第69話:アジト?いいえ、焼きそば屋です
港町ポルトゥスでの滞在も、いよいよ大詰めを迎えていた。
結城 晶の手元には、究極の出汁セット、巨大カツオと昆布が揃っている。ドワーフの国で作った麺と、エルフの森で醸した醤油もある。
だが、ラーメンスープのタレを完成させるには、最後にして最大のピースが欠けていた。
「塩だ。……ただの岩塩ではダメだ」
要塞のラボで、晶は試験管を振りながら唸っていた。
「岩塩は純度が高すぎて味が尖っている。私が求めているのは、海のミネラル――マグネシウムやカリウムをたっぷり含んだ、まろやかで甘みのある『海水塩』だ」
ラーメンのスープにおいて、塩は単なる調味料ではない。素材の輪郭を際立たせる指揮者だ。
「じゃあ、海水を汲んで煮詰めればいいじゃねぇか?」
ボルスが単純な解決策を口にするが、晶はかぶりを振った。
「普通に煮詰めると、高温でミネラルバランスが崩れるし、何より時間がかかりすぎて燃料の無駄だ。……科学の力でショートカットするぞ」
◇
晶が浜辺に設置したのは、密閉された巨大な金属製の釜と、そこから伸びる複雑なパイプラインだった。
名付けて、『真空式製塩缶』。
「テオ、釜の中の空気を抜け! 気圧を下げるんだ!」
「了解! 真空魔法、展開!」
テオが杖を振るうと、釜の内部が減圧されていく。
「いいか、水は100度で沸騰するが、それは1気圧の話だ。気圧を極限まで下げれば、水は40度でも沸騰する」
晶の解説通り、釜の中に入れた海水は、まだ手で触れる温度なのに、ボコボコと激しく泡立ち始めた。
低温沸騰。
これにより、熱による風味の劣化を防ぎつつ、爆発的なスピードで水分を蒸発させる。
「ボルス、火加減はとろ火でいい。焦がすなよ!」
「へい! ……なんか、錬金術みてぇだな」
数時間後。
釜の底に残ったのは、キラキラと輝く純白の結晶だった。
晶が指ですくって舐める。
「……ん。しょっぱさの後に、ほのかな甘みと苦味が来る。完璧なバランスだ」
粒子は粉雪のように細かく、口溶けが良い。
最高級の「パウダースノー・ソルト」の完成だ。
◇
塩も確保し、これにて一件落着――と思われたが、港町にはまだ重苦しい空気が漂っていた。
「はぁ……。魚は獲れるようになったが、これじゃあな……」
漁師組合長のモーガンが、誰もいない市場を見渡してため息をつく。
魔の海域の噂と、長期間の不漁のせいで、観光客や仲買人の足が遠のいてしまっているのだ。
「魚が売れなきゃ、俺たちは干上がっちまう。……街が元に戻るには、まだ時間がかかりそうだ」
その言葉を聞いた晶は、眼鏡の位置をクイッと直した。
「客が来ない? ……なら、呼べばいいだろう」
「呼ぶって、どうやって?」
「人間の本能に訴えかけるんだよ。……『胃袋』を掴んで強制連行する」
晶は不敵に笑い、浜辺の一等地に杭を打ち込んだ。
「やるぞ。……ここに、最強の『海の家』を建設する!」
◇
翌日。
閑散としていたポルトゥスのビーチに、突如として異様な店舗が出現した。
真っ黒なテント生地に、漆黒ののぼり旗。
看板には達筆な文字で『海の家・黒薔薇』と書かれている。
そして、厨房に立っているのは――。
「いらっしゃいませ。……ご注文は?」
サングラスに黒服、あるいは漆黒の鎧を纏った、強面の男たち。
どう見てもマフィアか悪の組織のアジトだが、彼らは妙に礼儀正しく、手にはフライ返しやお玉を持っている。
「え、えっと……ここは飲食店、なのか?」
通りがかった数少ない旅人が、恐る恐る足を止める。
そこへ、最終兵器が投入された。
「いらっしゃいませなのだー! 焼きそば食べるのだー!」
カウンターから身を乗り出したのは、フリルのついた可愛らしい水着姿のポチだ。
銀色の尻尾をブンブン振りながら、満面の笑みで客引きをしている。
「うおっ、可愛い!?」
「あの厳つい男たちの中に、天使がいる!?」
ギャップ萌えの効果は絶大だった。
だが、真の武器は「匂い」だ。
ジュウウウウウウッ……!!
ボルスが操る巨大な鉄板の上で、麺と具材が踊る。
漂ってくるのは、焦げたラードの甘い香りと、海鮮の香ばしさ。
「さあ、食ってきな! ウチの社長特製、『海鮮塩焼きそば』だ!」
ドンッ! と出された皿には、太麺の焼きそばが山盛りにされている。
具材は、ハイ・オークの角切りチャーシュー、エルフの森のキャベツ、そして港で獲れた新鮮なエビやイカ。
味付けはソースではない。
完成したばかりの「パウダースノー・ソルト」と、隠し味の「カツオ出汁粉末」だ。
「い、いただきます……」
客が一口食べる。
「……ッ!!」
衝撃が走った。
ソースの濃い味で誤魔化していない分、麺の小麦の香りと、魚介の旨味がダイレクトに伝わってくる。
塩が素材の甘みを引き出し、カツオの風味が鼻に抜ける。
「う、美味いッ! なんだこれ、あっさりしてるのに濃厚だ!」
「麺がモチモチだ! こんなモン食ったことねぇ!」
さらに、デザートにはテオが魔法で作った『魔導かき氷』が待っている。
不純物ゼロの純氷を、ミスリルの刃で薄く削り出した氷は、口に入れた瞬間にフワッと消える雲のような食感。
シロップは、エルフの森の果実を使った特製ソースだ。
「おい、聞いたか? 浜辺に変な店があるらしいぞ」
「死ぬほど美味い焼きそばがあるってよ!」
噂は風に乗り、隣町や街道を行く商人の耳にも届いた。
昼過ぎには、黒いテントの前には長蛇の列が出来上がっていた。
「焼きそば三つ!」
「俺はカキ氷だ! イチゴ味で!」
黒服の男たちが、汗だくになって鉄板を振るう。
ポチが「まいどありなのだー!」と銀貨を受け取る。
その賑わいに釣られて、市場にも人が戻り、魚が飛ぶように売れ始めた。
「……すげぇ。たった半日で、街に活気が戻っちまった」
モーガンが、信じられないものを見る目で呟く。
晶は、売り上げの詰まった麻袋を重そうに持ち上げ、ニヤリと笑った。
「言っただろう。胃袋を掴めば、人は動くんだよ」
◇
夕暮れ時。
完売の札を掲げた海の家の前で、晶はモーガンに向き直った。
「約束通り、この店のレシピと、塩の作り方はお前に譲る」
「えっ、いいのか!? これだけで一生食っていけるぞ!?」
「構わん。私は『究極の一杯』を完成させるための塩と、旅の資金さえ手に入ればそれでいい」
晶にとっては、ここは通過点に過ぎない。
モーガンは感極まったように、晶の手を両手で握りしめた。
「ありがとう……! あんたは俺たちの救世主だ! この恩は忘れねぇ!」
「礼には及ばん。……美味い魚を作り続けてくれれば、それでいいさ」
晶は、夕日に染まる水平線を見つめた。
出汁、塩、資金。港町でのミッションはコンプリートだ。
残るは、スープのベースとなる「動物系のガラ」と、スープの命である「水」。
「行くぞ。次は北の極寒の地、『獣人国』だ」
晶の視線は、すでに北の空に向けられていた。
「最高の水と、温泉……そして、ポチの里帰りが待っている」
「わーい! 雪遊びなのだー!」
ポチが無邪気に跳ねる。
一行は、莫大な売上金と大量の乾物を要塞に積み込み、次なる目的地へとエンジンを始動させた。
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




