第66話:不漁? いいえ、宝の山です
大河『グラン・リバー』を下りきり、ついに海へと到達した結城 晶一行。
水陸両用モードに変形した移動要塞『黒き箱船』は、波を切り裂き、港町『ポルトゥス』の埠頭へと滑り込んだ。
「……海だ」
要塞のデッキで、晶は大きく息を吸い込んだ。
鼻孔をくすぐる潮の香り。それは、内陸国であるアステルでは決して味わえない、生命のスープの匂いだ。
「ついに来たぞ。ラーメンのスープに深みと複雑さを与える『海の三神器』……カツオ、煮干し、昆布。これらが揃って初めて、ラーメンは完全体となる!」
晶の眼鏡が、南国の太陽を受けて怪しく光る。
ドワーフの国で鍋を作り、エルフの森で醤油と麺を確保した。
あとは、スープのベースとなる強力な「魚介出汁」さえあれば、究極の一杯が完成するのだ。
「海なのだー! お水しょっぱいのだー!」
ポチがデッキから飛び降り、真っ先に港を走り回る。
「魚! お魚食べるのだ! ピチピチのお魚さん、どこなのだー!?」
だが。
晶とポチの期待は、上陸してすぐに裏切られることとなった。
「……静かすぎるな」
元暗殺者のクロウが、警戒心を露わに周囲を見渡す。
港には無数の漁船が係留されているが、どれも帆を畳み、船底にはフジツボがついている。動かした形跡がない。
市場と思わしき広場には、魚が一匹も並んでおらず、代わりに乾いた網と、暇を持て余した男たちが地面に座り込んで博打に興じているだけだ。
活気がないどころではない。まるでゴーストタウンだ。
「おーい、魚屋さんはどこなのだ?」
ポチが座り込んでいた男に尋ねるが、男は気怠そうに手を振っただけだ。
「魚? そんなもん、ここにはねぇよ。食いたきゃ自分で海に飛び込んで獲ってきな」
「……どういうことだ」
晶が割って入った。
「ここは港町だろう? 目の前に海があるのに、魚がないとはどういう理屈だ」
「理屈もクソもねぇよ。……海は死んだんだ」
男はつまらなそうに唾を吐いた。
◇
「死んだ海、か」
事情を聞くため、晶たちは港一番の酒場『荒くれ鯱亭』へと足を踏み入れた。
昼間だというのに、店内は薄暗く、ヤケ酒を煽る漁師たちで溢れかえっている。
その奥のテーブルに、ひときわ大柄で、潮焼けした肌を持つ男が座っていた。
この街の漁師組合長、モーガンだ。
「あんたらか。黒い鉄の船で入ってきた余所者ってのは」
モーガンは、晶を一瞥すると、ジョッキのエールを飲み干した。
「観光なら他を当たりな。今のポルトゥスには、美味い魚も、船を出す元気もねぇ」
「単刀直入に聞こう。……なぜ漁に出ない?」
晶が問うと、モーガンはドンッ! とジョッキを叩きつけた。
「出たくても出られねぇんだよ!『魔の海域』が広がっちまったんだ」
モーガンの話によれば、数ヶ月前から近海に凶暴な魔物――半魚人や海竜が異常発生し始めたという。
かつては沖合の一部だけだった危険地帯が、今や港の目の前まで迫っているらしい。
「先週も、無理して出港した船が二隻、沈められた。……魚がどこにいるかもわからねぇ海に網を入れるのは、目隠しして魔獣の巣に手を突っ込むようなもんだ」
モーガンが悔しそうに拳を握る。
漁師としての誇りを、恐怖によってへし折られた男の顔だ。
周囲の漁師たちも、「もう終わりだ」「この街も干上がるしかねぇ」と口々に嘆いている。
だが、その話を聞いた晶の反応は冷淡だった。
「……なんだ。そんなことか」
「あぁ!? そんなことだと!?」
モーガンが激昂して立ち上がる。
「俺たちの仲間が食われてるんだぞ! テメェに何がわかる!」
「わかるさ。……要するに、お前たちは『見えていない』だけだ」
晶は冷静に告げた。
「海の中が見えないから、魔物を避けられない。魚の群れも見つけられない。……運任せで網を入れるから、死ぬんだ」
「海の中が見えるわけねぇだろ! 俺たちは魚じゃねぇんだぞ!」
「なら、見えるようにすればいい。……科学の目でな」
晶は不敵に笑い、懐から一枚の設計図を取り出した。
それは、移動要塞に新たな機能を実装するための改造案だった。
「取引だ、組合長。……私が安全な航路と魚の居場所を教えてやる。その代わり、獲れた魚の中で『出汁の取れそうなもの』は全て私が貰い受ける。どうだ?」
◇
数時間後。
移動要塞『黒き箱船』は、再び海上に浮かんでいた。
デッキには、半信半疑のモーガンと、数人のベテラン漁師たちが乗り込んでいる。
「おい姉ちゃん。本当にこんな鉄の塊で漁ができるのか? 魔物に襲われたら一巻の終わりだぞ」
「安心しろ。襲われる前に避ける。……テオ、システムの準備は?」
要塞内部のコックピットで、テオが複雑な魔導回路を操作している。
「バッチリです社長! 風魔法による『音波発信』と、水魔法による『振動感知』、リンク完了しました!」
「よし。……『魔導魚群探知機』、起動!」
キィィィィン……。
人間には聞こえない高周波の音が、要塞の底から海中へと放たれた。
音波は海底や障害物、そして魚の群れに当たって跳ね返ってくる。
その反響音を解析し、映像化するシステムだ。
ブォン。
コックピットの大型水晶モニターに、光の点が映し出された。
「な、なんだこれは……? 絵が動いてるぞ?」
モーガンがモニターを覗き込む。
そこには、自分たちの船を中心とした、周囲の海底地形が緑色の線で描かれていた。
「……反応あり。右舷前方、距離300。赤い光点が多数。……これはサハギンの群れだ」
晶が指差した先には、不規則に動き回る赤い点が密集している。
「げぇっ!? そこはいつも俺たちが網を入れてた場所じゃねぇか! あんなにウヨウヨいやがるのか!?」
漁師たちが顔を青くする。
今まで彼らは、知らずに魔物の巣の上を通っていたのだ。
「面舵一杯。……奴らの縄張りを迂回する」
ボルスがハンドルを切る。
要塞は静かに旋回し、赤い点の群れを大きく避けて進んでいく。
魔物たちは、頭上を通過する獲物に気づく様子もない。
「すげぇ……。本当に避けやがった」
「だが姉ちゃん、避けてるだけじゃ魚は獲れねぇぞ」
「わかっている。……見ろ、ここだ」
晶がモニターの中央を指差した。
そこには、画面を埋め尽くすほどの、無数の「緑色の光点」が雲のように広がっていた。
「深度50メートル。水温22度。プランクトンの反応多数。……そして、それを捕食する巨大な魚群反応だ」
晶がモーガンを見た。
「この反応、イワシだぞ。それも、とびきり脂の乗った大群だ」
「イワシだと!? こんな港の近くにか!?」
「灯台下暗しだな。魔物を恐れて誰も近づかなかったせいで、ここは魚たちのパラダイスになっていたようだ」
晶はマイクを掴んだ。
「ポイント到達。……モーガン、合図を送れ! 網を入れるぞ!」
「お、おう! 野郎ども! 姉ちゃんの言う通りに網を降ろせぇぇッ!」
漁師たちが、半ばパニックになりながら網を投下する。
そして、数分後。
「おい、巻け巻けぇ!」
船乗りたちの掛け声と共に、木製の巻き上げ機がギシギシと悲鳴を上げ、濡れた網が引き上げられると――。
バシャバシャバシャバシャッ!!
海面が銀色に染まった。
網の中には、溢れんばかりのマイワシが、太陽の光を浴びて跳ね回っていた。
「うおぉぉぉッ!! すげぇぇぇッ!!」
「大漁だ! こんな大漁、何年ぶりだ!?」
「見えた……! 本当に海の中が見えたんだ!」
漁師たちが抱き合って歓喜する。
モーガンもまた、ピチピチと跳ねるイワシを手に取り、震えていた。
「こいつは……丸々と太ってやがる。最高のイワシだ……」
彼は晶に向き直り、深々と頭を下げた。
「疑ってすまなかった。……あんたは、この海の恩人だ」
◇
その夜、港町ポルトゥスは、久しぶりの祝祭ムードに包まれた。
広場には大鍋が据えられ、獲れたてのイワシ料理が振る舞われた。
「さあ食え。『イワシのつみれ汁』と『刺身』だ」
晶が提供したのは、新鮮なイワシを叩いて団子にし、エルフの森で作った醤油と味噌で味付けした漁師汁。
そして、脂の乗った刺身には、すりおろしたショウガを添えてある。
「んん~~~~ッ!! ほっぺた落ちるのだー!」
ポチが丼を抱えて悶絶する。
「お魚さん、プリプリでトロトロなのだ! 生姜のピリッとしたのが、お魚の甘さを引き立てているのだー!」
漁師たちも、涙を流しながら食べている。
「うめぇ……。久しぶりの魚だ……」
「やっぱ俺たちの海は最高だぜ!」
活気が戻った街を見て、晶は満足げに頷いた。
だが、彼女の目はまだ満足していなかった。
イワシは美味い。煮干しにすれば良い出汁が出るだろう。
だが、晶が求めているのは、もっと強烈で、もっと深みのある「王様」だ。
「……社長。これを見てください」
宴の裏で、テオがソナーの記録データを持ってきた。
そこには、今日航行した海域よりもさらに沖合――漁師たちが恐れる『魔の海域』の中心部が記録されていた。
「……ほう」
晶の目が細められた。
モニターの端に、異常なデータが映っていたのだ。
要塞よりも遥かに巨大な、山のような影。
そして、その周囲に生い茂る、森のような植物反応。
「……見つけたぞ」
晶がゴクリと喉を鳴らした。
「この巨大な影……おそらく『鰹』の変異種だ。そしてこの森は、巨大な『昆布』の群生」
そこにあるのは、ラーメンスープの核となる、最強の旨味成分、イノシン酸とグルタミン酸の塊だ。
「待ってろよ、出汁の王様。……明日は、あの魔の海域を『養殖場』に変えてやる」
乱獲防止どころか、海の生態系そのものを支配しようとするマッドな思考を秘め、アキラは夜の海を見つめた。
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




