第6.5話:魔法の鞄? いいえ、亜空間貯蔵庫です
「……不便だ。非効率にも程がある」
『よろずや 結城』のカウンターで、結城 晶は眉間に深いシワを刻んでいた。
目の前にあるのは、革で作られた小さなポーチ。
冒険者ギルドで購入した中古の『魔法の鞄』だ。
「アニキ、文句言うなよ。それだって金貨30枚もしたんだぞ? ポーションが20本も入るなんて、一般人にとっちゃ夢のアイテムだぜ」
リナが呆れたように言う。
そう、この世界には「空間収納」の技術が存在する。
だが、その性能は晶の基準からすればあまりに低スペックだった。
容量はみかん箱ひとつ分。しかも、重量軽減率はたったの50%。
「構造上の欠陥だ。……術式がぐちゃぐちゃすぎる」
晶はポーチを容赦なく解体した。
中から出てきたのは、空間魔法の核となる『空間魔石』だ。
「ああっ!? 高い鞄をバラしちまった!」
「リナ、お前は黙って見てろ。……ポチ、『ミスリル銀のタンク』を持ってこい」
「わかったのだ! 銀色の筒なのだ!」
ポチが転がしてきたのは、晶が特注で作らせた、背負えるサイズの金属タンクだ。
ミスリル銀は魔力伝導率が高く、物理的な圧力にも耐えられる最強の素材だ。
「いいか。既存の魔法鞄は、単に『袋の中の空間をゴムのように引き伸ばしている』だけだ。だから限界があるし、重さも残る」
晶は魔石をミスリルタンクの蓋に埋め込み、細い彫刻刀を構えた。
アイスブルーの瞳が、魔石内部の魔力回路を解析し、最適化していく。
「私は違うアプローチをとる。空間を広げるんじゃない。……『繋げる』んだ」
晶の手が動く。
既存の拙い術式を削り取り、そこに新たな数式を刻み込んでいく。
それは魔法陣ではない。
表と裏の境界がない「メビウスの輪」や、閉曲面「クラインの壺」の概念を取り入れた、高度な『位相幾何学』の構造式だ。
「……構成式展開。座標連結・亜空間接続」
ヒュンッ。
青白い光がタンクを包み込む。
タンクの内部座標が、この世界とは異なる「亜空間」へと直結された。
これにより、タンクの物理的な容量に関係なく、入り口の大きささえ許せば理論上無限に物を放り込めるようになる。
しかも、亜空間にある質量はこの世界に影響しないため、重量はゼロ、つまり、タンクの重さのみだ。
「……再構築、完了」
「で、できたのか? ただのタンクに見えるけど……」
リナがおっかなびっくりタンクを覗き込む。
底が見えない。深い闇が広がっているだけだ。
「試してみよう。……そこの水樽の水、全部入れてみろ」
リナが手近な水樽を傾け、タンクに注ぎ込んだ。
タンクのサイズなら本来すぐ溢れるはずだが、水は吸い込まれるように消えていく。
一樽、二樽、三樽……。
店の在庫全ての水を入れても、タンクは一滴も溢れることなく、重さも変わらなかった。
「なっ……!? 水が消えた!? しかも片手で持てるぞ!?」
リナがタンクを持ち上げて驚愕する。
その光景を見ていたフローラが、ガタガタと震え出した。
「信じられません……。ただの収納魔法ではありませんわ……。限られた器の中に、無限の宇宙を封じ込めるなんて……」
フローラの瞳が、タンクの暗い口を見つめる。
「あれは、全てを飲み込む『暴食の深淵』……。アキラ様は、古代の魔王が封印されたという『底なしの壺』を、現代の技術で再現してしまわれたのですね……!」
(ただの四次元タンクだ。……まあ、これで水汲みし放題だな)
晶は満足げにタンクを背負った。
「わーい! ボクも入るのだ! 秘密基地なのだー!」
ポチが目を輝かせて、タンクの口に頭を突っ込もうとする。
「やめろポチ。入ったら別の次元に飛ばされて、二度と帰ってこれなくなるぞ」
「ふぎゃっ!? 怖いのだ! 食べられちゃうのだ!」
ポチが慌てて飛び退く。
「……さて。道具はできた。これで明日は『大掃除』ができるな」
晶は不敵に笑い、タンクを撫でた。
まさか翌日、このタンクが掃除だけでなく、武装盗賊団を物理的に「掃除」することになるとは、まだ誰も知らなかった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




