー恐るべしだ。


「社長! 見えやしたぜ!」


 ボルスの指差す先。水平線の彼方に、白銀に輝く大陸が姿を現した。


 雪と氷に閉ざされた極北の大地。


「あれが……『獣人国ホワイト・ファング』ですか」


 テオが息を呑む。


 そこは、ポチの故郷であり、今回の旅の最後の目的地でもある。


「行くぞ」


 晶は甲板の先端に立ち、冷たい風を受けた。


 ここで手に入れるべきものは三つ。


 ラーメンスープのベースとなる「豚骨」と「鶏ガラ」。


 そして、スープの命である「最高の水」。


 ついでに、ポチの里帰りだ。


「待ってろよ、獣人たち。……極寒の地で、熱々のラーメンを作ってやる」


 黒き箱船は、流氷を砕きながら、最後の聖地へと進路を取った。


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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