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第68話:ゴミ? いいえ、本枯れ節です

 港町ポルトゥスの中央広場は、かつてない喧騒に包まれていた。


 その中心に鎮座するのは、結城 晶(ゆうき あきら)たちが『魔の海域』から持ち帰った戦利品――体長10メートルの巨大カツオ、弾丸鰹と、山のように積み上げられた巨大昆布、海魔の髪だ。


「でけぇ……。何度見ても信じられねぇサイズだ」


「でもよぉ、こんなバカでかい魚、どうすんだ? 食いきれねぇぞ」


 集まった漁師たちが、獲物を見上げて困惑の声を漏らす。


 この南国の気候だ。放っておけばすぐに腐敗が始まり、港中が異臭騒ぎになるのは目に見えている。


「姉ちゃん、悪いことは言わねぇ。今のうちに海に捨ててきた方がいいんじゃねぇか? 腐ったら疫病の元だぞ」


 漁師組合長のモーガンが鼻をつまんで忠告するが、晶は心外だと言わんばかりに眉をひそめた。


「捨てる? 何を言っているんだ」


 晶は巨大カツオの魚体を、まるで恋人の肌でも愛でるかのように撫で回した。


「こいつはまだ原石だ。……これから磨き上げて、『世界一硬くて美味い宝石』に変えるんだよ」


「ほ、宝石だと……?」


「ああ。……クロウ、始めろ!」


 晶の合図と共に、黒い影が舞った。


 元暗殺者のクロウだ。彼の手には、ミスリル製の解体ナイフが握られている。


 ヒュンッ!


 銀閃一閃。


 鋼鉄のように硬いと言われる弾丸鰹の皮が、紙のように切り裂かれる。


 続いて、神速の剣技による解体ショーが始まった。


 頭を落とし、内臓を抜き、三枚におろす。


 巨大な魚体が、瞬く間に美しい赤身のブロック――「背節(男節)」と「腹節(女節)」へと切り分けられていく。


「すげぇ手際だ……。あんなデカい魚を、まるで豆腐みたいに……」


 漁師たちが見惚れる中、晶は次の工程へと移った。


「煮るぞ! 釜の準備だ!」


 港の片隅にあった、かつてクジラ漁に使われていた巨大な鉄釜。


 そこに湯を沸かし、切り分けたカツオの身を次々と放り込んでいく。


 グツグツと煮ること数時間。アクを取り除き、タンパク質を熱凝固させる。


「いい出汁が出てやがるな……。もったいねぇ」


 ボルスが煮汁の匂いに喉を鳴らすが、晶は首を振った。


「今回の目的は身の方だ。煮汁は……まあ、あとで魚醤にでもするか」


 茹で上がったカツオを取り出す。


 この時点では、まだ巨大な茹で魚だ。


 だが、晶の魔改造はここからが本番だった。


          ◇


 広場の一角に、晶が土魔法で即席の「燻製小屋」を建てた。


 中には、煮上がったカツオのブロックがずらりと吊るされている。


「テオ、火加減を頼む。……森で集めたナラとクヌギの薪を使え」


「了解です! 煙魔法、充填!」


 モクモクモク……。


 香ばしい煙が小屋から溢れ出す。


 『焙乾(ばいかん)』――煙でいぶすことで、余分な水分を飛ばし、腐敗を防ぐと同時に、独特の香りを纏わせる工程だ。


 本来なら数週間かけてじっくり行う作業だが、ここには魔法というチートがある。


「強制乾燥、発動。……水分分子を振動させて、蒸発速度を加速させます」


 テオの微細な魔力操作により、カツオの中の水分が猛烈な勢いで抜けていく。


「くんくん……! いい匂いなのだ! ハムなのだ? ベーコンなのだ?」


 ポチが小屋の周りをウロウロして、隙間から漏れる煙を吸おうとしている。


 数日後。


 小屋から出されたカツオは、水分が抜けて一回り小さくなり、表面はタールで真っ黒になっていた。


 いわゆる「荒節あらぶし」の状態だ。


「へぇ、燻製か。これなら日持ちもしそうだな」


 モーガンが感心して頷く。


 だが、晶はそこで止めなかった。懐から怪しげな「瓶」を取り出し、黒い塊に謎の粉末を振りかけ始めたのだ。


「おい姉ちゃん! 何してんだ! せっかく作った燻製になんか変な粉を……」


「カビだ」


「カッ、カビぃぃぃッ!?」


 モーガンが飛び退いた。


「バカかお前は! カビなんか生やしたら腐っちまうだろうが!」


「黙って見ていろ。……これはエルフの森の『ハイ・エルフ麹』を魔改造した、『カツオブシコウジカビ(ユーロチウム)』だ」


 晶は愛おしそうにカビの胞子を撫でた。


「この子が、魚の深部に残った水分を吸い出し、脂肪分を分解して旨味に変えてくれる。……腐敗じゃない。究極の発酵だ」


 再びテオの魔法で、カビの繁殖と乾燥のサイクルを高速回転させる。


 カビ付け、天日干し、カビ付け、天日干し。


 それを繰り返すこと数回。


 ついに、それは完成した。


          ◇


「……なんだ、こりゃあ」


 広場のテーブルに並べられた物体を見て、漁師たちは絶句した。


 それは、どう見ても魚ではなかった。


 茶色くて、ゴツゴツしていて、表面にはうっすらと粉が吹いている。


「流木か? それとも薪か?」


「あんなに脂の乗ってたカツオが、カチカチのミイラになっちまった……」


 失望の色が広がる中、晶は平然と二本の塊を手に取った。


 そして。


 カーン! カーン!


 高く、澄んだ音が響き渡った。


 それはまるで、拍子木や硬質な金属を打ち合わせたような音色だった。


「!?」


 全員が息を呑む。


 魚から出る音ではない。


「完成だ。……これが世界一硬い発酵食品、『本枯れ節』だ」


 晶は、おもむろに道具箱から木製の箱――『鰹節削り器』を取り出した。


 刃の調整は完璧だ。


「削るぞ。……その香り、魂に刻め」


 シュッ。


 シュッ、シュッ、シュッ……。


 リズミカルな音と共に、硬い木のような塊から、薄紅色の花びらのような薄片が舞い落ちる。


 その瞬間。


 フワァァァァッ……!


 爆発的な芳香が広場を包み込んだ。


 燻製の香ばしさ、凝縮された魚の旨味、そして発酵によって生まれた複雑で奥深い香り。


「な、なんだこの匂いは……!?」


「腹が……猛烈に減る匂いだ!」


 漁師たちが鼻をヒクつかせ、無意識にゴクリと喉を鳴らす。


 晶は削りたてのカツオ節を、鍋に沸かした湯の中へと惜しげもなく投入した。


 先に入れておいた昆布から抽出されたグルタミン酸の海に、カツオ節のイノシン酸が雪崩れ込む。


 旨味の相乗効果シナジー


 鍋の中で、化学反応という名の奇跡が起きる。


 サッと火を通し、布です。


 ボウルに落ちたのは、不純物の一切ない、透き通った「黄金色の液体」。


「飲んでみろ。……調味料は一切入っていない。純粋な『一番出汁』だ」


 晶が差し出したカップを、モーガンがおそるおそる受け取る。


 見た目はただの黄色いお湯だ。


 だが、香りは凶悪なまでに食欲を刺激してくる。


「……いただくぜ」


 モーガンが一口含んだ。


「……ッ!?」


 カッ! とモーガンの目が見開かれた。


「な……なんだこれはぁぁぁッ!!」


 衝撃。


 舌の上で、旨味の爆弾が炸裂した。


 塩も、醤油も入っていないのに、味が「濃い」。


 昆布の上品な甘みと、カツオの力強いコクが、口の中いっぱいに広がり、鼻腔へと抜けていく。


「これが……あの枯れ木の味かよ!? 信じられねぇ!」


「うめぇ! 五臓六腑に染み渡るようだ……!」


 他の漁師たちも、次々と出汁を飲んで絶叫する。


「にゃーん! お魚のジュースなのだー! おかわりなのだー!」


 ポチに至っては、完全に猫化して皿まで舐めている。


 圧倒的な勝利だった。


 見た目はゴミのような木片が、宝石以上の価値を持つことを証明したのだ。


「これだ。この黄金のスープに、エルフの醤油と、ドワーフの鍋で作った動物系スープを合わせれば……」


 晶は黄金色に輝く液体を見つめ、ニヤリと笑った。


 全てのピースが揃いつつある。


 ラーメン完成への道筋は、もはや確定したと言っていい。


「さて、出汁は確保した」


 晶は満足げに頷き、視線を浜辺へと向けた。


「だが、まだ足りないものがある。……塩だ。そして何より、旅の資金だ」


 タダ働きは主義ではない。


 これだけの技術と美味を提供したのだ。しっかりと対価を回収し、さらに観光客を呼び込んで金儲けをする。


「やるぞ。……あの浜辺に、最強の『海の家』を建設する!」 


 次回、寂れた漁港を熱狂の渦に巻き込む、アキラ流・リゾート開発が始まる。


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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